「……おなかへった……」
あれからどのくらい経ったのだろう。
窓の外を見る。
ヘンゼルとグレーテルが迷い込んでしまった森のような、鬱蒼とした木々。
それも嫌だが、明らかに地球の生態系から外れたなにかが森を闊歩していることの方が問題だった。
謎の粘液に、足の生えたキノコ、ドリルみたいな角が生えている鹿っぽいなにか。
まんまゲームのモンスターだ。全部彫像みたいに動かないけど。
根っからの引きこもり体質だった私は、怖くて怖くて仕方がなかった。
ここにいる限り安全だ、それはわかっている。
こっちに来る時にもらったこの『家』。
変幻なる衣、尽きぬ食、不可侵の住。どれを望むかと問われ、私は迷うことなく住を選んだ。
昔から好きだったのだ。
巣ごもり準備万端で迎える台風とか。
クーラーでキンキンに冷えた部屋で外の猛暑を眺めながらアイスを食べるとか。
そういう、要塞化した内から荒れる外との隔絶を感じることが。
でも。
内は安全――それは裏を返すと外は安全ではないということだ。
もし、何かあったら?そう考えると外に出て様子を見ることもできない。
それでもお腹は減る。何よりのどが渇いた。
そうして飢餓感が限界に来た時、それは恐怖を凌駕した。
ふらふらと玄関へ向かい、ドアに手をかける。
一瞬のためらい。
ドアノブを回す。押しても引いても開くようだ。
キィ、と音を立ててドアが開く。
一歩、外にでる。後ろでドアの閉まる音が聞こえた。
眼前に広がっていたのは――
「う……あ……」
獣のような人のような、獣人とでも呼ぶべき生物が倒れている。傷だらけだ。
周りに散らばるモンスターの死骸。
相討ちになったのだろうか。
思わず後ずさる。
後ろ手に掴もうとしたドアノブがない。
振り返る。
さっき出てきたはずのドアは消えていた。
なにかに足を掴まれた。
「ひっ……!」
「……私を……」
倒れていた獣人だ。
まだ息があったらしい。
奇妙な感覚。まるで知らない言葉なのに意味が分かる。
言葉というツールの奥の意志をくみ取っているような感じだった。
じゃら、という音。
いつのまにか自分の首からネックレスがかかっていて、その先にあるのは、鍵だった。
思わず握りしめ、帰りたいと祈る。
すると次の瞬間――空間がかたどられ、目の前に先ほど消えたはずのドアが現れた。
ドアノブに手をかけようとして、家から出るときとは違う理由で躊躇う。
この人を置いていくわけにはいかない。
リスクはある。
変なトラブルを持ち込むかもしれない。
悪人かもしれない。
でも、見捨てたことをこれからずっと気に病むのはごめんだ。
私のしらないところで死ぬんなら別にいい。
でも私の目の前で死なれるのは、もう、たくさんなんだ。
今でも、あの時のことが私に呪いをかけている。
だからこれは親切でも人助けでもない。
私に染みついたエゴだ。
その名も知らぬ人を抱え、半分引きずりながら家へと戻った。