【百合】ゴーストバスターズ~憧れ目指して今日も頑張ります!~ 作:空空空空
「「ぎしゃしゃしゃ!」」
私たちの前に立ちはだかったのは、長い鉄パイプを
「光ちゃん、いくよ!」
「はい!」
合図と同時に、私と雫さんはそれぞれの標的へ駆け出した。私は包丁を構えたゴーストへ、雫さんは鉄パイプを構えたゴーストへ一直線に迫る。
「はあっ!」
私は鋭い雄叫びを上げて、ゴーストに斬りかかる。白刃は白い残滓を引きながら、ゴーストの脳天へと吸い込まれていく。
「ぎしゃ!」
ゴーストは朝飯前と言わんばかりに、私の一太刀を難なく受け止める。そのまま空いた左手で拳を握ると、私の腹部へ向けて一直線に打ち込んできた。
ぶんっ! と拳が唸りを上げ、空気を震わせる。その速度は弾丸のように速く、一撃でも受ければ身体を貫かれかねないほどの威力を秘めていた。
だが、私は拳を握る動作を見た瞬間から反撃を警戒していた。
拳が放たれるより一瞬早く身体を
「きしゃ!」
ゴーストは反射的に身を沈め、間一髪で私の刃を躱す。私の刃は何も斬れず、ただ虚しく宙を彷徨う。
ゴーストはしゃがんだ姿勢からばねのように跳ね起き、その勢いのままナイフを下から斬り上げる。
私は後方へ跳び、その一撃をかわす。しかし、ゴーストは空振りにも動じない。着地した私との距離を一瞬で詰めると、私の脳天めがけてナイフを振り下ろした。
集中力を研ぎ澄ました私の周囲の景色がゆっくりと流れ始める。迫り来るナイフの軌道を冷静に見極め、私は刀を滑り込ませた。
「ぎしゃ!?」
金属同士がぶつかり合い綺麗な火花が散る横で、汚い悲鳴を出すゴースト。しまった!? そんな意味合いを含んだ悲鳴を上げるも、ゴーストのナイフはあれよあれよと私の刀身に沿って滑りゆく。
前方へとバランスを崩すゴーストに、私の刃はコアを捉えた。
「てやあああっ!」
気合の咆哮とともに、刀を一閃する私。
白刃は紙を裂くように滑らかに走り、コアごとゴーストの胴を真っ二つにした。
「ぎしゃ……ああぁ……」
コアを断たれたゴーストは力なく断末魔を漏らすと、その身体は無数のガラス片へと砕け散り、光の粒子となって天へと昇っていった。
最後の光の粒が空へ溶ける頃には、ゴーストに憑依されていたマネキンはただの抜け殻となり、音を立てて地面へ崩れ落ちる。
「光ちゃん、どんどん動きが良くなってるね。ちゃんと受け流しも使いこなして、教えたことをしっかり実戦で活かせてる。すごいよ」
「そ、そうですかね~。え、えへへ……」
戦いを終えるなり、開口一番に雫さんからの誉め言葉が。
憧れの人から面と向かって努力を認められる。その嬉しさに胸が温かくなる一方で、どうしようもない照れくささが押し寄せ、体をくねくねとさせながら、頬が自然と緩む私。
「うんうん。その調子で、これからも精進するように」
雫さんは少しだけ胸を張り、まるで上官のように誇らしげな口調で告げる。
「サー! イエッサー!」
私が勢いよく敬礼して応えると、雫さんはその様子が可笑しかったのか、くすくすと笑みをこぼした。
その笑顔につられて私も笑みを浮かべる。
穏やかな笑い声を交わしながら、私たちは心地よい達成感に包まれたまま学院への帰路についた。
*
「神崎さ~ん!」
「おわっぷ!」
「お~もふもふだ~。もふもふ~」
「そ、反町先輩、ぐるじ、い……です」
学院から帰還して帰路に着いてるときに、背後から反町先輩に勢い良く抱き着かれる。反町先輩は抱き着く私のもふもふ具合にご満悦で、、満面の笑みで頬ずりまでしてくる。
「神崎さんを抱き枕にして寝たら、絶対に睡眠の質が上がるよ。ねね、今日から私専用の抱き枕に――って、いたたた! はーちゃん。耳、引っ張んないで、痛いってば!」
「ん、神崎さん。ごめん、渚が迷惑かけた」
臼井先輩は表情ひとつ変えず、反町先輩の耳をぐいっと引っ張る。耳が引きちぎれる勢いで引っ張られた反町先輩は強制的に私の抱擁を断念。
「あ、いえ、全然大丈夫ですので」
「ん。そう? じゃあ」
そう言うや否や、今度は臼井先輩が遠慮なく私を抱き寄せる。頬をすり寄せ、心ゆくまで私のもふもふを堪能し始めた。
「ん。神崎さん、今日から私専用の抱き枕になるべき。あと、私専用のなでなでも所望する」
「ちょっとちょっと! はーちゃん、私をダシにしてそのお願いはどうかと思うよ。しかも、なでなでまでしてもらおうなんて強欲すぎる。それなら私だってやってもらいたい!」
「ん。先着順」
「そんなルール初めて聞いたよ!」
互いに譲る気のない二人は、ああでもない、こうでもないと言い合いながら、そろって私を抱きしめてくる。
そんな賑やかなやり取りを見ていた雫さんは、苦笑を浮かべながら口を開いた。
「二人共。光ちゃんも任務でお疲れなんだから、そこらへんでね?」
「は~い」
「ん。しょうがない。雫ちゃんに免じて、引き下がる」
二人は雫さんの言葉に従い、私の元から離れる。と、そこで、反町先輩は何かひらめいたように「あ!」と声を出す。
「明日。四人で私の部屋で遊ばない?」
突然の提案に、雫さんと臼井先輩は顔を見合わせることもなく答えた。
「私は別にいいけど」
「ん。私も構わない」
二人が快く承諾すると、反町先輩は嬉しそうに笑みを弾けさせる。そして最後に、期待に満ちた視線を私へと向けてきた。
「私は……そのぉ」
「およ? もしかして神崎さん何か用事でも?」
「あ、いえ。用事ではないんですが……」
私は立花さんとの最後の戦いのために、鍛錬につぎ込むつもりだった。
「光ちゃん。明日は休養日なんだから、ちゃんと身体を休めなきゃ駄目だよ? 今日は九州まで任務に行ってきたばかりで、帰ってきたのもこんな時間なんだから」
私が言い淀んだ理由を察したのか、雫さんは優しく言い聞かせるように微笑んだ。
今日の任務は九州地方まで遠征し、二体のゴーストを討伐した。学院へ戻ってきた頃には、空はすっかり白み始め、時計の針は深夜四時を回ろうとしていた。
「起きて鍛錬できても、ほんの少しだけ。それに任務の疲れも残ってるだろうし、中途半端に身体を動かすくらいなら、今日はきっちり休んだ方がいいと思うよ」
確かに雫さんの言う通りだ。
この時間から眠れば、目が覚めるのは昼頃。鍛錬に充てられる時間はほんのわずかしかない。それなら無理をするより、しっかり身体を休めて万全の状態で次の鍛錬に臨んだ方が、きっと実になるはずだ。
「……分かりました。では、私も一緒に遊びます」
「やった! じゃあ、明日の十四時に私の部屋へ集合ね!」
反町先輩は満面の笑みでそう告げた刹那。
「ふっふっふ。何やら楽しそうな匂いがするわね」
「「「うわ!?」」」
「うわああああああああ!!!」
唐突に私たちの輪に割って入る声に、反町先輩、臼井先輩、私は声をそろえて驚くものの、それ以上に驚いた者がいた。
雫さんだった。
聞いたこともないような悲鳴に私は西園寺先輩が割って入ってきた驚きよりも、雫さんの驚きっぷりに、驚きを通り越して困惑してしまう。声もそうだが、身体も驚きを表現しており、雫さんは両手を天に引っ張られているかのように両手を思いっきり上げていた。
そして、驚きのあまり傍に居た私にしがみつく。
「ぐええええええ!」
雫さんは驚きのあまりに心に余裕がないのか、力の限りしがみつきに全力投球。体がみしみしと軋みを上げて、充分な空気を取り入れることが出来ず、私は窒息寸前だった。
「じ、じず、ぐ、ざ……ぐる、ぐるじ、ぃ……」
私は掠れながらも声を絞り出し、抱き着く雫さんの背中をぽんぽんと叩いた。
「あ、ひ、光ちゃん! ごごご、ごめんなさい!」
雫さんはすぐに我を取り戻し、私を解放した。抱き着きから解放された私は、急に空気が肺に取り込まれたせいで、けほけほとせき込む。
「ん。大丈夫? 神崎さん」
臼井先輩はせき込む私の背中を優しく摩ってくれる。少ししたら、呼吸も安定してきて、せき込むことも無くなっていた。
「ひ、光ちゃん。ほ、本当にごめんなさい!」
「はあ、い、いえ、だ、大丈夫です」
「ごめんなさいね。別に驚かせるつもりなかったんだけど」
「驚かせるつもりがなかったのなら、どうして気配を消して私たちに近づいたんですか!?」
「……なんとなく?」
「なんとなく? じゃ、ないですよ! 本当にびっくりしたんですから! ひ、光ちゃん。本当にごめんね」
雫さんは西園寺先輩に言いたいこと言うと、私の背中をさすさすと摩り、謝罪を口にする。
「わ、私は大丈夫ですので、気にしないでください」
ま、まあ、ちょっと一瞬だけ三途の川を渡りかけたけど、結果的には生きてるので、私的にはすべてよしだった。
あの雫さんがそこまで取り乱すなんて見たことがなかったから驚いたけど、それはそれで新鮮だったので、逆に私からすれば、新たな一面が見れたことがちょっぴり嬉しかった。
「それより、西園寺先輩はどうして私たちの元へ?」
反町先輩は西園寺先輩が私たちに声をかけた理由を質問する。
「私も明日四人の中に加わりたいな~って思ってね。私、今日補欠だったから、明日授業休みだし」
「私は構いませんよ、みんなは?」
反町先輩の投げかけに、全員そろって頷いた。西園寺先輩はその様子に「やった」と笑顔を零す。
「じゃあ、西園寺先輩も加わると言うことで、改めて十四時に私の部屋に集合ってことで」
こうして今日の午後、私たちは反町先輩の部屋で五人そろって遊ぶことになった。
――この時、私は知らなかった。心身をすり減らす悲劇の始まりだと言うことに。
*
「神崎さんいらっしゃい! さあ、入って入って」
「お、お邪魔します」
私は反町先輩に促されて、リビングへと足を運ぶ。リビングに繋がる扉を開けると、雫さんと臼井先輩と西園寺先輩はガラステーブルにあるティーカップを片手にクッキーを
「光ちゃん、こんにちは」
「神崎さん、こんにちは~」
「ん。神崎さんいらっしゃい、こっちで一緒にクッキー食べよう」
臼井先輩は私に手招きして、一緒にクッキーを食べようと誘ってくる。
「神崎さん。紅茶飲める? クッキーに合う紅茶を用意したんだけど」
「あ、はい。飲めます」
「ミルクティーにもできるけど、どうする?」
「えっと、ミルクティーでお願いします」
「ほいほ~い」
気の抜けた返事をして、キッチンへと向かう反町先輩。私は雫さんと臼井先輩に挟まれる形で腰を落ち着かせた。
「ん。神崎さんもクッキー食べて」
臼井先輩は一枚のクッキーを私に差し出してきた。私は「ありがとうございます」とお礼を言ってクッキーを受け取り、一口パクリ。かじった瞬間に、サクッと心地よい食感が響き、バターの豊かな風味が口いっぱいに広がった。
「このクッキー美味しい……!」
「美味しいよね~」
「これ渚の手作りなんだよ。凄く美味しいよね!」
「え!? そうなんですか!? どこか高級店で買ったものかと思いました」
「あはは~そんな大げさだよ」
クッキーの美味しさについて話していると、反町先輩の謙遜する声が返ってきた。
「いえいえ、大げさではなく、本当に高級店で買ったのかと思いましたよ!」
反町先輩はそう謙遜するが、私も実は昔、お菓子作りにはまっていた時期がある。それこそ、将来パティシエになりたいとさえ思っていたほどに。
きっかけは五歳の頃だった。
いつも父と私のために手作りケーキを作ってくれる母に、誕生日のお返しとして自分もケーキを作ってみたいと思ったのだ。
父と一緒に試行錯誤しながら作ったケーキを母が「美味しい」と喜んでくれた。
その笑顔が嬉しくて、そこからお菓子作りは私の趣味になった。
ケーキやクッキーはもちろん、マカロンやアイスクリーム、キャラメル、生チョコレートなど、さまざまなお菓子作りに挑戦した。
時には父が買ってきてくれる有名店のスイーツを食べ、その味を再現しようと研究に没頭したこともある。
そんな経験を重ねてきたからこそ、多少なりとも味には自信がある。だからこそ断言出来た。
今、口にしているこのクッキーは、本当に美味しい。
香りも食感も絶妙で、甘さの加減も上品だ。
手作りとは思えない完成度で、有名店の商品として並んでいたとしても何の遜色もないだろう。
反町先輩は「大げさだ」と笑っていたが、少なくとも私にはそうは思えなかった。
むしろ、これだけのものを作れるのなら、もっと胸を張っていいとさえ思うほどだ。
「やっぱり、ご両親からお菓子作りとか教わってたんですか?」
前に反町先輩のお店に行ったときに、ケーキを食べたのだが凄く美味しかった。雫さんから両親ともにパティシエと聞き、だからこそ、ケーキの美味しさが衝撃だった。
パティシエである両親から教わったのであれば、このクッキーがこんなにも美味しいのは納得だった。
「え? ああ。うん、そうだよ~。父と母のお店を手伝うためにね、少しお菓子作りを教わってたんだ~」
私の質問に反町先輩は首肯する。
「そう言えば、前回お母様は見かけましたが、お父様は見かけなかったような?」
この能無しの発言が無意識に反町先輩の心を傷つけてしまうなんて露知らず、しかし言葉にしてしまったためもう取り返しのつくことが出来ない。
「……父は私が小さいころゴーストに襲われそうになった所を身を挺して助けてくれた時に、重傷を負ってね、今も
私のささやか疑問に、反町先輩は明らかに辛そうな表情と悲しみを背負った落ちたトーンで応える。その時に、私はとんだ失言をしてしまったことに、遅らばせながら気づく。
「あ、す、すみません! 私がとんだ失言をして、反町先輩に不快な想いをさせてしまって、本当にすみません!」
咄嗟に私は反町先輩に何度も頭を下げて謝罪を繰り返す。後悔の念が止めどなく私の心の中を蝕んでいく。
後悔先に立たずだが、私には後悔する暇もなく、ただがむしゃらに反町先輩に謝罪を繰り返す他なかった。
「いいよいいよ。ほら、前回、雫ちゃんの事で二人で話したとき、私、神崎さんに酷いこと言っちゃったでしょ? だから、うん。喧嘩両成敗ってことで、気にしなくていいよ」
「ですが……」
反町先輩は憧れを遠ざけるために私に酷な事を告発した。しかし、それは誰かのための”想い”があった。私のは単なる疑問で、そこに想いはない。誰かのためでなく、ただ自分の私利私欲のための発言。
反町先輩の発言と私の発言は込められた想いの違いで、今のは完全に失言した私が悪い。
「ほらほら、せっかく楽しく五人で遊ぼうって時に、そんな悲しくされちゃあ、楽しめないよ。ほれほれ~ミルクティー淹れたから、ほっと一息つけつけ~」
後ろめたさに神妙な表情になる私に、反町先輩は元気づけようと明るく振舞いながらトレイに乗せたミルクティーを私に差し出す。湯気が立ち昇る香りは、後悔の念により冷たくなった心を、甘く溶かしてくれるようなホッとする香りだった。
私はゆっくりとティーカップを口に運び、ごくりと一口飲む。
「おいしい……!」
「それはよかった~。このミルクティーは私のお気に入りでね、父がよく淹れてくれたんだ~。だから、美味しいって言ってくれて嬉しいよ。父の味を褒めてくれたみたいで、さ」
父の味を褒めてくれたことに反町先輩は嬉しそうににこにことした笑みを浮かべていた。
「ん。そういえば、集まったのは良いけど、この五人で何遊ぶ?」
「お! よくぞ聞いてくれました! 今日はね~」
西園寺先輩はリビングにある自分のカバンの中から、一つの大きな白い用紙を持ち、それを嬉しそうに私たちに見せびらかす。
「じゃーん! 今日は『イチャイチャすごろく』を遊んでもらいま~す」
「「「「いちゃいちゃすごろく?」」」」
すごろくは良いとして、いちゃいちゃとは何か全然分からなかった。私達四人が口をそろえて疑問符を浮かべるのを見た西園寺先輩はニコニコとした笑顔を崩すことなく、ルール説明する。
「ほら、私以外の四人。それぞれパートナーがいるでしょ? パートナーのキズナをより強固にするためのこのすごろくなの。二人一チーム。勝った方は、負けた方の言うことを一つ何でも聞く。この条件で今からすごろくをやってもらうよ」
「あ、あの~」
「はい、神崎さん」
「西園寺先輩は参加しないんですか?」
「もっちろん。このすごろくはさっき言った通りパートナーのキズナを深めるもの。パートナーがいない私は参加資格がない代わりに……」
西園寺先輩はおもむろにポケットから自身のスマホを構えて、
「みんながいちゃいちゃするその姿を撮影する係だから」
「ん! 私、このすごろくやりたくない!」
臼井先輩は、いやいやいと首をふりながら、このいちゃいちゃすごろくなるものをやることを放棄しようとする。
「葉月ちゃん。いいの~? もし勝ったら神崎さんを一生もふもふ奴隷にすることも出来るんだよ?」
「もふもふ……」
臼井先輩は西園寺先輩から悪魔のささやきに目を輝かせて、何かにとりつかれたように、私の方へと視線を集中させ、もふもふと手をワキワキさせながら、呪詛のように呟く。
「ん。分かった。やる」
「奏さん」
「はい、何かな雫ちゃん」
「例えばなんですけど、パートナー同士のなでなでって、これはどういったもので?」
「あ、それはね。十五秒間交代でパートナーになでなでをしてもらうということ」
「それって、つまり、私は光ちゃんに頭を撫でられるってことですか?」
「お! さすが雫ちゃん。理解が早い」
「そ、そんなの嫌です! 私だけが光ちゃんのなでなでするのはまだしも、私まで、しかもその様子を動画で収められるなんで、嫌です。奏さん。別の遊びをしませんか? せっかくなんですから、五人で遊べることをしましょう」
「わ、私も、その、せっかくですから五人で……」
私は雫さんの意見に乗りながら、バタークッキーを食べよう……と思ったら、既にお皿は空であり、私の手は何かを求めるように虚空をつまむ。
「……神崎さんは余程渚ちゃんのクッキーが気に入ったのね。ほとんど一人で食べちゃって」
「え? あ! す、すみません! あ、あまりにも美味しくて、つい……」
お皿の中身はすっからかん。あまりの美味しさに私は次々とクッキーを手に取っていた。
西園寺先輩に指摘された私は、四人に食い意地を張っている姿を晒していた事実に、羞恥心により顔が真っ赤になる。
「神崎さん。もっと渚ちゃんのクッキー食べたいわよね?」
「え、い、いや……私はもう、充分堪能しましたから」
「……渚ちゃん。まだクッキーある?」
「ありますよ。取ってきましょうか?」
「お願いするわ」
「あいあいさ~」
西園寺先輩のお願いに反町先輩は敬礼して応えると、空になったお皿をキッチンへと持っていきクッキーを補充し戻ってくる。
たんまりと盛られたバタークッキーに私は魅入られる。バターの芳醇《ほうじゅん|》の香りが鼻腔をくすぐり、私を誘惑してくる。
ごくり……
あれだけ食い意地を張っているところを見られるのを恥ずかしがっていたはずなのに、目の前に並べられたクッキーの誘惑には、どうしても抗えなかった。
気づけば私は、ゆっくりと手を伸ばしていた―—。
「はい、ダメだよ」
西園寺先輩に羽交い絞めされて、無残にもクッキーを食べられなかった。私は、何とか西園寺先輩の拘束から逃れようとするも、全然動じない。
「渚ちゃん」
「は~い」
西園寺先輩はただ反町先輩の名前を呼んだだけなのに、反町先輩は意思疎通が出来てるかの如く、バタークッキーを私の口元へと持ってくる。
「バタークッキー……」
「こんなにも私の手作りクッキーを気に入ってくれるなんて、作った身として本望だよ。しかも、あれだけ食べたのに、まだ物惜しそうに口元をだらしなくさせて、神崎さん可愛い~」
反町先輩にSっけ溢れる文言を言われてる気がしないでもないが、それ以上に私は、バタークッキーに釘付けだった。
「神崎さん。もし、すごろくで遊んでくれるなら渚ちゃんの手作りクッキーが食べれるけど、ううん。それ以上にすごろくに勝ったら、渚ちゃんの手作りクッキーも、ケーキも食べ放題。あ~、あの渚ちゃんお手製のショートケーキ凄く美味しかったな~」
「バタークッキー……ショートケーキ……」
「光ちゃん! しっかりして奏さんの悪魔のささやきに屈しちゃだめだよ。このまますごろくをやる流れになったら、恐ろしい
「はっ! そ、そうです。は、辱めを受けるくらいなら、お、おおお、お菓子は、い、いりません」
「本当に?」
「ほ、ほんと――むぐっ!?」
西園寺先輩の囁きに抵抗しようと口を開いたところに、反町先輩がバタークッキーを私の口の中に突っ込んだ。
消えかけていたバタークッキーの残り香が、新たに突っ込まれたバタークッキーにより上書きされ、鮮明なバターの芳醇さが口いっぱいに広がる。
その残り香が無くならないうちに、反町先輩は再び新しいバタークッキーを私の前に差し出してくる。
「神崎さん。本当にお菓子いらない? どうどう?」
先程食べたバタークッキーの甘さが私の脳内を甘く溶かし、思考力を奪っているせいか、西園寺先輩の悪魔の囁きに耳を貸してしまう。
「ほれほれ~神崎さん。すごろくをやれば、このバタークッキーを食べれる権利があるよ~」
西園寺先輩の援護射撃をするように、反町先輩も負けじとバタークッキーをゆらゆらと私の前で揺らし、視線を誘導してくる。
「どうして、渚はそんな乗り気なのよ!」
「どうしてって、面白そうだから? 私は別にいちゃいちゃを動画に収められようが、はーちゃんに何かするのもされるのも好きだから」
「……くっ! ひ、光ちゃん! 誘惑に乗っちゃだめだよ!」
雫さんは私に全てを委ねるように祈っていた。あ、そ、そうだ……辱めを受けるなんて、私には、私には……。
「「食べたいでしょ?」」
反町先輩と西園寺先輩の声が重なったとたんに、私の意思はバタークッキーの甘さのように溶けていき……、
「た、べたい……で、す」
もはや私の口は勝手に動いていた。自分の意思で動いてるともつかない程に。
「「じゃあ、すごろくやる?」」
「光ちゃん!」
「あ、う、や、やり……ます」
「光ちゃああああん!」
雫さんは祈りが通じなかったために、泣き叫ぶような悲しみに暮れた叫び声を上げる。
こうして、私達(西園寺先輩を抜いた)四人でいちゃいちゃすごろくで遊ぶことになったのだった。