“ハニーベア事件”から数日。
遺跡探索はそれなりに順調だったが、スズメとの間には微妙な空気が漂っていた。
今でもあの時のことを考える。
スズメがハニーベアに襲われそうになっているのを視認した時。
目の前が真っ赤に染まっていって、強烈な憎悪が身を灼いた。
他のことは何も考えられなくなり、ただただ盗人への怒りで頭がいっぱいになった。
言い訳はできる。単に友人が危険な目にあうのが嫌だったのだと。
しかし、その瞬間、確かにスズメは友人ではなく“獲物”だった。
(あとどれくらい耐えられる?……1年、1ヶ月、あるいは――)
大丈夫、私はこれまでもきちんとやってきたじゃないか。
やりたいこと。好きなこと。嫌いなこと。本当は全部殺してきた。
殺して、殺して、殺して。
もう今では、私も私がわからない。だが、それでいい。
少しでも欲望に色がつくと、おぞましいソレにも色がついてきそうだったから。
だから努めて他者の色に合わせてきた。
――他者が私を優しいと思いたければそのように。
“ロウガさんは手前のようなものにもお優しいのですね”
“あなたがそう思うのならそうなのかもしれないな”
(お前がそう望んだだけだろう)
――物語の王子と思いたければそのように。
“きゃー!ロウガ様!かっこいいですぅ!”
“君がそう思うのならそうなのかもしれないね”
(私は何もしない。)
――知恵者と思いたければそのように。
“おめえは俺の娘にしちゃあ頭がよすぎるぜ”
“父上がそうお思いならそうなのかもしれませんね”
(私は何も望まない。)
そうして他人に流されながら、それでも一つだけ忘れていなかったことがある。
(いつか必ず、自由に生きて見せる。)
自分が自分のまま振る舞えば必ずアレの影響も受けてしまう。
生まれついて理解していた。
だが――
“王族なのにそんなことを言ってもいいんですか?”
(この娘は私に何を望んでいる?)
“アッ別に、言いたくなければ、良いんですケド”
(何者だと思っている?一体私はどうなればいい?どうしてほしい?)
“ええ!これからよろしく、ロウガ。”
(何もない。こんなことは初めてだ)
“絶対、絶対嫌。あなたを――親友を見捨てて逃げたっていう事実に一生付きまとわれるなんて御免だわ。”
(ああ――そうか。私は、親友、なのか)
それは私に望まれた役割ではなく。
ただ、既にそうだったという事実だけ。
疼く。
色が、ついてしまった。
私がこれまで大事に大事に無色にしてきたものに、色が。
私が、私になってしまった。ソレが呼吸を始める。
ヒヒイロカネと遭遇した時、私は嬉しかったのだ。
私が私でなくなる前に、チャンスが巡ってきたと。
だから、無茶な作戦を提案した。そのまま、死ぬつもりだったから。
スズメさえ生きていれば、それでいいと思っていたのに。
私は生き残ってしまった。
生き残った次の日の朝。
親友なら、親友らしくしなければいけないと思った。
何をすれば親友なのかは余りわからなかったけれど、それでも、何かしないといけないと思った。すごく、楽しい色がついてしまっていたから。
あの時。
ツキネの悲鳴を聞きつけて助けに向かう直前――私は聞こうと思っていたんだ。
“スズメ。親友って、どういうものなんだ?”
「ろ、ろ、ロウガさん?だ、だ、だ、大丈夫ですか?」
ツキネの声で現実に引き戻される。
こいつは何を望んでいたかわかりやすかった。遺跡調査の協力者だ。
色づいた心を隔離し、こいつの色に合わせる。“知識ある遺跡調査の協力者”。
多少は衝動を抑えることができるだろう。
「ああ、大丈夫だ。それで?新しい遺物が見つかったか?」
「は、はい!こ、こ、今度は、『先祖返り』についての文書です」
今度こそ、対処方法が見つかるかもしれない。
スズメを一瞥する。
何か言いたげにこちらを見ているようだった。
一際強く疼く。色づき、侵蝕してくるソレを感じる。
なんとか視線を逸らし、次の遺物の調査に向かった。