【百合】ゴーストバスターズ   作:空空空空

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19話 決着

 「……光ちゃん。私、二人きりで戦おうって言ったのに、どうして、渚と葉月ちゃんがいるのかな?」

 

「す、すみません! で、でも、この戦いはお二人にも見守ってもらいたくて。ダメ、でしょうか?」

 

「……」

 

 雫さんは私の願いに少しだけ思案顔を浮かべる。

 

 昨日、師匠と別れた後、私はその足で反町先輩の部屋に赴いた。正直、メールでもいいけど、口で直接伝える方が、私の覚悟が伝わると思ったからだ。

 

 二人には手間をかけてしまったが、快く時間を作ってくれた。

 

 二人はその日、朝から出かけていたらしい。楽しい時間の後にこんな話を持ち込むのは気が引けたが、それでも私は伝えたかった。伝えなければならなかった。

 

 臼井先輩は私の決意を前向きに受け止めてくれた。

 

 一方で反町先輩は、私を引き留めたい気持ちと私の意思を尊重したい気持ちの狭間で揺れているようだった。自分の願いが私に届かなかったことへの寂しさもあったのかもしれない。

 

 その表情は複雑さを極めていた。だけども、臼井先輩が頷くのを見て、最終的には反町先輩もため息を零しつつも、頷いてくれた。

 

 そして、私は二人と待ち合わせをして、現在に至る。

 

「雫ちゃんが、どうしてもだめだと言うなら私たちは引くよ。ね? はーちゃん」

 

「ん。無理強いはしない。でも、できれば、二人の戦いをこの目で見守りたい」

 

「……二人共、意地汚いこと自覚してる? それじゃあ、私が断ったら、私が悪いみたいじゃない」

 

 雫さんは頭が痛そうに額に右手を添えながら、首を横に振る。そして、「まあいいわ」と言い。

 

「二人は特別ね。まあ、二人のことだから、何か理由があってここに来たってことだと思うから」

 

「あ、ありがとうございます。雫さん!」

 

「ありがとう、雫ちゃん」

 

「ん。ありがとう、雫ちゃん」

 

「別にお礼なんていいわ。それじゃあ、早く行きましょ」

 

 雫さんはそう言って訓練所内にあるグラウンドへと続く廊下を先頭立って歩き始める。

 私達、三人も雫さんの背中を追いかける形で、その後を追う。

 

 いよいよ始まるのだという緊張を胸に抱えながら。

 

 

 

 

               *

 

 

 

 

「さて……改めてもう一度、説明しとくわね。制限時間は無制限。私に傷一つ付けるか、どちらかがギブアップ、または戦闘不能になったらそこで試合は終了。そして、光ちゃんがもし、私に傷一つ付けれたら、その条件通り、私はあなたとパートナーになる。じゃあ、光ちゃん準備はいい?」

 

「は、はい!」

 

「じゃあ、守護君。開始の合図を」

 

「ワカリマシタ。デハ、ジュウビョウゴニ、カイシシマス」

 

 タイマーを起動する守護君を横目に私は深呼吸をして、身体を緊張を解きほぐして、身体のこわばりを失くしていく。

 

 今日この場を以て全てが決まる。私の憧れが勝つか、それとも、雫さんの憎悪が勝つか。

 

 それが、今日、決まる。決まってしまう。

 

 怖い、けど。それ以上に、私は全員の幸せな未来を

 

 ――掴みたい!

 

 ぶううううう!

 

 戦い開始のブザーがグラウンド内の空気を大きく震わせる。その空気の衝動は、私の身体に闘争本能を掻き立たせ、私はブザーと共に飛び出した。

 

「はあ!」

 

 私は間合いを詰めると、刀を振り下ろす。

 

「ほんと、前と一緒で単調な攻撃」

 

 雫さんは私の攻撃の仕方を揶揄しながら、最小限の動きで私の刃を躱す。それでも、私は躍起になって刀を振り続ける。

 

 が。

 

 どの一つも私の攻撃は届かない。

 

「まさか、闇雲に振り続ければいつか当たるとでも? よくも、まあ、そんなんで、私に憧れているって言えたものね」

 

 雫さんは私の攻撃を紙一重で躱しながら、退屈そうに肩を竦める。

 

「そんな程度じゃ、いつまで経っても私には追いつけない。光ちゃん、現実くらい見た方がいいよ」

 

「っ……!」

 

 冷たく言い放たれたその一言に、握る刀へ思わず力がこもった。雫さんは今度は躱さず私の刃を刀で受け止めると、そのまま軽く払うように弾く。

 

 ガンッ――という重い衝撃が腕を突き抜けた。

 

「くっ……!」

 

 体勢ごと押し返され、私は数歩後退する。自然と間合いも開いてしまった。

 

「動揺したってことは」

 

 雫さんは乱れ一つない姿勢のまま、涼しげな顔でこちらを見据える。

 

「光ちゃん自身も分かってるってことよね?」

 

「……」

 

 返す言葉はなかった。

 

 確かに私の攻撃は単調だ。

 

 読みやすくて、直線的で、雫さんからすれば、しゃべる余裕すらもあるほどに躱すことは容易いのだろう。

 

 悔しいけれど、それが現実だった。紛れもない事実だった。

 

 何度斬り込んでも届かない。

 

 何度踏み込んでも追いつけない。

 

 雫さんはまるで未来でも見えているかのように、私の攻撃を見切ってしまう。

 

 その差は、嫌というほど理解していた。

 

 それでも――。

 

「分かってます」

 

 私は刀を構え直し、真正面から雫さんを見据えた。

 

「追いつけていないことも、遠く及ばないことも、分かってます」 

 

 雫さんの瞳がわずかに細められる。

 

「全部、全部、分かっています」

 

 だからこそ。

 

「それでも諦めたくないんです」

 

 刀を握る手に力を込める。

 

「それを、諦める理由にしたくないんです!」

 

 次の瞬間、私は地を蹴った。私の叫びを全てぶつけるかの如く、真っ直ぐに、一直線に、雫さんへと駆ける。

 

「――そう」

 

 雫さんは静かに呟いた。

 

 そして。

 

「だったら、私が諦めさせてあげる」

 

 その声には温度がなかった。

 

「諦める理由に私がしてあげる」

 

 雫さんは刀を構える。

 

 ただそれだけの動作なのに、空気が凍えるように張り付いた。

 

 先ほどまでとは比べ物にならないほどの圧力が、私の全身にのしかかる。まるで今までの攻防が遊びだったとでも言うように。

 

「やー!」

 

 私は渾身の咆哮と共に、右から左へと刀を薙ぐ。

 

 刃同士が重なり合い、激しい金属音が空気を震わせた。雫さんはその一撃を受け止めると同時に、

 

「ふっ」

 

 一瞬だけ力を抜いた。

 

「おわ!」

 

 全力を乗せていた私は、その変化に対応できない。行き場を失った力に引っ張られ、大きく態勢を崩してしまう。

 

 その隙を、雫さんは見逃さなかった。

 

 力を失った私を軽々と押しのけると、そのまま流れるように腰を捻り、

 

「っ!」

 

 鋭い回し蹴りをわき腹へ叩き込んだ。

 

「ぐっ!」

 

 衝撃で肺の中の空気が一気に吐き出される。

 

 私の体は宙へと弾き飛ばされ、そのまま地面を何度も跳ねながら転がった。

 

「あ、ぐ……」

 

 全身を駆け巡る痛みに顔をしかめる。

 

 だが――

 

「!?」

 

 不意に視界が影に覆われた。

 

 痛みに呻く暇もない。

 

 咄嗟に刀を盾のように構え、防御態勢を取る私。

 

 しかし、

 

「きゃあっ!」

 

 振り下ろされた一撃は、そんな防御など意にも介さず私の刀ごと押し切った。

 

 腕を痺れさせる衝撃とともに、防御はあっけなく崩壊する。

 

 そのまま私は再び宙へと弾き飛ばされた。

 

「かはっ……!」

 

 背中を壁に叩きつけられた衝撃で、肺の中の空気が強制的に吐き出される。

 

 雫さんが攻めに転じた瞬間から、私は防戦一方だった。状況は一気に不利へと傾いていく。

 

「はっ!」

 

 呼吸を整える暇すら与えられない。雫さんの次なる猛攻が襲いかかる。

 

 壁にもたれかかるように尻もちをついていた私へ、身体を縦に両断せんとする刃が振り下ろされた。

 

 私はとっさに前転するように身を転がし、その一撃を辛うじて回避する。

 

 すぐに追撃の一手が来ると思い、私は意識を回避の準備に割く。が、しかし、雫さんの追撃は来なかった。ただ、こちらを冷徹な瞳で私を見下ろしていた。

 

「凄いね、光ちゃん。ここまで力の差を見せつけられても、憧れを失わないなんて。でも……」

 

 雫さんが一歩踏み出す。

 

 わざと聞かせるような土を擦る足音に、背筋を冷たいものが這い上がり、気づけば私は、一歩後ずさっていた。

 

「あなたの瞳から少しずつ陰りが差している。これは、時間の問題ね!」

 

 そう言うや否や、雫さんは一気に距離を詰める。

 

 私は立ち上がり、迫る攻撃を避けようとした――その瞬間だった。

 

「あ……」

 

 私の視界がぐらりと揺れる。激しい消耗と連続する衝撃により、立ち眩みが発生。

 

 足元がおぼつかず、私はふらりとよろめくと、地面へ片膝をついた。

 

 ――マズイ!

 

 頭の中で警鐘がけたたましく鳴り響く。

 

 だが、もう遅かった。

 

 振り下ろされた雫さんの刃が、私の右肩を深々と抉る。

 

「があああっ!!」

 

 焼けるような激痛が全身を駆け巡った。

 

 しかし、雫さんの攻撃は止まらない。

 

 振るわれる刃が次々と私の身体を裂き、新たな傷を刻んでいく。

 

「あっ……ぐっ……!」

 

 悲鳴を上げるたびに肺の空気が失われる。やがて声すら出なくなり、漏れるのは掠れた呻きだけだった。

 

 痛い。

 

 ただ、痛い。

 

 意識を支配するのは、それだけだった。

 

 全身の傷口が脈打つたび、耐え難い苦痛が押し寄せてくる。それでも、私はそれらを無理やり意識の外に追いやり、立ち上がろうと力を込める。

 

 だけど、その瞬間――

 

「がっ!?」

 

 みぞおちに強烈な衝撃が突き刺さった。

 

 息が止まる。

 

 握り締めていた刀が私の手から離れ、乾いた音を立てて地面に転がった。私はその刀と添い寝する形で、地面に突っ伏した。

 

 涙で視界は滲み、身体は消耗し鉛のように重い。

 

「光ちゃん」

 

 静かな声が降ってくる。

 

 雫さんは私の前でしゃがむと、右手で私の顎を掴み、強引に顔を上げさせた。

 

 私の視界を映すのは、底知れぬ闇を宿した黒い瞳。

 

 その瞳を見つめた瞬間、これまで刻み込まれた痛みと共に受け付けられた恐怖が胸の奥から溢れ出した。

 

 憧れの光が、闇に呑まれそうになる。

 

「もう、諦めた方がいい」

 

 雫さんは淡々と抑揚のない声で私に現実を突きつけていく。。

 

「もう、現実を見た方がいい」

 

 怒るでも、責めるでもない。ただありのままの事実を私に突きつけていく。

 

「もう、私に憧れるのは――」

 

 雫さんは一拍置く。

 

 それは刃を振り下ろすよりも残酷な間だった。

 

「やめた方がいい」

 

「……」

 

 その言葉は容赦なく私の胸に突き刺さり、私は力なく項垂れた。

 

 雫さんに顎を持たれているため、ほんのわずかでしか、動かせない。それでも力なく垂れた前髪が私の瞳を覆い隠し、その奥にある感情さえ闇へと閉ざしていく。

 

 沈黙。

 

 それが、雫さんの中では、私が憧れを失くしたことを意味したのだろう。

 

 雫さんはゆっくりと顎から手を離した。

 

 そして、もう勝負は終わったと言わんばかりに踵を返す。

 

 足音が遠ざかる。

 

 一歩。

 

 また一歩。

 

 その音は、終わりを告げる鐘の音のようだった。

 

「し、ずく、さん……」

 

「!?」

 

 私は踵を返す雫さんの背中をかすれ声で呼びかけながら、痛みで悲鳴を上げる身体をむち打ち、ゆっくりと立ち上がる。

 

 私の呼び声に足を止めて振り返った雫さんは、大きく目を見開いた。

 

「嘘……!?」

 

 信じられないものを見るように。雫さんは開いた口がふさがらない。

 

「その瞳……まだ、憧れてるって言うの……!?」

 

 そこにあったのは驚きだけではない。理解できないという戸惑いだった。

 

「そ、う……です」

 

 私はきっと瞼を持ち上げて、瞳を露にして、私の憧れが死んでないことを、見せつける。

 

「言った……はずです」

 

 掠れた声で、それでもはっきりと告げる。

 

「私は、全部分かってるって」

 

 届かないことも。

 

 力の差があることも。

 

 その背中が遠く、遠すぎる程に遠いことも。

 

 全部、全部。

 

 「それでも――」

 

 刀を握る手に力を込める。

 

「私は諦めないって!」

 

 私は叫ぶと同時に地面を蹴り、雫さんとの間合いを詰める。

 

「だったら――!」

 

 雫さんは刀を構える。

 

「諦めるまで、叩き潰すまで!」

 

 再び、二人の刃がぶつかり合う。

 

 もう私の身体はとっくの限界で、気を抜けば今にでも意識が飛びそうなほどに、頭は朦朧としていた。

 

 今、意識を繋ぎとめているのは、私の憧れの執念深さ故だ。

 

「くっ……! これが火事場の馬鹿力というやつなの……! 今までとは、比にならない力強さ、ね!」

 

「ぐっ……!」

 

 雫さんは、私の刃の応酬を受け止めながら、苦痛の表情を浮かべる。だが、私の魂の応酬は、雫さんに及ぶことなく、私は雫さんに再び回し蹴りを受けて、吹き飛ぶ。

 

 私は地面をころころと転がると、地面に倒れ伏す。

 

「これで、トドメ!」

 

 倒れ伏す私に雫さんは、刀を振り上げる。私は突っ伏したまま動けず、誰がどう見ても、決着の瞬間だった。

 

 だけど――

 

「それ、は……こっちのセリフです!」

 

 私は立ちあがる。

 

 人間の潜在能力が引き出されたのか。

 

 極限まで研ぎ澄まされた意識の中で、世界は不自然なほどゆっくりと流れていた。

 

 振り下ろされる刃。

 

 筋肉の動き。

 

 重心の流れ。

 

 すべてが鮮明に見えた。

 

「なっ!?」

 

「あ、ぐ……!」

 

 半歩ずらした私の左肩を、雫さんの刃がわずかに抉った。私は痛みで顔をしかめるも、刀はしっかりと握りしめる。

 

「はああああ!」

 

 全身全霊。

 

 残されたすべてを乗せて、私は刀を振り抜いた。

 

「く……!」

 

 雫さんは刀を振り下ろした直後の為、反射的に刀を手放して、後ろへと飛び退く。

 

 その瞬間、先程までの喧騒は嘘だったかのように、静寂がグラウンドを包み込む。

 

 ひゅー。

 

 二人の間に場違いなほどの穏やかな風が横切る。それはまるで、で戦いの終わりを告げる合図のように。

 

「……」

 

「……」

 

 二人の間に動きはなく、ただ、張り詰めた沈黙だけが続く。

 

 そして――。

 

「ショウシャ、カンザキヒカリ!」

 

 守護君の声が響いた。

 

 その瞬間。

 

 私は糸の切れた人形のように地面へと崩れ落ち、そのまま意識を手放したのだった。

 

 

 

                   *

 

 

 

「ん……」

 

「あ、目が覚めた?」

 

 意識が戻ると、鼓膜に届いたのは銀鈴のように澄んだ声だった。目覚めたばかりで視界はまだ霞み、その姿は朧げにしか見えない。

 

 だが、その声色だけで、そこにいるのが誰なのか、私はすぐに悟っていた。

 

「しず、く……さん」

 

「ああ。無理して起き上がらなくてもいいよ。傷は完治してるけど、身体の疲労は凄まじいだろうし」

 

「ありがとうございます。でも大丈夫です」

 

 私は疲労困憊の身体に鞭を打ち、ゆっくりと上体を起こそうとする。

 

「ほら、ゆっくり」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 雫さんは私の背中へそっと手を添え、身体を支えてくれた。そのおかげで、思っていたよりも楽に身体を起こすことができる。

 

 その途中、不意に私の視線は雫さんの胸元へと向かう。そこには、浅いながらも確かな切り傷が残っていた。

 

「雫さん。その怪我……」

 

「ああ、これ?」

 

 雫さんは自身の胸元にある傷口にそっと触れた。

 

「光ちゃんに、ね」

 

「わた、しが……じゃあ、やっぱり夢じゃ……」

 

 私は最後の最後、すべてを賭けた一太刀を雫さんへ放った。刃が何かに触れたような感触はあったものの、その頃の私は意識を繋ぎ止めるだけで精一杯で、何が起きたのかを確かめる余裕などなかった。

 

 だからこそ、あの結末は現実味がなかった。

 

 意識を失う寸前、守護君は確かに私の勝利を告げていた。そう判定を下していたはずだった。

 

 けれど、それはあまりにも現実離れしていて――まるで夢の中の出来事のようで、全然実感が伴わなかった。

 

 だが、雫さんの胸元に残る傷痕と、その口から語られた言葉が、その曖昧だった記憶を現実へと引き戻す。

 

 あの一太刀の感触も、あの戦いも、守護君の宣言も、すべて紛れもない現実だった。

 

 夢じゃなかった。

 

「光ちゃんの憧れは私の憎悪を凌駕した。それだけじゃない。私の憎悪、悲しみ、ありとあらゆる闇を振り払ってくれた」

 

 私はそう言われ、ぱっと雫さんの双眸を視界に入れる。

 

 そこには、かつてそこに宿っていた悲しみも、憎悪も、もう見当たらない。ただ純粋な輝きだけがそこにあった。

 

「ありがとうね。また憧れを信じさせてくれて」

 

「あ……」

 

 その言葉を聞いたとき、私は胸の奥から感情が堰を切ったように溢れ出す。熱いものが込み上げ、気づけば涙の形となって頬を伝っていた。

 

 その涙の味は、かつてのようなしょっぱさは感じられなかった。

 

「え、ひ、光ちゃん!? な、なんで泣いてるの!? わ、私、何か悪いこと言った?」

 

 急に涙を流す私を見て、雫さんは慌てふためき、どうしたらいいのか分からない様子であわあわする。

 

 そんな姿が少しだけおかしくて、思わず笑みが零れそうになる。

 

 そして何より――。

 

 私へ向けられるその瞳は、あの日と同じだった。

 

 絶望の底にいた私へ手を差し伸べてくれた、あのときの――曇りのない、純粋な輝きだけを宿した眼差し。

 

 私がずっと憧れていた、雫さんの瞳だった。

 

 その事実が、どうしようもなく嬉しかった。

 

「違い、ます」

 

 涙を拭いながら、私は首を横に振る。

 

「これは――『嬉し涙』です」

 

 きっと今の私は、これまでで一番晴れやかな笑顔を浮かべているだろう。

 

 長い間、厚い雲に覆われていた花が、ようやく待ち望んだ陽の光を浴びたように、胸の奥から静かに満ちていく温もりを抱えたまま、

 

 

 

 

 

 ――私は笑った。

 

 

 

 

                 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

「それで? 二人はいつまでそこで見ているのかしら?」

 

 雫さんが私が泣き止んだのを機に、扉を睨みつけながらそう言う。そして、刹那。まるで観念したように扉が開いた。

 

「あはは~ばれてたか~」

 

「ん」

 

 姿を現したのは、臼井先輩と反町先輩。雫さんは、腰に手を当てて子供をしかりつけるような母親のような態度で二人に接する。

 

「もう、二人共帰ったんじゃなかったの? 盗み見なんて感心しないよ」

 

「いや~帰ろうと思ったんだけど、二人の様子が気になって」

 

「ん。私は盗み見なんてするのはダメって言ったけど、渚が聞かなくて」

 

「え、ちょっとはーちゃん。確かに私からその提案をしたけど、はーちゃん、反論どころか、全然乗り気だったじゃん」

 

「ん。そんなこと知らない」

 

「むう~はーちゃん!」

 

 反町先輩が手をワキワキとさせながら、臼井先輩に襲い掛かろうとする。

 

「二人共」

 

「「っ!?」」

 

「理由は何であれ、二人が盗み見した事実は消えないから、ね?」

 

「「す、すみませんでした……」」

 

 雫さんの穏やかな笑みと圧を前に、二人は成すすべなく陥落した。揃って頭を下げる姿は、さっきまで言い合っていたのが嘘のようだ。

 

 臼井先輩ならまだしも、反町先輩まで大人しくなるとは……雫さん、おそるべし。

 

「なんか、お三方の仲、深まりました?」

 

 初任務で会った頃の三人には、どこか壁があった。けれど今、その壁はもう見当たらない。

 

 軽口を言い合い、叱られれば揃って頭を下げる。

 

 その何気ないやり取りからも、三人の間に流れる空気が穏やかで温かいものへと変わっているのが伝わってきた。

 

「光ちゃんが目を覚ます前に、三人で色々と話し込んで、わだかまりは解消できたの。でも……まさか、私とのパートナー解消の後で、二人にあんな辛い思いをさせていたなんてね……」

 

「もう、雫ちゃん。あれは私たちが勝手に罪悪感を抱いただけなんだから、気にしなくていいってば」

 

「ん。それに、この話はもう終わったこと。いつまでも引きずる必要はない」

 

 二人は、悔やむ雫さんを優しく諭すように言った。

 

「二人共……ええ、そうね」

 

 雫さんは少しだけ目を伏せると、小さく息をつく。そして顔を上げたときには、その表情から苦さは消え、穏やかな笑みが浮かんでいた。

 

「神崎さん。ありがとう。こうして私たち三人が本当の意味で向き合えたのは、あなたのお陰よ。それに、雫ちゃんも、はーちゃんも、そして私も……あなたに救われた。本当にありがとう」

 

「ん。あの戦いを見て、私たちは救われた。神崎さんが憧れを貫く姿に。どれだけ力の差を思い知らされても、それでも立ち上がり、挑み続ける。その姿は、本当に眩しかった――だから確信した。神崎さんなら、雫ちゃんの隣に立っても、その憧れの輝きを曇らせることはないって」

 

 二人から向けられた感謝と信頼の言葉が、胸の奥へと静かに染み渡る。

 

 自分は涙脆い人間ではないと思っていた。だけど、それは思い違いだったらしい。

 

 ようやく引っ込んだ涙が、また溢れそうになっていた。

 

「光ちゃん。あの戦いであなたは、私とのパートナーになれる権利を得たわけだけど、どうする?」

 

「そんなの、決まってます!」

 

 雫さんの問いが終わるよりも早く、私は答えていた。

 

 迷う理由なんて、一つもない。

 

「な、なります! なりたいです! 雫さんのパートナーになりたいです!」

 

 長年抱き続けてきた想いを、私はありったけの声に乗せてぶつける。

 

 迷いのない返事に、雫さんは柔らかく微笑むと、私に右手を差し出す。

 

「ふふ。じゃあこれからよろしくね、光ちゃん」

 

「あ、はい! こ、こちらこそ、ふ、不束者ですが、よろしくお願いします!」

 

 差し出されたその手を、私は力強く握り返す。その温もりが、ずっと追い続けてきた夢が現実になったことを教えてくれた。

 

 こうして私は、念願だった憧れの雫さんと”パートナー”になった。

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