曰く。
その宿は探しても見つからない。とか。
たまたま全滅寸前で見つけたその扉に救われた。とか。
確かに一週間は過ごしたはずなのに、出てみたら入る前に起こしたたき火がまだ燃えていた、とか。
その宿は死すら避けて通る、とか。
いつからか冒険者たちの間に広まった、ある噂。
神出鬼没の宿屋、スズメノオヤド。
これは、そんな幻の宿屋で交わされたという話を、筆者である私、ライタによる独自取材の元編集したものである。
「『スズメノオヤド』――『冒険者ガイド レベル:初級者 項:知っておくべき伝承』 36ページ。バッチリうちのこと載っちゃってませんかこれ?」
パタン、と本を閉じながら笑顔をつくってこちらを見ている。
あれは、怒っている顔である。顔が整っているせいで余計怖い。
「いろいろ面倒だからこういうのはやめてってお願いしたじゃないですか」
「いやーだってほらー……やっぱ人気ですし……ココの話。お金になるし。実際前は全然売れなかったのにオヤド特集はじめてから次の出現場所予想とかグッズとかの抱き合わせ販売で最近はもう重版御礼で」
「……ライタくん?」
笑顔に凄みが出る。
人殺せそう。
と、何かに気付いたかのように笑顔の方向性が変わった。
経験上、こっちの方が大体悪いことが起きる。
「……売り上げの8割で許してあげます」
「そ、そんな!流石に暴利ですよスズメさん!せめて1割」
「……」
「ごめんなさいでも2割!2割が限度です破産しちゃいます!」
「……ライタの持つ『オヤド通行証』をスズメの名のもとにその権利を打ち消し」
懐に入れているソレ……本来神出鬼没のこの宿にいつでも来ることができるマジックアイテム(市場には出回らないが、仮に一般販売されたとしたら資産価値10億Gは下らないだろう)が熱を持ち、バチバチと音を立てて消え……
「すみません嘘つきました限界は3割です」
「契約成立ですね」
パン、と手を叩く。
どうやら通行証は守られたらしい。
これがなきゃ取材にも来られないんだからそこを衝かれると弱いもんである。
ふうっとため息をつく彼女こそ、スズメノオヤドを切り盛りする若女将。
本名は誰も知らないが、我々のような常連からはそのまま、スズメさんと呼ばれている。
いつかぽろっと漏らしていたが、ニホンという彼女が元いた国ではなじみのある鳥だったそうだ。
そのことについて詳しく聞こうとしたがはぐらかされてしまった。
自分は記者だが、相手が話したくないことは書かないし聞かない主義だ。
「それで?今日もただ泊まりに来たわけじゃないんでしょう?」
「ええ、もちろんです!」
あたりを見回す。
今日は山奥のコテージ風である。
来るたびに内装が違っている(スズメさん曰く、決まった形はない、そうだ)ので、見落としやすいが、流石にそこは記者の目。変わっていく中で変わらないモノを見つけることには長けていた。
今でこそ違和感のないものだが、アレは確か、以前王の宮殿風内装の時にもあったから覚えている。
その時は少し周りにそぐわないと感じたものだ。
「じゃあ今日はあの、木彫りのハニーベアについてお話を伺いたいですね」
ふと、スズメさんの雰囲気が優しくなるのを感じる。
「ふふ。あれですか。そうですね、どこから話しましょうか……」
そうしていつものごとく、思い出をかみしめるように目を閉じ、
その話が始まった――