【百合】ゴーストバスターズ~憧れ目指して今日も頑張ります!~   作:空空空空

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31話 皆の見る目

 もう何度、この白い天井を見たことだろう。そして――。

 

「ひ、光ちゃん……!」

 

 何度凜ちゃんの悲痛な表情を見ただろう。

 

 凜ちゃんはいつだって私のことを想ってくれているからこそ、私が受けた痛みも、抱えた想いも、まるで自分のことのように受け止めてしまう。

 そんな凜ちゃんを、これ以上悲しませたくない。それは紛れもない本心だが、私の憧れが友達を悲しませることよりも自分を優先してしまうのだ。

 

「凜ちゃん、ごめんね。いつも心配をかけて、悲しませて……」

 

「う、ううん。き、気にしないで? ひ、光ちゃん」

 

 凜ちゃんは、心配をかけてしまった私に対して悲痛さを残しながらも努めて笑顔で許してくれる。

 毎度のことながら心が痛む光景で、私としてもなるべく凜ちゃんの悲しむようなことはしたくないと願うも、私が憧れを手放さない限りそれも無理な話だろう思う。

 

「……ありがとう、凜ちゃん」

 

「あ、ひ、光ちゃん。え、えへへ~」

 

 私は、悲しませてしまったことへのお詫びと、そんな私を許してくれる凜ちゃんの寛大な心への感謝を込めて、何度も何度も凜ちゃんの頭を撫でる。

 

 撫でられた凜ちゃんは、嬉しそうに頬を緩ませる。その喜びに呼応するように、頭の上のアホ毛もぴょこぴょこと楽しげに揺れていた。

 やがて凜ちゃんは、私のお腹に頬をすり寄せながら、すっかりなでなでの虜になってしまう。

 

 そんな凜ちゃんの姿を微笑ましく眺めながら、穏やかな時間を過ごしていると――。

 

 不意に、扉ががらがらがらと音を立てた。

 

「光ちゃん。起きてたのね」

 

 姿を現したのは、手に体操服と紺色のジャージ服を胸に抱える雫さん。目が覚めた私に穏やかな声色で応じる。

 雫さんはゆっくりと私の方へと歩むとベッドの傍らにある椅子に腰を下ろす。胸に抱えていた体操服とジャージ服を太ももに置くと、

 

「お疲れ様」

 

 そう言って雫さんは私の頭を撫でた。そのなでなでは優しく、慈しみに溢れていた。

 私は凜ちゃんをなでなでし、雫さんは私をなでなでするという、一種のマトリョーシカ形式。傍からみればシュールな光景極まりないだろうと思う。

 

 私はくすぐったさもあったけれど、やっぱり憧れの人から頭を撫でられることは私にとってこの上ない至高。

 

「光ちゃんなら勝てるって信じてたよ」

 

 雫さんのその言葉を聞き、私は勝ちが現実となった事による安心感から、不意に涙が零れた。

 

 これで私は、これからも雫さんの隣にいられる。その事実が、たまらなく嬉しかった。

 

 嬉しくて、嬉しすぎて……もう、筆舌(ひつぜつ)に表しがたい程で。

 

 頬を伝い落ちていく涙には、勝利の喜びがこれでもかというほど詰め込まれていた。甘い蜜のようにその涙は甘く、飲み込むたびに胸の奥が温かさでいっぱいいっぱいになっていく。

 

「あの、雫さん」

 

「ん? 何?」

 

「戦いが終わった後の立花さんの様子でどう、でした?」

 

 勝利の余韻も束の間。

 

 私は立花さんの様子が気になっていた。『天才』に誇りを持っていた立花さんだ、さぞかし、荒れたに違いない。

 

「負けた現実を受け入れたくないのか、『そんなわけない』とか『信じられない』とか、ぶつぶと唱えていたわ」

 

 思いのほか立花さんは暴れ狂うようなことをしていなかったらしい。立花さんのことだから、逆上して意識を失った私に危害を加えたりするのさえ思っていた。

 

 まあ、あそこで私に危害を加えても、守護君に止められていたと思うが。

 

「わ、私大丈夫ですかね? 立花さんにもっと酷い事されませんかね」

 

 私に敗北した立花さんの今後が心配だった。もしかしたら、なりふり構わずプライドを傷つけられた憂さ晴らしに、もっと酷いことをされてもおかしくない。

 

「大丈夫だと思うよ。相当、光ちゃんに負けたことに打ちひしがれた様子だったからね」

 

 雫さんがそう言うなら大丈夫なのだろう。大丈夫だと思いたい。が、精神的に追い詰められている人間が、どんな行動を起こすのかなんて分からない。

 

 ましてや、立花さんは自身の『天才』さに、誰よりも強い誇りを抱いていた。

 

 その誇りを真正面から打ち砕かれた今、立花さんは相当なメンタルブレイクを起こしてるはず。突発的に何かとんでもないことをしでかしても不思議ではない。

 

 ほんと、何かしでかさないようにと願うばかりだ。

 

 ぐうううううううううううううう!!

 

「「きゃっ……!」」

 

 立花さんに勝利した安心感からか、今度は私の胃が空腹を訴える。

 

 あまりにも唐突で、それでいて轟音のように響き渡ったお腹の音に、凜ちゃんと雫さんが揃って小さな悲鳴を上げた。

 

「あぅ……」

 

 凜ちゃんだけならまだしも、ずっと憧れている雫さんの前で、こんなみっともない空腹音を盛大に響かせてしまったことが、恥ずかしくてたまらない。顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。

 

 それはもう穴があったら、今すぐにでも飛び込みたいほどに。

 

「……もう三時だもんね。一応、医師からはいつでも退院していいって言われてるけど、もし、光ちゃんがまだ動けそうにないなら、調理師さんに伝えてこようか?」

 

「あ、いえ、大丈夫です。今日は久しぶりに凜ちゃんと二人で行った高級焼き肉店でばくばく食べたいので!」

 

 この三週間、あまりにも精神的、肉体的どちらも辛く苦しく、大変な日々だったので、久々に入学式以来に凜ちゃんと食べたあの高級焼き肉店で美味しい焼き肉を食べたかった。

 

「そ、そっか……」

 

 雫さんは私の焼肉欲にちょっと引き気味だったは気にせいだろう。気のせいだと思いたい。

 そうして私はゆっくりと上体を起こす。凜ちゃんはさっと私の背中に手を添えて支えてくれた。

  

「っ……」

 

 けれど、上体を起こした途端、視界がぐらりと揺れる。私は思わず眉間を指で押さえてしまう。

 

「ひ、光ちゃん。だ、大丈夫!? あ、あまり辛いなら無茶しない方が」

 

「だ、大丈夫! 大丈夫だから。よし、と……!」

 

 私は凜ちゃんに心配させまいと元気よく振る舞いながら、ベッドから降りる。傷そのものはすっかり治っている。

 ただ、身体にはまだ疲労と血を失った影響が残っているのか、少し動いただけでも身体が重く感じられた。

 

 私は自分の格好を見下ろす。今着ているのは病院服だ。さすがに、このまま外へ出るわけにはいかない。

 

「光ちゃん、はい。模擬戦が終わってからクリーニングに出して、ちょうどさっき返ってきたから。これに着替えて」

 

 差し出された衣類に目を向ける。それは、私が模擬戦のときに着ていたものだった。

 どうやら戦いが終わったあと、雫さんがわざわざクリーニングに出してくれていたらしい。

 

「あ、すみません。雫さんに、こんなことまでしてもらって……」

 

 私のためにこんな雑用までしてもらったことに申し訳なさが押し寄せ、ついぞ、謝罪を口にしてしまう私。

 

「光ちゃん。そこは謝るんじゃなくて、素直に『ありがとう』って言ってくれた方が、私としては嬉しんだけどな~」

 

 雫さんは謝罪する私に不満そうを露にするように頬をぷくっと膨らませた。確かに、雫さんは私のためを思って、わざわざここまでしてくれたのだ。なのに、そこで「すみません」と謝ってしまったら、雫さんの優しさを無下にしてしまうような気がする。

 

「あ、えっと……ありがとうございます」

 

「ふふ、どういたしまして」

 

 そうして私は手に持つ衣類に着替えていく。凜ちゃんは私が脱いだ病院服を丁寧に畳んだり、立ち眩みを起こしたりして惨事にならないようにと身体を支えたりして着替えをサポートしてくれた。

 

 私が着替え終えると三人で私のリクエストである焼肉へと足を運ぶため、訓練所から出て、そのままアリノスへと向かう。

 

「っ……」

 

 ただ、その途中にまた再び立ち眩みを起こす私。ふらつき、倒れそうになる私の身体を雫さんが支えてくれた。

 

「大丈夫?」

 

「あ、あはは。大丈夫です……」

 

 心配をかけまいと笑ってみせる。けれど、雫さんは私の顔をじっと見つめたまま、少しだけ考え込むような表情を浮かべると、

 

「……ほら」

 

 雫さんは私に背中を向けると、その場で腰を落とした。

 

「……し、雫さん。何を?」

 

「何って、見て分からない? 光ちゃんをおんぶするの。やっぱりちょっと心配だから」

 

 両手をパタパタと動かしながら、私に背中へ乗るよう促してくる雫さん。雫さんにおんぶしてもらえる、憧れの人に背負ってもらえるなんて、私にとってはご褒美だ。

 

 しかし、流石にそこまでしてもらうのは申し訳なさすぎる……!

 

「い、いえ、そこまでしてもらうわけには、ほんとに大丈夫ですので……!」

 

「そっか」

 

 雫さんは私の言葉を聞くと、すっと立ち上がり、おんぶの体勢を解き、「じゃあ……」と言った後。

 

「ふえ?」

 

「光ちゃんは、こっちがご所望のようね」

 

 気づけば、私は雫さんにお姫様抱っこをされていた。雫さんは私を軽々と抱き上げたまま、にこりと微笑んでこちらを見つめている。

 

「え、ええ、えええええええ!?」

 

 突然の出来事に、私の頭は真っ白になる。

 

「ど、どうして雫さんが、わ、私を、お、お姫様抱っこ……!?」

 

「だって、光ちゃん、おんぶされるのは嫌って言ったでしょ? だから、こっちがご所望なのかなって」

 

 雫さんは楽しそうに笑いながら、私の顔を覗き込む。

 

「どう? 私のお姫様抱っこ。嬉しい?」

 

 雫さんの笑顔は眩しくて、それはもう太陽よりも眩しくて、私は熱に浮かされたように顔が熱くなっていた。

 

「……恥ずかしい、です」

 

「ふふ、そう言う割には、まんざらでもなさそうだけど?」

 

「あう……」

 

 図星を突かれて、私は思わず小さく呻いてしまう。

 

 そりゃあ、雫さんにお姫様抱っこをされて嬉しくないわけがない。私にとっては、これ以上ないくらいのご褒美だ。

 だから、今の「恥ずかしい」という言葉は、建前でいったのだ。だって嬉しいです、なんて正直に言うと、子供っぽい気がして、それを雫さんに晒すのは嫌だった。

 

 とはいえ、恥ずかしいという気持ちもあながち間違いではなく、こんな状態でアリスに行ってしまえば、十中八九色んな人からの注目を浴びるのは必致。けど、それを差し置いても、お姫様抱っこは嬉しいのだ。

 

「ふふ」

 

 雫さんは、私の反応から嬉しいという気持ちを悟り、穏やかに笑みを零した。

 

 その後、私たちはアリノスで焼き肉を食べた。私の食欲は凄くて入学式とは比にならない程にお肉を食べた。

 雫さんは食欲旺盛な私を見て、そして、美味しそうに食事する私を始終ニコニコと観察。

 凜ちゃんもいつの間にか食べるよりも私のためにお肉を焼いたりして根本からの世話焼きが発動していた。

 

 因みにお会計は血の気が引くほどの値段だったものの、雫さんがおごってくれた。焼き肉を食べ終えると、立ち眩みも無くなったのだが、先程のお姫様抱っこを見て、凜ちゃんも私をお姫様抱っこをしたいとのことだった。

 

 最初は拒んだのだが、凜ちゃんが凄く泣きそうな表情をしたため、今日一日は凜ちゃんに迷惑をかけっぱなしだったこともあり、渋々、私は凜ちゃんにお姫様抱っこされたのだった。

 

 

 

                     *

 

 

模擬戦が終わった翌朝。

 

「ご、ご主人様。何か不安がおありですか?」

 

「う、うん。ちょっと、ね。立花さんのことで」

 

 学院へ向かう前、私と凜ちゃんはいつものように、しばしのふれあいを楽しんでいた。

 

 凜ちゃんが私の膝の上にちょこんと座り、私はその身体を包み込むように抱きしめている。

 

 このふれあいも、今ではすっかり日常の一部だ。

 

 私はいつも、凜ちゃんを抱きしめるときには優しく、優しくと心掛けている。けれど、不安や心配事が募っているときだけは、その気持ちを誤魔化すように、無意識のうちに力を込めてしまうことがあった。

 

 そして、凜ちゃんもそれを分かっている。

 

「た、立花さんですか?」

 

「うん。雫さんは大丈夫って言ってたけど……やっぱり、昨日負けた腹いせに、私へ何かしてくるんじゃないかって。ちょっと、不安になっちゃって」

 

 雫さんの話では、立花さんは模擬戦のあと、ぶつぶつと呪詛のような言葉を漏らしていたものの、取り乱したり、私に危害を加えようとしたりする様子はなかったらしい。

 ただそれは昨日の話であって、一晩明けた今。立花さんの気持ちが変わっている可能性だってある。昨日の敗北を引きずったまま、私に何か酷いことをしてくるのではないか。そんな不安がぐるぐると私の心をかき乱していた。

 

「だ、大丈夫です! た、立花さんが何かしてきたら、わ、わたしがご、ご主人様を守りますから!」

 

 凜ちゃんはふんふんと鼻息を鳴らし、絶対に私を守るぞ! という強い意気込みが、どこからともなく溢れていた。

 

「うう……ありがとう。凜ちゃん」

 

「あ、えへへ~」

 

 私は感謝の気持ちを込めて、凜ちゃんをぎゅーっと抱きしめると共に、撫でまわしたのであった。

 

 

                  *

 

 

「あ……」

 

 凜ちゃんと一緒に学院へ向かうため寮を出ようとしていた、そのときだった。食堂から出てきた立花さんと、ばったり鉢合わせた。

 

 立花さんは私の姿を認めた瞬間、ぴたりと足を止める。

 

「……」

 

 隣にいた凜ちゃんは立花さんを睨んだまま、すかさず私を庇うように一歩前へ立つ。

 けれど、立花さんはそんな凜ちゃんの存在など目に入っていないかのように、ただ黙ったまま私を見つめていた。

 

 緊迫した空気の中、立花さんはゆっくりとした動作で、左手で自身の右腕をぎゅっと掴む。私は思わず、そちらへと視線を落とすと、その左手は小刻みに震えていた。

 そして、もう一度立花さんの顔へ目を向けると、その赤い瞳が怯えるように震えていた。事実、怯えているかもしれなかった。

 

「……ちっ」

 

 立花さんは吐き捨てるように舌打ちすると、顔を俯かせたまま、私たちの横を通り過ぎていった。

 

 すれ違いざまに見えたその表情は、何かと激しく葛藤しているかのように、奥歯を強く噛み締めていた。

 自室に戻るのであろう立花さんの背中は、あの傲慢で、強気で、勝ち機で、高飛車な面影がほとんど残っておらず、弱弱しかった。

 

「ひ、光ちゃん。行こ?」

 

 遠ざかっていく立花さんの背中を見つめ続けていた私の服を、凜ちゃんがぴっぴっと引っ張る。

 

「あ、う、うん」

 

 私は凜ちゃんの促しに頷くと、そのまま凜ちゃんと並んでラウンジを後にしたのであった。

 

 

 

                    *

 

 

 がらがらがら。

 

 教室の扉を開けた瞬間、クラスメイトたちの視線が一斉に私たちへ――正確には、私へと集まった。

 

 今まで一度も浴びたことのないような視線に、私は困惑すると同時に、思わずびくっと身体を震わせる。

 

 けれど、それも束の間だった。

 

 クラスメイトたちは次々と席を立つと、まるで私を待ち構えていたかのように、こちらへ駆け寄ってくる。

 

「神崎さん、凄いよ! あの立花さんに勝つなんて!」

 

「うんうん! 凄くかっこよかった!」

 

 口々に称賛の言葉を浴びせられる。皆が私を見る目には、尊敬や憧れの色が浮かんでいた。

 

「神崎さん。ごめんなさい!」

 

 そんな中、一人のクラスメイトが突然、私に向かって頭を下げた。周囲から称賛の声が飛び交う中での突然の謝罪に、私は思わず目を丸くする。

 

「私、神崎さんが白雪先輩のパートナーになったって聞いたとき、納得できなかった。私も立花さんみたく、何かずるをして強引に白雪先輩とパートナーになったんだって思ってた。けど、昨日の立花さんとの戦いでそれが違うって分かったの。本当に、ごめんなさい!」

 

「そんな、顔を上げてよ」

 

 頭を下げて謝るクラスメイトに、私は慌てて両手を振りながら、顔を上げるよう促す。

 それでも顔を上げようとしない彼女に、私はすかさず彼女の右手を奪い取るようにして両手で包み込む。驚いたように顔を上げた彼女に、私はにこりと微笑む。

 

「私も、自分で言うのも何だけど、白雪先輩のパートナーになれたこと自体が不思議なくらいだから。そう思われても仕方ないって、私も思ってたよ。だから、謝らなくていいんだよ」

 

 雫さんとパートナーになってから、特に訓練の授業で私の実力を知る一年生の中には、私のことをあまり快く思っていない人が少なからずいることは分かっていた。

 だって、向けられる眼差しからありありと憎しみや嫉妬、恨みの感情が伝わってきていたから。

 ただ私も雫さんとパートナーになったらこうなる予感はあった。だから、居心地の悪さを覚えることはあっても、なるべく気にしないようにしていた。

 

 それに、私もこの子の気持ちが分かる。

 

 もし私ではなく、別の誰かが雫さんのパートナーになっていたら、きっと私だって、その人に嫉妬したと思う。

 自分が憧れている人の隣に、自分ではない誰かがいるのだから。そう思ってしまうのは、決しておかしなことではない。

 

 ましてや、それが学院でもっとも弱いと自覚している私なのだから、なおさらだ。

 

「むしろ、勇気を出して私にその気持ちを打ち明けた、あなたのその勇気を称賛したいよ」

 

 私がそう思うのは、何も特別なことじゃない。この子は、自分の中に生まれた嫉妬や不満を、隠してしまうことだってできたはずだ。

 わざわざ私に話す必要なんてない。 それなのに、この子は逃げることなく、自分の気持ちを私に打ち明けた。

 

 しかも、それを本人に伝えれば、自分の印象が悪くなるかもしれない。それでも、ちゃんと私と向き合って、自分の気持ちを認め、そのうえで謝罪した。

 

 それが、どれほど勇気のいることか。

 

 だから私は、その勇気を素直に凄いと思ったのだ。

 

「え……あ……あああ、ああ……」

 

 私の言葉を聞いた少女は、沸騰したようにぽっと顔を赤らめた。まるで憧れの人を目の前にしたかのように、声まで震わせ始める。

 

「えっと……?」

 

 どうしたのだろう。

 

 私が首を傾げていると――、

 

「あっ……!」

 

 少女は突然、両手で真っ赤になった顔を覆い、私が呼び止めるよりも早く、そのまま足早に廊下へと出て行ってしまった。

 

「……?」

 

 私は呆然と、その後ろ姿を見送る。

 

「え、えっと。り、凜ちゃん。わ、私何か今、失礼な事言っちゃったのかな?」

 

 何か気に障るようなことを言ってしまったのではないか。そう思って凜ちゃんに尋ねるけれど、凜ちゃんは何も答えない。

 ただ、頬をぷくっと膨らませ、見るからに不機嫌そうな表情を浮かべていた。

 

「えっと……凜ちゃん?」

 

「むう~」

 

 凜ちゃんは唸るような声を漏らすと、まるで私は渡さないとでも意思表示するかのように、私の左腕へ自分の腕を巻きつけ、ぎゅ~っと抱きついた。

 

 どうして凜ちゃんが不機嫌なのかいまいちわからなかった私だが、すぐに、クラスメイト達から、たくさんの称賛と、何故か握手まで求められてしまい、てんやわんや状態になったため、不機嫌の真相は闇へと葬られたのだった。

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