水神レイダの弟子となり、8年が経った。
「取り敢えず、魔術はぶっ倒れるまで使って学びな。
アタシを超えるんだろ?
生きた的なら一杯いるんだ、甘えてきな。」
最初の数年は身体が出来上がってないので、姉弟子達を動く的代わりに魔力切れで気絶するまで毎日魔術の練習をした。
「剣に振り回される剣士なんざゴミだよ。
素振り千回やりな。
マメが出来た?
ここにマメが出来るなら正しく振れてない証拠だね、やり直しな。」
素振りを認められるまで1年かかった。
「おや、治癒魔術を覚えたのかい。
なら骨折までは問題ないね。
変な治し方したら癖がつくからやり直しだよ。」
治癒魔術を覚えたら、修行が過激になった。
出来ることが増えるほど修行が厳しくなっていく。
見兼ねた姉弟子たちが過激すぎると声が上がったが、師匠と俺は意に返さなかった。
(これは俺が望んでいたものだ。)
努力し成長する喜び。
鍛錬で伸びていく魔力量と剣速。
試合によって洗練されていく魔術と剣術。
稽古を通して、水神流の本質や合理性への理解を深めていく日々。
満ち足りている。
俺が前世で逃げて得ることが出来なかった事を得る事に比べれば骨折の一本や二本惜しくない。
寧ろ、回復魔術の丁度良い練習になる。
そもそも、水神レイダによる指導という貴重な経験を逃す訳には行かない。
水神レイダ、いや師匠と呼ぼう。
師匠は水神としての業務以外の時間を殆ど俺に割いてくれた。
感謝しかないが、それに不満を持つものも出て来る。
ある師匠が出掛けている日、俺は呼び出しを食らった。
指定された道場に踏み入ると、同い年と思わしき女性が待っており他には人は居ない。
長い青髪は癖がなく艶があるし、纏う鎧や剣の柄に紋様が彫り込まれていた。
恐らく貴族の娘だろう。
「来ましたか。」
俺が現れると、彼女は敵を見るような目で俺を睨見つけてきた。
「私の名前はイゾルテ・クルーエル。
水神流上級を得ています。」
剣士の強さには初級、中級、上級、王級、帝級と位があり、上に行けば行くほどつよい剣士である事を示している。
彼女の名乗った上級は丁度真ん中の位であり、水神流において基礎的な型を十全に扱える位の強さだ。
一般的に俺と近い年で上級というのは恐らく天才の部類に入るのではないだろか。
「そうか。
俺はレインと言う。
水神流での位は知らん。」
「どう意味ですか…。
師匠から直接教わっておいて己の位を知らないとは。」
「その師匠曰く『位なんざ外様向けの名札』らしくてな。」
あくまで世間に対する強さを示すものであり、位を与える指標も与える者によってバラつきがあり同じ位の剣士でも天と地の差がある場合も珍しくない。
「位を認められないくらい貴方の剣がお粗末なのではなくて?」
「そうかもしれん。
修業したとはいえ俺は子供だからな。
それに半端な位は名乗るのも恥ずかしい。」
(俺は水神を目指すのだから、上級だのなんだのは通過点に過ぎない。
そもそも世間を知らない今の俺には世間の指標である位は不要という師匠の判断だろう。)
師匠の配慮について考えていると、イゾルテの眉間に皺が寄った。
俺の台詞の何処かが気に障ったらしい。
(軽いジョークで和ませようか。)
「それで、水神流上級が何のようで呼び出した。
ああ、告白なら済まない。
今の俺は未熟故に付き合うことはできない。」
道場というのは珍しいが告白の呼び出しを受ける事はたまにある。
どうやら俺の顔は悪くないらしい。
この世界の女性はどうやら日本人と違って積極的な女性が多く、まだ子供であるというのに俺と関係を持とうとしてくる女性が偶に居る。
因みに俺が世話になっている水神流の総本山はアスラ王国にあるのだが、アスラ王国でショタ好きは一般性癖の一つらしい。
彼女はそういう目的でないのは明らかな為、ツッコミを待っていると、眉間の皺が益々深くなり赤面し始めている。
「こ、告白ですって?
私が…貴方に…?
孤児の癖に随分な物言いじゃないですか…!」
「すまない、冗談のつもりだったんが刺激が強すぎたか。」
「そういう事ではありません!
いいですか!
水神レイダ様は水神流の頂点であり偉大な御方!
貴方の様な孤児に構う暇など無いのです!」
どうやら俺の存在が認められないらしい。
(俺は捨て子ながら師匠の直弟子という立場にいるのが面白くないのは当然だろう。
それとこのま緑髪も原因だろうな。)
緑髪は昔にあったラプラス戦役と呼ばれる世界規模の戦争において悪名を轟かしたスペルド族という民族と同じ髪色らしい。
スペルド族は迫害の対象であり、緑髪で生まれた俺は生涯差別される可能性が高く、故に生みの親に捨てられたのだろう。
水神流においては師匠が拾った赤子であり、幼い頃から世話をしてくれた兄姉弟子達がいるので対した問題ではなかったが、俺が師匠に師事し兄姉弟子達と会う機会が減った事と、新しく入った剣士達は俺を人伝にしか知らない為、悪感情が育ったらしい。
「不思議な事を言う。
お前は水神に成った事も無いのに、水神の在り方を決めつけている。
なるほど、お前はどうやら水神より偉いらしい。」
「そういう事では…!!
…いいでしょう!
剣を持ちなさい!
私が貴方を倒して、貴方の無価値を証明します!」
彼女も俺を気に入らない人間の一人らしい。
嫌悪を向けられるのは気にしないし、なんなら正々堂々と挑んでくる所は剣士として嫌いじゃない。
「いいだろう。」
壁に掛かった木刀を一つ手に取り、道場の真ん中へと赴く。
「闘気は無しでいいか?」
「使いたければ使いなさい。
負けた時の言い訳になっても困りますから。」
闘気は魔力を体内で消費し身体能力をブーストする技術だ。
魔力の多い俺は闘気を纏うと雑に強くなる。
恐らくだが闘気を纏った一振りで目の前の彼女を壊す或いは木刀をへし折る位は簡単に出来てしまう。
流派に問わず王級以上の剣士なら闘気を纏うのは当たり前らしく、闘気を纏えなくてはどんなに剣が上手くても評価は上級止まりらしい。
(イゾルデもその年で上級剣士になっている天才だ。
闘気についても言い分からして出来て当然だろうが、流石に俺の全力に一振りでも耐えられないだろう。
…何故闘気について理解しながら上級なのだろうか?)
「…分かった。
出来る限り手加減しよう。」
彼女から怒気が膨れ上がった。
(ああ、挑発に弱いから上級剣士なんだな。)
気配を放って迫る攻撃は水神流にとってカモだ。
俺は合図もなく迫りくる彼女の剣を受け流して容赦なく剣を首に叩き込んで意識を刈り取った。