仲裁屋が行く‼ 実力至上主義の教室へ   作:みがわりの軍隊

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引き続き無人島編です


無人島編 中編

無人島特別試験、三日目の夕方。 ジャングルの木々の隙間から差し込む西日が、長い影を地面に落としていた。 Cクラスから「龍園に逆らって追い出された」と泣きついてきた眼鏡の男子生徒――金田悟を、一之瀬が善意で俺たちBクラスのベースキャンプに迎え入れてから、すでに二時間ほどが経過している。

 

キャンプの中央では、網倉さんや白波さんたちが夕食の支度として、少ないSポイントで購入した業務用のお米を飯盒で炊き、柴田や別府たちが川で捕ってきた魚を枝に刺して塩焼きにしていた。その少し離れた木の根元で、金田は借りたタオルを肩にかけながら、「すみません、僕なんかのために……」と殊勝な顔で頭を下げ続けている。

 

俺はそんな和やかなキャンプの風景を横目に見ながら、一之瀬に「ちょっと川の上流に仕掛けた魚捕りの罠を見に行ってくるよ。神崎と姫野さんにも手伝ってもらうね」と軽く声をかけた。 一之瀬は「うん、気をつけてね! 暗くなる前に戻ってきてよー!」と屈託のない笑顔で手を振ってくれた。

ベースキャンプから川沿いを上流へと歩くこと五分ほど。 川のせせらぎが周囲の音をかき消し、キャンプからは完全に死角となる巨大な岩場の陰に入ったところで、俺は足を止めて振り返った。

 

「……さて。ここなら誰にも聞かれる心配はないよ。神崎、それに姫野さん」

 

俺がいつものお調子者の笑顔をスッと消して切り出すと、後ろからついてきた神崎隆二は腕を組み、険しい表情で岩壁に背を預けた。

 

「話というのは、やはりあのCクラスの金田のことだな」

 

「ああ。さっきキャンプで金田が保護された時、神崎もかなり警戒した目をしてたからね。やっぱり、あいつが怪しいと思ってたんだろ?」

 

「当然だ。いくらCクラスの龍園が暴君だからといって、サバイバル試験の真っ最中に、自分のクラスの戦力を何のメリットもなく他クラスのキャンプへ放り出すはずがない。しかも、リタイアすればペナルティで30ポイント引かれる可能性があるのに、だ。……おそらく、俺たちBクラスの内部事情、とりわけ『誰がリーダーのカードキーを持っているか』を探るために送り込まれたスパイだと考えるのが自然だろう」

 

神崎の冷静な分析に、俺は満足そうに頷いた。さすがはBクラスの頭脳派、一之瀬や他のクラスメイトたちが同情で目を曇らせる中でも、彼だけは最初から本質を見抜いていたらしい。 だが、俺と姫野さんが握っている情報は、その推測を『100パーセントの確信』へと変えるものだった。

 

「その通りだよ、神崎。しかもね、あいつはただの一般生徒じゃない。俺と姫野さんが四月中旬にケヤキモールの裏で偶然目撃したんだけど……龍園が石崎たちを暴力で屈服させてた時、そのすぐ隣で監視カメラの死角を計算して龍園に報告してた『Cクラスの参謀役』が、あの金田なんだよ」

 

「……なんだと?」

 

神崎の切れ長の目が、鋭く見開かれた。 俺の隣に立つ姫野さんも、セミロングの髪を耳にかけながら、冷ややかな声で言葉を継いだ。

 

「うん、間違いない。あの時、龍園の横で一番冷静に状況を見てたのがあいつよ。そんな龍園の腹心が、今さら『ポイントを全部使われて頭にきたから喧嘩別れした』なんて、見え透いた三文芝居にも程があるわ。……それにね、神崎君。私と相良君、さっき金田君がキャンプに来た時に足元を見てたの」

 

「足元?」

 

「あいつ、体操服の胸元や頬っぺたにはわざとらしく泥を塗りたくってたけど、履いてるスニーカーの靴底の溝には、乾いた白い砂浜の砂しか詰まってなかったのよ。もし本当に森の中を何時間もさまよって遭難しかけてたなら、靴底は川辺の湿った黒土や腐葉土で汚れてるはずでしょ? あの子、Cクラスのビーチから真っ直ぐここへ歩いてきて、キャンプの手前で顔に泥をつけただけよ」

 

姫野さんの鮮やかな観察眼に、神崎は「……なるほど。そこまで証拠が揃っているなら疑いようがないな」と低く唸った。 そして彼は、すぐに踵を返してベースキャンプの方へ戻ろうとした。

 

「ならば話は早い。今すぐ一之瀬にこの事実を伝え、金田をキャンプから叩き出すぞ。スパイをこれ以上内部に置いておく理由は――」

 

「待った待った、神崎! だから、それをやっちゃダメなんだってば!」

 

俺は慌てて神崎の肩を掴んで引き止めた。

 

「なぜだ、相良!? 敵の目をみすみす放置しろというのか!?」

 

「放置するんじゃない、『飼う』んだよ。いいか神崎、一呼吸おいて、あの龍園という男の頭の中を想像してみてくれ」

 

俺は岩の上に腰を下ろし、指を一本ずつ折りながら説明を始めた。

 

「今回の試験、龍園は初日にビーチでバーベキューなんかやって、初期の300ポイントを全部使い果たしたと言われてる。まあ、本当にゼロにしたのか、それとも誰かと裏取引して物資を調達してるのかは分からないけど、確実なのは『Cクラスはまともにポイントを節約する気がない』ってことだ。じゃあ、どうやって勝つ気か? 答えはひとつ、最終日に他クラスのリーダーを言い当てて、1クラスにつき50ポイントを強奪し、さらに相手のスポット占有ボーナスを無効化することだ」

 

「……ああ。仮にCクラスがBクラスとDクラスのリーダーを両方当てれば、それだけでCクラスはプラス100ポイント、俺たちはマイナス50ポイントで、一気に150ポイントもの差が詰まることになる」

 

「だろ? つまり龍園にとって、他クラスのリーダー特定は『やれたらラッキー』じゃなくて『絶対に成功させなきゃいけない問題』なんだ。もしここで、俺たちが金田の正体を暴いてキャンプから追い出したら、龍園はどう動くと思う?」

 

神崎は眉間に深い皺を寄せ、少し考えてから答えた。

 

「……金田による潜入工作が失敗したと判断し、別の手段に切り替えるだろうな」

 

「そう! しかも、その別の手段っていうのは、俺たちがいつ、どこから仕掛けられるか分からない直接的な実力行使だ。たとえば、夜中に石崎たちを使って俺たちのテントを襲撃させ、力ずくで全員のポケットを漁るとか、8時間ごとのスポット移動を森の中で待ち伏せして全員を取り囲むとかね。あの男なら、ルールスレスレの暴力くらい平気で使ってくる。」

 

四月のモール裏での光景と、五月の須藤事件の手口を思い出せば、それは決して大げさな仮定ではなかった。

 

「それにさ、もうひとつ問題がある。もし今、一之瀬さんに『あなたが善意で助けた金田くんは、実は俺たちを陥れるためのスパイでした』って突きつけたら、一之瀬さんはどう思うかな? もちろん、リーダーとして金田を追い出す決断はするだろうけど、彼女の『困っている人は誰であれ助けたい』っていう一番の強みに、確実に迷いと傷がつく。クラスの連中も『他クラスの人間は全員敵だ』ってピリピリし始めて、うちのクラス最大の武器である温かい団結力が変質しちゃうかもしれない」

 

俺の言葉に、神崎は唇を噛み締めて沈黙した。 隣で聞いていた姫野さんが、呆れたように、でもどこか優しげな目で俺を見てため息をつく。

 

「……ほんと、あんたってば一之瀬さんのことになると過保護よね。でも、神崎君、相良君の言う通りよ。スパイが一番無害で、しかも一番役に立つのはこちらがスパイだと気づいていないフリをして、偽の情報をたっぷり食べさせて送り返す時だわ」

 

「偽の情報……つまり、金田に『一之瀬ではない別の人間がBクラスのリーダーだ』と誤認させるというのか?」

 

神崎が顔を上げる。俺はニヤリと笑って、親指で神崎自身を指差した。

 

「ご名答。そして、その『偽のリーダー』として一番説得力がある配役は――神崎、お前しかいない」

 

「……俺が、か?」

 

「考えてもみなよ。金田や龍園から見て、Bクラスのリーダー候補は最初から『一之瀬帆波』か『神崎隆二』の二択に絞られてる。しかも、一之瀬さんはクラスの太陽として常にみんなの前に立ってるから、龍園みたいな疑り深いタイプほど『いや、一之瀬は目立ちすぎるから囮で、実際にカードキーを管理している裏のリーダーは実務派の神崎の方じゃないか?』って深読みしたくなるもんなんだ」

 

俺は地面の小石を拾い上げ、手のひらで弄びながら作戦の細部を語った。

 

「だから、俺たち三人で金田のその『深読み』を確信に変えてやる。まず、一之瀬さんには金田がスパイだとは絶対に言わない。彼女が知ってしまうと、根が正直だから金田の前でどうしても態度がぎこちなくなるからね。一之瀬さんにはただ、『金田くんはCクラスの人間だから、念のためリーダーが誰かは絶対に悟られないように、スポットに行く時はいつも俺と神崎、姫野さんの四人で動こう』とだけ伝えておく」

 

「なるほど……。一之瀬には今まで通り、金田に対して無邪気に親切に接しさせ、油断させるわけか」

 

 

「そういうこと! そして、その裏で俺と姫野さん、神崎の三人が、金田の目の前で神崎がリーダーの重圧を背負っている芝居を打つ。今日の夜、さっそく第一幕を開けようぜ」

 

俺が提案した『第一幕』のシナリオを聞いた神崎は、最初は「そんな芝居がうまくいくか……?」と半信半疑な顔をしていたが、やがて腹を決めたように力強く頷いた。

 

「……分かった。一之瀬の理想とBクラスのポイントを守るためだ、俺がその『偽のリーダー』を演じ切ろう」

 

「私も付き合うわよ。金田君のあのメガネを、嬉しそうにピカピカ光らせてあげるわ」

 

三人の共犯関係が結ばれ、俺たちは何食わぬ顔でベースキャンプへと戻った。

 

その日の夜、午後十時過ぎ。 ベースキャンプの焚き火はすでに小さく落とされ、クラスメイトたちの大半は男女それぞれの大型テントの中で眠りについていた。 男子テントの一番入り口に近い端っこでは、保護された金田が毛布を頭までかぶって横になっている。

 

俺は同じ男子テントの中で、金田の呼吸音をじっと聞いていた。 規則正しい寝息を立てているように聞こえるが、さっきから五分おきくらいに、毛布の下でわずかに身じろぎをして、外の気配を窺っているのが手に取るように分かる。スパイとして初日の夜だ、あいつが本気で熟睡しているはずがない。

 

俺はそっと起き上がると、わざと少しだけ足音を忍ばせるような動きで、男子テントのファスナーをゆっくりと開けて外へと出た。 外は満天の星空で、夜風が心地よく木々を揺らしている。 テントからわずか二メートルほど離れた焚き火の跡の近くに、事前の打ち合わせ通り、姫野さんがひとりぽつんと丸太に腰掛けて待っていた。

 

「……あれ、姫野さん? まだ起きてたの?」

 

俺は、テントの中の金田が耳を澄ませばギリギリ聞き取れるくらいの『絶妙な小声』で話しかけながら、姫野さんの隣へと腰を下ろした。

 

「うん。テントの中、ちょっと蒸し暑くて目が覚めちゃった。……相良君こそ、トイレ?」

 

「いや、次のスポット占有の時間が夜中の二時だからさ、寝過ごすといけないと思ってちょっと目を覚ましにね」

 

俺はそこで一度言葉を切って、わざとらしく男子テントの方をチラリと振り返る素振り(もちろんテントの布越しにシルエットが映る角度だ)を見せてから、さらに声を潜めた。

 

「……しっかし、一之瀬さんもお人好しだよなあ。Cクラスの金田くんをそのまま男子テントに泊めるなんてさ。さっき神崎の奴、テントの中でめちゃくちゃピリピリしてて、俺まで緊張しちゃったよ」

 

「ちょっと相良君、声が大きいよ。……でも、神崎君がピリピリするのも無理ないでしょ。万が一、寝てる間に金田君にポケットを探られて、『カードキー』を見られでもしたら、私たちの50ポイントが吹き飛ぶんだから」

 

姫野さんの声のトーンは、俺でも驚くほど自然で、本当に『クラスメイトと二人きりでつい本音を漏らしている女子』そのものだった。 テントの布地のすぐ向こう側で、金田の呼吸が一瞬だけ「ッ!」と止まり、毛布がわずかに擦れる音がしたのが分かった。

 

(……かかった!)

 

俺は内心でほくそ笑みながら、姫野さんの肩に顔を近づけ、ダメ押しのセリフを囁いた。

 

「まあね。でも結果論だけど、最初にリーダーを決める時、目立つ一之瀬さんを囮にして、実務派の『神崎』にカードキーを持たせておいて本当に大正解だったよな。金田くんだって、まさか一之瀬さんじゃなくて神崎がリーダーだなんて思わないだろ」

 

「どうだか。神崎君、真面目すぎるから態度に出やすいのよ。あんた、夜中のスポット移動の時も、ちゃんと神崎君の横についててあげなさいよね。一之瀬さんも一緒に連れて行って、最後まで誰がカードをかざしたか分からないようにするのよ」

 

「はいはい、分かってるって。神崎のやつ、カードキーを肌身離さずズボンのポケットに入れて寝てるから、さすがに抜かれることはないと思うけどさ。……よし、じゃあ俺もあと二時間くらい仮眠取ってくるわ。姫野さんも風邪ひかないうちに寝なよ?」

 

「うん、おやすみ、相良君」

 

俺は丸太から立ち上がり、姫野さんに小さくウィンク(『百点満点!』というサイン)を送ってから、再び男子テントの中へと戻った。 暗がりの中で金田の方を見ると、彼は完璧に寝たフリをしていたが、その首筋にはうっすらと興奮の汗が浮かび、毛布の下で握りしめられた拳が微かに震えているのが見えた。

 

(……まずは第一段階クリア、っと。これで金田の頭の中には『Bクラスのリーダーは一之瀬ではなく神崎隆二だ』という強烈な仮説が植え付けられたはずだ)

 

翌朝――試験四日目の午前十時。 夜中の二時に続いて、朝の十時が8時間ごとのスポット占有の更新タイミングだった。 俺と神崎、一之瀬、そして姫野さんと柴田の五人は、「食料調達と散策を兼ねて行ってくるよ」とキャンプを出発しようとしていた。

 

その出発の間際、神崎はテントの陰で金田の視線がこちらに向いているのを計算に入れた上で、自分の体操服のズボンの右ポケットを上からポンポンと手で叩いて確認する仕草を見せた。 そして、一之瀬はというと、手ぶらでニコニコしながら「金田君、昨日の夜はちゃんと眠れた? お昼には美味しい果物採ってくるから、ゆっくり休んでてね!」と声をかけている。

誰の目から見ても、『カードキーという重要機密を抱えて緊張している実行部隊長の神崎』と、『何も持たずに場を和ませている広報担当の一之瀬』という構図にしか見えない。 金田が眼鏡の位置をクイッと直しながら、「は、はい、気をつけてください一之瀬氏、神崎氏……」と答えた時、その口元が勝利を確信したようにわずかに歪んだのを、俺は見逃さなかった。

 

キャンプから離れた森の奥のスポットに到着すると、俺たちは周囲の木の上や茂みに他クラスの偵察がいないかを徹底的に確認した上で、五人で円陣を組むようにして端末の機械を取り囲んだ。 そして、その中心で一之瀬が自分のポーチから本物のカードキーを取り出し、ピピッ、と認証を済ませる。

 

「……ふぅ、今回も無事に占有できたね! でも相良君、神崎君、どうして昨日から急に『四、五人で取り囲んで、神崎君がリーダーのフリをする』なんて厳重なやり方に変えたの? 金田君はあんなに弱ってるんだし、そこまで警戒しなくてもいいと思うんだけどなあ」

 

カードキーをポーチにしまいながら、一之瀬が不思議そうに首を傾げる。 俺と神崎、姫野さんの三人は顔を見合わせ、俺が代表して爽やかな笑顔で答えた。

 

「いやあ、金田くんを疑ってるわけじゃないんだよ、一之瀬さん! たださ、もしCクラスの龍園が逃げた金田くんを追いかけてうちのキャンプの近くまで偵察に来てたら危ないだろ? そういう外部の目をごまかすには、キャンプの中でも外でも、神崎がリーダーっぽく振る舞ってた方が一之瀬さんを守れるかなって思ってさ!」

 

「なるほどー! そこまで考えてくれてたんだね、ありがとう二人とも!」

 

純粋に納得して笑顔を咲かせる一之瀬を見て、俺は内心でちょっとだけ良心の呵責を覚えつつも、「これもクラスのためだ」と自分に言い聞かせた。

スポットの占有を終えたあと、一之瀬と神崎、柴田の三人は先にベースキャンプへ戻ることになり、俺と姫野さんの二人は、近くにある湧き水と果物の採取スポットへと寄り道することになった。

 

「……ふぅーっ。なんか、金田君を騙すより、一之瀬さんに嘘ついてる方がよっぽど罪悪感あるわね」

 

木漏れ日が涼しく降り注ぐ小川のほとりで、バスケットを地面に置いた姫野さんが、大きく伸びをしながら苦笑いを漏らした。 四日目ともなると、連日の蒸し暑さとテント泊でさすがに少し疲れが出てくる頃だ。姫野さんは小川の浅瀬にしゃがみ込むと、冷たく澄んだ水を両手ですくい、自分の首筋や手首にパシャパシャと当てて涼を取っている。

 

「まあね。でも、一之瀬さんがあのまま何も知らずに太陽でいてくれるからこそ、金田も疑わずに俺たちの芝居を信じてるわけだからさ。……ほら姫野さん、これ、さっき採ったばっかりの冷やした野生のグァバ。一之瀬さんたちに持って帰る前に、共犯者の特権で一個味見しちゃおうぜ」

 

「ふぅん、気が利くじゃない。いただくわ」

俺が川の水で洗ったばかりの果実を差し出すと、姫野さんは俺の隣にある平たい岩の上に並んで腰を下ろし、小さな口でシャクッと果実に噛り付いた。 甘酸っぱい香りがふわりと漂い、姫野さんの少し疲れていた目が「……ん、美味しい」と幸せそうに細められる。 体操服の半袖から伸びる彼女の白くて細い腕や、水滴がきらりと光るうなじを見ていると、ここが過酷な特別試験の会場だということを一瞬だけ忘れてしまいそうになる。

 

「……なに、相良君。また人の顔じっと見て。私の顔に泥でもついてる?」

 

「いや、泥は金田くんの専売特許でしょ。たださ、姫野さんって最初はもっと冷たくて、クラスのことなんかどうでもいいって思ってる人なのかと思ってたけど……なんだかんだ言って、俺のこんな面倒くさい作戦に一番ノリノリで付き合ってくれるよなーって思ってさ」

 

「……べ、別に、クラスのためなんかじゃないわよ」

 

姫野さんは果実を持ったままぷいっと横を向き、つま先で小川の石をコツンと蹴った。

 

「ただ、あんたがひとりで勝手に胃を痛めて、自販機の陰でまた変な顔してボヤいてるのを想像したら、なんかムカついただけ。……せっかく『共犯者』になったんだから、泥舟に乗るなら最後まで隣で笑っててあげるわよ」

 

「……っ、はは。そいつは心強いねえ」

 

俺は自分の頬が熱くなるのを誤魔化すように、手の中の果実を大口で丸かじりした。さっきまで甘酸っぱかったはずの味が、なんだかとびきり甘く感じられたのは気のせいじゃないだろう。

 

――その時だった。 すぐ後ろの茂みがガサリと揺れ、足音とともに二人の生徒が姿を現したのは。

 

ひとりは、黒髪のポニーテールを揺らす凛とした美少女――Dクラスの堀北鈴音。ただ、その顔色は不自然なほど青白く、額には脂汗のようなものが浮かんでおり、呼吸もどこか浅い。 そしてもうひとりは、相変わらず感情の読めない暗い瞳で周囲を見回している茶髪の男子――綾小路清隆だった。

 

「おや、奇遇だねえ、綾小路くんに堀北さん! Dクラスさんも水汲み?」

 

俺は瞬時に立ち上がり、姫野さんをさりげなく背後に隠しながら、いつもの気さくな笑顔で声をかけた。 堀北は一瞬だけピクリと肩を張り、自分の体調不良を気取られないように鋭い目で俺を睨み返した。

 

「……ええ、そんなところよ。Bクラスの相良君に、姫野さんだったかしら。あなたたちのクラスは、こんなところで果物を食べているなんてずいぶん余裕そうね」

 

「いやいや、必死にサバイバルしてるっての。あ、それよりさ、Dクラスさんのキャンプにも、もしかしてCクラスから『龍園と喧嘩して追い出された』っていう迷い猫が転がり込んでたりしない?」

 

俺がカマをかけるように尋ねると、堀北の眉がピクリと動き、綾小路の凪いだ瞳がスッと俺へと向けられた。

 

「……どうしてそれを知っているの? うちには昨日、伊吹さんという女子生徒がボロボロになってやってきて、平田君たちが保護しているけれど」

 

「あー、やっぱり! 実はうちのBクラスにも昨日、あの須藤くんの審議の時にいた『金田』ってメガネの奴が、まったく同じ理由で転がり込んできてるんだよね」

 

俺が苦笑いして教えてやると、堀北はハッとしたように目を見開いた。

 

「Bクラスにも? じゃあ、やっぱりあの伊吹という女は、龍園くんが送り込んだスパイで確定っぽいわね……」

 

「まあね。ただ、俺の予想だと、Dクラスに送り込まれた伊吹って子は、ただ見てるだけじゃなくて、もっと直接的に『リーダーのカードキーを盗む』とか『キャンプを荒らす』みたいな実力行使に出てくると思うから、気をつけた方がいいよ。うちの金田は頭脳派だけど、伊吹って子は武闘派って噂だからさ」

 

俺はDクラスへのちょっとしたサービスとして、自分の推測を伝えてやった。 すると、堀北が礼を言うよりも早く、隣にいた綾小路が一歩前に出て、俺の目をじっと見つめながら口を開いた。

 

「……忠告、感謝する、相良。だが、お前がそこまで見抜いているということは、Bクラスに潜り込んだ金田には、すでに何らかの『対策』を打っているんだな?」

 

「さあ、どうだろうね? うちは一之瀬さんがお人好しだからさ、金田くんにも親切にお水とご飯を分けてあげてるよ。みんな仲良く、がBクラスのモットーだからね!」

 

俺が百点満点の営業スマイルでとぼけてみせると、綾小路は数秒間だけ俺と姫野さんの顔を交互に見てから、小さく息を吐いた。

 

「……なるほど。一之瀬には知らせず、お前と神崎あたりで『偽のリーダー情報』を金田に掴ませようとしているわけか」

 

ドクン、と俺と姫野さんの心臓が同時に跳ねた。 俺の笑顔が、ほんのコンマ一秒だけ凍りつく。 なんでだ。俺は今、『金田がスパイだと気づいている』としか言っていない。『一之瀬が親切にしている』という一言だけで、なぜこいつは『一之瀬を蚊帳の外に置いて、俺と神崎が偽リーダー工作をしている』という結論まで、まるで現場を見てきたかのように一発で辿り着けるんだ!?

 

「……ちょっと相良君、こいつ、エスパーか何かなの?」

 

姫野さんが俺の背中に隠れるようにしながら、本気で気味悪そうに小声で呟く。 俺は背中にじわりと滲んだ冷や汗を誤魔化すように、ポリポリと頬をかいて苦笑いを浮かべた。

 

「いやあ……まいったな。綾小路くん、君にはほんとに嘘がつけないねえ。頼むから、うちの金田くんには内緒にしといてくれよ?」

 

「ああ、もちろんだ。Cクラスの龍園がポイントを稼ぐのは、俺たちDクラスにとっても都合が悪いからな。……お互い、生き残れるように頑張ろう」

 

綾小路はそれだけ言うと、少し辛そうに呼吸をしている堀北の歩調に合わせるようにして、森の奥へと去っていった。 だが、俺はその去り際、綾小路の視線が堀北の青白い横顔と、彼女が隠し持っているであろうリーダーカードの入ったポケットを、まるで『変数』でも確認するかのように冷徹に一瞥したのを、確かに見た気がした。

 

「……ねえ、相良君。今の綾小路って子……隣にいた堀北さんがあんなに具合悪そうなのに、心配するどころか、なんかそれを『利用しようとしてる』みたいな目をしてなかった?」

 

「……ああ。俺も今、まったく同じことを考えて背筋が寒くなってたところだよ」

 

俺は自分の汗ばんだ手のひらをじっと見つめた。 俺たちは、龍園や坂柳ばっかりを警戒していた。けれど、この無人島のジャングルの奥底で一番静かに牙を研いでいるのは、間違いなくあのDクラスの少年だ。

そんな戦慄を胸に刻み込みながら、無人島特別試験はいよいよ後半――激しい豪雨が島を襲う、運命の六日目と最終日へと突入していくのだった。

 




次回無人島編ラストです。
矛盾が生じてないといいなぁ(^^♪
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