「うわー、また負けちゃったよ……」
「そりゃドンマイ。運が無かったな」
キキョウシティへ向かうために三〇番道路を北上している俺は、適当に勝負を仕掛けてくるトレーナーたちと戦いつつ進んでいた。
今も短パン小僧である少年のコラッタを、クロルで難なく倒したところだ。
クロルをボールに戻し、短パン小僧に近づいて負けたトレーナーについて話を聞いてみる。
「んで、どんな奴に負けたの?」
「赤い髪の奴なんだけどさ。妙にビクビクしてるポケモンだったから余裕だと思ってたんだけど、なんかすげぇ返り討ちにされちゃって……」
「ああ、アイツか……」
「知ってるの?」
「一応、顔見知りだな。んでどんな感じに負けたの?」
「えっと――――」
短パン小僧のゴロウ君が語るに、ヒノアラシがまず煙幕でコラッタの視界を遮り、そこに体当たり。
ヤバイと思って後退させたところに、ドンピシャで火の粉を浴びせられてノックアウト、ということらしい。
俺との戦いから、殴るだけがポケモン同士の戦闘ではないと分かったのだろう。
うんうん、こりゃコトネさんにとって倒しがいのあるライバルに、着々と成長していますな。
俺? 俺は関係ないですよ。だってアイツ、俺のライバルじゃないもん。
「ありがとう。それじゃあ、また会ったら」
「おう! 気軽に電話してくれ!」
ポケギアの連絡先も交換し、俺とココロは再び歩き出す。
イーブイをここで戦わせないのは、クロルを育てる際にある場所では全く使えなくなってしまうから。
草タイプばっかり揃う、マタツボミの塔では――ね。
「さて、もうちょっと進んでおくか」
「ブイブイ」
夕暮れ、とまではいかないが、それでも太陽は傾き始めている。
もう少し進んでおけば、明日にでもキキョウにたどり着けそうである。
俺の斜め後ろにぴったり付いてくるココロと、ちょくちょく振り向いてアイコンタクトを取りつつなだらかな坂道を進んでいった。
*****
「ふぅ……」
夜になって飯を食べた後、テントの入り口を開けて外を眺める。
テントを照らすのは、燃えつきそうになっているたき火のみ。街灯はなく、辺りは静けさを保っている。
そんな中で俺が眺めているのは、天蓋に浮かんでいる眩い星々。
元々都会に住んでた俺は、こういった星をまじまじと見ることが少なかった。最近じゃよく見ることが出来るようになったけど、それでも綺麗だな、という想いは未だ色褪せない。
そうやって見上げていると、お腹の方をすりすりしてくるポケモンが一体。
それが何かは、もう言わずもがなだろう。
俺の組んでるあぐらの中で体を丸めているイーブイことココロ。
最近萌えアピールがすごいです。
「ん? どうした?」
俺がそう答えると、何も言わずに頭をすりすりと俺のお腹に再び擦りつける。
…………もうだめだよ。お前はもうやってしまった。俺を止めることは出来ないよ。
こんなに可愛かったら、俺はもう――!
「愛い奴め!」
「ブイ!?」
突然抱え上げられ、続けて抱きしめられたイーブイは驚いたような声をあげる。
しかし抵抗はない。むしろ時間が経つにつれて、体の緊張をほぐしてる――って何コレ。
駄目だよ! うら若き(?)女の子がそんな風に油断しちゃったら!
ていうか俺が落ち着け。緊張で手汗かいてるとか笑えねぇ……。
「あー、ごめん。突然でびっくりした?」
俺がそう上から尋ねると、フルフルと首を左右に振って否定してくれるココロ。
むしろ喜んでいる――ように見える。俺がそう思いたいだけかもしれんが、それでも俺に向けてくれている笑みが、とても柔らかくて、そして華やかで。
なんかすごくリア充になった気分なんだけど。
「寒くないか、ココロ」
「……ブ~イ」
大丈夫、とでも言わんばかりに満足そうな声を張り上げる。
耳が小刻みにピクピクしているが、これはココロが嬉しく思っている証拠だと俺は最近掴んできている。
ご飯のときとかよく動いてるしな。
それでも耳を動かさない時の方がここ数日は少ないので、よく分からなくなってきてるけど。
しっかし、コトネさんいなくなってから、なんかお互いに依存度高まってる気がする……。
中毒にならないようしないと。
「たき火が完全に消えるまで、見張っとかないとな。火事になっちゃ大ごとだ」
「ブイ!」
そう言ってみるものの、よく見るとたき火、もう殆ど消えかけなんだよね。
それでも若干残り火がある。その明りがなくなるまでは、この幸せな時間を享受することにしよう。
そこから沈黙が続く。何も喋らないけど、それでも空気が悪いなんてことはなく、ただ空間を共有してるってだけで心が満たされる。
「こんな風になるとは、思わなかったなぁ」
一人ごちる俺を、ココロは不思議そうに見上げてくる。
それに気付いた俺は、下を向いて話しかけた。
「ん? 気になる?」
「……」
無言でコクリ、と首を縦に振って、そうして消えかけのたき火を再び見始めるココロ。
何も言わないから、好きに話していいよ――ってことですか? いいところで空気が読めるそんなココロちゃんが俺は大好きです。
「俺ってさ。今はこんなナリしてるけど、本当は別のところで学業に勤しまないといけない奴だったんだ」
「……ブイ?」
「意味わかんないよな。でもさ、今はこんなに自由に旅が出来て。クロルやお前と出会って、人生を謳歌してる」
でもそれが本当にいいのか分からない。
この体の持ち主は『ジュンイチ』であって、『橘純一』ではない。
まあジュンイチ君の望み通りにトレーナーにはなれたけど、好き勝手に体を使ってしまって、本当にいいのかと思ってもいる。俺は俺だけど、いつ『ジュンイチ』に戻ったって おかしくはない。戻らない可能性もあるけど、戻る可能性だって低くはないのだ。
そして、意識がジュンイチ君に戻った時の、ココロやクロルの反応も――
「――これ以上はやめとこ。馬鹿みたいだ」
卑屈になりだした自分に飽き飽きする。
柄じゃないわな、こんなこと考えるの。
トレーナーになる。『ジュンイチ』君はそこまでしか考えていなかったはずだ。
だから、俺がいつ彼に戻っても大丈夫なよう、ポケモンもきちんと育てるし、装備もきちんとする。
エゴだって分かってるけど、俺だって今を――ココロと居る、この時を過ごしているんだ。好き勝手させてもらう。
それぐらい、許してもらっても構わないだろ? 誰に請うているかは、分からないけどな。
「とりあえず、俺はお前と出会て本当に良かった。そう思っているよ」
「ブイ……」
途端に声に元気がなくなったのを読み取ったのか、はたまた俺の表情の機微から俺を心配したのか。
どちらかは分からないが、顔を伸ばして俺の頬をペロッと舐めてくれるココロに、俺は死ぬほど感謝したくなった。
「ありがとうな、ココロ」
「ブイ!」
ココロが笑みを浮かべて声を出す。
それを見て何だかほっとした俺は、テントの中へと戻った。たき火の残り火は、いつの間にか消えていた。
夜は暗く、そして寒い。だけどココロのおかげで本当に心が温まった。
ダジャレみたいになってるけど、マジで言ってるからなコレ。
第十二話でした。
書きながらよく砂糖を吐かなかった、そんな作者を褒めてやってください←
では次話でまた。