ミスあったら報告お願いします。
無人島特別試験、六日目の朝から降り始めた雨は、昼を過ぎる頃には南国のスコールさながらの激しい豪雨へと変わった。 バチバチとテントの防水布を叩きつける凄まじい雨音と、泥流のように茶色く濁って増水していく川の轟音。そんな視界もままならない悪天候の中で、俺と神崎、姫野さんの三人が三日間にわたって仕込み続けてきた『偽リーダー工作』は、ついに最後の仕上げの段階を迎えていた。
午後一時半。 Bクラスのベースキャンプでは、生徒たちの大半が男女それぞれの大型テントの中に避難し、雨漏りしないように荷物を中央へ寄せて身を寄せ合っていた。 その少し前、島内のどこかから煙が上がったかと思うと、Dクラスの陣地の方角が大騒ぎになっているという情報が、雨の直前に見回りから戻ってきた柴田たちの口から伝えられていた。なんでも、Dクラスのテントでボヤ騒ぎが起き、さらには女子生徒の下着が盗まれたとかで、クラス全体が疑心暗鬼のパニックに陥っているらしい。
(……なるほどな。四日目に森の中で俺が堀北さんに忠告した通り、Dクラスに潜り込んだCクラスの『伊吹』って女が、ついに実力行使に出てキャンプを引っかき回したわけだ)
そして、Dクラスの伊吹が動いたということは、うちのBクラスに潜り込んでいるもうひとりのスパイ――『金田悟』もまた、今日中に確実な証拠を掴んで龍園の元へ帰還するよう命じられているはずだった。
「――おい、相良。次のスポット占有の更新時間が近い。雨が酷いが、俺と一之瀬、お前と柴田の四人で向かうぞ」
午後二時前。男子用の大型テントの入り口で、雨合羽を着込んだ神崎が、わざとらしく周囲を警戒するような低い声で俺に呼びかけた。 テントの奥の隅では、保護されているCクラスの金田が、膝を抱えて毛布にくるまりながら、メガネの奥の目をギラつかせてこちらの様子をじっと窺っている。
俺は金田の視線を背中に感じながら、神崎の胸元――体操服のファスナーポケットのあたりをチラリと見て、雨音に負けない、しかし金田にはギリギリ聞き取れる絶妙な声量で返した。
「……ああ、分かってるよ。でも神崎、外はバケツをひっくり返したみたいな土砂降りだぞ。ポケットの中のカードキー、もし隙間から水が入って磁気でも壊れたら一大事になる。俺が食料用の防水ジップ袋を持ってきたから、念のためそれに二重に包んでからしまっておけよ」
「……ああ、助かる。抜かりないな、相良」
神崎は真剣な面持ちで頷くと、俺から受け取った透明なジップ袋を手に持ち、金田の席からちょうど斜め後ろの角度になるテントの入り口付近で、自分のポケットから『白いプラスチックのカード』を取り出して袋に包む仕草を見せた。 金田の首が、鶴のようにグイッと伸びてその手元を凝視したのが、俺の視界の端でハッキリと捉えられた。
もちろん、神崎が今ジップ袋に包んだのは、ただの『自分の学生証』を裏返したものだ。 本物のリーダーのカードキーは、女子テントの中にいる一之瀬が、姫野さんから受け取った防水ポーチの奥深くに厳重に隠し持っている。 だが、この三日間にわたって『一之瀬は表の看板で、実際にカードキーを管理してピリピリしているのは神崎だ』という状況証拠をこれでもかと刷り込まれ続けてきた金田にとって、今の俺と神崎のやり取りと、チラリと見えた白いカードは、100パーセントの『決定的な確証』になったはずだ。
「じゃあ、行ってくるよ姫野さん、別府! 俺たちが戻ってくるまで、テントの留守番よろしくね!」
「うん、気をつけてね、一之瀬さん、神崎君、相良君、柴田君。足元が滑りやすいから、転ばないようにね」
女子テントから顔を出した姫野さんが、俺に向かってほんのわずかだけ目配せを送ってくる。 『いつでもどうぞ。あとの見張りは任せて』という頼もしい合図だ。
雨合羽のフードを深くかぶった俺と神崎、一之瀬、柴田の四人は、ベースキャンプを出て泥濘んだ森の道へと踏み出した。 キャンプから百メートルほど離れ、木々の葉が雨を少しだけ遮ってくれる斜面に入ったところで、俺は防水ケースに入れた自分の端末を握りしめながら、時計の針を睨んでいた。
一分、三分、五分……。 そして、俺たちがキャンプを出てからちょうど八分が経過した、その瞬間だった。
ブルッ、と俺の手の中の端末が一度だけ短く震えた。 画面を見ると、キャンプに残っている姫野さんからの『ワン切り着信』の履歴が表示されている。さらにその十秒後、短いショートメッセージが届いた。
『金田君がトイレに行くって言って、Cクラスの海岸の方へ猛ダッシュで消えたわよ。荷物も全部持ってね』
「……よしっ、成功だ!!」
俺は雨合羽のフードの下で、思わず小さくガッツポーズを作った。 前を歩いていた神崎がピタリと足を止め、振り返って俺の顔を見る。
「相良。姫野から合図があったのか?」
「ああ! 俺たち四人がキャンプを空けた隙を突いて、金田の奴、ついにBクラスのキャンプから脱走して龍園の元へ報告に向かったみたいだよ! 姫野さんが茂みの陰からバッチリ見送ってくれたってさ!」
「……そうか。狙い通り、『Bクラスのリーダーは神崎隆二だ』という偽の確信を持って帰ったわけだな」
神崎が雨に濡れた前髪をかき上げ、張り詰めていた肩の力を抜いて大きく息を吐いた。 そのすぐ前で、事情を知らない一之瀬と柴田が「えっ? 二人とも、今なんて言ったの?」「金田がどうかしたのか?」と不思議そうに振り返る。
俺と神崎は顔を見合わせ、俺が代表してポリポリと頬をかきながら、一之瀬に向かって苦笑いを浮かべた。
「……ごめん、一之瀬さん、柴田。実はさ、俺と神崎と姫野さんの三人で、一之瀬さんにひとつだけ内緒にしてたことがあるんだ」
「内緒にしてたこと……?」
「うん。あの金田くんだけどね、本当は龍園に追い出されたんじゃなくて、うちのクラスのリーダーが誰かを探るために送り込まれた『Cクラスのスパイ』だったんだ」
「「えっ……!? ス、スパイ!?」」
一之瀬と柴田が、雨音も忘れて同時に声を上げた。 俺はスポットへと向かう道すがら、四月にケヤキモールの裏で金田が龍園の参謀として動いていたのを目撃していたこと、キャンプに来た時の彼の靴底に砂浜の砂しかついていなかったこと、そして一之瀬の純粋な善意を傷つけず、かつ龍園に偽の情報を掴ませるために、三人で『神崎がリーダーであるかのような芝居』を打っていたことを、包み隠さず説明した。
「そ、そんな……金田君、そうだったんだ……。道理でここ三日間、神崎君と相良君がすごく厳重に私をガードして、神崎君がリーダーのフリをしてたわけだね……」
一之瀬は最初、信じられないというように目を丸くし、少しだけショックを受けたように唇を噛んだ。 やっぱり、自分が心から心配して水や食料を分け与えた相手が、最初から自分たちを陥れるつもりだったと知れば、誰だって傷つく。
「ごめんね、一之瀬さん。勝手に蚊帳の外に置くような真似をして。怒ってる?」
「……ううん、怒ってなんかいないよ!」
一之瀬はすぐにブンブンと首を横に振り、雨粒を弾き飛ばすような明るい笑顔を作って俺と神崎を見つめた。
「むしろ、私がお人好しすぎて危機感が足りなかったせいで、相良君と神崎君、それに姫野さんにまで大変な思いをさせちゃったんだもん。私の気持ちまで考えて、クラスのために泥をかぶってくれた三人に、怒るわけないよ! 本当にありがとう、相良君、神崎君!」
「おいおい相良、お前マジで頭キレすぎだろ! 俺なんて昨日、金田の奴に『お前も大変だったなあ』って自分の分の焼き魚、半分分けてやっちまったぞ! あいつ、俺の魚食いながら裏で笑ってやがったのかよ、クソッ!」
柴田が頭を抱えて悔しがる姿に、俺と神崎、一之瀬の三人は思わず顔を見合わせて吹き出してしまった。 冷たい豪雨が降りしきるジャングルの中だというのに、俺たち四人の笑い声は、どんな悪天候も吹き飛ばすほど温かく響いていた。
スポットの占有を無事に終えてベースキャンプへと戻ると、雨はさらに勢いを増していた。 金田がいなくなったことについては、クラス全体の士気を乱さないよう、一之瀬から「雨が小降りになった隙に、心配をかけないように自分のクラスへ戻ったみたいだよ!」と説明してもらい、表向きは美談として処理することにした。
その日の夜――試験最後の夜。 外は相変わらずの暴風雨だったが、Bクラスのキャンプでは、二つの大型テントの入り口をタープ(防水布)で連結し、40人全員が顔を見合わせられる即席の『屋内広場』を作って、残っていた保存食を全部使ったささやかな打ち上げパーティーが開かれていた。
「いやー、しかし一週間、長かったようで終わってみればあっという間だったねえ! 誰ひとりリタイアも出なかったし、明日には船のふかふかのベッドで寝られるぞー!」
「そうね! 相良君が最初にシャワーセットを買おうって言ってくれたおかげで、女子も最後まで快適に過ごせたし、男子のみんなも毎日果物や魚を採ってきてくれて本当にありがとう!」
ランタンの光に照らされたテントの中で、別府や網倉さんたちが乾パンやフルーツの缶詰をつまみながら賑やかに笑い合っている。 一之瀬と神崎はその中心で、クラスメイトたちから労いの言葉をかけられていた。
俺はそんな賑やかな輪からほんの少しだけ離れた、二つのテントを繋ぐタープの端っこの柱のそばに座り、温かい白湯の入ったコップを両手で包んでいた。 すると、女子テントの側から、コップを持った姫野ユキがすっと歩いてきて、俺の隣にちょこんと体育座りで腰を下ろした。
「……お疲れ様、名脚本家さん。一之瀬さんから聞いたわよ、スポットに行く途中で全部種明かししたんだって?」
「うん。さすがに明日の結果発表で龍園が『神崎』って書いて外した時に、一之瀬さんが何も知らないままびっくりするのもかわいそうだと思ってさ。一之瀬さん、姫野さんにもすごく感謝してたよ」
「別に私は、あんたの考えた台本通りにちょっと喋っただけよ。……でも、まあ、金田君が慌てて泥道を走って逃げていく後ろ姿を見た時は、ちょっとだけ胸がすっとしたわね」
姫野さんはコップの白湯をフーフーと吹きながら、口元に小さな笑みを浮かべた。 ランタンの光が、彼女の横顔と長いまつげを柔らかく照らし出している。外ではゴウゴウと風が吹き荒れているのに、こうして姫野さんと肩が触れ合うくらいの距離で座っていると、不思議と心の中は凪いだ海のように静かだった。
「……ねえ、相良君」
「ん? なに?」
「私ね、入学したばかりの頃は、このクラスの『全員で仲良くしよう』っていう空気が、正直ちょっと苦手だったの。中学の頃も、そういうグループの中で無理して笑ってるうちに疲れちゃって、結局ひとりでいる方が楽だって思うようになったから」
姫野さんは自分の膝を抱え、少しだけ照れたように視線を落として続けた。
「だから、今回の無人島も、最初は『一週間もクラス全員で共同生活なんて、絶対に息が詰まって死ぬ』って思ってたのよ。……でも、あんたや神崎君と一緒に裏でこっそり作戦を立てたり、こうやって最後にみんなが笑ってるのを端っこから見てたりしたら……『ああ、このクラスにいるのも、案外悪くないかもな』って、ちょっと思っちゃったわ」
雨音に紛れてしまいそうなほど静かな、彼女の本音だった。 俺はコップを持ったまま、隣に座る姫野さんの横顔をじっと見つめた。 いつもは醒めた目で斜に構えている彼女が、こんなにも素直で柔らかい表情を見せるのは、このクラスで俺しか知らない。そう思うと、胸の奥がじんわりと熱くなって、なんだか誇らしいような、くすぐったいような気持ちになった。
「……そっか。姫野さんがそう思ってくれたなら、俺が胃を痛めて走り回った甲斐が百倍あったよ」
「なによそれ、大げさね」
「大げさじゃないって。俺だって、もしこのクラスに姫野さんっていう『共犯者』がいなかったら、一之瀬さんたちのキラキラした空気の中で、とっくに顔の筋肉が引きつって倒れてたと思うよ。……これからも、みんなの輪のちょっと外側で、俺の隣にいてくれたら嬉しいな、姫野さん」
俺が素の、少しだけ真剣な声でそう言うと、姫野さんはパッと俺の方を向き、ランタンの光のせいだけとは思えないほど顔を真っ赤にして目を瞬かせた。
「……っ、な、なによその言い方! まるでプロポーズみたいじゃない、紛らわしいこと言わないでよバカ!」
「えっ!? い、いや、そういうつもりじゃ……いや、半分くらいはそういうつもりだったかも……って、痛っ!」
しどろもどろになった俺のスネを、姫野さんが自分の踵でコツンと軽く蹴飛ばした。 そして彼女は、耳まで赤くしたまま「……あんたがジュース代をケチらない限りは、隣でツッコミくらい入れてあげるわよ。おやすみ!」と早口で言い捨てて、逃げるように女子テントの奥の自分の寝袋へと潜り込んでいってしまった。
(……あーあ、最後に余計な一言を言っちまった、俺。でも……悪くない夜だな)
俺は熱くなった自分の頬をポリポリとかきながら、残りの白湯を一気に飲み干した。
そして迎えた、試験最終日――七日目の朝。 昨日の嵐がすべてを洗い流したかのように晴れ渡った、抜けるような蒼穹の下、俺たち一年生は再び砂浜のスタート地点へと集結していた。
一週間のサバイバル生活を経て、生徒たちの様子はクラスごとに明暗がくっきりと分かれていた。 洞窟に籠もっていたAクラスは、多少疲労の色はあるものの、整然と列をなしている。ただし、持病で船内に残っていた坂柳の姿はなく、実質的な指揮を執っていた葛城の表情はなぜか少し硬い。
俺たちBクラスはといえば、体調不良者をひとりも出すことなく、40人全員が元気いっぱいの笑顔で並んでいた。 一方、隣のCクラスを見ると、初日でポイントを全部使い果たしたせいで、途中の日でほとんどの生徒が集団リタイアして船に戻っていたらしく、残っているのは龍園だけだった。 そして一番ボロボロに見えたのがDクラスだった。くたびれた様子で並び、リーダーだったはずの堀北鈴音の姿が見当たらない。どうやら今朝の点呼の直前に、高熱で倒れてリタイアし、船の医務室へ運ばれたらしい。
「――これより、無人島特別試験の最終結果を発表する!」
真嶋先生の厳格な声が砂浜に響き渡り、全員の視線が先生の持つ集計ボードへと釘付けになった。
「まずは第4位……一年Cクラス!『0ポイント』!」
「……あ?0ポイント、だと? おい真嶋、計算が合ってねえぞ。俺は初期ポイントを0にしたが、Aクラス、Bクラス、Dクラスの『三クラスすべてのリーダー』を正確に記入して提出したはずだ。150ポイントに、俺たちが裏で確保していたスポットの分も合わせれば、200ポイント近く入る計算だろうが」
龍園がポケットに手を突っ込んだまま、獰猛な目で真嶋先生を睨みつける。 だが、真嶋先生は眉ひとつ動かさずに、淡々と残酷な事実を告げた。
「計算に誤りはない、龍園。まず、Cクラスのリーダーであるお前自身の名前が、他クラスによって正確に言い当てられた。これにより、Cクラスが期間中に獲得したスポット占有ボーナス等はすべて無効となり、マイナス50ポイントが科される。……さらに、お前が提出した解答のうち、正解していたのは『一年Aクラスのリーダー・戸塚弥彦』だけだ。
お前が記入した『一年Bクラスのリーダー・神崎隆二』、および『一年Dクラスのリーダー・堀北鈴音』の二名は、いずれも不正解だ。」
「……ククッ、クハハハハハ!! 面白い! そういうことか!またてめえか、Bクラスの相良ァ!! 俺の送り込んだスパイに、わざわざ毒入りのエサを食わせて50ポイントのペナルティを食らわせやがったな!!」
龍園は怒りでこめかみに血管を浮き立たせながらも、狂気じみた哄笑を砂浜に響かせた。隣にいる姫野さんが「……うわ、あいつ笑ってるわよ、ほんとに関わりたくないタイプね」と俺の腕の後ろに隠れる。
そして、真嶋先生の発表はさらに続いた。
「続いて第3位……一年Aクラス! 獲得ポイントは『120ポイント』!」
(Aクラスは龍園にリーダーを当てられマイナス50ポイント、坂柳の不参加でマイナス30。リーダーを当てられたことによるボーナスポイントの帳消しを考えても100ポイント足りない。物資の購入があるにしても100ポイントは少なくないか…?)
「続いて第2位……一年Dクラス!『225ポイント』!」
「「やったあああああーーっ!!」」
Dクラスの列から、割れんばかりの大歓声が巻き起こった。
「そして今回の無人島特別試験、第1位は……一年Bクラス! 獲得ポイントは『285ポイント』!」
柴田や別府が俺と神崎に飛びついてきて、「すげえぞお前ら! 265ポイント丸儲けじゃねえか!」「Aクラスとの差が一気に縮まったぞ!」と肩を叩き合って喜ぶ。一之瀬も「相良君、神崎君、姫野さん、本当にありがとう!」と満開の笑顔で俺たちにハイタッチをしてきた。
「―――以上で結果発表を終わる」
Bクラスからは「俺たちが1位だーっ!!」という大歓声が上がり、同時にDクラスの生徒たち自身も「えっ、俺たちが225ポイント!?」「AクラスとCクラスを抜いて2位!? なんでだ、堀北がリタイアして、ポイントも結構使ったはずだろ!?」とパニックもあったが、再び歓声を上げた。
(……おいおい、ちょっと待てよ。俺たちが285ポイントで1位を守り抜いたのはいい。でも、あの内紛続きだったはずのDクラスが『225ポイント』も叩き出したって……!?)
俺は歓喜に沸く周囲の中でひとり背筋に冷たいものを感じながら、頭の中で素早く数字の引き算を始めた。
まず、Dクラスは初日にあの高円寺とかいう金髪男が勝手に仮病でリタイアし、さらに今朝の点呼直前にも堀北さんが高熱でリタイアして船に運ばれている。リタイア1名につきマイナス30ポイントだから、それだけでDクラスは『60ポイント』も失っているはずだ。おまけに、最初の数日でテントやトイレ、食料なんかでかなりの初期ポイントを消費していたという噂だった。 普通に計算すれば、Dクラスの残余ポイントは100ポイント前後にまで落ち込んでいてもおかしくない。
それなのに、なぜ最終結果が『225ポイント』なんだ? さっき真嶋先生は、龍園が提出した『Dクラスのリーダー・堀北鈴音』という解答が不正解だったと言った。つまり、Dクラスに潜り込んでいたスパイの伊吹は、何らかの根拠から「堀北がリーダーだ」と確信して龍園に報告したにもかかわらず、それが外れたということになる。
(最初から堀北さんじゃなくて別の誰かがリーダーだったのか? ……いや、待てよ。四日目に森の中で会った時、堀北さんはすでに熱がありそうだったのに無理をして歩いていた。もし、その時点では本当に堀北さんがリーダーだったとしたら……今朝の『高熱による正当なリタイア』を使って、最後の土壇場でリーダーを別の誰かに変更し、龍園の解答を紙切れに変えたんじゃないのか!?)
そこまで思い至った瞬間、俺の脳裏に、四日目の森の中で堀北さんの青白い横顔をまるで『変数』でも見るかのように冷徹に観察していた、あの茶髪の男子生徒の瞳がフラッシュバックした。
しかも、それだけじゃない。 リタイア二人分と生活物資の消費で大きく削られたはずのDクラスが『225ポイント』まで跳ね上がるためには、スポット占有ボーナスだけでは絶対に足りない。 今日この場で、リーダーを言い当てられて減点されていたのはAクラスとCクラスだ。そのうちAクラスの1回分は龍園が当てたと言っていたから――残りのAクラスのリーダーと、Cクラスのリーダーの2クラス分を両方とも正確に射抜いたのは、間違いなくDクラスだ!
(……嘘だろ。俺たちが『自分のクラスのリーダーを守り抜くこと』に全神経を注いでいた間に、Dクラスの裏にいる誰かは、スパイの伊吹に堀北さんをリーダーだと誤認させた上で今朝のリタイアでリーダーをすり替え、さらにAクラスとCクラスのリーダーの首までひとりで全部狩り取ったっていうのか……!?)
俺は思わず息を呑み、Dクラスの列の最後尾にぽつんと立っている、あの茶髪の男子生徒――綾小路清隆へと視線を走らせた。 Dクラスの仲間たちは「平田のおかげだ!」「堀北が頑張ったからだ!」と抱き合って喜んでおり、誰ひとりとして最後尾にいる彼を見ようともしない。 だが、俺の視線に気づいた綾小路だけは、こちらを向いてほんのわずかだけ目を伏せた。
『お前たちBクラスが金田を防ぎきったおかげで、俺たちDクラスは2位に終わった』とでも言いたげな、どこまでも静かで底知れない瞳。
「……ねえ、相良君。私たちが1位になったのはすごいけど……Dクラスの225ポイントって、やっぱりあの綾小路ってやつの仕業なの?」
歓喜に沸くBクラスの輪の中で、姫野さんが俺の袖をそっと引き、震えるような小声で尋ねてきた。 俺はふーっと長い息を吐き出し、自分の冷や汗を拭ってから、姫野さんに向かって力強く頷いてみせた。
「ああ、間違いなくあいつの仕業だよ。でもさ、姫野さん――その怪物の上をいって、今回の無人島で『1位』を取ったのは、他の誰でもない俺たちBクラスだ!」
「……っ、そうね! 私たちが勝ったのよ!」
姫野さんの顔に、パッと誇らしげな笑顔が咲いた。 Bクラスが獲得した285ポイントに対し、最下位に沈んだAクラスは120ポイント。その差、実に一学期末の時点で280ポイントほどあったAクラスとの差は、この無人島特別試験の勝利によって、一気に『120ポイント弱』という射程圏内まで急接近したのだ!
「よし、船に戻ったら、約束通り高級カフェで1位祝賀会だ! 好きなだけ頼んでいいぞ、俺の最高の共犯者さん!」
「言ったわね? メニューの端から端まで頼んで、あんたの財布をまた空っぽにしてあげるんだから!」
俺たちは顔を見合わせて笑い合い、一之瀬や柴田たちが待つ歓喜の輪の中へと戻っていった。
しかし、豪華客船へと戻った俺たちを待ち受けていたのは、約束されたはずの穏やかな夏休みではなかった。 わずか二日後――帰路につくはずの船内で突如として告知された、第二の特別試験『優待者探し』。それこそが新たな心理戦の舞台だったのだ。
次回から船上試験ですがストックが尽きたんで時間かかります。
間違いや矛盾あったら報告お願いします(>_<)