仲裁屋が行く‼ 実力至上主義の教室へ   作:みがわりの軍隊

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第二話です
まだやる気がある(^^♪


ちょっとしたアクシデント

本館を出て、綺麗に整備された並木道を五分ほど歩くと、ガラス張りの巨大な商業施設――『ケヤキモール』が姿を現した。 学校の敷地内にあるとは到底思えないスケールだ。最新のファッションビルと大型ショッピングモールを合体させたような建物の前には、すでに制服を着た新入生や上級生たちが数多く集まり、華やかな賑わいを見せている。

 

「おーい、相良! こっちこっち!」

 

入り口の噴水広場の前で、柴田が大きく手を振っているのが見えた。その周りには、一之瀬や神崎を含めたBクラスの面々が三十人以上も固まっている。どうやら姫野さん以外にも、部活の見学や寮の荷解きを理由に数人が抜けたようだが、それでも大所帯であることに変わりはない。

 

「ごめんごめん、ちょっとお腹の調子が怪しくてさ! 待たせちゃった?」

 

「全然大丈夫だよ、相良君! じゃあ、ちょうど全員揃ったし、二階のオープンカフェに

行こうか。あそこならテラス席もあるから、人数が多くても座れると思うんだよね」

 

一之瀬が明るい声で先導し、俺たちはエスカレーターで二階へと上がった。 一之瀬の目論見通り、二階の吹き抜けに面したオープンカフェ『パレット』は、広々としたテラス席を備えていた。テーブルをいくつか繋げれば、三十人でも十分にまとまって座れそうだ。

 

「わあ、おしゃれなカフェだねー!」

 

「ねえ一之瀬さん、あそこの奥のテラス席、大きく空いてるよ! 私、ちょっと先に席取ってくるね!」

 

小柄で可愛らしい女子――たしか白波千尋さんと、元気のいい網倉麻子さんが、トコトコと小走りでテラス席の方へと向かっていった。俺や柴田、一之瀬たちも「じゃあ俺たちは先に注文の列に並ぼうか」とカウンターへ向かおうとした、その時だった。

 

「――おい、ちょっと待てよ。そこ、俺たちが先に目つけてた席なんだけど」

 

テラス席の入り口付近から、低く威圧感のある男の声が響いた。 ざわめいていた店内の空気が、一瞬にしてピリッと張り詰める。振り返ると、白波さんと網倉さんの前に、ガタイのいい三人の男子生徒が立ちはだかっていた。

真ん中に立っているのは、少し目つきの鋭い、いかにも喧嘩っ早そうな短髪の男。その両脇には、同じくらい体格のいい男子が腕を組んで睨みを利かせている。

 

「えっ……でも、まだ誰も座ってなかったし、荷物も置いてなかったから……」

 

「あ? 俺たちが今から座ろうとしてたんだよ。文句あんのか?」

 

白波さんが怯えたように一歩後ろへ下がり、網倉さんが「ちょっと、言い方ってものがあるでしょ!」と噛みつこうとする。 近くを通りかかった別の新入生たちも、何事かと足を止めて遠巻きに見物し始めた。その野次馬の中には、どこかで見覚えのある赤髪のツンツン頭の男子や、朝のバスで見かけたあの『感情の読めない茶髪の男子』の姿も混ざっていたが、今の俺にはそれを気にしている余裕はなかった。

 

「おい、なんだあいつら。うちのクラスの女子に因縁つけてんのか?」

 

俺の隣で、柴田が顔を険しくして足を踏み出そうとする。神崎も眉間に深い皺を寄せ、一之瀬も「ちょっと待って、私が行ってくる!」と前に出ようとした。

 

(……あーあ。初日のカフェで他クラスと正面衝突なんて、一番やっちゃいけないパターンじゃんか)

 

もしここで一之瀬や柴田が正論をぶつければ、あっちの不良っぽい連中は引っ込みがつかなくなって、確実に怒鳴り合いになる。最悪の場合、初日から暴力沙汰だ。

 

「ストップストップ、柴田、一之瀬さん。ここは俺に任せて」

 

俺は二人の肩を軽く押さえて制止すると、ポケットに片手を突っ込みながら、誰よりも軽快なステップでその修羅場へと割り込んでいった。

 

「おっと、ごめんごめん! うちのクラスの女の子たちが、なんか失礼しちゃったみたいだね?」

 

俺は白波さんと網倉さんを背後に隠すように立ちながら、目の前の短髪の男に向かって、これ以上ないほど人懐っこい、無害そうな笑顔を向けてみせた。

 

「……あ? なんだてめえは」

 

短髪の男――『石崎』――が、獲物を値踏みするような獰猛な目で俺を睨みつけてくる。 近くで見ると、なかなかの迫力だ。たぶん中学時代はそこそこ名前の売れた不良だったんだろう。正直に言おう。俺の背中には今、冷たい汗がツーッと一筋流れているし、心臓はトクトクと嫌な音を立てて跳ねている。殴られたら間違いなく痛いし、できることなら今すぐ回れ右して逃げ出したい。

だが、ここで顔を引きつらせたら『交渉人』の名が廃る。俺は腹の底にグッと力を込め、笑顔のトーンをひとつも落とさずに言葉を続けた。

 

「俺はBクラスの相良。君たちは……お、Cクラスの石崎くんに、小宮くん、近藤くんだ

ね? いやー、実は俺たち、三十人以上の大所帯で来ちゃってさ。どうしてもこの広いテラス席じゃないと全員入りきらないんだよね」

 

「は? 知るかよそんなもん。俺たちが先に――」

 

「だよね、うんうん、石崎くんたちが先に目をつけてたのは本当なんだろうし、横取りみたいになっちゃったのは完全に俺たちの確認不足だ。ごめん!」

 

俺は相手が言葉を言い終える前に、スパッと頭を下げて謝ってみせた。 喧嘩を売ろうと肩を怒らせていた石崎は、拍子抜けしたように「え……あ、おう?」と目を白黒させる。真正面から反発されると怒鳴り返す準備はできていても、ここまであっさり非を認められると、人間というのは振り上げた拳のやり場に困るものなのだ。

俺はすかさず顔を上げ、石崎の懐へと一歩だけ距離を詰めて、声を少しだけ潜めた。

 

「でさ、石崎くん。ここからが『男と男の相談』なんだけど。俺たちも女の子たちの手前、このまま『席取れませんでした』って引き下がるのはちょっとカッコ悪くてさ。もしよかったら、このテラス席、俺たちに譲ってくれないかな?」

 

「……はあ? なんで俺たちがてめえらの見栄のために席譲らなきゃいけねえんだよ」

 

「もちろん、タダでとは言わないよ! ほら、そこのカウンターで一番高い『特製イチゴパフェとキャラメルフラペチーノのセット』、あれ一人1,500ポイントするんだけどさ。今日のところは、俺が君たち三人分、全額ご馳走するからさ。それでこの席を譲ってもらう……っていう手打ちはどう?」

 

俺が学生証をヒラヒラとさせてウインクすると、石崎だけでなく、後ろにいた小宮と近藤の目が「えっ、千五百ポイントのセットをタダで!?」と露骨に揺らいだ。

 

「おい石崎、タダでパフェ食えるなら別に別の席でもよくねえか?」

 

「向こうの窓際のソファー席なら三人でもっとゆったり座れるぞ……」

 

両脇の二人が小声で石崎の袖を引く。 石崎はまだ少し仏頂面をしていたが、周囲にギャラリーが集まり始めていることにも気づいたのだろう。「これ以上騒ぎを大きくしても得はないし、相手が頭を下げて貢ぎ物まで出すと言っているなら、自分のメンツは十分に立つ」という計算が、彼の頭の中で働いたのが見て取れた。

 

「……チッ。まあ、てめえがそこまで頭下げて頼むなら、今回は特別に譲ってやらあ。感謝しろよ、Bクラスの相良」

 

「おお、さすが石崎くん、話がわかる! 太っ腹だねえ! じゃあ、さっそくカウンターで注文してくるから、好きなの選んでよ!」

 

俺がポンと石崎の肩を叩いて持ち上げると、石崎は「ふん、当たり前だ」と満更でもなさそうに鼻を鳴らし、俺と一緒にレジカウンターへと向かった。 ピピッ、と端末を操作して、三人に合計4,500ポイント分の豪華なスイーツセットを奢る。俺の残高は『95,380 Pt』へと減ったが、三人が「おう、サンキューな!」「またなんかあったら声かけろよ!」と、さっきまでの険悪さが嘘のように機嫌よく窓際のソファー席へと移動していくのを見れば、安い出費だった。

 

(……ふぅーっ。あー、怖かった。ちょっと膝が笑ってるっての)

 

俺はカウンターの陰で、ズボンの上から自分の太ももを軽く叩いて震えを収めた。 すると、俺のすぐ後ろに駆け寄ってきた一之瀬と白波さんが、申し訳なさそうに頭を下げてきた。

 

「ご、ごめんなさい相良君! 私のせいで、怖い人たちに絡まれちゃって……!」

 

「相良君、ありがとう! でも、四千五百ポイントも払わせるわけにはいかないよ。あれはクラスのみんなで席を使うための出費なんだから、あとで全員で割り勘にして相良君に返すね!」

 

一之瀬が真剣な目でそう言ってくれる。

 

「いやいや、俺が勝手にやったことだし、一人あたり150ポイントなんて細かい計算しなくていいって!」

 

「それより、せっかくの親睦会なんだから、空気悪くならずに済んでよかったよ。ほら、白波さんも網倉さんも、もうあっちの席に行って大丈夫だからね!」

 

「う、うん……ありがとう、相良君」

 

「あんた、意外とやるじゃない!見直したわ!」

 

女子たちから羨望と感謝の眼差しを向けられ、遅れてやってきた柴田からも「お前、マジで口が回るなあ! Cクラスの不良どもを手玉に取ってたぞ!」と背中をバンバン叩かれる。 ただ一人、神崎だけは少し考え込むような顔で俺を見ていた。

 

「……相良。お前、相手のメンツを潰さずに実利で釣って退かせたな。なかなかできることじゃないぞ」

 

「よせよ神崎、そんな大層なもんじゃないって。ただの『お金で解決する大人げない高校生』だよ、俺は」

 

俺は冗談めかして肩をすくめ、自分の分のアイスコーヒーを受け取った。

――その時、カフェの入り口付近に立っていた野次馬の集団が解散していく中で、ふと、あの『朝のバスの茶髪の男子生徒』と再び視線が交差した。

そいつは、隣にいた黒髪の凛とした美少女と、赤髪の短気そうな男子と一緒に店を出ていくところだった。おそらくDクラスの生徒だろう。 茶髪の男子は、俺が石崎たちを丸め込む一部始終を、最初から最後までじっと観察していたらしかった。俺と目が合うと、彼は朝のバスと同じように、何の感情も浮かんでいない暗い瞳で俺を数秒間だけ見つめ――そして、静かに背を向けて去っていった。

 

(……またあいつか。なんだろうな、あの目。石崎に睨まれた時とは全然違う種類の、背筋がヒヤッとするような感じ……)

 

まるで、こちらの被っている仮面の下まで、レントゲン写真みたいに透かして見られているような気味の悪さ。 俺は首を振ってその奇妙な感覚を振り払うと、「よし、じゃあ俺たちも乾杯しようぜ!」と声を張り上げ、笑顔でBクラスの賑やかなテラス席へと飛び込んでいった。

 

親睦会がお開きになったのは、それから二時間ほど経った夕方のことだった。 一之瀬の司会進行は完璧で、柴田たちの盛り上げもあって、Bクラスの結束は初日にして早くも強固なものになったように見えた。連絡先の交換も全員分無事に終わり、俺の端末のアドレス帳は一気に三十人以上の名前で埋まった。

ただ、俺はその二時間の間中、カフェの店員さんたちの態度や、店内のあちこちに設置された監視カメラ、さらには隣の席にいた上級生たちの会話に、こっそりと耳をそばだてていた。

 

『――おい、新入生の連中、あんなに派手にポイント使って大丈夫なのかよ』

 

『ほっとけって。俺たちも一年前の四月はあんなもんだったろ。五月の頭になれば、嫌でも現実を知ることになるんだからさ』

 

通りすがりの二年生の男子が、俺たちの大所帯を見てクスクスと笑いながら交わしていたそんな会話。 そして、さっきのCクラスの石崎のような粗暴な生徒と、一之瀬や神崎のような優秀で品行方正な生徒が、くっきりと『クラスごと』に偏って分けられているような違和感。

 

「……五月の頭になれば、現実を知る、ねえ」

 

みんなと別れて一年生用の学生寮へと戻る道すがら、俺は夕暮れの風が吹く並木道をひとりで歩きながら、小さく呟いた。 どうやらこの学校は、俺が思っていた以上にタチの悪い『箱庭』らしい。毎月100,000ポイントが全員に無条件で配られ続けるなんていう美味しい話には、やっぱりとびきりデカい裏があると考えた方が自然だ。

寮のロビーに入り、エレベーターホールへと向かう。 すると、ロビーの隅にある自販機の前に、見覚えのあるセミロングの後ろ姿が立っているのが見えた。手には、夕方だというのにやっぱりブラックの缶コーヒーが握られている。

 

「あれ、姫野さん。奇遇だね、もうお腹の痛いのは治った?」

 

俺が声をかけると、姫野さんは振り返り、ジトッとした目で俺を見た。

 

「……言ったでしょ、最初から仮病だって。あんたこそ、やっと終わったの? ずいぶん長かったじゃない、その『体力測定』」

 

「いやー、ほんとにヘトヘトだよ。しかもさ、カフェでCクラスのちょっと怖い連中と席取りで揉めそうになって、俺、仲裁のために4,500ポイントもパフェ奢っちゃったんだよね」

 

「はあ? あんた、バカじゃないの? なんで他人の揉め事のために自分のポイントなんて使うわけ?」

 

姫野さんは心底呆れたようにため息をついた。 俺は苦笑いしながら彼女の隣に並び、自販機のボタンを指差した。

 

「まあまあ、必要経費ってやつだよ。あ、そうだ。さっき本館で約束した『口止め料』のジュース、今奢らせてよ。部屋で飲む用にさ、好きなの選んでいいから」

 

「……ほんとに律儀なんだか、お人好しなんだか分からないわね、あんた」

 

姫野さんは呆れ顔を崩さなかったが、それでも「じゃあ、そのリンゴジュース」と、120円の紙パックのジュースを指差した。 俺が学生証をかざしてリンゴジュースを取り出し、彼女に手渡す。受け取る際、彼女の白い指先が俺の手に少しだけ触れ、姫野さんは「……ありがと」と、聞き逃してしまいそうなほど小さな声で言った。

 

「どういたしまして。……あ、そうだ姫野さん。ついでにひとつだけ、俺の個人的な予想なんだけどさ」

 

「なによ、急に」

 

「今月もらった100,000ポイント、あんまり無駄遣いしない方がいいかもしれない。それに、明日から授業が始まるけど、遅刻とか授業中の居眠りとかも、絶対にやらない方がいいと思う」

 

俺がいつものお調子者のトーンを消して、少しだけ真剣な声で言うと、姫野さんは手の中のリンゴジュースを見つめたまま、不思議そうに首を傾げた。

 

「……なんで? 一之瀬さんみたいな真面目ちゃんならともかく、あんたがそんなこと言うなんて意外ね」

 

「今日、ケヤキモールで上級生の立ち話をちょっと小耳に挟んでさ。『五月の頭になれば現実を知る』って言ってたんだよね。それに、担任の星之宮先生のあの話し方……たぶん、俺たちの普段の生活態度とかが、来月もらえるポイントの額に直結してるんじゃないかなって気がしてさ」

 

もちろん、まだ確証はない。ただの俺の勘と、断片的な情報のつなぎ合わせだ。 だが、姫野さんは俺の言葉を聞いて馬鹿にするでもなく、少しだけ目を細めて考え込んだ。

 

「……なるほどね。タダで毎月100,000円なんて、うますぎる話だとは思ってたけど。学校側が私たちを採点してるってわけ?」

 

「たぶんね。一之瀬さんや神崎にも明日それとなく言ってみるつもりだけど、まずは俺の『最初の取引相手』である姫野さんに、特別に耳寄りな情報をシェアしておこうと思ってさ」

 

「なにそれ、恩着せがましいわね」

 

姫野さんはフンと鼻を鳴らしたが、その口元にはやっぱり、少しだけ楽しそうな笑みが浮かんでいた。

 

「でも、まあ……忠告、ありがと。もともと私、そんなに買い物する方じゃないし、授業も真面目に受けるつもりだったから問題ないわよ。あんたこそ、他人にパフェなんて奢ってないで、自分のポイント大事にしなさいよね」

 

「はは、肝に銘じておくよ。じゃあ、また明日ね、姫野さん」

 

「うん。また明日、相良君」

 

リンゴジュースを片手に、女子用のエレベーターへと乗り込んでいく姫野さんを見送り、俺は自分の部屋がある階へと上がるエレベーターのボタンを押した。

四月一日、入学初日。 使ったポイントは、自分の飲み物代と、姫野さんへの口止め料、そしてCクラスの不良たちへの手打ち代で、合計4,740ポイント。 その代わりに手に入れたのは、Bクラスでの『頼れるムードメーカー』という確固たるポジションと、Cクラスの石崎たちへのちょっとした貸し、そして――仮面を外して本音で話せる、ひとりの風変わりな『共犯者』。

 

「……よし。悪くないスタートだな」

 

エレベーターの鏡に映る自分の顔に向かって、俺は誰に見せるでもない、自然体の笑みを浮かべてみせた。 この高度育成高等学校という箱庭の中で、これからどんな厄介な嵐が吹き荒れることになるのか――この時の俺は、まだその入り口に立ったばかりだった。

 




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