目が覚め、川で顔を洗おうと外に出る。
朝陽が目に眩しい。しっかりと朝に起きることができたようだ。
これまでは家のドアを閉じて寝ていたため、起きても外は夜のまま、なんてことばかりだった。
睡眠とは、やはり夜に寝て朝に起きることをしなければ身体のバランスが崩れるもの。
そのため、昨夜は時間を外と中で共有させて時差ボケの発生を防いでいた。
玄関のドアをドアストッパーで開けっ放しにしてあるのだ。
ヒヒイロカネすら弾き返したんだから、どうせ誰も入ってこれないだろうという安心感によってできた行動である。
「んーーー。いい朝だなあ」
身体を伸ばして森の空気を吸っていると、後ろからロウガに声をかけられた。
「おはよう、スズメ」
「おはよー。まだ眠そうだねえ」
「もともと朝は強くないんだ。ウルフェン族はみなどっちかというと夜行性だしな」
なるほど。
確かに狼って夜の森をウロウロしているイメージがある。動物はどういう理由で昼行性と夜行性を分けているんだろう?
いや……そもそもウルフェン族は狼に似ているだけで全く違う生物である可能性もあるわけだし。狼と一緒にするのはちょっと失礼かな、などと思ったりもする。
「無理しないでまだ寝ておいたら?何ならドア閉じておくけど。」
「うーん……いや、とりあえず水浴びしたいな」
「結局昨日はふざけて遊んだりして汗かいちゃったからねえ。……ひょっとして私も汗臭いかな……」
近くの川に向けて歩き始めながら、急に不安になる。
いくら女同士だと言っても、鼻のいい相手だし、何よりくだらない理由で気を使わせたくはない。
「いや、それは大丈夫だろう。スズメが気にするなら別だが、普段より多少匂いが濃いくらいで別に不快ではないぞ、むしろ好ましいくらいだな」
「ちょっー!勝手に匂いかぐの禁止禁止!」
「あ、いや済まない。つい仲間内での癖というか、匂いで相手の体調を確かめるのが通例でな」
ふう。
不意打ちでそういうことをぽろっと言ってくるのは天然なのかなんなのか……
良い匂いと言われて悪い気はしないけども。
「もーーーー私も水浴びする!」
「そうか?じゃあ先にするといい。私は周囲を警戒していよう。」
「わーい!ありがとう、じゃあお先しちゃうね」
そんなことを言っているうちに川についた。
これ以上に清流という名前が相応しい川もそうはあるまい。
服を脱ぎ、手早く洗って体と服の汚れを落としていく。
ここに来る時の服をずっと着まわしているから流石にボロボロになってきてしまっている。
「綺麗なのはいいんだけど……やっぱり朝の水は冷たいなあ」
グズグズしていると風邪をひいてしまいそうだ。
ふと、川に自分の姿が映るのをみて、髪を触る。
「うー……だいぶ髪の毛傷んできちゃったなぁ……」
元々あんまり美容を気にする方じゃなかったけど……シャンプーとか……コンディショナーとか、そういうものが恋しくなる。
家にはそういった消耗品はないのだ。もしかすると、そのうち出てくるようになるのかもしれないけど。
ムダ毛はもともとの体質なのか一切はえてこないので助かった。
「ロウガー?あがるよーっ」
「了解だ。着替えたら見張りを交代してくれ」
「ちょっとまっててねー」
家に入る。
ドアは閉じてあるからゆっくり着替えても大丈夫だ。
それに、“火”の機能が追加されたおかげなのか、家の中にはストーブが追加されているため、服を手早く乾かしながら体も冷やさなくて済む。
「……んー。」
乾いた服を着ようとして、それがすっかりボロボロになっていることに気付いた。
まあ、こっちに来てずっと同じものばっかり着まわしてきたのだ。
まだ着られなくはないが、遠くない未来に限界が来るだろう。
「……町とか、村とか、そういうところに行くべきかもなー」
どんな町や村があるのだろう?
ロウガの着ている服は、なんというかすごくワイルドでかっこいいが、私が着ると悪ふざけで服を破いた子供にしか見えないだろう。
ウルフェン族の村でそういうのはあんまり期待できないのかもしれない。
「さて、と」
いくら時間が断絶しているとはいえ、これ以上待たせるのもなんだか悪い。
私は武器を持って家を出た。
「ロウガごめんね、お待たせ。交代交代!」
「いや、全然待っていないぞ。スズメが上がってから殆ど間を置かず交代に来てくれたからな」
「あははー、それなりにゆっくり着替えたんだけど、やっぱこういうとこは便利だねえ」
「うん、本当に。それでは、いってくるよ」
「はーい」
川に入っていくのを見送る。
……別に女同士だし見てもいいんだけど、見ない。
見張りがあるからね。見張りが。
「……」
(いやでもちょっと見たいな……)
こっそり……する必要はないのだが、何となくこっそりのぞく。
……やはり、なんといってもロウガの身体はとても綺麗だ。
全身が毛で覆われているが、部位によってその長さや量が違う。
また、毛が濡れているとはっきりと身体のラインがわかる。
線が細いのに筋肉があるからしなやか。胸はその……控えめに言っても“控えめ”だが。
すらりと背が高いので、どっちかというとちんちくりんな私からすると大変羨ましい。
(きっと和服とか着ると物凄く映えるんだろうなあ……おっと、いけないいけない。ちゃんと警戒しなくちゃ)
覗きをほどほどにして、私は見張りに戻った。
ほどなく、声がかかる。
「スズメ、今上がった。家に入れてくれるか」
「はーい!」
ドアを出し、一緒に家に入る。
「しかし、本当に便利になったな」
ストーブに当たり、身体とながらロウガが嬉しそうに言う。
ロウガはいつも横着して濡れた服を着たまま身体と一緒に乾かす。
曰く、“めんどくさい”そうだ。
体温が人よりも高いせいで乾きやすいのもあるのだろう。
そこにストーブが加われば鬼に金棒である。
「もう乾いちゃったね」
「うん。このまま水が出てくれれば最高だと思う」
「だねえ」
暫くそのまままったりする。
薄切りにした肉を焼きながら食べ、果汁を絞ったジュースを二人で飲んだ。
そんな時間だったから、そういう質問は自然な展開だった。
ロウガの顔を見て、聞く。
「それで、これからどうしよっか?」
「うん……そうだな……」
ロウガは、コップに入ったジュースを見ながらそんな返事をした。
いつも明瞭な反応をする彼女にしては、何とも中途半端だ。
次の返事を待つが、いつまでたっても言葉が返ってこない。
私はしびれを切らした。
「ロウガ?」
「あ、ああ、すまない。……どうすればいいのか、今一つわからなくてな」
彼女は珍しく、どこか不安そうに返してきた。
「わからない?」
「うん……」
これじゃまたさっきの焼き直しだ。
多分、聞いてほしいことがあるのだと思う。
でもそれを話すことも難しい。
そんな矛盾をはらんだ気持ちになることは、私にも経験があった。
でも、私はこういう時、どうすればいいのかわからない。
解決してくれる人は周りにいなかったから。
自然と俯いてしまう。
「あ……えと……」
沈黙が気まずくて、何か言おうと口を開きかけた時――
「ぎあああーーーーッ!!!!!」
大きな悲鳴が空気を切り裂いた。
思わず顔をあげてロウガを見る。
「今のって――」
「ああ、悲鳴だな。声に獣人特有の節がない。人間族かもな。モンスターにでも襲われたんだろう」
冷静に――やや冷たくそう返されて、少し面食らってしまう。
「た、助けなきゃ……!」
「……まあ、そうか」
すっと立つロウガ。
その無表情からは、感情をうかがい知ることはできない。
家を飛び出す。
悲鳴のした方に走りながら、私はロウガの反応について考える。
さっきの反応は、私の知っているロウガじゃない。すごく冷たくて……
(あれ、でも――)
(私って、ロウガの何を知ってるんだろう……?)