その後、禁足地の探索をしばらく続ける。
道中モンスターに絡まれた時は私とスズメだけで対処した。
ツキネはぶるぶると震えて戦力にならなかったからだ。
そうして私はついに手がかりを見つけた。
パッと見ただけでは判別ができないが、よく見ると木に紛れ、ツタに絡まれた直方体の石がある。
いくつか積み上げられているものも散見されるあたり、家の壁だったに違いない。
「これは驚いたな」
つい感心の言葉が口をついて出る。
かつて私はウルフェン族のルーツを探ろうとしたことがあった。
無論、あの疼きをどうにかしようと試みたのだ。
しかし、一定の時代以前の情報が完全に消失しており、その時は諦めざるを得なかった。
だが、ここなら、もしかして。
(私の忌々しい疼きを何とかできるかもしれない――)
希望が芽生えるのを感じる。
「こ、これを見てください」
ツキネに呼ばれてそちらに向かうと、何やら石碑のようなものが土の下からわずかに顔をのぞかせている。
傷つけないように土を丁寧にどけていく。
「こ、こ、これは……き、き、き、興味深い。」
ツキネは興奮気味だ。
「……うん、文字は現代獣人文字に似ている……が、しかし、文法がまるで違う。これは古代獣人文字だな。ツキネ、読めるか?」
「え、え、ええ。た、多少の心得はありますが、す、す、すべての意味は分かりかねます」
「私も断片的な読み方しかわからない。家に残っていた文書では限界があってな。スズメは――」
そちらを見ると、スズメはしゃがんでいて、草を抜いて遊んでいた。
一切目線を合わせようとしてくれない。
助けは期待はできないらしい。
疼く。その衝動は間違っている。
無理矢理視界からスズメを外した。
「仕方がない。二人で協力するとしよう」
「は、はい!」
ツキネは嬉しそうだ。
未知に心躍っているのだろう。
解読を開始する。
「この節は今のと少し違う。だからおそらく後ろから前に読むべきなのではないだろうか」
「そ、そ、そうですね!て、て、手前の持っていた『ウルフェン古歌集』にも、似たような言い回しがあります!」
「おや、それは家にはなかった本だな。今度見せてもらうことは可能だろうか」
「え。え。え!も、も、も、もちろん!!!!」
「ふ……変なやつだな」
ツキネは興奮し過ぎて頬を染めている。
思えばこういう、同じ趣味を持つ話相手はずっといなかったかもしれない。
スズメは命の恩人だし、可愛らしいと思っているし、なによりいい匂いがして、柔らかそうで――疼く――違う。
思考から靄を振り払った。
ツキネとの解読作業を進めていく。
「こ、こ、ここは、怒りの比喩ではないかと。も、文字自体は赤という意味ですが。」
「ふむ……では全体の流れとしては、何が起きたかの報告と、後継への警鐘か」
「え、ええ。そ、そ、そのように思います。」
その後も、四苦八苦しながらも解読は進んでいく。
そうしてついに全体の文章を明らかにすることができた頃、あたりはすっかり暗くなっていた。
虫の声がしている。
「……『月から来た憤怒』によって変化する、『先祖返り』。どれもあまり気持ちのいい言葉じゃないな。」
「え、ええ。そ、それが、古代ウルフェン族を追い出し、ここを禁足地としたのでしょう」
「そしてそれは、『生まれついての渇き』を訴え、やがてすぐ別の動物にも『先祖返り』が現れるようになった……。初まりはウルフェン族。そしてここから離れるきっかけになったのが……」
そこには、他の『先祖返り』であろう獣たちを蹴散らす大きな猪の絵が描かれていた。
(ヒヒイロカネ。)
命がけで倒したあのモンスターこそ、古代の生物が『月から来た憤怒』によって変化した『先祖返り』だった。
ヒヒイロカネの眼に宿る狂気を思い出す。
どこまでも深く刻まれた憤怒と、生きとし生けるものへの憎悪に染まった黄色い眼。
そして、直感がある答えを告げていた。
(アレは、私の先を行くものだ)
何を食べても、何を飲んでも満たされることはなく。
それを数十、数百年続ける妄念。ただ生きるという目的にだけ沿って生き続ける化け物……
そんなものに、私は――
(違う)
身の内を苛む生まれつきの飢餓感。それに呑まれそうになる恐怖と、確かな破滅の感覚。
自分が少しずつ自分ではなくなっていく。ずっとそれと、独りで戦ってきた。
大切な存在を作ったとき、いつか自分がそれを壊してしまうのではないか。そう考えて周囲と壁を作っていた。
だが、心の底では常に欲していたのだ。友人と呼べる相手を。
たとえそれが、表面的なだけの薄っぺらな関係でも。
実際に心の底にあるのは友情や愛情のようなきれいな気持ちではなく。
醜く昏い た だ 獲 物 を 喰 ら い た い というだけの――
「違うッ!」
息が荒い。
大丈夫、大丈夫だ。
気持ちを落ち着ける。
ツキネが驚いている。
「ど、ど、どうなさいましたか?」
「……いや、何でもない。」
目をつむって深呼吸、思考をすっきりさせる。
今しなくてはいけないことに集中するんだ。
解読は終わった。周囲は暗い。ならばもう休むべきだろう。
「スズメ、すまない、もう終わったぞ!」
返事がない。
立ち上がって、周りを見渡す。
スズメがいない。
心の奥からジリジリと嫌な感覚が上がってくるのを感じる。
「スズメ!どこだ!?」
帰って来るのは風に揺れて葉が揺れる音だけ。
「スズメ――」
走り出そうとした時、腕を掴まれる。
目をやると、ツキネが何か言いたげにこちらを見ている。
「なんだ、離してくれ。私はスズメを探しに行かなければ……」
「ろ、ろ、ロウガさん!こ、この暗い中闇雲に行動するのは危険です!そ、そ、そ、それよりも、下手に動かずここにいたほうが合流もしやすいかと」
走り出そうとしていた体の力が抜ける。
悔しいが、ツキネの言う通り。
ツキネと共にたき火などの設置に取り掛かりながら、私は考える。
先ほどの後悔は、純粋に友人を心配しているという後悔か?
それとも、単に獲物を逃したというだけの――。
頭の中がぐちゃぐちゃになって、夜空を見上げる。
月が静かにこちらを見返していた。