そうして、この家の“調査”が始まった。
まずは外回りがいいだろう、との言葉で、一度外に出た。
死体に誘われて新たなモンスターがやってきているかも、と十分に警戒しながらだ。
早速そこで発見があった。
「どういうことだ、これは……」
少なくともあの家の中では数時間は過ごしたはず。
にもかかわらず、散らばっている魔物の死体はまだ温かく、今まさに倒されたようだった。
「ふむ」
ロウガはおもむろにいくつか石を拾い上げると、実験をしよう、と言い出した。
「石を上に投げるから、落ちてくる間にすぐに家に戻ってくれ。そして、向こうで1時間ほど経ったら戻ってきてほしい。私は外にいて、10秒ごとに石を置いていこう。」
「わかった。」
「では、はじめ!」
石が投げられる。
急いで家に戻った。
この実験でわかるのは時間のずれと、その度合いだ。
……一時間後。外に出る。
と、そこには今まさに石を投げ上げたかのように腕をあげているロウガがいた。
その表情に驚きが浮かぶ。しかし、その顔はすぐ新しいおもちゃを見つけた子供のようにほころんだ。
「なるほど。あちらとこちらの時間はよほど違っているらしい。あちらで一時間たってもこちらではまばたきすらできていないかのように。といってもこの試行回数ではその可能性が高い、と語尾につけることになるが」
言いながら、落ちてきた石を空中ですっとつかむ。
「次、だな」
――そこからは、本当に楽しい日々だった。
家を調査する、そんな目的を意識して達成しようとしていたのは最初だけ。
テスト勉強しよう!と集まった仲良し二人がいつの間にか遊んでしまっていたりする描写を漫画で見たことはあるが、きっとそれだったんだと思う。
調査自体は頭に残っているけれど、それよりこの、楽しい時間をもっと楽しくしたい。
ロウガは意外と世話焼きで、いろいろなことを教えてくれた。
戦い方を知らない私に基礎的な体術と、基礎体力作りの指導とか。
曰く、“調査をするならまずは身体が資本!”なんだそうだ。
「ほらほら!あと3回で腹筋は終わりだぞ!」
「ううう……無理だよおロウガぁ……」
「できる!スズメならできる!私もできたからスズメもできる!」
「ううう……鬼!悪魔!脳筋!」
「脳筋……?」
ロウガが牙をむきだして笑っている。
これは怒ってるときのサインだ。
意外と、というと失礼だが、ロウガは所謂女の子“らしさ”にちょっとコンプレックスがあるようで、そこを刺激すると怒る。
「ひえ」
「さああと30回で腹筋は終わりだぞスズメ」
「えっ3回じゃ」
「さああと30回で腹筋は終わりだぞスズメ」
「いやもう無」
「さああと30回で腹筋は終わりだぞスズメ」
「許して!ごめんなさい!!ロウガかわいい!かわいいよ!」
「ふーん。私はかわいくないと思うけど。脳筋だしな」
「ち、違うよ!褒め言葉だよ!その、身体引き締まってて、女の子としてあこがれるなーとかそういう意味だよ!」
「ふーーーーーーん。……ほんとか?」
「ほんとほんと」
「じゃあ、許す。」
「ほっ……」
「あと5回だな」
「えっ許してくれたんじゃ」
「なに、私のような身体になりたいならこれくらいできるだろう?」
「……はい……うう」
けっこうスパルタなロウガなのだった。
でも実際ロウガの身体は無駄な筋肉や脂肪が無くてしなやかというか、誰しも憧れてしまいそうな感じなのは確かである。
因みにトレーニングとは一種の自傷行為であり、筋肉を一部破壊することで再生を促し、以前よりも強い状態で復活させるということを繰り返すものだ。
つまり、回復するときに強くなる。そして家の中では治癒効果が働く。
そんなこんなで私は急速に体力をつけていった。
基礎体力は筋トレの他にランニングや木登りなどもあった。
当然、そんなことをしていたらお腹が減る。
そうなると今度は食べられるものとそうでないものの違いを知る時間だ。
「ロウガー言われた通り木の実とかキノコ集めてきたよ~」
「うん。よくできたなスズメ。ちょっと見せてくれるか?」
「ほいほい」
「おお!こんなにたくさん……うん?……あー……これはまた……見事だな」
「でしょ?どれも赤かったり黄色かったり斑点があったりで美味しそうじゃない?私って食べ物見つける才能あるのかな」
「見事に全部毒だぞスズメ」
「うそーッ!」
「これは麻痺、こっちは毒……まあ、質のいい毒薬にはなる……どうした?顔が真っ青だぞ」
「わ、わたし、食べちゃった!おいしそうだったから!!」
「なにーーーっ!?」
そこからは大騒ぎ。
ロウガはテンパって私に腹パンしながらはけーッ!はけーッ!と言ってくるし、それでも吐けなくてどうしよう、と二人で泣いたりした。
暫く泣いた後。
「うっ……うっ……私、死ぬのかな……せっかく、友達ができたのに……」
「そんなこと言うな……!私だってようやく見つけた友だったのに」
「ああ、どうしよう、気が遠くなってきたような気がする……」
「馬鹿!寝るんじゃないスズメ!」
「ロウガ……今まで……ありが……」
「スズメ!?……スズメーーーーーーーーーーッ!!!!」
「……」
「うう……スズメ……」
「……あれ?」
「スズメ!?よかった、意識が――」
「ねえ、ロウガ、気になったんだけど。」
「なんだ……?どんな願いでも、私にできることならなんでも――」
「いやその……毒って食べてからどれくらいで死ぬの?」
「うん?あー、そうだな、スズメくらいの体重なら、あの毒キノコを一つ食べたら10分くらいで死ぬな」
「……言いにくいんだけど、食べてから1時間くらい経ってない?」
「……あっ」
「もしかしてこの家の治癒効果って……毒とかも消せるんじゃ……」
「……」
「……」
なんて馬鹿なことがあったり。
その後身体には何の異常もなかったものの、ロウガには何でもかんでも知らないものを食べるんじゃない!とこっぴどく叱られた。
赤や黄色、斑点があるのは所謂危険色というものらしく、食べてもいいことはないと外敵に教えることで身を守っているのだとか。
でも、これは新しい発見だった。
つまり、この家では毒がある食べ物は実質的にその効力を失うのだ。
元の世界で使えたら誰でもノーリスクでフグ食べ放題の奇跡ハウスだったに違いない。
ロウガはウルフェン族に伝わるという採取知識を惜しみなく教えてくれた。
幸い人間というものは自分の生活に直結する知識を覚えるのはかなり早い生き物で、さほど苦も無く覚えていくことができた。
それが終わったらちょっと休憩だ。
「んーー!ほんとロウガってもふもふで気持ちいいよねーーっ。私ももっと毛があったら自分でもふもふできたのになー」
「うーん。いいことばかりでもないぞ。洗うの大変だし。季節の変わり目にはごっそり抜けたり増えたりするし。私からすればスズメの方が羨ましい。手入れが楽そうだし、肌もすべすべで髪の毛もサラサラ……。」
「うへぇあ!」
急に髪を触られたのと、褒められたのがくすぐったくて変な声が出てしまった。
「あ、すまない」
「う、ううん!余裕だから!余裕!……でも確かに、そう聞くと手入れが大変そうね」
「あと、ノミとかダニとかによく住みつかれて厄介だ。」
「げえッ!」
思わず撫でていた手を引っ込める。
「はは、ちょっと傷つくぞ」
「ご、ごめん」
「いや、ただ、ノミやダニはスズメの家に住むようになってから一切いなくなったみたいなんだよ」
「そうなの?」
「ああ、外では結構くっ付いてくるのだが、不思議なことに家の中では気付くといなくなっているんだ。」
「そうなんだー?ちょっと不思議だね。まあでも、そういうことなら心置きなくもふもふさせてもらいますか!」
そんな、他愛ないことを二人で話したりした。
また、ある程度体力がついた後は狩りの授業も行われた。
「そうだ、構え方はそれであっている。弓は扱い方が難しい。慣れるまでは相手が止まっていても当てるのは至難の業だ。」
最初は自分も的も止まっている状態で練習。
「……うん、スズメは筋がいいな。姿勢もきれいだし、きっとすぐにうまくなる。」
ロウガはトレーニングの時とはうって変わってとても優しかった。
ほめ殺しにされているようでちょっと照れてしまう。
慣れてきたら自分が動きながら止まっている的を狙い、また同じように、自分が止まった状態で動く的を狙った。
自分も的も動く状態で命中させられるようになった時、ロウガは自分のことのように喜んでくれた。
「すごい!すごいぞスズメ!こんな短期間でここまで弓術が上達するなんて、きっとスズメは狩猟の女神の生まれ変わりなんだな!」
「えへへ……そ、そうかなあ?」
「うん!自信を持っていいと思うぞ。ウルフェン族の中にもスズメほどの射手はそうはいないだろう。」
「へへ……ロウガの教え方がうまいんだよっ」
「む……そうかな?人に何かを教えるのは初めてでな、確かにちょっと好きかもしれん。」
「ロウガ、本当に教えるの上手だよ。先生になったらいいんじゃない?」
「……そうだな、もし、私に自由があれば、それも悪くないかもな……」
そう言うと、ロウガは寂しそうに笑った。
私はしまったと思った。
そう、つい忘れていたけれど、ロウガは王族で、掟に従わないといけない。
他の誰に許される自由であっても、ロウガにそれは許されるものではなかった。
なんて残酷なことを言ってしまったんだろう。
「その……ごめんなさい、私……」
「いや、気にしないでくれ。私こそ、雰囲気を暗くしてしまってすま――伏せろ、スズメ」
雰囲気が一気に変わる。
優しい瞳は鋭くなり、いつもふさふさの尻尾の毛が逆立っている。
耳はぴんと立ってあたりを警戒していた。
私はすぐに指示に従った。
「モンスター……?」
小声で話しかける。
「ああ、急に動物たちの声が止んだ。なにか良くないものが近づいている。向こうもこっちに気付いてるな」
「家に帰る?」
どこにいても家には帰れる。
鍵に祈ればドアが現れて、それを開くだけだ。
しかし、ロウガは首を横にふった。
「いや。家に帰っても外と中で時間の流れる速さが変わってしまうから、コイツが諦めて去っていくまで無限の時を待つ羽目になる。少々危険だが、ここで何とかするべきだ」
「わかった、それじゃあ一緒に」
戦おう、と言おうとしたのを遮るようにロウガは次の言葉をつづけた。
「スズメ、ここは私が囮になる。君はできるだけ遠くに逃げるんだ」
「え――」
「こいつとは以前戦ったことがあってね、恥ずかしながら、私は一度負けて逃げてしまったが……なあに。今回は大丈夫さ。私も適当なところで切り上げて逃げるつもりだ」
「……」
「わかったら、さあ早く逃げるんだ、もう時間がない。」
確かに、何か巨大なものが近づいてくる地鳴りを、かすかだが私も感じ取れるようになっていた。
やばいのがくるというのは本当だ。それでも、今逃げればきっと私だけは助かるんだろう。
ふと、頭によぎる。
まだロウガの名前も知らなかった、初めての出会い。
傷だらけで、今にも死にそうだった彼女の姿。
私は、即座に決断した。
「や だ」
べーっと舌を出した。
「な……!スズメ、ふざけている場合じゃないだろう、今は早く――」
「それこそふざけないでよ。ここで逃げるくらいなら、私あなたのこと初めから助けてなんかいない。」
「スズメ……」
「絶対、絶対嫌。あなたを――親友を見捨てて逃げたっていう事実に一生付きまとわれるなんて御免だわ。」
驚いたように目をぱちぱちさせるロウガ。
驚いているのは私もだ。まさか私からこんなセリフが出てくるなんて思いもしなかった。
“親友”、だって。
しばしの気恥ずかしさをごまかすように指を立てて言葉を続ける。
「それに!ちょっと、作戦があるの。」
ロウガに耳打ちする。
「――なるほど。」
「どう思う?」
「確かに、うまくいけば戦果は絶大だし、鉄板の戦法になるだろう。しかし、まだ検証が終わったわけでもない仮説。それも根拠は不確かな私の感覚だ。そんなものを信じると?失敗すれば私も、君も死ぬ」
「ううん。私はロウガを信じたんじゃない。私は私の考えを信じたの。……だから、もし失敗してもロウガの責任じゃないよ」
「……はは。そうか……。……そうか……。」
俯いて、目を閉じるロウガ。
その目から、確かに涙が流れていたのは、きっと世界で私だけしか知らない。
よし、とロウガが立ち上がる。
「それで行こう」
地鳴りはすぐそこまで来ていた。
――作戦開始。