Re:普通の魔法使いと始める異世界生活 作:しがないリゼロ好き
――ねぇ魔理沙。貴方、異世界転生ってものに、興味はある?
「....なぁにぃ? 異世界....転生だぁ?」
そうよ。異世界転生よ。
ある日突然、眠りから覚めたら、自分の全く知らない世界に居るという話。
一々異変が起きるたびに首を突っ込むような、物好きな貴方には堪らない話題でしょ?
「いやまぁ....異世界かぁ....あったら行ってみたいとは思うけどよ....かと言って手間暇かける程の興味はないっていうか....」
あら、貴方にしては珍しく歯切れの悪い答えね。
未知なる世界の存在なんて、知った瞬間なりふり構わず飛びつくものかと思ったんだけど。
「残念ながらこう見えて堅実に生きるタイプなんですぜ私」
どの口が――
.....まぁ良いわ。ならこの話題はおしまいね。そろそろ盗んだ本を吐き出しなさい。
「ふっ――。生憎だがパチュリーさん、それは出来ないご相談だ。一度も読んでいない本を捨てるなんて、文人の血が廃れちまうんだぜ」
「なら泥棒をするのも文人の血って事で良いかしら。――良いわ。そんな血脈、ここで途絶えさえてあげる。覚悟しなさい」
「ハハッ!! やれるものならやってみるがよい!! いざ!!」
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
日は暮れ、黒に染まった一面の夜空。
その中で、箒にまたがった三角帽の魔法少女が一人、静かに息を切らしていた。
「....ぜぇ....ぜぇ....」
白黒の服には焼け爛れた痕があり、加えてそこに水魔法も喰らったのか、まだ乾ききっていない服から、雨が降った後のペトリコ―ルにも似た湿ったい匂いが鼻を刺す。
苦しい戦いだった。しかし、得られた物も上々だ。
守り通した戦利品を高らかに掲げ、ボロボロになった少女――霧雨魔理沙は自らの勝利を宣言する。
「へへへ.....やったぜ!! 最新版のグリモワール....私の物....これで私の物だ....!! へへ....へへへへへへへへ.....」
口元を悪く、大きく歪ませながら、不気味にへへへと笑い続ける魔理沙。
その姿はまるで漫画の小悪党がするようなそれであるが、本人は全く気付いていない。
「大体これはパチェの奴が独り占めするから悪いんだ。こういう本は皆で楽しむものというのが相場で、誰にだってこの本を手に取る価値がある。でも独り占めしようとする奴が居るから、仕方なく私が自分から貰いにいってやったんだ。私は本来自分が有していたはずの権利を取り戻しただけだぜ~~」
と、なんともまぁジャイアニズム溢れる自論を魔理沙は語る。
ただこれはあくまで冗談半分の正当化であり、本人の中では自分が一般論的に悪い事をした自覚はきちんとあるし、その行為によって他人が損をする事も分かっている。
自分がどちらかといえば悪人側である事は、彼女はきちんと認識できている。
「....ま、要らなくなったら返すから大丈夫さ!! わっはっは!!」
まぁ、だからと言って自分の盗み癖を正当化するつもりも更々無いのであるが。
――そうして事も一段落し、勝利による興奮も退いてきた頃、魔理沙は一人妄想に惚けていた。
「これをこうして~.....あ、いやここにあのキノコも加えようか。いや、これも良いよな.....」
新しいグリモワールが手に入った事もあり、それを見ながら魔理沙の頭の中には様々な実験のレシピが浮かんでいた。
運が良いことに、記されている素材は概ね拠点にある。ならば後は調合するだけ。
妄想を膨らませながら、魔理沙の口から堪らず独り笑いが零れ出ていた。
――そんな渦巻く思考の中、突如、魔理沙の脳内にある言葉が浮かび上がる。
『ねぇ魔理沙。貴方、異世界転生ってものに、興味はある?』
「......」
異世界転生、話くらいには聞いた事があるものだ。
何やら自分が今住む場所とは全く違う環境の場所に転生し、そこで物語を展開するという、人間の里で近頃流行り始めている、文学のジャンルの一つ。
魔法の研究や狂暴な妖怪の退治、時々来る異変への対処で忙しい自分にとって、それを手に取る暇は無いし、取ろうと思った事も無い。
精々日々暇を持て余している里の人間が、及第点の娯楽として楽しむ三文小説のようなものと認識していたのだが。
「思えば、幻想郷の外から来てる人間にとっちゃ、幻想郷も異世界なのか」
ふと、口に出しながらそれが事実である事に気付く。
幻想郷は結界に護られている為、外界から何かが侵入する事は基本不可能だ。
しかし、時折、外界にて人々から忘れられた存在が、自分の意志とは無関係にこの幻想郷に迷い込んで来ることはある。
その対象は大抵が物であったり概念であったり神様だったりなのだが、稀に人もその対象となる。
そんな彼らにとって、初めて来るこの地は正しく異世界であり、その事象もまた正しく『異世界転生』と言えるだろう。
「.....意外と現実にあるんだな。そういうのって」
新たに知った事実に軽くため息をつき、魔理沙は思考を少し前に戻す。
『異世界転生』なんてものが意外にも身近に有る事は分かった。だが、それはそれとして何故パチュリーが突然その話題を出したのか。
『ねぇ魔理沙。貴方、異世界転生ってものに、興味はある?』
「.....」
箒を漕ぐ手は止めず、空を進みながらその言葉が脳内を反芻する。
なぜ、パチュリーが突然その話題を出したのか。ただの雑談だったのか。何かの本でも読んで、ふと思いついただけなのか。
繰り返す思考の中、魔理沙が出した結論は――
「だぁーーーー!! 分からん!! 分かる訳無いだろ!! やめだやめだ!!」
結論は不明。
当然である。魔理沙はエスパーでもなんでもない。パチュリーの心の内を読める訳は無いし、例え推測できたとしてもそれは根拠の乏しい妄想に過ぎない。そもそも本当は深い意味などないかもしれない。
であればこれ以上考えるのはやめだ。思考リソースの無駄。
明日の朝ごはんの献立を考えた方がまだ有意義である。彼女はそう結論づけた。
「....っと、着いたか」
気づけば箒は既に目的地の上空まで来ていた。考え事をしている間にも、身体の方はきちんと帰路を進んでいた。
魔理沙は慣れた手つきで箒の柄をくるりと下向きに構える。そして、そのまま地面へ向かって高度を落として着地。ほとんど音の立てる事の無い、実に滑らかな着陸だったといえるだろう。
「ふぅ……」
顔を見上げる。
そこにあるのは見慣れた建物であり、いつ見ても落ち着く我が家、霧雨魔法店だ。
魔理沙は箒を片手に持ち替えると、慣れた手つきで扉を開いた。
ギィ、と聞き慣れた音がする。
「ただいまーっと」
誰に言うでもなくそう呟きながら、魔理沙はそのまま店の中へと入り込んでいった。
――非日常とは、
どんな時でも、
唐突に襲ってくるものだと、
相場は決まっているものだ。
「お嬢ちゃん。何突っ立ってんだ。何か買うのか。買わないのか」
「は――?」
何だよこれ。唐突に視界が変わって――
「なんだよキョロキョロして....。あ? それはリンガだ。珍しくもなんともねぇだろ....」
「....リンガ?」
男が指差した先を見る。そこにあったのは、籠いっぱいに詰め込まれた赤い果実だ。
「これはどう見てもリンゴだろ。活舌直した方が良いぜ、おっさん」
「....アァ?」
いや、そういう話をしている場合ではない。林檎だろうがリンガだろうが、こんなものどうでもいい。
....落ち着け。落ち着いて状況を整理しよう。
私は自分の家の扉を開けた。そしてその門を跨った。ただそれだけだ。
若干暗くて中が見えなかったが、確かにあれは我が家だったはずだ。
そしてその門を跨った次の瞬間にはこの光景だ。眼の前にあるのは籠の中に入った大量の果物と、恐らくはそれを屋台で売っているのであろう黒い頭巾を被った中年男性。
――なんだこれは。整理も糞もない。ただ謎が謎を産みだすだけじゃないか。
「.......」
「.....なんだよおまえ、さっきから魂抜かれたような顔して....」
事情は分からない。
だが、ひとまずこの目の前にいるフルーツに囲まれた中年さんに話を聞くしかないだろう。
もしかしたらこいつが今の状況を引き起こしている犯人なのかもしれない。だが、そうだろうと何だろうと、このまま黙っていては何も始まらないのだから。
まぁ、ひとまず自己紹介がてら名前からでも聞いてやるとするか。
「なぁ、私は霧雨魔理沙。あんたも良ければ名前を――」
「.....んだよ....こっちジロジロ見んじゃねぇよ....」
――黙れ。
いい年したおっさんがデレた後のツンデレヒロインみたいな台詞吐くな。
「黙れ。いい年したおっさんがデレた後のツンデレヒロインみたいな台詞吐くな」
「....ッ!!」
男の顔がみるみる赤くなる。まずい、怒らせてしまった。
「買う気が無いなら帰りやがれッ!! この冷やかし野郎がァ!!」
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
厳つい顔立ちの中年に怒鳴られ、魔理沙は慌ててその場を後にする。
その後一旦戻り、その中年男性から再び話を聞こうとするが、既に厄介客認定されたのか、男は魔理沙の話等聞こうとせず、蠅を叩くような勢いで一方的に追い返した。
「カァーーッ!! いくらなんでも手を出すのは無いだろ!! 心の声が出ちまったのは悪いけどよ!? こっちは困り顔涙目のいたいけな少女なんだぜ!?」
魔理沙は見つけた橋の縁側にもたれかけ、歯をギシギシと鳴らしながら文句を垂れ流す。
その理論は相変わらず自己中心的なものではあったが、今回は突発的な事であった為、情状酌量の余地はあると言うべきか。
ともかくとして、これで魔理沙の行くアテは無くなった。
まずい事ではあるが、どちらにせよ目的も無くなった事で、単に時間が経った事もあってか、多少スッキリした頭で一先ず周りを確認してみる事にした。
まず、建物。
ぱっと見ただけではあるが、幻想郷ではかなり珍しい石造りの建物が、この町ではその大半を占めている。
家屋も、商店も、道沿いに並ぶ小さな建物も、そのほとんどが石を積み上げて造られていた。
今、休憩がてらにもたれかけているこの橋だって石造のものだ。石を削り、形を整え、寸分の狂いもなく並べていく。舗装された石と石の間にある隙間の数が、職人がこの工程にどれだけの労力を費やしたかを物語っている。
――これらの情報から少なくとも、八割方この場所が幻想郷ではないと言えるだろう。
次に、住人。
ざっと見渡したところ、幻想郷でいうところの、いわゆる「普通の人間」の姿をした住人は、どちらかといえば少数派だった。
その代わりに目につくのは、動物をそのまま擬人化したような、独特な姿をした者たちだ。またその者達も、「動物のような姿」と一言で括れるほど単純なものでもない。
二本の脚で立って歩いてはいるものの、全身が毛や皮で覆われており、まるで四足歩行の獣がそのまま人のように直立したかのような姿をしている者。
一方で、顔立ちや肌はほとんど人間そのものなのに、頭部に獣の耳が生えていたり、尾があったり、手足だけが獣のそれに近かったりと、身体の一部にだけ動物の特徴が現れている者もいる。
前者はともかく、後者であれば幻想郷でもチラホラ見かけた事がある。しかし、これほどまでに異なる種族同士が、当たり前のような顔をして同じ町を歩き、同じ店を利用し、同じ場所で暮らしている光景には覚えがなかった。
――やはり、ここは幻想郷ではないという答えに軍配が上がる。
「.....夢でも見てるのか? 私は」
そうであればどれほど良かっただろうか。
望みにかけて右頬をつねる。
一度。
二度。
三度。
指先に力を込めるたび、皮膚が引き攣り、鈍い痛みがじわりと広がっていく。しかし、眼の前の光景が変わる気配は一向に無い。石造りの建物も、行き交う人々も、そして自分が今もたれかかっている石造りの橋も、何一つとして消えてはくれない。
結局残ったのは鈍くて重い痛みだけ。
その痛みがひしひしと伝えてくる。今のこの状況が、逃れなき現実であると。
『ねぇ魔理沙。貴方、異世界転生ってものに、興味はある?』
「......」
またしても脳内に響くその言葉。パチュリーからその問いを直接聞いたのは、つい数刻前のことだ。
逆を言えば、その数刻後にこうなってしまっている自分に対し、あの時パチュリーがその問いを出したのは、ただの偶然なのだろうか。
「異世界転生....か....」
どこか幻想的で、悪く言えば非現実的で、自分にとって無縁の物と認識していたそれは、今、ここに認めざるを得ない現実として自分の身に降りかかっている。
「.....そうかそうか」
しばらく黙り込んだ後、私は小さく息を吐いた。
分からないことだらけだ。ここがどこなのかも、なぜ自分がここにいるのかも分からない。元の世界へ帰れるのかどうかすら、今の私には判断できない。先は真っ暗だ。
しかし――。
真っ暗だからといって、先に進まないのは、『霧雨魔理沙』では無い。
「オーケー。良いさ、やってやろうじゃないか」
口元をニヤリと吊り上げる。
この先どんな事が待ち受けているのだろうか。未知の世界に見知らぬ町。見たこともない種族。夜を凌ぐ宿も無ければ、腹を満たす食べ物も無い。明日には未知なる現象によって死んでいるかもしれない。
それでも、胸の奥から湧き上がってくるのは、不安というよりもむしろ、どうしようもないほどの好奇心だ。
いつだってそうだった。分からないものがあるなら、自分の目で確かめればいい。行く先が分からないのならば、自分の足で見つければいい。
私は一歩、もたれかかっていた岩の橋から腰を上げる。
そして箒を横に構え、左手を握り拳にすると、親指だけを自分の胸へと向けた。
その顔には、もはや迷いなど欠片もない。
――人々が行き交う橋の上。見慣れぬ白黒の服装に身を包み、箒を携えた少女が一人。彼女は周囲の視線など一切気にすることなく、声を高らかにして叫んだ。
「自己紹介をするぜ!! 私の名は霧雨魔理沙!! 異世界転生した!! 普通の魔法使いさ!! 以後、よろしく頼むぜ!! 見知らぬ異世界さん!!」
その場を見た人々からすれば、それはさぞ奇妙な光景だったことだろう。
かくして、幻想郷に居た普通の魔法使い、霧雨魔理沙の異世界での物語は始まった。