悶え苦しむヒヒイロカネ。
ずるりと牙からロウガが落ちる。
カランと剣が音を立てた。
(間に合え、間に合え間に合え間に合え間に合え!!!)
すぐにドアを開き、千切られた腕と一緒にロウガを中に入れてドアを閉じる。
これで外の状況は保存されたままだ。
急いでベッドに運ぶと、傷は瞬く間に完治した――だが。
「ロウガ、ロウガ!お願い目を覚まして……!」
傷は治ったはずだ。少なくとも見かけ上の傷は存在していない。
それなのに。
ロウガは目を覚まさなかった。
いつか、ロウガと交わした会話。
今は思い出したくないのに、いやでも思い出してしまう。
「スズメ。死ぬってどういうことなんだと思う?」
「なにー、急に。」
「いや、ふと思ってな。私たちが今食べてるこの肉も、いわば“ケガ”してるわけだろう」
「まあ、そうね」
「じゃあ、なぜ治癒されないんだろう?」
「死んじゃってるからとか?……ああ、なるほどね」
「そういうことだ。なんとなく不思議に思ってな」
「うーん、ごめん!あんまりその話はしたくないかも」
「そうか。まあ、死者は蘇らないということだけわかっていれば十分だな」
「“死者は蘇らない”」
知らず、口に出してしまう。身体が絶望に支配される。
「あ――嫌――嫌だよう」
頭の中にロウガの声が反響する。
ぐちゃぐちゃになる。
「違う、死んでない、目を覚ましていないだけ――私、なんで――」
「独りは嫌!もう独りは嫌なの!!!ロウガ、目を覚まして!ロウガ!」
揺さぶる。
起きない。
「あ―――――――――――――――――――――――――」
周りが白くなる。
何も見えない。
気付くと、私は前の世界の私を見ていた。
思えば昔から友達ができたことなんてなくて、人生はいつもソロプレイだった。
ギルド?COOP?クラン?なにそれ美味しいの?
他人は所詮他人でしかない。私は他人の痛みなんてわからないし、向こうだって私の痛みはわからない。
そういうことにみんな気付いてるくせに知らないふりをして笑顔を作っている。
気持ち悪くて仕方ない。
共働きで忙しかったのもあったのだろう、勉強だけしていれば親は私に何も言わなかった。
呼び出されるような問題児ではなかったし、いじめられているわけでもない。
ただ、空気のようにそこに居ると誰にも思われていないだけだ。
学校でも、家庭でも、いつでも私は独りだった。
いつしか孤独には慣れたけれど、それが好きなわけではなかった。
いつも心のどこかでは、友達になれる、心をわかちあえるアナタを探していた。
だから、私は変わろうと思ったんだ。
まずは両親ともっと話すところからかな、なんて思って。
ずいぶんと使っていないメールアドレス2通にメールを送る。
『今日はお話があるのでできれば早めに帰ってきてね』
その日は何でもない日だったけど、持っているゲームソフトを売り払ってお金を作り、柄にもなくケーキなんか買ってきて、私の想いを話してみようと思った。
まずは好きな食べ物とか、そういう話がいいのかな。なんて、ちょっとワクワクしながら待っていた。
その日から、両親はいつまで待っても帰ってこなくなった。
電話が一本。
両親が事故で死んだと。
二人は私のメールを見て、仕事を切り上げて帰ってこようとしていた。
そして、いつもより早めの電車に乗って、その電車が、事故を起こした。
涙も出なかった。
涙が出るような関係になろうとしたら、その前に終わってしまったから。
気付けばいつの間にかお葬式も終わっていて、手元には生命保険で入ってきたお金が私の一生分。
私はそこで時計の針を進めることをあきらめた。
「スズメ。」
いつの間にかロウガが隣にいる。
「なに」
「スズメは、泣けなかったことを後悔してるか?」
「うん……たぶん」
「たぶん?」
「わからないんだ。自分がどうしたらよかったのか。……すごく、すごく嫌で、どうしようもなくて、こんな世界なんて壊れちゃえって思って――」
「スズメは怒っていたんだな」
「怒っていた?」
そうかもしれない。
あの時私は、怒っていたんだ。
理不尽な仕打ちをしてきた現実に。世界そのものに。
だから――ああ。
だから私は選ばれた。
元いた世界に怒っていたから。つまらない現実を壊してやりたいと思っていたから。
「そっか」
だから、私の世界がほしかった。現実(ソト)から守られる理想(イエ)を望んだんだ。
なのに――
部屋に戻ってきた。
いつの間にかロウガの手を握っていて、私は泣いていた。
涙を拭う。
ロウガの手をぎゅっと握る。
そして、ふつふつと自分の中に熱いエネルギーが沸いてきたのを感じていた。
「ふざけないでよ。また私からソトは何かを奪おうっていうの?……そんなこと、二度とさせない。」
怒り。
ロウガを運んできたときにその手から滑り落ちた剣を拾う。
それには、ロウガの血がついていた。
――まだ戦闘は終わっていない。
そうして、私は覚悟を決めて玄関のドアを開けた。
ソトとイエがつながり、同じ時が流れだす。
ヒヒイロカネは頭をふり、怒ったようにいななきながら鼻を鳴らして獲物の臭いをかぎつけた。
さっき殺してやった獲物とは違う臭いかとも思ったが、後から確かに殺したはずの獲物の臭いがしてきた。
致死毒の矢で確かにダメージを受けたが、致命傷には至っていない。
己の眼をつぶし、誇りを辱めたこの獲物は、きっちりと殺さねば気が済まない。
血が上った頭のまま、臭いのもとに突進していく。
そうしてそれが、ヒヒイロカネ最後の突進となった。
ヒヒイロカネ――いや。
“ソト”が向かってくる。
それでも、“イエ”が耐えられるという不思議な感覚があった。
「お前も怒ってるんだろうけどさ」
しっかりと剣を構える。
接触まであと3、2、1――
「私の方がもっと、もっと」
轟音をあげてドアにぶつかるヒヒイロカネ。
衝撃で足をつき、無防備な額が晒された。
「もっと怒ってるんだよ」
静かに呟くと、深々と毒を塗った剣を突き刺した。
吹き出す血潮、神なる獣の断末魔が森に響く。
伝承に謳われた神の終焉であった。