スズメノオヤド   作:ビスケッチュⅡ世

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【木彫りのハニーベア・終章:1+2】

【木彫りのハニーベア・終章:1】

 

視覚が情報を伝える。

目の前で×××が血を流して倒れている。ピクリとも動かない。理解できない。

なにか遠くで音がする。鳴らしているのは誰だ。

 

 

嗅覚が情報を伝える。

嗅ぎ慣れたかわいらしい匂いに混じって、鉄と錆と濃い赤の匂いがする。頭の奥が痺れたようになる。

なにか大きな音がする。鳴らすのは誰だ。

 

 

聴覚が情報を伝える。

「(却下)(却下)(却下)」

そんな情報は必要ない。

なにか近くで大きな音がする。鳴くのは誰だ。

 

 

漸く情報を頭が処理する気になったらしい。

のろのろと思考が紡がれる。

 

 

(×××は死んだ)

 

 

「(却下)?(却下)!!(却――。」

 

 

有象無象を薙ぐ。

見事に吹き飛んだ。

もう何も聞こえない。

 

 

遅すぎる思考に痺れを切らしたのか、身体が勝手に反応したらしい。

ああ、それでわかった。さっきからずっとしている音。あれは私の叫び声だったのだ。

 

 

身体が大きく熱くなっている、気がする。

遠い過去。生まれた時から必死で抑え込んできた遺伝的飢餓。ソレが目を覚ましている。

今となってはなぜ必死で抑えてきたのかわからない。

視覚情報はよりシンプルになり背景と生物の違いだけを伝える。

嗅覚情報は相手の位置と思考が大まかにわかる。周囲に適応して発散させる汗などの分泌物を感知しているのだろう。

聴覚情報は獲物が鼓動をうっているかどうかがわかる。

だが、正直言ってどうでもいい。

なんかよくわからないし。面倒くさい。

だから、私はいつまでたっても先に進まない思考を停止して身体に任せることにした。

そちらの方がこれからうまくやってくれるだろうから。

 

 

 

たき火の残りが燃え広がり、炎をあげる中。

新たに誕生した『先祖返り』は、渇きのままに歩み始めた。

 

 

 

 

【木彫りのハニーベア・終章:2】

念話が途切れる。

幻像が修復不可能なほどの破壊力によって、強制的に切断されたのだ。

 

 

「はあ……は……はははははははははは!!!」

 

 

草花や毛皮で装飾された華美な部屋。

その中心で狂ったように笑っているのはフォクサス族の族長、コゲツだ。

その姿を見たものは誰もいなかったが、仮に普段の彼を知っている者がその様子を見たところで疑うのは彼ではなく自分の正気だろう。

一切感情を他人に見せない彼がそんな行動をとること自体がまずありえないからだ。

 

 

「ここまでは計画通りだ」

 

 

いつの間にかついていた虫は潰したし、それを利用して『先祖返り』させることにも成功した。まあ、あれがきっかけでというのがなんとも腹立たしくはあるが、結果さえ出れば文句は言うまい。今までもそうやってきたのだ。

手帳に記載されていたタスクを済状態に変えた。

 

 

済:あの人のことを知る

済:族長になる

済:あの人の病を治す方法を見つける

済:あの人の邪魔者を消す

進行中:あの人を治す薬を手に入れる

未:あの人と共に生きる

 

 

手帳を閉じようとした時、もう枯れて黄色くなった葉がひらりと落ちた。

貰った時は、まだ緑色だった。

そっと拾って手帳に挟みなおす。

思えばここに至るまでの年月は本当に長かった。

 

 

族長就任時にはいろいろ揉め事もあったが、すぐに落ち着いた。

彼はもともと前族長よりも余程村に貢献していると認知されていたし、それは族長になってからも変わらなかった。

彼の考案した農法は収穫量を飛躍的に上昇させ飢えに苦しむ者がいなくなったし、一部の人間との交易を通じて様々な知識が導入されたことで村はだんだんと街と呼べるレベルにまで達しつつあった。

 

 

ドアがノックされる。

 

 

「失礼致します。教皇様がおいでです」

 

 

「お連れしろ」

 

 

宗教も交易を通じて輸入されたものの一つである。

それまで原始的な掟への信仰しかなかったフォクサス族にとって、理論づけられ、体系化された宗教は非常に魅力的なものである。

それの利用価値は一瞬で理解できた。政治的な行動理由にもってこいだ。

故に、その最高権力者である教皇とも懇意にしていた。

通常最高権力者は表に出てくることはないのだが、現教皇はその地位に見合わないほど腰が軽く、また、頭が柔らかい。

ビジネス相手としてはかなり信用している。

 

 

ほどなく、ドアが開かれ、暖かそうなローブを纏った教皇が足取りも軽く入ってきた。

 

 

「これはこれは、“聖女”マウス様」

 

 

深々とお辞儀をする。

それを受けた教皇はぷうと頬を膨らませた。

 

 

「こんにちは、コゲツくん。もー、様づけはやめてってばー。“マウス”ってよんで?」

 

 

そう言った所作は、どうにも魅力的である。

コゲツは流石に心を動かされないが、信者の中にはその似顔絵を部屋に飾って拝んでいるものまでいるらしい。

 

 

「流石に教皇様にそれは出来かねます」

 

 

「えー?しょうがないなあ。じゃあ“マウスちゃん”でいいよ。今度様づけしたら契約やめちゃうからねっ!」

 

 

「はは、承知いたしました。ですが、どうか“マウスさん”でご勘弁を。」

 

 

「むう。まあいいか。……それで、調子はどうかなーって思ってね」

 

 

「ええ。計画は順調です。残念ながら遺体の回収はできませんでしたが、確実にスズメの息の根は止めたと思います。ロウガの方は『先祖返り』を果たしました。」

 

 

証拠として記録していた念話映像を見せる。

 

 

「そう。あの子はこんな死に方をしたの。本当に残念だわ。とっても悲しい。でも、死んだならそれで罪は許されたわ。その魂に安らぎがありますよう……。」

 

 

これだ。

マウスの話し方には一切の嘘がない。自分の指示で人が死んだと言う報告を受けているにもかかわらず、真実心から涙を流している。

それでいて普段は貧しき者に施しと救いを忘れないというから恐ろしい。

コゲツははじめ、自分と似たタイプなのかとも思ったが、暫く接していき、また影から報告を受けるうちにそれがどうやらとんでもない勘違いだったと気づいた。

コゲツは真実の周りを嘘で固めるタイプだが、そもそもマウスには嘘が存在していない。そのすべてが真実なのである。

 

 

「それでは、約束の品をいただけますか?」

 

 

「うん、もちろんよ。ちょっと待ってね……」

 

 

紫色の薬の入った小瓶を懐から取り出し、こちらに渡す。

 

 

「これが彼女を救う薬よ。“鑑定”は必要かしら?」

 

 

「……いいえ。不要です。あなたの言葉には嘘がありませんから。」

 

 

「うふ。コゲツ君のそういうところ、だーいすき!……もふもふだね」

 

 

抱きつかれる。

全身の毛が逆立ちそうになるのをなんとか抑える。

もし他の者にやられたらいくら抑えようとしても無理だっただろうが、それが可能になる程度にはマウスは特殊だった。

 

 

「お戯れを。」

 

 

そう言うと、マウスは渋々といった具合で離れた。

これが不思議なもので、抱きつかれている間は嫌悪感があるのだが、離れられると少しだけ名残惜しさがある。

 

 

「それじゃ、これで契約完了。後は頑張ってねコゲツ君。マウスもずーっと応援してるわ。」

 

 

「ええ、実に有意義な取引でした。」

 

 

「また会えるのを楽しみにしてるわね!」

 

 

バイバイ、と手を振って帰っていくマウス。

つい手を振り返してしまおうとするのをこらえ、お辞儀にてお別れする。

扉が閉まるのがわかると、コゲツはふうっとため息をついた。

 

 

「ついにこれが、手に入ったか」

 

 

先ほど手に入れた小瓶を握りしめる。

これさえあれば。

 

 

「あなたは手前が救ってみせる」

 

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