「……どうしよ」
二人から少し離れて歩く。
この前みたいなことがないようにと、遠出は禁止されてしまった。
ロウガにはずっと避けられている。
普段は忙しく遺跡調査しているし、ご飯の時もほぼ無言。
私が何か言っても、ああ、とか、うん、とか生返事ばっかり。
嫌われたのかとも思ったのだが、そうでもないらしい。
何故なら、時折視線を感じるからだ。
こちらが見るとふいと視線をそらしてしまうが、結構見られている。
嫌な感じではないが、落ち着かない。
「わっけわかんないよ……」
友達になろうと思った矢先にこれだ。
こういう時どうすればいいんだろう。
(せめてロウガが何を考えているかわかれば……)
そう思ったとき、ロウガが何かを落とした。
気付いていないようで、どんどんと先に行ってしまう。
近づいてみると、それはロウガの日記だった。落とした衝撃で中身が開かれてしまっている。
それをみて、考えてしまう。
(……これがあれば、ロウガが何を考えているかはわかる)
結構まめに日記をつけているのは知っていた。
これまでもそういった様子があったからだ。
しばらく悩む。
「うん。やっぱ、ダメだよね」
いくらなんでも他人の私的な日記を見るのは悪いことだ。
そうして日記を拾おうとしゃがんだとき。
私の名前が書かれている部分が目に入ってきた。
“私はスズメのことを”
いけないと思いながらつい文を目で追ってしまった。
“食べたくない”
思考が止まる。
先に行った二人は既に見えない。
遺跡の調査に取り掛かったのだろう。
ロウガには申し訳ないが、正直いってさっきの文言は全く穏やかではない。
ドアを閉じ、家の中で読めばよかったのかもしれない。
だがこのときの私にはそういう冷静さは消えていた。
ページをめくる。
“私が生まれついて持っていた飢餓感に名前があったことが判明した。『月から来た憤怒』によって引き起こされる、『先祖返り』というものらしい。あのヒヒイロカネがそうだったようだ”
“日に日におぞましい欲求が私を侵蝕していくのを感じる。最近はスズメを視界に入れておくだけでも頭がどうにかなってしまいそうだ。この遺跡調査で何らかの解決策が見出されることを望む。”
私は日記を持つ手が震えているのを感じた。
このまま何も知らないふりをして今すぐ逃げ出すべきだ。
生存本能がそう叫ぶ。
しかし、最初に目に入った文言を思い出す。
“私はスズメのことを食べたくない”
うるさく叫ぶ本能に逆らい、初めの方までページを遡って読んでみることにした。
そうして、私は初めて知ることになったのだ。
ロウガの底知れぬ苦しみ。
“おぞましい。これが自分なのだと思いたくない。だが、これが真実だ。私はひたすらに渇いている”
その在り方に刻まれた空虚さ。
“このおぞましいソレは、自分の欲望に反応してより強くなろうとすることに気付いた。私はこれから、心に色を付けず、ただひたすら相手の望む私になろうと思う。そうすればきっと、進行を遅らせることができるだろう”
そして、私との親友関係に戸惑いながら、それでも楽しかったのだということ。
“私に友人ができた。不思議な気持ちだ。相手の望む私でありながら、私も相手に望むことができる双方向の関係。どうしたらいいんだろう”
“今日は弓術のトレーニングをした。スズメは筋がいい。どうも私は人に何かを教えることが好きなようだ。スズメに言われて気付いた。スズメは何になりたいのだろう。私は彼女が何かになるとき一緒に居られるだろうか?”
“私なんてヒヒイロカネに殺されておけばよかったと思ったのに、スズメを見たら、もう少しここにいたいとも思った。私は……どうすればいいんだろう”
私の軽率な行動こそが、更なる絶望の呼び水になってしまったということも。
“失敗――私は失敗した。双方向の関係など持ってはいけなかった。ハニーベアの一件ではっきりと自覚する。私は急速に『先祖返り』に近づいている。いつの間にか心に色を付けてしまっていた。”
“ツキネへの衝動よりスズメへの衝動の方が強い。おそらく、最も心に刻まれた者からその対象となるのだろう”
“少しずつ私が私でなくなっていくのを感じる。その時は近い。おそらく次の満月がタイムリミットではないだろうか。”
“私はスズメを食べたくない”
“誰でもいい。誰でもいいから、私を”
「スズメ」
びくりとする。
顔があげられない。
その声は、よく知っていると思っていた人の、全く知らない声だった。
「読んでしまったんだな」
優しくて、でも、どこか悲しそうで。
「あ……えと……わた、私……」
す、と手が伸びてくる。
鋭く伸びた爪が見えて、つい反射的に身を引いてしまった。
急な動きで日記が地面に落ちる。
「……ち、ちが」
何が違うというのだろう。
ロウガは私を悲しそうに一瞬見た後、土のついた日記をゆっくりと拾った。
「いいんだ。私の方こそすまない。早く言うべきだった」
何も言えない。
情けない。友達になるって決めたのに。何考えてるかわかったら友達になれるなんて言い訳して。日記まで見て、一方的に秘密を暴いた結果がこのざまだ。
なんて卑怯な人間なんだろう。
「その……できれば、でいいんだが。今日、時間を取ってもらうことは可能だろうか。私が私でいられるうちに話しておきたいことがあるんだ」
できる、といいたいのに、声が出ない。
身体が震えている。
「難しいようならその時は、明日にでも森を出よう。ツキネなら人間の町への道も知っているはずだ」
ロウガの声はどこまでも優しかった。
私を責めている様子はない。
「もし、話を聞いてくれる気があるなら、夜、たき火のそばに来てくれ」
そう言い残すと、ロウガは遺跡調査に戻っていった。
私は独り取り残される。……違う。また独りを選んだのだ。
今だって聞いてやると言えば良かった。
でもできなかった。自分が捕食対象にされているという動物としての根源的な恐怖。
夜。
私にとっても、ロウガにとっても、そこが本当のターニングポイントになるだろう。
どうすればいいかわからないまま、私はそこに立ち尽くしていた。