走り出すスズメの背中を追う。流れてくる甘い香りによぎる疼きを打ち消す。
違う。私は彼女の友達なのだ。
普通は友達にこんなこと思ったりしない。
心臓が高鳴る。感情を悟られまいと努めて無表情をつくったが、ばれていないだろうか。
「確かこの辺から聞こえたよね」
スズメが立ち止まる。
思考を振り払うように頭を振り、周囲を探った。
問題の地点はすぐ近くらしい。
「ヒヒイロカネが死んだことで他のモンスターたちが縄張り争いを始めたんだろうな」
地面に足跡を発見する。
複数の獣、そして、それから逃げるように乱れた足跡が森の奥へと続いている。
「こっちだスズメ。恐らくドリルツノジカに追われている。」
周囲を警戒しながら足跡をたどっていくと、案の定モンスターたちがガリガリと木を削っている場面に出くわした。
5体といったところか。小規模な群れ。
「ひいい!あっちにいってくださいよぉ!」
情けない声が木の上から響く。どうやら逃げているうちに木に登ったらしい。
スズメは弓を引き絞り、既に狙いを定めていた。
仕方なく腰に差していた剣を抜くことにした。
……正直言って、私はどうでもよかった。
なるべくスズメと二人きりで一緒に居たい。
だが、ここで助けを渋って嫌われるのも、望んだ展開ではない。
「スズメ、初手何体いける?」
「2体。ワンテンポ遅れてもう1体が限度だと思う」
「上出来だ。いくぞ!」
合図とともに走り出す。
その音に、一斉にこちらを向くドリルツノジカたち。
少々驚いたようだったがすぐに角を向けて突進してくる。
あの角は非常に鋭利で、しかも強度がある。それこそ剣を当てたらたちまち破砕されてしまうだろう。
……と、後ろから矢が飛ぶ音。
先頭を走っていた2体が、角のすぐ下にある急所を射抜かれて即死、転倒する。
後続はそれをうけてやや体勢が崩れた。
(ここだ)
走っている勢いのまま体勢を低くして地面をすべる。
角を躱し下から上にとび上がると同時に首をはねる。1匹。
そのまま力の流れを下に向ける。流線形の軌跡を刃が描く。2匹。
仲間の血に混乱し、興奮したのか、いななく最後の1匹は、しかしそれを断末魔として地に倒れ伏した。矢が正確に急所を射抜いている。
「大丈夫?けがはない?」
「ああ、問題ない」
剣についた血を払う。
「……で?いつまでも隠れていないで降りてきたらどうだ」
木の上でびくりとした様子が伝わってきた。
「て、手前は食べてもおいしくないですよう……」
「取って食ったりはせん。モンスターたちも死んだ。……いいから降りてこい。」
「……ほんとですかぁ……?」
こわごわといった感じで降りてきた人物。
全体的ないでたちは探検家、だろうか。
丈夫そうな衣服、背負ったリュック。
目深に帽子をかぶり、手を前で合わせておどおどとしている。
肌に毛はない。先ほどの声からするに人間族の男性。年のころは20から30程度か。
剣を突きつける。
「貴様、獣人族でもないのにこんな森の奥地で何をしている?」
「ひええ!!あ、えと、そのう……」
「……ねえ、その質問の仕方はちょっと怖いってば……」
背中に隠れながらスズメが小声でそう伝えてくる。
前に出て自分が話すわけではないあたり、非常にスズメらしい。
ため息をついて剣を収めた。
「まずは名前から。何をしていたか話せ。」
「て、手前の名前はツキネと申します……み、見た通り、に、に、に、人間族のぼう、冒険者でっぇ……」
緊張のあまり呂律が回っていないのか、あるいは生来のものか。
どちらにせよ、その口調にはまるで自信というものがない。
「冒険者?モンスターの素材目当てにしては、ここは奥地過ぎるが。」
「ぁ、はぃ……えっ、えと、手前は遺跡研究を生業にしていまして……その、このあたりは昔ウルフェン族の村があったと……」
「……そうなの?」
スズメが私の背中からひょこっと顔を出して言う。
しかし、そんな話は聞いたことがない。
その旨を伝えると、ツキネはそんなはずはないと地図を取り出した。
どうやらそれは今から何百年もの大昔に作成されたもののようで、確かに村があるとの記載がある。
「わ、わかっていた、いただけましたか」
「ふむ……確かに、この村があったとされる地域は長年禁足地に指定されていた場所。記録が逸失していてもおかしくはないか……」
「そ、そ、そ、そうです!!流石ロウガさん!!!」
スズメも無邪気に感心している。
また胸の底に疼きが生まれそうになるのを必死で抑え込む。
それを誤魔化すようにさらに問いを進める。
「それで?結局私たちに何をしてほしいんだ」
「え、あ……」
「面倒は省きたい。そもそもここから抜けるにしろ調査を続行するにしろ、護衛は必須だろう?」
スズメはこちらを不思議そうに見ている。
ウルフェン族が人間族と不仲なのは話したから、こちらから助けるような提案をしたことを疑問に思っているのだろう。
まあ確かに、普段ならこんなことはしない。
しかし、今はスズメが隣にいる。人間族を見捨てるのは心証に関わるし、何より未知の遺跡への興味も強くあった。
ツキネは驚いたように声を詰まらせる。
「あ、ありがたい申し出ですが……その、て、て、手前には払える報酬が……」
「構わない。ただ、できれば調査は続行してほしい。私もこういった知識を得る機会には目がなくてな……」
「そ、それはもう!ぜひともお願いしたいと思っております!」
「ふむ。ならば私はそれでいい。あとは私の連れのスズメだが……」
スズメを見る。
いくら私でも、スズメが嫌というならこれ以上無理強いするつもりはない。
ツキネには悪いがせいぜい森の外近くまで護衛して終わりだ。
「え、ええと……」
スズメは決めかねているようにもじもじとしている。
無理もない。そもそも人見知りのようだし、“家”の問題もある。
知らない人間の前であの能力を使うのは避けるべき。
この方針はつまり、これからの遺跡探索では暫く家が使えなくなることを意味する。
「ああーーーーどうか!どうかお願いします!!!な、なにか報酬……報酬……」
スズメの迷っている様子を見て、ツキネは地面に頭を擦りつけんばかりにしていたが、リュックの中をあさり始めた。
「これでも、ない……えーー、これでもない、だろう?じゃあ……これだ!!!」
そうして取り出されたそれは、木で彫られたハニーベアの彫像だった。
爛々と目を輝かせているツキネ。
スズメは微妙な顔をして、えー、とか、あー、とか言っている。
明らかにいらなそうだ。
しかしその時、私の鼻はかぐわしい香りをかぎ取っていた。
「まて……その彫像、いや、それに使われている木はまさか……!」
「ふ、ふふふ!や、やはりあなたにはわかりますか!そ、そ、そそうです、この木こそかの有名な天雷木!」
「まさか……あの……!?」
「知っているのロウガ!?」
何故かしっくりくる合いの手を入れてくるスズメ。
無駄に説明したくなってしまう。
「天雷木。バリの木とも言われ、かつては世界有数の香木として高値で取引されていた。
その生態はまさに神秘。通常の木に雷が落ち真っ二つに割れたその場所からしか発芽せず、周囲の木や地面に落ちた雷エネルギーを吸収しながら育っていく。
殆どは大人になるまでにエネルギー不足で枯れてしまうが、まれに何万本に一本という確率で老木に成長するものがある。
これを一定の手順に従って加工することで生まれる天雷香は死者すら蘇らせるほどの濃厚な香気をもち、吸い込むだけで身体に雷神の活力がみなぎる。
しかし、その特殊な生育方法と乱獲によって時代の流れとともにその姿を消し、たまに市場に現れた時の価格は国一つと取引できるほどだという。……以上、出版ギルド民明刊、『世界の香木大全』より。」
一気にしゃべってしまった。
おー、とスズメとツキネが拍手している。やや照れくさい。頭をかく。
普段誰かに知識を思う存分披露する機会がないせいで、鬱憤がたまっていたのだろうか。
「さ、さすがです、ろ、ろ、ろ、ロウガさん。では、スズメさん、こちらを報酬にさせていただきます、ですから……!」
「え、いやでも、流石にそんなものもらえないっていうか……その、いや欲しくないわけじゃ」
「スズメ、くれるというんだ、貰っておけ」
「え、でもロウガ――」
「貰え。」
「はい」
……このような顛末で、3人による遺跡探索が決定したのだった。