【百合】ゴーストバスターズ   作:空空空空

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22話 悪名高い問題児

「神崎光! あたしと戦いなさい!」

 

 ある晴れた日の午後。

 

 訓練の授業にて、朝倉先生の指示で模擬戦の相手を探していたところ、私の前に一人の少女が立ちはだかる。

 

 その少女の赤い髪はさんさんと降り注ぐ太陽の光を浴びることで、鮮烈(せんれつ)に輝き、まるで小さな太陽がそこに顕現(けんげん)したかのようであった。

 

 切れ長の双眸(そうぼう)は鋭く、近寄りがたい威圧を宿しながらも、その奥に揺らぐことのない芯の強さを湛(たた)えている。 

 その一方で、左右に結われたツインテールが、彼女の厳しさにわずかな柔らかさを添えている。その対照が、かえって彼女という存在を際立たせていた。

 

 鋭さと愛らしさ――相反する二つの気配が、不思議な調和をもって同居している。

 

 彼女は立花焔(たちばなほむら)さん。

 

 入学式で新入生代表の挨拶を務め、一躍一年生の注目を集めた人物だ。だが、その名が広く知れ渡った理由は、晴れやかな実績だけではない。それ以上に、悪名のほうが表立っていた。

 

 立花さんは私の返事も待たず、強引に腕を掴んだ。指が食い込むほどの力には、彼女の苛立ちがありありと滲んでいる。

 

 あまりの痛みに、骨まで握り潰されるのではないかと思うほどだった。

 

 そのまま乱暴に引っ張られる。振りほどこうと力を込めても、銅像のように微動だにしない。

 

「い、痛い! 立花さん、離して!」

 

「うっさい! あたしはね、納得できないの! あんたみたいな『凡人』が、『天才』であるあたしを差し置いて、白雪先輩とパートナーとなっていることを!」

 

 私の抗議など意にも介さず、立花さんは一方的にまくし立てる。

 

 彼女の悪名が校内に知れ渡っている理由は、たった一つ。

 

 他人を見下す、その尊大《そんだい》な性格だ。

 

 自分を「天才」と言って憚(はばか)らず、それに見合わない相手は容赦なく見下す。

 ただ、その口ぶりからすると、自分が認めた実力者だけは別なのだろうと思う。

 

 一年生の多くはそんな彼女を快く思っておらず、けれど、面と向かって逆らえる者は少なく、その鬱憤は陰での愚痴や悪口という形で吐き出されていた。

 

 もちろん、最初から皆が黙っていたわけではない。

 

 訓練の授業で模擬戦を挑む生徒も少なくなかった。しかし、その挑戦者たちはことごとく返り討ちに遭い、中には恐怖を植え付けられたのか、彼女の姿を見るだけで震え上がる者までいた。

 

 私も何度か彼女の模擬戦を目にしたことがある。

 

 技量、力、俊敏性――そのどれを取っても常人離れしていた。

 おそらく、この三つ葉女学院でも、彼女に勝てる生徒はそう多くないだろう。

 

 その腕を掴まれた瞬間、私に拒否権など残されていなかった。抵抗も虚しく、私は立花さんとの模擬戦へと引きずり込まれてしまった。

 

 ――うう、どうしてこんなことに……

 

 こうして私は、学院内でも悪名高い問題児――立花焔さんとの模擬戦に臨むことになってしまった。

 

 

                      

                     *

 

 

正面に立つ立花さんは、苛立ちを隠せないのか、右脚のかかとを小刻みに上下に動かしていた。

 

 ――ブウウウウゥゥゥゥ!!!

 

 守護君のタイマーがゼロを示し、開始のブザーが鳴り響く。

 

 その瞬間、立花さんの姿が掻き消えた――と思ったら既に私の懐に入り込んでいた。

 

 私はスタート開始前の立花さんの様子を見て、スタートと同時に特攻するのは何となく予測していたので、ほとんど反射的に身を低くして斬撃をかわそうとした。

 

 私の頭の中に描いていた未来予想図では、勢いそのままに薙ぎ払った立花さんの一閃は虚空を切り裂き、その勢いゆえに生まれた隙を狙って、私はすかさず反撃へと転じる。

 

 そんな展開になるはずだった。

 

 ……そう、なるはずだった。

 

「!?」

 

 だが、立花さんは私の予想をあっさりと裏切った。勢いに任せてそのまま斬り抜けることはせず、ほんの一瞬だけ――『間』を置いたのだ。

 

 私が身を沈めたことを見届けると、立花さんはその動きに合わせるように刀筋を変えた。

 

 ――読まれていた。

 

 遅ればせながらそう気づいたときには、もう刃は私を捉える軌道にあった。

 

 振り下ろされた一撃を避ける術はなく、私は反射的に刀を構えて受け止めた。金属同士がぶつかる甲高い音が耳を打ち、その衝撃が腕から肩へと突き抜ける。

 

「ぐ……!」

 

 立花さんの容赦ない剣戟《けんげき》に、私は苦悶の表情を浮かべる。

 

 しゃがんだ姿勢では踏ん張りがあまり利かず、一撃を受け止めるたびに身体が大きく揺らぐ。

 それでも歯を食いしばり、崩れそうになる体勢を気力だけで何とか支える。しかし、立花さんの攻撃は時間が経つにつれ、速度も重さも容赦なく増していくばかり。

 

 このままでは、いずれ防御を崩されることなど目に見えていた。

 

 分かっていても、立花さんの剣戟は息つく暇もないほど隙なく連なり、反撃の余地も与えさせてくれない。

 

 仮にその隙を突けるとしたら、それは針に糸を通すような、神業にも等しい繊細な技量があってこそだ。

 

 当然そんな芸当、私なんかが出来るわけもないので、防戦一方の状況は覆ることなく……、

 

「あっ……」

 

 ついに、私は耐えきれず防御を崩してしまう。後方へと倒れ込んだ私に、立花さんの慈悲は無く、追撃の手を緩めない。

 

 私は寝転んだまま刀を構え、迫る一撃を受け止めようとしたとき――不意に立花さんの刃が私の刀を掬い上げる軌道へと変わる。

 

 金属同士が激しくぶつかった衝撃が腕を痺れさせた。積み重なった疲労で握力はすでに限界で――、

 

「あ……!」

 

 刀が、私の手から弾き飛ばされる。

 

 しかし、宙を舞う刀へ視線を向ける暇もなく――、

 

「ムカつく!」

 

「が……!」

 

 立花さんは怒りに身を任せて、私の腹部を踏みつぶす。

 

 衝撃に肺から空気が一気に押し出され、私はまともに息をすることすらできなくなる。

 それでも、立花さんは私の苦痛など知ったこっちゃないと言わんばかりに、、踏みつけた足へさらに体重をかけてくる。

 

「ぐ、う……!」

 

 呼吸は浅くなり、酸素が足りない。薄れゆく意識を必死につなぎ止めながら、私は立花さんの足首へ震える腕を伸ばした――その瞬間。

 

「があああああ!」

 

 左右の肩口に、焼けつくような灼熱が迸った。

 

 肺にほとんど空気は残っていないはずなのに、それでも悲鳴は喉から絞り出された。滲んだ涙で視界が揺れる。

 

「ムカつく! ムカつく! ムカつく!」

 

「うっ……! ぐっ……! あぁっ……!」

 

 立花さんは怒りのまま、何度も私のお腹を踏みつける。

 

 踏み込まれるたび、一瞬だけ圧迫が緩み、わずかな空気が肺へ流れ込む。しかし、その直後には再び重い一撃が腹へ叩き込まれ、息をつく間もなく苦痛だけが全身を支配した。

 

「ムカつくうううううううう!!」

 

「がはっ……!」

 

 怒りの咆哮とともに、立花さんは渾身の力で私の腹へ足を振り下ろした。

 

 それは、それまでの、どの一撃よりも重い衝撃だった。内臓が口から飛び出してしまうのではないか――そんな錯覚さえ覚えるほどの激痛が全身を駆け巡る。

 

 完全に虫の息となった私を見下ろすと、立花さんは胸倉を乱暴に掴む。そのまま強引に引っ張り上げ、無理やり私を地面に立たせた。

 

 焦点の定まらない視界の中でも、立花さんの鋭い瞳だけははっきりと私を射抜いている。その赤い瞳は怒りと苛立ちの色が重なり、さらに鮮烈とした赤へと遂げていた。

 

「こんな雑魚に、白雪先輩が負けるなんてありえない。天地がひっくり返ってもありえない。ねえ、あんた白雪先輩に何をしたの?」

 

「あ、ぐっ……なにも……してない。正々堂々……戦った、だけ……」

 

「……ちっ」

 

「っ!?」

 

 立花さんは、私の答えに苛立ちを滲んだ舌打ちをすると、膝を私のみぞおちに打ってきた。

 

 鋭い衝撃が私を襲い、全身から力が抜ける。意識が暗闇へ沈みかけた――その時だった。

 

「がああああああ!!!」

 

 激しい痛みに思わず絶叫が漏れ、途切れかけた意識が無理やり現実へ引き戻された。

 

「は? 何、寝ようとしてるの?」

 

 冷え切った声が真上から落ちてくる。

 

「あんたが本当のこと言うまで、終わらせるわけないでしょ……で? 早く言いなさいよ。白雪先輩に何したの?」

 

 私が雫さんとパートナーになった理由。その答えだけを求めるように、立花さんは執拗に問い続ける。

 

 私は震える唇を動かし、かすれた声を絞り出した。

 

「あ……だ、だか……ら、本、当に……たたかっあああああああああ!!!」

 

「うざいから。さっさと本当のこと喋ってくれない?」

 

 私の言葉をまるで信じようとしない立花さんは、容赦なく私の身体に傷を斬り刻む。

 

 鋭い痛みが全身を駆け抜け、思わず悲鳴が漏れる。

 

 悲鳴が途切れる暇すらなく、次の痛みが襲いかかる。

 

 また悲鳴がこぼれる。

 

 さらに追い打ちをかけるように攻撃が続き、そのたびに私は悲鳴を上げる。もはや私は、痛みに反応して音を立てるだけのおもちゃと化していた。

 

 何度も、何度も、何度も。

 

 終わりの見えない苦痛だけが積み重なり、私は果てしない生き地獄の中へ沈んでいく。

 

 せめて意識だけでも手放したい――そう願うたび、立花さんの容赦ない攻撃が私を現実へと引き戻し、そのささやかな願いさえも無残に打ち砕いていく。

 

 だが、始まりがあれば終わりがあるように、その生き地獄にも終焉は訪れた。

 

 何度目かの斬撃が振り下ろされようとした、その時。

 

「っ!?」

 

「ショウシャハ、タチバナホムラサン。デス」

 

 守護君の介入により、立花さんの斬撃は寸前で阻まれた。

 

「邪魔するな! あたしはまだ……!?」

 

 守護君に食って掛かる立花さん。しかし、その抵抗も虚しく――。

 

「くそっ! 離せ! あたしはまだあいつに……!」

 

 立花さんは守護君に抱え上げられ、強制的に私から引き離されていく。私の背中にのしかかっていた圧迫感が消え去った。

 

 遠ざかっていく立花さんの怒声をぼんやりと聞きながら、今度こそ私は、深い闇へと意識を手放した。

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