親友が女になった……いや俺が女になった   作:M1tarash1

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01.朝起きたら…

 

 放課後の体育館には、バドミントンのシャトルが床を叩く音と、ラケットの乾いた音が響いていた。

 

「っしゃあ!」

 

 高い打球が上がる。

 

 俺は一歩下がった。

 

 相手コートの奥。

 

 こうすけが、ラケットを構えている。

 

「ゆうまーはやく!」

 

「……うるさい」

 

「声出したほうが強くなるっていうじゃん」

 

「そんなわけないだろ」

 

 俺は軽く息を吐いて、シャトルを見た。

 

 落下地点を予測する。

 

 一歩。

 

 二歩。

 

 踏み込む。

 

 ラケットを振り抜いた。

 

 パンッ!

 

 鋭い音とともに、シャトルがこうすけのコートへ突き刺さる。

「っ……!」

 

 こうすけが飛び込む。

 

 だが、届かない。

 

 シャトルが床に落ちた。

 

「よし」

 

 俺が小さく拳を握る。

 

「お前、今のずるくね!?」

 

「どこが」

 

「速すぎ!」

 

「普通」

 

「普通じゃねえって!」

 

 こうすけが悔しそうに頭を掻く。

 

 その横で、れんが笑っていた。

 

「またゆうまの勝ち?」

 

「……まあ」

 

「うわ、また負けたのかよ、こうすけ」

 

「いやいや、次は勝つから」

 

「何回目だよ、それ」

 

「次は次だろ!」

 

「はいはい」

 

 俺はラケットを肩に乗せた。

 

「次、やる?」

 

「やる!」

 

「じゃあ十点先取」

 

「望むところ!」

 

 こうすけがニヤッと笑う。

 

 こいつとは昔からこうだった。

 普段はくだらないことで騒いでいるくせに、ラケットを握ると急に負けず嫌いになる。

 

 そして俺も、こうすけ相手だと負けたくない。

 

 理由はよく分からない。

 

 ただ、負けると妙に腹が立つ。

 

「お前ら、ほんと仲良いよな」

 

 れんが言った。

 

「「どこが?」」

 

 俺とこうすけの声が重なる。

 

 れんが呆れたように笑った。

 

「そういうところだよ」

 

「意味わかんない」

 

「俺も」

 

「お前らなあ……」

 

 練習が終わる。

 

 俺たちは三人で体育館を出た。

 

「腹減った!」

 

 こうすけが叫ぶ。

 

「うるさい」

 

「ゆうま、コンビニ寄ろうぜ!」

 

「やだ」

 

「なんで!?」

 

「疲れた」

 

「じゃあ俺が買ってきてやる」

 

「……何買ってくるの」

 

「お前、チョコ好きだろ」

 

「……まあ」

 

「じゃあチョコ1個な」

 

「それだけ?」

 

「欲張るなよ」

 

「……」

 

 俺は黙ってこうすけを見る。

 

「何やその顔」

 

「別に」

 

「分かった、もう一個な」

 

「……ん」

 

 れんが横から笑う。

 

「こうすけお前、ゆうまに甘すぎない?」

 

「そんなことないって」

 

「いや、今めちゃくちゃ分かりやすかったぞ」

 

「……うるさい」

 

 俺は少しだけ顔を逸らした。

 

 こうすけが笑っている。

 

 こういう時間は、嫌いじゃなかった。

 

 むしろ、好きだった。

 

 ただ、それを本人に言うつもりはない。

 

「そういえばさ」

 

 れんが突然言った。

 

「駅前の神社、知ってる?」

 

「神社?」

 

「うん。なんか最近、古いお守りが見つかったらしい」

 

「お守り?」

 

 こうすけが興味を示す。

 

「行ってみようぜ!」

 

「なんで?」

 

「なんか面白そうじゃん!」

 

「子供かよ」

 

「高校生ですー」

 

「年齢だけはな」

 

「いいじゃん、ゆうまも行こうぜ!」

 

「……」

 

「な?」

 

「……少しだけなら」

 

「よっしゃ!」

 

「お前、本当に元気だな」

 

「元気が取り柄だからな!」

 

「うるさいの間違いだろ」

 

「ひどっ!」

 

 結局、三人で神社へ向かった。

 

 駅前から少し外れた場所にある、小さな神社。

 

 夕方になると人もほとんどいない。

「なんか怖くね?」

 

 こうすけが辺りを見る。

 

「怖いの?」

 

「怖くねえよ!」

 

「声震えてる」

 

「震えてない!」

 

 れんが笑う。

 

 俺も少しだけ笑った。

 

「お、ゆうま笑った」

 

「……なに」

 

「いや、珍しい」

 

「失礼」

 

「だって普段こんな顔じゃん」

 

 こうすけが俺の真似をする。

 

 無表情で、少しだけ目を細める。

 

「……誰がそんな顔だよ」

 

「今してるじゃん」

 

「してない」

 

「してるって」

 

「してない!」

 

「してる!」

 

「うるさい」

 

 くだらない。

 

 本当にくだらない。

 

 でも、こういうくだらない時間が好きだった。

 

 境内を歩いていると、俺の足元に何かが落ちているのが見えた。

 

「……?」

 

 拾い上げる。

 

 古いお守りだった。

 

「それ、噂のお守りじゃね?」

 

 れんが近づいてくる。

 

「たぶん」

 

「へえ」

 

 こうすけも覗き込む。

 

「恋愛のお守りだったりして」

 

「なんで?」

 

「なんとなく」

 

「適当」

 

「いいじゃん」

 

 俺はお守りを裏返した。

 

 見たことのない文字が書かれている。

 

「神社の人に届ける?」

 

 れんが言う。

 

「そうするか」

 

 そう言って立ち上がった瞬間。

 

 風が吹いた。

 

「うわっ」

 

 お守りが手から落ちる。

 

 その瞬間。

 

 一瞬だけ、白い光が見えた。

 

「……?」

 

「どうした?」

 

 こうすけが聞いてくる。

 

「いや……なんでもない」

 

 気のせいだ。

 

 そう思った。

 

 その日はそのまま帰った。

 

 家に着いてからは、いつも通りだった。

 

 夕飯を食べる。

 

 風呂に入る。

 

 宿題をする。

 

 そして眠る。

 

 

 

 

 ――翌朝。

 

 

「…………」

 

 

 目を覚ました。

 

 何かがおかしい。

 

 髪が顔にかかっている。

 

「……?」

 

 手で払う。

 

 長い。

 

 昨日までこんなに長くなかった。

 

「……なんだこれ」

 

 寝ぼけているのかと思った。

 

 起き上がる。

 

 身体が軽い。

 

 そして――声。

 

「……え?」

 

 高い。

 

 明らかに、自分の声ではない。

 

 俺はベッドから飛び起きた。

 

 鏡を見る。

 

「…………」

 

 そこには、知らない女の子が立っていた。

 

 長い髪。

 

 少し丸くなった顔。

 

 だけど、その目元には見覚えがある。

 

「……俺?」

 

 鏡の中の少女も口を動かす。

 

 頬をつねる。

 

「痛っ」

 

 夢じゃない。

 

 もう一度見る。

 

 やっぱり女の子だった。

 

「…………なんで」

 

 昨日のお守りが頭をよぎる。

 

 俺は机を見る。

 

 そこには、昨日拾ったお守りがあった。

 

「……まさか」

 

 そんな馬鹿な。

 

 でも、他に説明がつかない。

 

 俺はスマホを掴んだ。

 

 連絡先を開く。

 

 一番上にある名前。

 

 こうすけ。

 

 電話をかける。

 

『……もしもし?』

 

「こうすけ」

 

『んー? ゆうま?』

 

「……」

 

『どうした?』

 

「今日……学校、行けない」

 

『え、なんで? てか声どした。喉?』

 

「……そういうのじゃない」

 

『じゃあ何?』

 

「……」

 

 言いたくない。

 

 でも、言わないとどうにもならない。

 

「俺……」

 

『うん』

 

「なんか女になった」

 

『…………』

 

 沈黙。

 

 そして。

 

『は?』

 

「女」

 

『いやいやいやいや!』

 

 電話越しに、こうすけの声が響く。

 

「うるさい」

 

『だって意味わかんねえって!』

 

「俺も分かんない」

 

『え、本当に?』

 

「……本当」

 

『写真――』

 

「やだ」

 

『まだ何も言ってねえ!』

 

「言おうとしただろ」

 

『……まあ』

 

「切るね」

 

『待て待て!』

 

 俺はため息をついた。

 

『……今から行く』

 

「来なくていい」

 

『行く』

 

「なんで」

 

『気になるから!』

 

「……こうすけ」

 

『ん?』

 

「変なこと言うなよ」

 

『言わねえって』

 

「本当に?」

 

『本当本当』

 

「……分かった…待ってる」

 

 電話を切った。

 

 それから三十分もしないうちに、玄関のチャイムが鳴った。

 

 恐る恐るドアを開ける。

 

「ゆうま!」

 

「……なに」

 

「いや、なにじゃなくて!」

 

 こうすけが俺を見る。

 

 そして――固まった。

 

「え………まじじゃん……」

 

「……なに」

 

「いや……ていうか……お前…」

 

「なに」

 

 こうすけが目を逸らす。

 

「……お前」

 

「うん」

 

「昔から、ちょっと可愛いとは思ってたけど」

 

「…………は?」

 

「あ」

 

 こうすけが口を押さえる。

 

「今のなし!」

 

「なんで?」

 

「いや、なんでもない!」

 

「意味わかんない」

 

 俺が呆れていると、こうすけは頭を掻いた。

 

 呆れているけど自分でも分かるくらい耳が熱かった。

 

「……でもまあ」

 

「?」

 

「お前はお前だろ」

 

「……」

 

「だから、そんな顔すんなって」

 

「どんな顔」

 

「いつもの顔」

 

「……してない」

 

「してるって」

 

「してない」

 

「してる!」

 

「うるさい」

 

 思わず頬を膨らませる。

 

「……」

 

 こうすけが目を丸くした。

 

「何」

 

「いや」

 

「……」

 

「なんでもない」

 

「……変なの」

 

 俺は視線を逸らした。

 

 身体は変わってしまった。

 

 声も、髪も、何もかも。

 

 昨日までの自分とは違う。

 

 それでも。

 

 こうすけのうるささだけは、昨日と何も変わらなかった。

 

「なあ、ゆうま」

 

「なに」

 

「学校、どうする?」

 

「……行く」

 

「マジ?」

 

「バドも」

 

「……お前、本気?」

 

「当たり前だろ」

 

 俺は机の上に置かれたラケットを見る。

 

 これだけは、変えたくなかった。

 

「こうすけ」

 

「ん?」

 

「次も勝つから」

 

 一瞬、こうすけが黙った。

 

 それから、いつものように笑った。

 

「おう。絶対負けねえ」

 

 その笑顔を見て。

 

 俺は少しだけ安心した。

 

 きっと、何かが変わってしまった。

 

 でも。

 

 全部が変わったわけじゃない。

 

 ――そう思っていた。

 

 このときの俺は、まだ知らなかった。

 

 これから少しずつ。

 

 俺たち三人の関係も。

 

 そして、俺とこうすけの関係も。

 

 変わっていくことを。

 

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