親友が女になった……いや俺が女になった 作:M1tarash1
放課後の体育館には、バドミントンのシャトルが床を叩く音と、ラケットの乾いた音が響いていた。
「っしゃあ!」
高い打球が上がる。
俺は一歩下がった。
相手コートの奥。
こうすけが、ラケットを構えている。
「ゆうまーはやく!」
「……うるさい」
「声出したほうが強くなるっていうじゃん」
「そんなわけないだろ」
俺は軽く息を吐いて、シャトルを見た。
落下地点を予測する。
一歩。
二歩。
踏み込む。
ラケットを振り抜いた。
パンッ!
鋭い音とともに、シャトルがこうすけのコートへ突き刺さる。
「っ……!」
こうすけが飛び込む。
だが、届かない。
シャトルが床に落ちた。
「よし」
俺が小さく拳を握る。
「お前、今のずるくね!?」
「どこが」
「速すぎ!」
「普通」
「普通じゃねえって!」
こうすけが悔しそうに頭を掻く。
その横で、れんが笑っていた。
「またゆうまの勝ち?」
「……まあ」
「うわ、また負けたのかよ、こうすけ」
「いやいや、次は勝つから」
「何回目だよ、それ」
「次は次だろ!」
「はいはい」
俺はラケットを肩に乗せた。
「次、やる?」
「やる!」
「じゃあ十点先取」
「望むところ!」
こうすけがニヤッと笑う。
こいつとは昔からこうだった。
普段はくだらないことで騒いでいるくせに、ラケットを握ると急に負けず嫌いになる。
そして俺も、こうすけ相手だと負けたくない。
理由はよく分からない。
ただ、負けると妙に腹が立つ。
「お前ら、ほんと仲良いよな」
れんが言った。
「「どこが?」」
俺とこうすけの声が重なる。
れんが呆れたように笑った。
「そういうところだよ」
「意味わかんない」
「俺も」
「お前らなあ……」
練習が終わる。
俺たちは三人で体育館を出た。
「腹減った!」
こうすけが叫ぶ。
「うるさい」
「ゆうま、コンビニ寄ろうぜ!」
「やだ」
「なんで!?」
「疲れた」
「じゃあ俺が買ってきてやる」
「……何買ってくるの」
「お前、チョコ好きだろ」
「……まあ」
「じゃあチョコ1個な」
「それだけ?」
「欲張るなよ」
「……」
俺は黙ってこうすけを見る。
「何やその顔」
「別に」
「分かった、もう一個な」
「……ん」
れんが横から笑う。
「こうすけお前、ゆうまに甘すぎない?」
「そんなことないって」
「いや、今めちゃくちゃ分かりやすかったぞ」
「……うるさい」
俺は少しだけ顔を逸らした。
こうすけが笑っている。
こういう時間は、嫌いじゃなかった。
むしろ、好きだった。
ただ、それを本人に言うつもりはない。
「そういえばさ」
れんが突然言った。
「駅前の神社、知ってる?」
「神社?」
「うん。なんか最近、古いお守りが見つかったらしい」
「お守り?」
こうすけが興味を示す。
「行ってみようぜ!」
「なんで?」
「なんか面白そうじゃん!」
「子供かよ」
「高校生ですー」
「年齢だけはな」
「いいじゃん、ゆうまも行こうぜ!」
「……」
「な?」
「……少しだけなら」
「よっしゃ!」
「お前、本当に元気だな」
「元気が取り柄だからな!」
「うるさいの間違いだろ」
「ひどっ!」
結局、三人で神社へ向かった。
駅前から少し外れた場所にある、小さな神社。
夕方になると人もほとんどいない。
「なんか怖くね?」
こうすけが辺りを見る。
「怖いの?」
「怖くねえよ!」
「声震えてる」
「震えてない!」
れんが笑う。
俺も少しだけ笑った。
「お、ゆうま笑った」
「……なに」
「いや、珍しい」
「失礼」
「だって普段こんな顔じゃん」
こうすけが俺の真似をする。
無表情で、少しだけ目を細める。
「……誰がそんな顔だよ」
「今してるじゃん」
「してない」
「してるって」
「してない!」
「してる!」
「うるさい」
くだらない。
本当にくだらない。
でも、こういうくだらない時間が好きだった。
境内を歩いていると、俺の足元に何かが落ちているのが見えた。
「……?」
拾い上げる。
古いお守りだった。
「それ、噂のお守りじゃね?」
れんが近づいてくる。
「たぶん」
「へえ」
こうすけも覗き込む。
「恋愛のお守りだったりして」
「なんで?」
「なんとなく」
「適当」
「いいじゃん」
俺はお守りを裏返した。
見たことのない文字が書かれている。
「神社の人に届ける?」
れんが言う。
「そうするか」
そう言って立ち上がった瞬間。
風が吹いた。
「うわっ」
お守りが手から落ちる。
その瞬間。
一瞬だけ、白い光が見えた。
「……?」
「どうした?」
こうすけが聞いてくる。
「いや……なんでもない」
気のせいだ。
そう思った。
その日はそのまま帰った。
家に着いてからは、いつも通りだった。
夕飯を食べる。
風呂に入る。
宿題をする。
そして眠る。
――翌朝。
「…………」
目を覚ました。
何かがおかしい。
髪が顔にかかっている。
「……?」
手で払う。
長い。
昨日までこんなに長くなかった。
「……なんだこれ」
寝ぼけているのかと思った。
起き上がる。
身体が軽い。
そして――声。
「……え?」
高い。
明らかに、自分の声ではない。
俺はベッドから飛び起きた。
鏡を見る。
「…………」
そこには、知らない女の子が立っていた。
長い髪。
少し丸くなった顔。
だけど、その目元には見覚えがある。
「……俺?」
鏡の中の少女も口を動かす。
頬をつねる。
「痛っ」
夢じゃない。
もう一度見る。
やっぱり女の子だった。
「…………なんで」
昨日のお守りが頭をよぎる。
俺は机を見る。
そこには、昨日拾ったお守りがあった。
「……まさか」
そんな馬鹿な。
でも、他に説明がつかない。
俺はスマホを掴んだ。
連絡先を開く。
一番上にある名前。
こうすけ。
電話をかける。
『……もしもし?』
「こうすけ」
『んー? ゆうま?』
「……」
『どうした?』
「今日……学校、行けない」
『え、なんで? てか声どした。喉?』
「……そういうのじゃない」
『じゃあ何?』
「……」
言いたくない。
でも、言わないとどうにもならない。
「俺……」
『うん』
「なんか女になった」
『…………』
沈黙。
そして。
『は?』
「女」
『いやいやいやいや!』
電話越しに、こうすけの声が響く。
「うるさい」
『だって意味わかんねえって!』
「俺も分かんない」
『え、本当に?』
「……本当」
『写真――』
「やだ」
『まだ何も言ってねえ!』
「言おうとしただろ」
『……まあ』
「切るね」
『待て待て!』
俺はため息をついた。
『……今から行く』
「来なくていい」
『行く』
「なんで」
『気になるから!』
「……こうすけ」
『ん?』
「変なこと言うなよ」
『言わねえって』
「本当に?」
『本当本当』
「……分かった…待ってる」
電話を切った。
それから三十分もしないうちに、玄関のチャイムが鳴った。
恐る恐るドアを開ける。
「ゆうま!」
「……なに」
「いや、なにじゃなくて!」
こうすけが俺を見る。
そして――固まった。
「え………まじじゃん……」
「……なに」
「いや……ていうか……お前…」
「なに」
こうすけが目を逸らす。
「……お前」
「うん」
「昔から、ちょっと可愛いとは思ってたけど」
「…………は?」
「あ」
こうすけが口を押さえる。
「今のなし!」
「なんで?」
「いや、なんでもない!」
「意味わかんない」
俺が呆れていると、こうすけは頭を掻いた。
呆れているけど自分でも分かるくらい耳が熱かった。
「……でもまあ」
「?」
「お前はお前だろ」
「……」
「だから、そんな顔すんなって」
「どんな顔」
「いつもの顔」
「……してない」
「してるって」
「してない」
「してる!」
「うるさい」
思わず頬を膨らませる。
「……」
こうすけが目を丸くした。
「何」
「いや」
「……」
「なんでもない」
「……変なの」
俺は視線を逸らした。
身体は変わってしまった。
声も、髪も、何もかも。
昨日までの自分とは違う。
それでも。
こうすけのうるささだけは、昨日と何も変わらなかった。
「なあ、ゆうま」
「なに」
「学校、どうする?」
「……行く」
「マジ?」
「バドも」
「……お前、本気?」
「当たり前だろ」
俺は机の上に置かれたラケットを見る。
これだけは、変えたくなかった。
「こうすけ」
「ん?」
「次も勝つから」
一瞬、こうすけが黙った。
それから、いつものように笑った。
「おう。絶対負けねえ」
その笑顔を見て。
俺は少しだけ安心した。
きっと、何かが変わってしまった。
でも。
全部が変わったわけじゃない。
――そう思っていた。
このときの俺は、まだ知らなかった。
これから少しずつ。
俺たち三人の関係も。
そして、俺とこうすけの関係も。
変わっていくことを。