結論から言えば、その日は最悪の終わり方をすることになった。
今私が死にかけているのがその証拠だろう。
「はッ……はッ……!」
息ができない。
切り裂かれた傷口から空気が漏れ出し、ヒューヒューと音を立てている。
ロウガの悲鳴と怒号が合わさったような叫び声が聞こえた。
なにがなんだかわからない。
首から下はあったかいのに、頭はどんどんぼんやり冷たくなっていく。
視界が暗く狭く。自分が終わっていくのを感じる。
もう、周囲がどうなっているかのかもわからない。
私を呼ぶロウガの声がすごく遠くに聞こえる。
(どうしてこうなったんだっけ……)
時は少し遡る。
夜、私は迷いながらもたき火のそばに来た。
ロウガはまだ来ていないようだ。
ほっとするような、よくわからない気持ちになる。
正直いって、ここに居続けたくない。
ロウガが来る前に逃げ出そうとして身体が震えている。
そんな震えをごまかすために、私は敢えて座った。
これならすぐには逃げられない。
(私、決めたから)
友人になるって決めたから。
人にはそれぞれ生まれ持った時間があって、その終わりを見ることはできない。
かつて私の両親がそうだったみたいに、始めた時には遅すぎることだってある。
だから、この挑戦も無駄に終わるかもしれない。
だけど、挑戦をせずに終わるよりましだ。
私は今度こそ、薄っぺらではない私になりたい。
やり方はまるで分らないけど、ここにいることはその一歩になるはずだと思う。
夜空を見上げる。もうすぐ満月だ。
どうしても身体が萎縮してしまう。
気合を入れなおした。
「スズメ、来てくれたんだな」
いつもと変わらないロウガの声がした。
私は反射的に逃げ出しそうになったが、ぎゅっとこぶしを握り締めて声の方を向く。
「うん。ロウガの頼みだもん」
「そうか。……隣に座っても?」
「っ……!い、いいよ」
ゆっくりと隣に座るロウガ。
あれほど心地よかった尻尾。
今は少し触れるだけで、私は悲鳴をあげそうになる。
「やはり、怖いか」
「……」
「無理せずともいい。それなら、やはり明日森を出て――」
「だめ!!!」
立ち上がろうとするロウガの腕を、私は掴んだ。
ここで行かせるわけにはいかない。
きっとここで見送ったら、私は一生私のままだ。
現実に屈した私のまま、向こうの世界と同じように時計の針が止まってしまうだろう。
それだけは、もう嫌だ。
「私は……大丈夫だから」
「……わかった」
ロウガは座りなおし、腕を掴んだままの私の手にそっと自分の手を重ね、外す。
沈黙。
たき火のはぜる音がパチパチとしている。
ややあって、ロウガはため息をつくと、目を閉じて、深呼吸をした。
そして、私のことをしっかりと見ながら言葉をつないでいく。
「スズメは、あの日記をほとんど読んだのだな」
「うん……ごめんなさい」
「いや、それはいい。言わなかった私が悪いからな。それならもうわかっているだろうが、私にはおぞましい欲求がある」
「……」
「正直に言って、スズメのことが純粋に好きなのか、それとも獲物として欲望を向けているのか、もう私には判別がつかない」
「っ……うん」
「遺跡調査で得られたのは対抗策ではなく、ただ何が起きたかという事実だけだった。おそらく早晩私は、ヒヒイロカネのような怪物になるだろう。」
「そこで、だ。スズメに頼みたいことがあるんだ」
「私を君の手で――終わらせてくれないか」
その声は驚くほど穏やかで、悲しみが入る余地はなかった。
淡々とした冷たい事実だけが横たわっている。
私は、心のどこかでこういうことになるんじゃないかと思っていた。
「厳しいお願いをしていることはわかっている。自殺でもすればいいと思うかもしれない。」
「だが、君が、君だけが私を友人と……親友と呼んでくれたんだ」
そこで初めて、ロウガの声が震えた。
隣に座っているから、言葉にしなくともその感情はありありと伝わってくる。
「結局、初めから終わりまでよく分からなかった関係だったが、私はどうもこの関係が嫌いでは無かったらしい」
やめて。
「ずっと、いつか自由になりたいと思って不自由なまま生きてきた。だが、そうではなかったのだ。例え短い時間であろうと、私はスズメと出会ってからの時間は確かに自由だった。私は誰かの望むだけの私ではなく、私が望むままに誰かと関わることができた。」
やめてってば。
「だから。こんな私を始めさせてくれた君に、私を終わらせてほしいんだ。私が私であるうちに。」
「やめてよ!!!私はそんなんじゃない!!!!!」
身体を震わせながら私は立ち上がった。
いつの間にか自分の顔はぐちゃぐちゃにゆがんでいて、涙がとめどなくあふれてくる。
「私はただ、友人役をあなたに押し付けただけ!!!ただ独りが怖かっただけなの!!!」
独りが寂しかったから。
誰でもよかったから傍にいてほしかっただけ。
そんなワガママな自分に、ロウガのようなきれいな気持ちを向けてもらえる資格なんてないのに。
「それでよかったんだよ、スズメ」
握りしめてまっしろになった私のこぶしを、ロウガの温かい手が優しく包む。
すごくふわふわで、やさしくて、気持ちよくて。
そんなものは私に相応しくないと思った。
「私は、それがよかったんだ。」
ロウガの顔を見る。
ハンサムな顔。
その優しい目から、涙が流れていた。
わたしはどうして、この人を少しでも怖いと思ったんだろう。
「ロウガぁ……!!」
泣き崩れてしまった私を、ロウガはあやすように撫でてくれた。
抱きしめられる。
私も、抱きしめた。
世間でいう友情がどんなものかは知らない。
でも、私たちはその瞬間、確かにお互いのことがわかったんだと思う。
寂しん坊の独りよがりと、それに救われた運命の囚れ。
暫く二人で泣いた。
「スズメ。」
真正面から顔を突き合わせる。
「お願いを聞いてくれるか」
「……家のベッドで治癒すれば……」
「無理だっただろう。これは呪いや毒など、私と要素が別にある物ではない。私そのものなんだ。実際、私はあのベッドで何度か治癒効果を受けたが、『先祖返り』が治ることはなかった。」
「でも……!他に何かきっと方法が」
「あるかもしれない。でも、もうそれを探すだけの時間がない。」
「……でも、でも――」
「頼むよ」
なんて理不尽なんだろう。
ロウガの――初めてできた親友の頼みが、自分を殺してほしい、だなんて。
どうしようもない現実に腹が立つ。
どう答えればいい。みんなが幸せでいられる方法。
「――」
私が何もわからないまま答えようとした時。
「誰だ」
ロウガが牙を剥き出しながらそう言った。
突然の出来事に、私はわけもわからず周囲を見渡す。
そうして、それはゆらりと姿を現した。