【百合】ゴーストバスターズ   作:空空空空

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21話 間接キス

「光ちゃん」

 

 雫さんはそう言うと、私に向けて右手を伸ばしてくる。

 

 おそらく、私は叱られるのだろう。当たり前だ。足手まといと言われて、逃げろと言われた。それなのに私は、「自分は雫さんのパートナーだから」と、無理やり戦いに加わろうとしたのだから。

 

 振り返ってみれば、全部、自分のことしか考えていなかった。

 

 誰かのためじゃない。ただ、自分のためだけに動いていた。

 

 こんな利己的で身勝手でわがままな私のせいで、雫さんに迷惑をかけてしまった。当然の報いだ。

 

 ううん。それだけじゃない。こんな私と、この先もパートナーとして任務に赴きたいなんて思うはずがない。パートナー解消だって、あり得る。

 

 せっかく、雫さんとパートナーになれたのに。

 

 ――それだけは嫌だった。

 

 その現実だけは受け入れられなくて、怖くて、怖くて、私は固く目を閉じた。

 

 現実から目を背けることしかできない。

 

 結局、最後まで自分のことしか考えられない。そんな自分のどうしようもない人間性に、私は嫌気が差した。

 

 心の中で自分を責め続けていると、不意に温かな手が私の頭にそっと乗せられた。

 

 その温もりに触れた瞬間、私は閉じていた目を思わず開く。

 

 そこにあったのは、雫さんの穏やかな笑みだけだった。

 

「お疲れ様。よく頑張ったね」

 

 怒るわけでもない。叱るわけでもない。責めることも、罵ることもなく、雫さんはただ、私の頑張りを認めてくれた。

 

 その言葉に、私の胸はひどくざわついた。

 

 嬉しいはずなのに、どこか、身勝手な自分を、わがままな自分を、自分のことしか考えられない、どうしようもない自分を、叱ってほしいと、怒ってほしいと強く願っている自分がいた。

 

「どうして、どうして怒らないんですか? 私がわがままだったせいで、雫さんに負担をかけて、私が身勝手なせいで、雫さんに必要のない罪を背負わせるところだった。最後だって、私は止めをさせなくて攻撃を途中でやめて……こんなにも雫さんに迷惑をかけて、足まで引っ張ったのに。どうして、怒らないんですか?」

 

 私は自分の愚かさも、情けなさも、全てを吐き出すように雫さんにぶちまけた。

 

 パートナーを解消されたくないと、あれほど願っていたはずなのに。雫さんの言葉を素直に受け止めれば、それで済む話だったはずなのに。どうして私は、自ら首を絞めるようなことばかり口にしてしまうのか。

 

 つくづく、自分という人間がわからなかった。

 

「……私はあの時、光ちゃんに感情論だって諭したけど、実を言うとね、私も全然冷静じゃなかったの。人型が現れた瞬間、私の頭の中は真っ白になってた。ただ一つ考えていたのは、どうやって光ちゃんを逃がすか。それだけだった」

 

 意外だった。

 

 確かに人型が現れたとき、雫さんの表情は一気に険しくなっていた。でも、その口調は落ち着いていて、少なくとも私には冷静に見えていた。

 

「だからこそ、光ちゃんが『一緒に戦いたい』って反発したとき、全然言うことを聞いてくれないことに、つい頭に血が上っちゃってね、ついカッとなっちゃった。皮肉だけど、人型に吹き飛ばされたとき、ようやく気づいたんだ。私も、人のことを言えた立場じゃなかったなって。……ごめんね」

 

「そ、そんな……! 雫さんは悪くありません。例え感情的だったとしても、雫さんの判断は正しいです。悪いのは私……私なん、です」

 

 最初の一撃で、私は人型との力の差がどれだけ離れているかが分かった。

 

 私じゃ手も足も出ないことが分かった。

 

 雫さんの隣で戦っても足を引っ張るだけってことが分かった。 

 

 何もかも分かっていた。

 

 分かっていたはずなのに……私は自分を優先した。

 

 自分は『雫さんのパートナーだから』と、パートナーを免罪符にして、言い訳にして、雫さんの隣で戦いたいっていうただの自己満足のために、分かっていたことを全て棚に上げて、自分勝手な願いを押し通した。

 

「悪いのは……全部、全部、私なんです! 人型との力の差も、私が足手まといだってことも、雫さんの足を引っ張るだけだってことも……全部、分かっていました。分かっていたんです。それなのに、『私は雫さんのパートナーだから』なんて言い訳をして、雫さんの隣で戦いたいっていう、自己満足のために自分の気持ちを優先して、だから、悪いのは、私、なんです……」

 

「……」

 

 私の告白を受けて、雫さんは何も言わなかった。

 

 二人の空間に響くのは、嗚咽を堪えきれない私のすすり泣きだけ。

 

 その沈黙が、何よりも怖かった。

 

 私の言葉を聞いて、雫さんは何を思ったのだろう。

 

 呆れただろうか。失望しただろうか。それとも――もう、パートナーとして隣に立つ資格はないと、見限られてしまったのだろうか。

 

 今になって、後悔が胸を締めつける。

 

 本当は、こんなことまで言うつもりはなかった。

 

 それでも、一度溢れ出した感情はもう止められなかった。胸の奥に押し込めていた後悔も、自己嫌悪も、罪悪感も、すべてが堰を切ったように言葉となって溢れ出していた。

 

「……光ちゃんはさ、今も、足手まといだなって思う?」

 

「それは……はい」

 

「私はね、そうは思わない」

 

「え……?」

 

「光ちゃんがいなければ、私は今も人型と一人で戦って。そして、最後は、ボロボロになりながらも勝利する、そんな未来が待っている可能性もある。もしくは、活発化が終わるまで戦っている可能性もある。もしくは、死んでいる可能性もあったかもしれない」

 

 雫さんが死ぬ。そんな未来は想像できないが、しかし、あのSNSでの投稿を見るに、そんな可能性もあったかもしれない。

 

「でも、今はもう人型との戦いは終わり、討伐したという事実が、未来が決定している。人型との戦いが終わったっていうのに、私はぴんぴんしてる。これは、一重に光ちゃんのお陰だよ」

 

「そんなわけ、ないじゃないですか。私は最後の最後まで役立たずでした。最後なんて、雫さんが作ってくれた隙を、私は自ら放棄した挙句、反撃受けて殺されかけたん、ですよ? 足手まとい以外になんて言うんですか」

 

 最後の最後、私は人型の人間味に溢れた姿に、コアを破壊するのをためらってしまった。

 最後まで刀を振れば、確実に勝っていたのを私は自らの手で放棄し、殺されかけもした。雫さんがいなければ、私は確実な死を遂げていた。

 

 結局のところ、私は足手まといで終わった。なのに、雫さんはそれを咎めない。どうしてそこまで、足手まといじゃないって言えるのか、わからなかった。

 

「確かに、光ちゃんは人型ゴーストを咎めることは出来かった。でも、光ちゃんは、私の声に瞬時に応え、ゴーストに少しの攻撃を入れてくれた。その攻撃のお陰で、私はすぐにゴーストへと攻撃に転じることが出来た。もし、光ちゃんが少しでも反応が遅れれば、こうはいかなかった。だから、光ちゃんは足手まといじゃない」

 

「……」

 

「あなたは、ちゃんと私を支えてくれた。パートナーとして、ちゃんと私を支えてくれたよ……ありがとう」

 

「あ……」

 

 最後の最後まで役立たずだと思っていた。

 

 身勝手さゆえに雫さんへ迷惑をかけ、わがままゆえに余計な負担を背負わせた。パートナーとして支えるどころか、その首を絞めるようなことしかしていない――ずっと、そう思っていた。

 

 今でも、そんな自分を好きになれない。

 

 それでも、こんな私でも少しは雫さんを支えられていたのだと知れたことが、どうしようもなく嬉しかった。

 

 私は涙を零した。ぽろぽろと頬を伝う涙は、どれだけ拭っても止まらない。それでも、その一粒一粒は、不思議なくらい温かかった。

 

 雫さんはそんな私を黙って見守り、私が泣き止むまで、何も言わずに、ただ優しく私の髪を撫で続けてくれていた。

 

 

                      *

 

 

 人型ゴーストとの死闘の翌日。

 

 穏やかな朝が流れる中。

 

「ど、どうしよう……! 全然、服が決まらないよおおおおお!!!」

 

 私は地面に散らかった数々の服に囲まれて、一人、頭を抱えていた。

 

「どうしよう、もう、雫さんとの待ち合わせまで時間がないのに」

 

 昨日、任務の帰還中に、雫さんからパートナーとして絆を深めるため、明日の休養日、一緒でどこかに遊びに行かない? とお誘いを受けた。

 

 しかも、学院内ではなく、学院の外に行くとのこと。雫さんの誘いに私は「行きます!」と即答。

 

 その時は雫さんと一緒に居られることが嬉しくて、何も考えずにそう言ったけど、朝起きて、冷静になった頭で考えて、これって、ありていに言えば雫さんとデートってことになるよね? と今更ながらに気付いた私は、もう、小一時間ほど服装選びに格闘していた。

 

 雫さんとは、十時に寮のラウンジで集合となっている。流石に遅刻するなんて言語道断。

 

「よし、これにしよう!」

 

 私は白いハイネックの長袖のインナーに、ワンピースのような長めの丈の赤いキャミ―ソールに決めて、急いで着替える。

 

 出る前に姿見で最終チェック。

 

 服装、髪の毛の乱れがいないかきっちりと身だしなみをチェックした後、私は小さいショルダーバッグを肩にかけて、部屋から出た。

 

 ラウンジへと赴いた私。時計を確認すると、時間は九時五十分。雫さんの姿は見えず、何とか遅刻は免れたことに安堵の息を零す。

 

「光ちゃん」

 

 と、私がラウンジについてすぐ、雫さんから声がかかる。振り返った私は、初めて見る雫さんの私服姿に目を奪われた。

 

 胸元には繊細なレースをあしらった白いトップス。その上から羽織ったくすみピンクのカーディガンと、くすみブルーのスカートが、控えめながらも上品な彩りを添えている。

 

 春風をまとったような柔らかな印象の中に、愛らしさと大人びた落ち着きが絶妙に共存し、その装いは雫さんの雰囲気と見事に調和していて、息を呑むほどに美しい。

 

「? 光ちゃん。顔真っ赤だけど、大丈夫?」

 

「は、はい! 全然大丈夫です! その……雫さんの私服姿があまりにも新鮮で、その、すごく綺麗だったので……つい、見惚れちゃって」

 

「あ、そうなんだ。ふふ、ありがとう。光ちゃんこそ、とっても可愛いよ」

 

「か、かかか、可愛い!? あ、ありがとうごじゃいましゅ! っ~」

 

 胸の鼓動が早鐘のように鳴り響き、私の頭の中は真っ白。思うように舌が回らず、噛んでしまう私。

 

 今回こそは憧れの人の前で醜態をさらさないと決めていたのに、この調子では先が思いやられる。

 

「ふふ、それじゃあ、行きましょうか」

 

「ひゃ、ひゃい!」 

 

 そうして私たちは、並んでラウンジを後にした。

 

 

 

 

 

                    *

 

 

 

 

 

「お~? お二人さん。これからお出かけ~?」

 

 寮を出て校舎前の噴水広場を通りかかると、背後からおっとりとした声が聞こえてきた。

 

「あ、奏さん。はい、そうです。これから二人で学院の外へ出かけるところなんです」

 

 雫さんが西園寺先輩と楽しそうに話している傍らで、私は石像のように固まっていた。

 

「こんにちは、神崎さん」

 

「こ、ここここ、こんにちは、です!」

 

 前回の選抜パートナーのときにも言葉を交わしたし、少しは慣れたと思っていたが、全然そんなことはなかった。

 

 むしろ、あのときよりも悪化している気がする。

 

 理由の一つは、西園寺先輩が制服ではなく私服姿だったことだ。

 

 派手さを抑えた上品な装いは、彼女の清楚な雰囲気をいっそう際立たせている。もともとの美しさも相まって、思わず目を奪われてしまうほどだった。

 

 そして、最もな原因は、学院で『二大天使』と称される二人と同じ空間に、今こうして自分が立っていることにあった。

 

 雫さんと西園寺先輩。

 

 学院のアイドルとも称される二人が並ぶ光景は、まるで一枚の絵画のようだった。

 

 そんな眩しい空間の中にいるだけで、心臓は今にも飛び出しそうなくらい高鳴っていた。

 

 ド緊張で固まっていた私に、西園寺先輩が何の前触れもなく抱きついてきた。

 

「お~、神崎さん。すごい、すごい! モフモフだよ~!」

 

「わ、わわ……わわわぁ……」

 

 頭の中は真っ白。何が起きたのか理解する前に、私の思考が完全に止まってしまっていた。

 

「奏さん! いきなり光ちゃんをモフモフしないでください! 光ちゃん、ショートして言葉も出なくなってますから!」

 

「おっとっと、ごめんごめん。つい~」

 

「『つい』じゃありません。光ちゃん、大丈夫?」

 

「わ、わあ……」

 

「ひ、光ちゃん!? 正気に戻って! これからお出かけするんだよ!」

 

「はっ! す、すすす、すみません。いきなり抱き着かれたものですから、頭が真っ白になってしまって……」

 

 抱き着かれたことだけは覚えている。でも、その時の自分がどんな反応をしたのかは、まるで記憶から抜け落ちていた。

 

「えっと、奏さん。それでは私たち、これから出かけますので、失礼します!」

 

「し、失礼します!」

 

「ふふ。いってらっしゃい。楽しんできてね~」

 

 西園寺先輩の朗らかな声に見送られ、私たちは学院を後にした。

 

 

 

 

                  *

 

 

 

 カランコローン!

 

 扉を開けた瞬間、心地よい鐘の音が店内に響いた。

 

 中へ足を踏み入れると、木の温もりを感じるほのかな香りが鼻をくすぐる。深く息を吸い込むだけで、自然の中に迷い込んだような気分になった。

 

「いらっしゃいませ――って、あら?」

 

 柔和な笑みを浮かべた女性が私たちを迎えると、雫さんの顔を見て小首を傾げた。

 

「あなたは確か……雫ちゃん?」

 

「私のこと、覚えてらしたんですか?」

 

「ええ、渚のお友達だもの。忘れるはずないわ。と、いうより、一昨日、葉月ちゃんとここにきて、あなたのことと、神崎さん? っていう子のことを話してくれたわ」

 

 突然自分の名前が出てきて、思わず目を丸くする。

 

「わ、私のこと……!?」

 

「あら? もしかして、あなたが渚の言っていた、神崎光さん?」

 

「あ、は、はい! そうです」

 

「ふふ、どうも。反町京子(そりまちきょうこ)です。渚がお世話になってます」

 

「い、いえ。お世話になってるのはむしろ私の方です」

 

「そう? 渚が言うには、『凄い後輩でいろいろ救われた』って」

 

「そ、そんな……! わ、私は別に何も……」

 

 私としては大したことをしたつもりなんてなく、どう返せばいいのかわからず口ごもってしまう。

 

 そんな私を見て、京子さんはくすりと笑った。

 

「ふふ。本当はゆっくりお話ししたいところだけど、今は仕事中だから。それはまた今度。二人とも、空いている好きな席へどうぞ」

 

「はい。じゃあ、行こっか」

 

「は、はい!」

 

 雫さんに促されるまま、席へと向かう。

 

 その足取りには一切の迷いがなく、すでにどこに座るか決めているようだった。

 

 店内には観葉植物があちこちに飾られ、木の机や椅子と調和して、まるで森の中にいるような穏やかな空間が広がっていた。

 

 夕暮れが近づき、窓から差し込むオレンジ色の陽光が葉の隙間を抜け、店内にやわらかな木漏れ日を落としていた。

 

 ここは山梨県・河口湖のほとりに建つ『ネイチャーカフェ』は、反町先輩のご両親が営んでいる。

 

 店内を見渡しながら歩いていると、不意に雫さんが足を止めた。

 

 窓際にある席だった。小さなテーブルを挟み、二脚の木製の椅子が向かい合っている。

 

 私が手前、雫さんが奥へと腰を下ろした。

 

 壁に立て掛けられていた小さなメニューを手に取りそれぞれ頼む品を吟味。

 

 雫さんからここのケーキが美味しいとのことで、私はカフェモカとショートケーキ、雫さんはロイヤルミルクティーとチョコレートケーキを注文した。

 

 注文を終えると、二人の間に静かな時間が流れた。

 

 けれど、私の胸の内は穏やかとは程遠い。今日のお出かけでは隣を歩くことがほとんどで、こうやって向かい合う形は初めてだった。

 

 せっかくほぐれていた緊張が、また少しずつ胸の中で膨らんでいく。

 

 ちらっと、雫さんの方を見ると、頬杖をつきながら、横を見ていた。

 

 その横顔はどこか儚げで、ほんの少し寂しそうにも見える。

 

 私もつられて雫さんと同じ方向に視線を向けると、そこでは親子連れが楽しそうに笑い合っていた。

 

 不意に、ジュースを飲んでいた五歳くらいの女の子がこちらに視線を向けてきた。

 

 ちらちらと私と雫さんを見てからに、隣に座る母親の袖をちょんと引き「あの人たち凄くかわいい」と伝えていた。

 

 その言葉に、母親も私たちへ視線を向けると、「ほんとね~」と、くすりと笑って頷く。

 

「ふふ。聞いた? 私達可愛いって」

 

「ふえ!? えっと」

 

 突然話を振られ、慌てて雫さんへ視線を向ける。そこには、さっきまでのどこか儚げな表情はなく、穏やかな笑みが浮かんでいた。

 

 どう返せばいいのかわからず視線をさまよわせていると、また、女の子が私達を見ていた。女の子は雫さんを見るなり、瞳を大きく見開く。

 

 私は何事かと思って雫さんの方へと向けると、雫さんは女の子に向かって小さく手を振っていた。

 

 それに気づいた女の子は、笑顔いっぱいに手を振り返していた。

 

 ――私もあの子みたいに、緊張なんて忘れて、素直に雫さんと接することができたらいいのに。

 

 こういう時ばかりは、子どもの無邪気さが少し羨ましかった。

 

「お待たせしました。こちらロイヤルミルクティーとカフェモカ。そして、ショートケーキとチョコレートケーキでございます」

 

 京子さんは手に持つトレイから一つ一つの品を机に置くと、「ごゆっくりどうぞ」と言う文言と共に退散した。

 

「じゃあ、いただきましょうか」

 

「は、はい!」

 

 私たちはそれぞれ飲み物をひと口飲むと、ケーキを口に運ぶ。優しい甘さが口いっぱいに広がり、自然と笑みがこぼれた。

 

「う~ん。美味しい~」

 

 私は頬に手を添えながら、甘い幸せに身を委ねる。

 

「ふふふ」

 

 甘味に酔いしれていると、不意に正面から控えめな笑い声が聞こえた。

 

「光ちゃん。凄く美味しそうに食べるねえ」

 

 その笑い声の主に顔を向けると、こちらを見ながらにこにこと微笑ましそうに見ている雫さんが。

 

 窓から差し込む柔らかなオレンジの陽光を浴びたその笑顔は、思わず見惚れてしまうほど綺麗だった。

 

 本来なら、その笑顔に身も心も奪われていた私だというのに。

 

「あ、ああ……」

 

 雫さんに、子供っぽい姿を見せた恥ずかしさにより、私はそれどころではなく。

 

「あ、光ちゃん。口元にクリーム付いてるよ」

 

 羞恥で顔が真っ赤になっているだろう私に、雫さんはさらなる追い打ちをかけてきた。

 

 私の口端についたクリームを指で拭き取った雫さんはそのまま、口元へ持っていき――、

 

 

 

 ぱくり。

 

 

 

 私の口元のクリームは雫さんの口の中へと消えていった。

 

 その瞬間、世界から音が消えた。

 

 ――い、今のって……

 

 さっきの光景が何度も頭の中で再生される。

 

 私の口元のクリームを雫さんは指で掬い、そのクリームを雫さんは戸惑うことなく食べた。

 

 私の口元のクリームが雫さんの口の中に。

 

 私の口……雫さんの口。

 

 口と口。

 

 ――それってつまり……

 

 私の頭は考えるよりに、答えが出ていた。

 

 

 

 

 ――間接キス。

 

 

 

 

 その言葉を認識した瞬間、ぷしゅう、と今にも湯気が立ち上りそうな勢いで顔に熱を帯びる。

 

「ひ、光ちゃん!?」

 

 私はその熱に耐えきれず、机に突っ伏した。

 

「ひ、光ちゃん! 光ちゃんってば、しっかりして! ねえ、ねえってば!」

 

 雫さんの慌てた声がどこか遠くに聞こえる。私はそれに返事をする余裕もなく、

 

「か、かんせ、つ、キス。かか、んせ、つ、き、す……」

 

 目を回しながらうわごとのように何度も間接キスと呟き、しばらくの間、私は動けなかった。

 

 雫さんとの初めてのお出かけは、こうして幕を閉じたのであった。

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