【百合】ゴーストバスターズ~憧れ目指して今日も頑張ります!~   作:空空空空

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30話 最後の模擬戦

 日は瞬く間に過ぎていき、気がつけば、模擬戦を翌日に控えた夜になっていた。

 

 現在は、師匠と二人で鍛錬に励んでいる。

 

 もっとも、師匠に関しては自身の鍛錬をしているというよりは、私の指導に付き合ってくれている、と言った方が正しいのだけれど。

 

「神崎さん。刀の振り方、どんどん良くなっていますね。最初の頃と比べると、見違えるほどですよ」

 

「あ……! ありがとうございます。これも師匠の指導のおかげです」

 

「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいですね。この調子で、どんどん成長していってください」

 

「はい! いつか師匠から合格をもらえるように、これからも頑張ります!」

 

「ええ、その意気です。さて、今日の鍛錬はこれで終わりにしましょうか。明日は神崎さんにとって大事な戦いが控えてますから、しっかり身体を休めてください」

 

「分かりました」

 

 そうして、私たちはグラウンドから出ようとしたところ、出入り口に見知った人影が目に入った。

 

「調子はどう『凡人』さん? 明日が最後の戦いだから、あんたの必死に頑張る姿を拝みにきたわ」

 

 壁に背を預け悠々と腕を組みながら、立花さんは嫌味たっぷりな挨拶をする。

 その姿恰好は鍛錬に臨むそれでなく、この場所に似つかわしくない程に清々とした私服姿。

 

「何が……目的なの?」

 

 立花さんは言葉通り本当に私の顔を拝みに来ただけのようにも思えるが、しかし、私はその言葉の裏に何か目的があるのではないかと疑い、眉をひそめる。

 

「目的? 別に何も。強いて言うならあたしの満足度を上げるため、かしら」

 

「満足度?」

 

 私はその言葉に、さらに眉間に皺を寄せた。

 

「あんたがこれまで必死に積み上げてきた努力も、頑張りも明日の戦いで全てパーになる。あたしに負けてね。だから、その瞬間をもっと気持ちよく味わうために、あんたがだれだけ足掻いているのか見に来たってわけ」

 

 立花さんは、明日の戦いで勝利する瞬間の快楽を最大限に高めるために、わざわざこうして私の鍛錬の様子を眺めていたらしい。

 私が必死に努力する姿さえも、自分の快楽を満たすためのものとして楽しんでいた。そのあまりにも歪んだ考え方に、私は言いようのない嫌悪感を覚えた。

 

「それにしても、つくづく『凡人』っていう人種はかわいそうね」

 

 そんな私の嫌悪など知る由もなく、立花さんは薄い笑みを浮かべながら言葉を続ける。

 

「汗水流して、必死になって頑張ったところで、『凡人』が『天才』を超えることなんてできない。それなのに、それでも諦めずに頑張ろうとする。ほんと、滑稽よね」

 

 立花さんが私を、いや私達を見る瞳は、まるで可哀想な人を見るような憐れみが込められていた。

 

「まあ、あたしには到底真似できないけど。……本当、あたし『天才』でよかったわ」

 

「立花さん、あなた自分で思うほど『天才』じゃありませんよ」

 

「は……?」

 

 師匠の言葉に、立花さんは怪訝そうに眉をひそめる。

 

「むしろ、四季から見れば『凡人』はあなたのほうで、『天才』は神崎さんのほうですよ」

 

 告げられた言葉の意味が理解できなかったのか、立花さんの目が点になる。そして、数秒の沈黙。

 

「……ぷっ」

 

 立花さんの肩が小刻みに震え始めた。それを機に堰を切ったような笑い声が溢れ出す。

 

「あははははは! 何それ! どこをどう見たら、あたしが『凡人』になるのよ! しかも、こいつが『天才』って……あはは! 意味が分からないって! 節穴にもほどがあるでしょ!」

 

 立花さんは腹を抱えながら、涙が滲むほどに笑い続ける。

 

 そこには、自分が『凡人』だと評されたことへの怒りよりも、それを本気で口にした師匠への嘲笑が色濃く滲んでいた。

 

「ほんと、『凡人』の戯言ほど滑稽なことないわ~。いや~笑った笑った……で? 何だっけ? あたしが『凡人』で、こいつが『天才』? 何だっけ? もしそうなら、何でこいつ、あたしに何度も負けてんの? というか、『天才』なら、努力とか頑張るとか、そんなことする必要ないって」

 

「立花さんの『天才』に対する価値観は知りませんが、『天才』でも努力はしますよ。そもそも、『天才』こそ、努力してします」

 

「はは。そんなわけないでしょ? じゃあ、西園寺先輩も白雪先輩も努力してるっての? あたし見たことないんだけど」

 

「してますよ。立花さんが知らないだけで。西園寺先輩が鍛錬してるところ、四季、一度見たことありますから」

 

「はは! 強引にでもあたしを『凡人』にさせようとして、とうとうそんな戯言まで言い出したわけ? ほんと、憐れ~」

 

 立花さんは、師匠の言葉を鼻で笑うように、嘲笑を滲ませながら言葉を返す。そして、くるりと踵を返すと、最後まで私たちを見下すような笑みを浮かべた。

 

「くく、じゃあね。明日あんたが敗北した時、どんな絶望な表情を見せてくれるか、楽しみにしてるわ。はははははは!」

 

 そう言い残し、立花さんは高らかな笑い声を響かせながら、私たちの前から去っていった。

 

「全く。立花さんの『天才』というプライドは筋金入りですね」

 

「あ、あの、師匠」

 

「? なんですか?」

 

「さっき、立花さんのことを『凡人』で、私のことを『天才』だと言ってましたけど、それって、本心で言ったんですか?」

 

 先ほど師匠が口にしたその言葉が私の頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。

 あれは、本心なのか、それとも、ただ立花さんの『天才』というプライドをへし折るためのブラフなのか、それがどうしても気になっていた。

 

「本心ですよ。あの人は『天才』とは何かまるで分かってません。そもそも、努力せずに『天才』は名乗れません。『天才』というのは、生まれつき才能がある人のことじゃない。その才能を伸ばし続けられる人のことを言うんです」

 

 師匠は呆れ具合を滲ませながら、立花さんの『天才』の価値観を正すように私に天才とは何たるかを説く。

 

「師匠。それだと尚更、私が『天才』と言うのは違う気が……私、自分に才能なんてありませんし……」

 

 師匠の言う『天才』がそういう意味なら、なおさら自分には当てはまらない。

 

 私は、自分に特別な才能があるなんて、一度も思ったことがない。むしろ、自分でも分かるくらい、私には才能がない。

 才能を伸ばし続けられる人が『天才』だというのなら、その前提となる才能すら持ち合わせてない私が、『天才』と呼ばれる理由なんて、どこにもないはず。

 

「人は誰しも才能があります。それは四季も、神崎さんも、立花さんも、みんな持っているものです」

 

「で、でも師匠。私は『凡人』で、だから……」

 

「才能に『凡人』も『天才』も関係ありません」

 

 師匠は、私の言葉を遮るように、はっきりと言い切った。

 

「そもそも、才能なんていうものは、ただスタートの位置が違うだけです。大事なのは、一歩でも、半歩でも、ほんの少しでも前に進み続けること」

 

 そして師匠は、真っ直ぐに私を見つめる。

 

「神崎さんは、自分を『凡人』なんて揶揄していますけど、四季からすれば、間違いなく『天才』ですよ。そこにお世辞なんて一切ありません。だって、神崎さんは頑張って、努力して、自分の才能を伸ばし続けているじゃないですか」

 

 師匠の私を射抜く瞳は嘘を吐いているわけでも、お世辞でもないことが一目で分かるくらいに堂々としていた。

 

「……てん、さい。私が……天才」

 

 口にした言葉が、自分のものではないように聞こえた。

 

 『天才』なんて自分にとって無縁の、それこそ、努力しても決して届かない、選ばれた人間のみに与えらえる神の如き称号だと思っていた。

 だからこそ、『凡人』であると信じて疑わなかった私に『天才』などと評価する師匠の言葉が、どこか遠く聞こえ、まるで他人事のようであった。

 

「な・の・で!」

 

 師匠はぐいっと私の方へと首を伸ばし、

 

「『天才』の神崎さんは、明日の戦いで『凡人』さんの立花さんに勝ってください! そして、あの人の鼻を明かしてください! 四季、これでも結構怒っていますから。立花さんへの怒りを晴らすためにも、神崎さんにはぜひ勝ってもらわないと! もし負けたら……その怒りの矛先、神崎さんに向かいますからね!」

 

「そんな理不尽な!?」

 

 思わず声を上げてしまう。

 

 師匠の言葉に理不尽さを覚えつつも、私を『天才』とのたまう師匠の言葉に私は嬉しさを感じつつも、やっぱり、理不尽さはぬぐいきれなくて……

 

 そんな複雑極まる心情を抱えたまま、私は来る明日の模擬戦を思い浮かべるのであった。

 

 

 

                     *

 

 

 

「さて、今日はあたしが白雪先輩のパートナーになる記念すべき日。そして、あんたがあたしに敗れて、絶望する日。なんて素晴らしい日なのかしら! 本当に、今日という日を楽しみにしていたわ!」

 

 立花さんは、まるでミュージカルの主役にでもなったかのように仰々しく両手を広げる。

 燦々(さんさん)とグラウンドを照らす太陽さえ、自らを祝福するスポットライトだと言わんばかりに、その身いっぱいに光を浴びながら歓喜していた。

 

 まだ試合すら始まっていないというのに、その口ぶりはすでに勝利を収めた者のそれだった。

 

「立花さん。私は今日あなたに勝つよ。絶対に」

 

 立花さんへ真っ直ぐ指を差し、真正面から啖呵を切る私。

 

「ぷっ……!」

 

 すると、立花さんは一瞬きょとんとした顔をしたかと思えば、堪えきれないとばかりに笑いを吹き零した。

 

「あははははは! 何を言い出すかと思えば……あはははは!」

 

 よほど私の言葉がツボに入ったのか、立花さんはお腹を抱え、盛大に笑い声を上げる。

 そして、ひとしきり笑ったところで、立花さんは「はあ」と息を吐き、目尻に浮かんだ涙を人差し指で拭う。

 

「ほんと、ここまでくると、どうしようもないほど惨めね。可哀想とすら思えてくる。二回の模擬戦で手も足も出なかったのに、まだそんな希望を抱けるんだから」

 

 立花さんのその瞳に宿っているのは、憎しみでも怒りでもない。まるで、どうしようもなく可哀想なものを見るような、憐れみだった。

 

「あんたがあたしに勝てる可能性なんて、無いに等しい。それこそ、『奇跡』でも起こさない限り、勝ち目なんてないのに。ああ! ほんと楽しみだわ。あんたが負けたときに一体どんな絶望を見せてくれるのかを!」

 

 立花さんは恍惚とした表情を浮かべ、これから訪れる私の敗北を想像して悦に浸っている。

 

 そんな姿を横目に私は、ふっと笑みを零してしまっていた。

 

「……あんた何笑ってんの?」

 

 立花さんは笑みを零す私に恍惚な表情は瞬時に潜め、眉をひそめて怪訝そうに伺う。

 

「立花さんから嬉しい言葉が聞けたなって思って」

 

「は、はあ?」

 

 立花さんは、まるで理解できないものを見るような、気味の悪いものでも見るような、そんな目で私を見る。

 

「『奇跡』を起こせば私でも勝てるって……今、立花さんそう言ったよね?」

 

「そ、それが何?」

 

「その言葉が聞けて私は良かったよ。だって、『奇跡』を起こせば私はあなたに勝てる。そういう可能性があるって、立花さん自身が認めてくれたんだから!」

 

 立花さんは一瞬ぽかんとしたあと、堪えきれないとばかりに大声で笑い出した。

 

「……あははははは! あんた、頭おめでたすぎでしょ! 『奇跡』が、そう簡単に起こると思ってるなんて……あははっ、ほんっと脳内お花畑ね!」

 

 立花さんはお腹を抱え、ひとしきり笑ったあと、楽しげに息を吐いた。そして、そのまま雫さんへ目配せする。

 

「白雪先輩、試合開始の合図をお願いします」

 

 口元には、抑えきれない愉悦の笑みが浮かんでいた。

 

「こいつの自信に満ちた表情が、敗北した瞬間にどんな絶望の表情へ変わるのか、早く見たくて仕方ないんで」

 

「私もお願いします」

 

 私も立花さんに倣って雫さんに目配せをして、試合開始の合図をお願いする。

 

「分かったわ。じゃあ、始めるね」

 

 雫さんは私たちの顔を交互に見た後に、隣にいる守護君に試合開始の合図を委ねる。

 守護君は「ワカリマシタ、デハ、タイマーヲサドウシマス」と言って、胸のタイマーを作動した。

 

 この戦いで、すべてが決まる。

 

 雫さんとのパートナーを、私の憧れを守れるのか。

 それとも、立花さんにすべてを奪われるのか。

 

 私の人生を左右する戦いが、今、始まる。

 

 ぶううううううううううううううう!!!

 

「ふっ!」

 

 立花さんは、疾風迅雷のごとき速さで一気に間合いを詰め、私の懐へと身をねじ込んでくる。私は受け流しの構えを取り、立花さんの刀へ意識を集中させた。

 

 前回の戦いを踏まえ、今回はどちらの攻撃にも対応できるよう、意識を一点に偏らせないよう心掛ける。

 

 ほぼ毎日の鍛錬の賜物か、私の動体視力は着実に向上していた。最近では、雫さんの刃でさえ、全力で意識を研ぎ澄まさずとも、その太刀筋を捉えられるようになっている。

 

「な!?」

 

 しかしあろうことか、立花さんはいつもとは違い正面での攻防は避けるように、助走をつけたまま、私を優位に飛び越えた。

 驚く間もなく、私は肌に伝わる風を感じると、考えなしに思いっきり前のめりに飛び込む――が。

 

「がっ!?」

 

 立花さんはそれを見越していたのか、飛び込む私の脇腹に重いケリを一発打ち込んできた。

 激痛が走ると同時に、肺から空気が一気に吐き出される。

 その蹴りは暴力的なまでに重く、私の身体はまるで蹴飛ばされたボールのように、軽々と宙へ放り出された。

 

 ぐるぐると回転する視界。このままでは私は身体を壁に打ち付けてしまう。

 

 その中で、燃え盛るような赤いツインテールが、こちらへ迫ってくるのがはっきりと見えた。

 

「っ!?」

 

 立花さんは、おそらく私がそのまま壁へ叩きつけられると踏んで、追撃に移ろうとしたのだろう。

 しかし、予想外に私が綺麗に着地をして、壁を蹴って突っ走ってくるものだから、攻撃は中断せざる得なくなり、焦りから防御をとって受け止める体勢に移行する。

 

「は!」

 

 私は立花さんに一刀入魂叩きこむ。金属同士がぶち当たり甲高い音と共に七色の火花が散る。

 

「ぐっ……!」

 

 その表情を見れば分かる。今の一撃は、立花さんにそれだけの負荷を与えたのだ。

 日々の鍛錬によって筋力が向上したことで、壁を蹴り出す脚力も、刀を振るう腕力も、以前とは比べものにならないほど強くなっている。

 

 その積み重ねが、今の一撃に確かな重みを与えていた。

 

「はあああああ!」

 

 立花さんは気合の雄叫びとともに刀を強引に振り払い、私ごと押し退ける。

 私はその勢いに逆らわず冷静に身体を捻って着地を決めると、鬼の形相で接近し、刀を振り上げる立花さんの姿を視界に入れる。

 

 冷静に立花さんの軌道を見極め、受け流しの構えをとる。しかし、立花さんは表情とは裏腹に頭は冷静で、暴力的に攻撃を仕掛けず、軌道を変えて、私のがら空きの右腰辺りを狙い撃つ。

 

 これまでの戦いを顧みれば、ここで回避を選択すれば、その瞬間に立花さんの追撃を許してしまう。かといって、防御に回れば、圧倒的な力で押し切られるのは目に見えている。

 

 私は立花さんの横からの刃に対して、防御姿勢をとる。私だけならこのまま力に負けて、吹き飛ばされるのは目に見えている。だから、私は己の力ではなく、別の力を借りることにする。

 

「なっ!」

 

 かーん!

 

 甲高い音がグラウンドを響き渡らせた。

 

 立花さんの驚愕する瞳の先、私の刀に阻まれていた。しかし、それは私が刀を握って防御してるわけでなく、杭のようにグラウンドに刺さった刀により阻まれていた。

 

 ――そう。

 

 私は刀を地面へ思い切り突き立て、その刀身を支柱として立花さんの一撃を受け止めたのだ。

 

 いくら立花さんといえど、地面に深く食い込んだ刀まで振り払うことはできない。

 

 その悶着の際に私は、お返しと言わんばかりに腰を捻り、捻転力を生かした回し蹴りを立花さんの右腰にお見舞いする。

 決して洗練された蹴りではない。稚拙(ちせつ)で荒削りな一撃だ。それでもまともに当たれば痛みは伴うだけの威力はある。

 

 立花さんはその回し蹴りに反応するも、先程の予想外の防御に意識が一瞬だけ奪われたせいで、ほんの僅かに反応が遅れ、

 

「が!?」

 

 もろに私の回し蹴りを受けてしまう。

 

 身体はよろめき、そのまま正座のような格好で地面に倒れ込む立花さん。蹴られた箇所が痛むのか、右手で右腰辺りを抑えたまま、ぴたりと動かなくなってしまった。

 

 私はその隙に差し込んでいた刀を手に持つと、立花さんの脳天目掛けて一刀両断。

 

 立花さんは肩を小刻みに動かすだけで、動く気配はない。 避ける気配もなければ、防御する素振りすらない。

 

 あまりにも無抵抗なその姿に、逆に私の胸の奥へと不安が募っていく。しかし私は、その不安を無理やり嚥下して、千載一遇のチャンスを逃さんばかりに、一心に立花さんに刃を振り下ろし――。

 

「!?」

 

 立花さんの前髪の隙間から覗く、赤い瞳と目が合った。途端に急速に身体の熱を奪われたような錯覚に陥る。反対に立花さんの瞳はまるで私の体内にある熱を吸収したかの如く、鮮烈に燃え盛っている。

 

 立花さんは刀を頭上に持ち上げ、刀身を少しだけ斜めに倒す。その構えは私が今まで幾度となく立花さんへ仕掛けてきた、受け流しの構え。それを立花さんは、まるで私の動きをなぞるかのように、寸分違わぬ形で再現してみせた。

 

 このまま振りかぶるのはやばいと頭の中で警鐘を鳴らす私。だが、もう遅かった。勢いの乗った私の刃は、途中で止めることも、軌道を変えることもできずに、立花さんの刀にぶち当たる。

 

「うわ!?」

 

 刃が触れた瞬間、私の刀は立花さんの刀身に沿って滑る。その勢いに引っ張られ、身体まで大きく前へと持っていかれた。

 

 私がバランスを崩す間、手首を滑らかに返し、立花さんの白刃が空に残滓を引きながら弧を描く。

 

 狙いは、私の左脇腹。

 

 受け流しから攻撃へと移る一連の動作が、あまりにも淀みなく、あまりにも鮮やかだった。

 

 横合いから迫りくる刃を前に、私は焦りから咄嗟に防御へと切り替える。

 

 ――それが、仇となった。

 

 私が防御の構えを取った瞬間、立花さんは刀の軌道を急激に変えたのだ。左脇腹へ向かっていた刃が、一瞬で別の方向へと翻る――狙いは私の右肩。

 

「があああああああ!!!」

 

 私は右肩に迸る猛烈な痛みに吠える。ただ、その叫びは長くは続かなかった。

 

「があ!?」

 

 理由は私のみぞおちに衝撃が走ったからだ。その衝撃で目ん玉が飛び出そうなほどに瞼をかっぴらいた私の視界には、立花さんの右ひざが抉りこんでいた。

 

 それを見た瞬間に、私の身体は力を失い、膝から崩れ落ち、地面に倒れ伏してしまう。

 

「ムカつく!」

 

「あぐっ!」

 

 うつ伏せで倒れる立花さんは怒りを発散させるように、どすどすと私の背中を蹴り始める。

 この状況は、初めて立花さんと戦ったときと全く同じ状況である。しかし、今回の立花さんの目的は私に勝つことで、情報を聞き出すことじゃない。だからこそ、すぐに勝負を決めかかると思っていた。

 

「絶対に許さない! 許さない! 許さない! 決めた。今回もあの時と同様、生かさず殺さずであんたを地獄の底に叩きつける。あたしのプライドを傷つけたことを後悔するといいわああああああ!」

 

 怒髪天に達したかのように、立花さんは怒りのまま咆哮をグラウンド内を轟かせた。

 

 立花さんは怒りに吠えると、私の首元を鷲掴み強引に立たせた。

 

「ぐ……」

 

「ムカつく!」

 

 つんざくような咆哮が響いた、その直後。立花さんは怒りを叩きつけるように、私の額へ思い切り頭突きを食らわせた。

 

「あ、が……!」

 

 頭がかち割れそうなほどの衝撃に私はうめき声を上げてしまう。額から血が滲み、流れ落ちた血が視界を赤く染めていく。まるで脳そのものを揺さぶられたかのように、頭の中がぐらぐらと揺れる。

 

「ムカつく! ムカつく! ムカつく!」

 

 立花さんは怒りに歯を剥き出しにしながら、何度も、何度も、何度も、何度も頭突きを私へと叩き込んでくる。

 そのたびに私は痛みの知らせを口で訴えるのだが、次第にそれすらも出来なくなっていく。

 ただ、身体中から血が抜けていく感覚だけは、嫌というほど分かる。

 

 ―—寒い。

 

 身体の芯まで凍えそうなほど、寒かった。

 

 自分でもわかる。もう長らく私は意識を失ってしまうのだと。もはや、立花さんの怒号も、いつしか遠く遠くへと離れていき、今では頭の中で残響するだけになっていた。

 

 ここで意識を手放してしまえば、私は本当の意味で終わってしまう。

 

 頭では理解しているのに、身体が言うことを聞かない。私が出来ることは必死に意識を繋ぎとめることだけだ。

 打開策を考えようにも、がっしりと首を掴まれて身動きは取れないし、何度も頭突きを受けたせいで血を失い続け、身体にはもうほとんど力が残っていない。

 

 成す術なんて、どこにもなかった。もはや八方塞がりだ。ここから巻き返すなんて、どう考えても不可能だった。

 

 それでも私は、何かを求めるように、無意識のうちに視線を動かした。

 

 血に遮られていない片目だけで、かすかに雫さんの姿を探していると偶然にも雫さんと目が合った。

 

 雫さんは、私の置かれた状況を見ても、痛々しそうな表情を浮かべることも、心配そうに眉を曇らせることもなく、ただじっと私たちの戦いの行方を見つめていた。

 雫さんの瞳は真摯な輝きだけがあり、そこには一片の曇りもない。まるで、この絶望的な状況にあってなお、私の勝利を疑っていないかのように。どこまでも、どこまでも、私の勝利を信じている。

 

 その瞳に射抜かれた瞬間、朦朧としていた私の意識が、少しずつ鮮明になっていく。

 

 満身創痍の身体には、もう力など残っていないはずだった。

 

 それなのに――不思議と、身体の奥底から新たな力が湧き上がってくるのを感じる。

 雫さんは、こんなにも絶望的な状況にあってなお、私がここから覆し、勝利することを信じている。

 私が誰よりも憧れている人が、私を信じている。ならば、私はそれを信じる。雫さんが信じてくれる限り、私も自分を信じる。

 

 だって私は――雫さんのパートナーなのだから!

 

「……あ、ぐ」

 

 喉の奥から、かすかな呻き声が漏れる。それでも私は、ゆっくりと両手を動かした。

 

「……!?」

 

 その瞬間、立花さんの手が、ほんの一瞬だけ強くなった。けれど、それは私の首をさらに絞めつけるような力ではなかった。

 まるで予想だにしなかった反応を目の当たりにし、思わず力が入ったかのような、驚きに満ちたぴくりとした動きだった。

 

「あ……あんた、まだ、動けるっていうの?」

 

 立花さんの声色は震えていた。それは驚きも含まれているだと思う。しかしそれだけではない気がした。

 この満身創痍な状態でそれでもなお勝利を掴もうと足掻き続けている、その執念深さに心なしか恐怖すら覚えているように見えた。

 

 私は首元をわし掴みにしている立花さんの右手首を、両手で力強く掴む。指が食い込むほど握り締め、残された力をすべて注ぎ込んでいく。

 

「……くっ!」

 

 立花さんは奥歯を噛み締めると、再び頭を振り上げ、私へ頭突きを叩き込んできた。

 

 鈍い衝撃が頭に響き、視界が揺れる。それでも、私は怯むことなく、歯を食いしばり痛みに耐えながら、さらに両手へ力を込めていく。

 

「……ち、くそ!」

 

 立花さんは頭突きでは埒が明かないと悟ったのか、それをやめると、左手に握った刀を大きく振りかぶる。

 しかし、その前に私は首を掴む立花さんの左手を引き剥がすと同時に、力の限りを尽くして向こうへと押しやった。

 

「……っ!」

 

 立花さんは押された方向へとバランスを崩されたせいで、攻撃を一時中断せざる得なくなってしまう。立花さんは数歩、後退りながら、どうにか倒れるのだけは堪えて身体の均衡を取り戻した。

 

 私はせき込むのも我慢し、地面に横たわる自身の刀を手に持つ。淡い光を宿した刀は、まるで今の私に残された、勝利への最後の灯火のように思えた。

 

 私は刀を構えながら、右目に汗のように流れ込んでくる赤い血を、手の甲で乱暴に拭うと、立花さんの動向をじっと伺う。

 

 血を失いすぎたせいで、頭は鉛でも詰め込まれたかのように重く、少し動くだけで脳を直接揺さぶられているような感覚があり、足元も覚束ない。

 

 ほんの少しでも気を抜けば、そのまま意識を手放してしまいそうだった。それほどまでに、私の身体は限界を迎えている。

 このまま戦いが長引けば、先に倒れるのは間違いなく私だ。ならば、残された力をすべて使ってでも、一気に決着をつけるしかない。

 

 私はそう覚悟を決め、早期決着を狙うことにした。

 

「ふっ……憐れね。その状態でまだあたしに勝つことを諦めないなんて、あたしからしたら滑稽以外の何ものでもないわ」

 

「……」

 

 正直、何か言い返したいのは山々だが、意識を留めることが精一杯な私はただ荒い呼吸を繰り返すだけしか出来ない。

 

「くくっ……もう喋ることに意識を割く余裕すらないのね」

 

 立花さんは、何も返さない私を見て、すべてを悟ったように口元を歪めた。

 

「さて、そろそろこの戦いも興ざめだし、もう終わらせてあげる」

 

 そう告げると、立花さんはゆっくりと刀を構える。そこに、先ほどまでの怒りに満ちた形相はもうなかった。

 

 今の彼女の表情に浮かんでいるのは、傲慢不遜な笑み。

 

 まるで、勝敗などすでに決したとでも言わんばかりの、余裕に満ちた笑みだった。

 

 立花さんは右脚を後ろへ滑らせる。グラウンドの土を抉るように、弧を描いて伸びた右脚がぴたりと止まった。

 

 ふう、はあ、と呼吸を整えると――右足へ力を込めた。

 

 ずさっ。

 

 足元の土を擦る音が響いた瞬間、止まっていた時間が再び動き出す。

 

 踏み込んだ勢いそのままに立花さんは一気に私との間合いを詰めると刃を私の頭上に降り下ろす。

 

 私は動かない。いや、正確には動けない。

 

 ここまで蓄積した疲労と失血のせいで、足は鉛のように重く、思うように動かすことすらできない。ここで少しでも足を動かせば、間違いなくもつれる。

 だから私はただその場に立ち尽くし、迫り来る立花さんの白刃の軌道を見つめる他なかった。

 

 しかし、だからといってこのまま黙って斬られるなんて毛頭ない。

 

 足は動かないまでも、私にはまだ腕の力が残っていた。ならば、私にできることはただ一つ。

 

 立花さんの刃を受け流す。それだけだ。

 

 立花さんも、先ほど私が刀を地面へ突き立てることで攻撃を防いだことを覚えているはずだ。

 だからこそ、迂闊に薙ぎ払うような攻撃を仕掛けるのは危険だと判断し、頭上からの振り下ろしに出たのだろうと思う。

 

 このままいけば私の受け流しは成立する。

 

 しかし、構えるタイミングが早すぎると、立花さん自慢の反射速度で即座に軌道を変えて、がら空きになった箇所に刃を刷り込ませるだろう。

 

 だから、焦らない。

 

 早まらず私はただタイミングだけを冷静に見計らう。

 

 集中し神経が研ぎ澄まされた感覚のなか、時間がゆっくりと引き伸ばされていく。その時間の中で迫り来る白刃を、私はただひたすらに視る。

 

 まだ……。

 

 まだ……。

 

 まだ……。

 

 ―—今!

 

 ここぞとばかりに私は受け流しへと動いた。立花さんの白刃は軌道を変えることなく、私の刃へと接近。

 

 このままいけば、立花さんの刃は私の刃とぶつかる。

 

「ふふ……」

 

 そのとき、不意に立花さんの笑い声が降ってきた。ちらりと視線を向ける。そこにあったのは――。

 

 立花さんの勝利を確信したような笑みだった。

 

 カン……

 

 乾いた音がグラウンド内に響く。いつもなら、ぶつかった拍子に刃から火花が散るのだが、それが無かった。

 それが意味するのは、単純明快。立花さんはほとんど力を込めていなかったのだ。だからこそ、火花を散らすに値しなかった。そしてそれが意味するのは一つ。

 

 私の受け流しは、不発に終わった。つまりそれは、私の敗北はほぼ約束されてしまったのも同義だった。

 

 ――そう、ほぼ……。

 

「……っ!?」

 

 立花さんの驚愕に満ちた息遣いが鼓膜を震わせた。

 

 私は手に伝わる衝撃が小さいことを時間が置き去りになった意識の中で瞬時に判断。

 私は先ほど立花さんが披露した受け流しを思い出し、そのときとまったく同じ軌道をなぞるように、刃を走らせた。

 

 私の白刃の残滓は綺麗な弧を描き、その切っ先は、立花さんの右腰へと吸い込まれるように迫っていく。

 

 立花さんは勝ちを確信した直後の油断により反応が遅れてしまい、どう回避しようにも身体を両断されるのは約束されており、だからと言って防御をしようにも、刃は目と鼻の先にあり間に合わない。

 

 もはや、立花さんに残されたものは何もなかった。

 

 ただ、迫り来る白刃と――自らの敗北を、ただ見つめることだけ。

 

「嘘よ……あたしが……!」

 

 その瞬間――。

 

 ガキィンッ!

 

 私の白刃が立花さんへ届く寸前、守護君のアームが割り込み、その一撃を阻んだ。

 

「ショウシャ。カンザキヒカリ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、私は張り詰めていた気を手放し、意識は暗闇へと吸い込まれたのであった。

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