スズメノオヤド   作:ビスケッチュⅡ世

28 / 32
【木彫りのハニーベア・終章:12+13】

【木彫りのハニーベア・終章:12】

 

「まあ、上等だな」

 

 

念話が途切れる。

コゲツはあちらの戦いを見て、自分の中に残っていたわずかな迷いが消えていくのを感じた。

今までは自分だけが価値があると思っていた相手だったし、それでいいと思っていたけれど。想う相手の評価が上がるというのも悪くはない。

 

 

ならば、次は自分の番だろう。

禁呪の詠唱を始める。

 

 

「未だ我うつつにあり 伏して眠る其方 通じることなく 相容れることなく」

 

 

一節を終えた時点で地面に描かれた文字から鎖が飛び出し、コゲツの肉体の中に食い込んだ。これは魂を縛る鎖。肉体と魂をつなぎとめる力の具象化。

肉体から魂を剥離させ、対象の魂へ接続・侵入し、直接の干渉を図る。

念話の禁呪法、憑依の業であった。

 

 

「しかし我は望む 其方の深淵 如何なるものぞ」

 

 

肉体に激痛が走る。

自己防衛本能だ。

魂を剥離させるということは、すなわち死に近づくこと。

生物として肉体は反抗する。

歯を食いしばって耐える。

この禁呪は、相手が完全に覚醒しているときには効かない。

弱っていなければいけない。

だからこそアイツらは命を懸けた。

――この禁呪について、知りもしなかったくせに。手前が嘘をついているとすら考えられたはずなのに。

あの小娘は笑って、あの男は肩をすくめながら。

笑って命を懸けた。ロウガさんのために。

アイツらにできたなら。手前に命をかけられぬ道理がない。

 

 

「我ここに大いなる原初の契りを棄つ さりとて天へも還らず」

 

 

鎖にひびが入る。

肉体の抵抗はより激しくなり、全身の毛穴という毛穴を真っ赤に焼けた針で刺されたような感覚がコゲツを襲う。

 

 

「よりて今 這いて 伏して 飛びて 其方の深淵を欲するものなり 我が眠る時を見よ」

 

 

鎖はさびてボロボロになった。

肉体の抵抗で手がうまく動かない。

薬瓶の蓋はあいている。

あとはただ中身を呑むだけだ。

始めるまでは抵抗があったが、今はもうない。

だが、どうしても手が動かない。生への執着は本能だ。若ければ若いほどその抵抗は増し、成功率は下がる。

コゲツのような年齢でこの禁呪を成功させた例はない。

 

 

余りの苦痛に体が震え、腰に備え付けておいた手帳が地面に落ちる。

丁度開いたその場所に、すっかり枯れきった木の葉が見える。

 

 

(手前が、今度こそ。今度こそ――あなたを救ってみせる)

 

 

動くはずのない手が動く。

死が近づいてくる。

その開けた口から毒の匂いがする。

 

 

(ロウガさん――)

 

 

一瞬の間。

コゲツの肉体はそこにくずおれた。

 

 

風が、木の葉を攫って行く――。

 

 

【木彫りのハニーベア・終章:13】

 

「ここはどこだ」

 

 

言葉が反響する。

先ほどまで手前は何をしていたのだろう。

周りは白い光や黒い何かであふれている。

空の向こうはこんな感じなのだろうか。

ふわりふわり。

なんだか心地よい気分ではあった。

 

 

しかし――なにかすべきことがあったような。

 

 

このまま溶けていきたいという本能的な欲求に従うのは、どうしても躊躇われた。

 

 

仕方がないから、そこここをふわふわと動き回る。

 

 

「あちらはなんだ」

 

 

遠く、地平線の彼方。

他の光もあそこを目指しているものが多いようだ。

なんだか惹かれるものを感じる。

懐かしいような不思議な気持ちになって、ふわりと行きかけた時。

 

 

「?」

 

 

何かに引っ張られる感じがして、振り向いた。

そこには、黒い何かがいた。

再び引っ張られる。

手も何もないのに、不思議なものだ。

とはいえ、そう言えば自分自身にも身体はないのだが。

三度、引っ張られる。

仕方ない。あの彼方に行きたい気持ちはあるが、今はそんなことをしている場合ではないようだ。

連れられて、というのも妙だが、後をついていくことにした。

やがて、不思議なものに行き当たる。

 

 

「……建物?」

 

 

そこは、ドーム状の屋根をした建物で、その壁面には継ぎ目一つなかった。

どうやって接着したのか見当もつかない。

ただ、とてもきれいだと思った。

コゲツがぼうっと立っていると、黒い何かは入口から中に入り、さらに進んでいく。

慌てて後を追った。

中は外観より更に奇妙で、曲がりくねった道や上下の反転した道などがあった。

そうして、一つの扉にたどり着く。

黒い何かは、いつの間にか消えていた。

 

 

「ここは……」

 

 

扉は、真っ青な地に金色の模様で装飾されていた。

誘われるような感じでドアノブに手をかけ、扉を開く。

――と。

 

 

「やあ」

 

 

あいた先の部屋に入ると、声をかけられた。

深く落ち着いた声。

そこは玉座の間のようになっていて、謁見者はコゲツ。

そして、椅子に座っていたのは――誰だったか。

酷く焦がれるような気持ちがあるが、その正体が一体何だったのか、今のコゲツにはわからない。

ただ、とてもきれいだと、そう思った。

 

 

「君はここに何をしに来たのか。」

 

 

「さ、さあ。て、て、手前にも、わからなくて」

 

 

「そうか、それは困ったな」

 

 

何故か緊張する。

嫌な感じはしないのだけれど。

 

 

「それじゃあ、こちらにおいで」

 

 

その人は、玉座から降りると、奥に続くドアを開きながらそう言った。

大人しくついていく。

 

 

暗く、長い、長い廊下。

お互い無言だったけれど、いやではなかった。

 

 

「さあ、ついた」

 

 

白と黒が合わさった扉が開かれる。

強い光に射られて、思わず目を覆った。

段々と目が慣れてくると、驚いたことにそこは一面黒い砂地だった。

ざざーー。ざざーー。

打ち寄せる黒い水。

随分と様子が違うけれど、これはいつか本で読んだ海というものではないだろうか。

 

 

「あ、あの、ここで何をすればいいんでしょうか」

 

 

「君がしたいことをすればいいさ」

 

 

困ってしまう。

したいことといわれても。

思わず俯くと、あることに気が付いた。

この砂地、一見した時にはわからなかったが、砂粒すべてが黒いわけではないようだ。

相当数白い砂粒が混ざっている。

黒い色が強いせいで黒く見えたのだ。

 

 

なぜだか、白い砂粒をより分けてみたくなった。

どうやら自分には手があったらしい。

黒い砂粒をのけて、白い砂粒のみの陣地を作る。

 

 

白。黒。白。黒。白。黒。

 

 

「これが、手前のやりたかったこと……?」

 

 

コゲツ自身も驚く。

それを見て、その人がやや驚いたようだった。

 

 

「なんだい、君はそんな途方もないことをしに来たのか?」

 

 

「ど、どうなんでしょう」

 

 

答えながらも、その手が止まらない。

段々と黒い砂と白い砂が分かれていく。

 

 

白。黒。白。黒。白。黒。

 

 

「やれやれ、この、見渡す限り広がる砂場で本当にそれをやる気なのか?星の数をすべて数えるくらいの根気があるらしい」

 

 

「……」

 

 

答えない。

自分でもわからないからだ。

こんなことをして何の意味があるのだろう。

でも、手は止まらなかった。

 

 

白。黒。白。黒。白。黒。

 

 

「はあ。ま、どれだけもつか……見ものだなこれは」

 

 

その人はそういうと、白くなった陣地に座ってしまった。

あ、と言いかけたが、白い砂地に黒い砂は一粒も落ちなかった。

不思議なことに、その人には砂粒がつかないらしい。

退屈そうに眺めるその人を放って、黙々とより分けを進めていった。

 

 

白。黒。白。黒。黒。白。白。黒。白。黒。

 

 

そうしているうちにどれだけたったのか、光がだんだんと弱くなって、真っ暗になる。

どうやらここにも昼夜の概念はあるらしい。

 

 

(これでは白と黒の区別がつかない)

 

 

手が止まってしまった。

だが、白い砂は温かく、黒い砂は氷のように冷たいことに気付く。

慎重にやれば、間違うことはないはずだ。

また、そのまま延々と続けていく。

 

 

白。黒。白。黒。白。白。白。黒。白。黒。

 

 

やがてだんだんと光が差してきて、温度による選別が間違っていなかったことが証明された。

 

 

そうして、コゲツは一日中それを繰り返した。

何度光が差して、何度闇になっても、その手が止まることはなかった。

気の遠くなるほど繰り返し、繰り返し。

少しずつ、白い砂地が広がっていく。

 

 

白。黒。黒。黒。白。黒。白。黒。白。黒。

 

 

いつの間にか、コゲツ自身はかすれていったけれど。

胸の中に抱いた何かだけは持ち続けた。

そうしてゆっくりと。ゆっくりと。

混ざりきっていたそれらは、各々の色に別れていった。

 

 

また、時間が経って、さらに時間が経って、いつかもわからないほど時間が経って――

その日はきた。

 

 

白。黒。黒。黒。白。黒。白。黒。白。黒。

 

 

おや。どうやらもう、砂がない。

頭をあげ、振り返る。

 

 

白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。

黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。

 

 

綺麗に、自分のしてきたことがそこにあった。

打ち寄せる水の色は相変わらず黒いままだけど。

白い砂地の上を歩きながら、あの人がこちらに来る。

 

 

「やあ。」

 

 

「――」

 

 

声が出ない。

もうずっと話していないから、声の出し方を忘れてしまったのかもしれない。

でも、向こうは何となく意志を汲んでくれているようだった。

 

 

「いや、驚いたよ。本当にやり遂げるなんてな。」

 

 

「――」

 

 

「それで?これで終わりにするのか?」

 

 

「――」

 

 

「おや、まだ何か?」

 

 

「――」

 

 

「……そうか。でも、それをしたら外側の彼等は死んでしまうかもしれないぞ」

 

 

「――?」

 

 

「ああ、忘れているのか。うん、いや、何でもない。君がそうしたいのなら、その誠意に報いよう。」

 

 

あたりを見回す。

打ち寄せる水の量が増えてきているようだった。

黒い砂を攫って、向こう岸へ運んでいく。

急いで白い砂粒を遠ざけようとする。

 

 

「大丈夫。この水は黒い方しか運んでいかない」

 

 

その人が穏やかに言う通り、水は既に足首まで来ているのに白い砂はそこにあるまま。

ただ、黒い砂だけが運ばれていく。

 

 

「さあ、君も向こうへ帰るべきだ」

 

 

その人はそう言った。

自分は得も言われぬせつなさを感じて、首を横に振った。

なんだかよくわからないが、ここに来るまでに見たあの地平線へと行きたい。

 

 

「それはまだ早いんじゃないか。せめて向こうでお礼を言わせてほしいが。」

 

 

と。

そう言われて、なにか、心に動くものがあった。

それは、どうもこの黒い水の向こうへ通じている動きらしい。

 

 

「うん。それじゃあ、また」

 

 

とん、と背中を押される。

ひらひらとその人は手を振った。

ああ。それはなんだか、覚えている気がする。

声を上げようとして、出ないまま、自分は――手前は、水の向こうへと流されていった……。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。