「……オイ。これからどうすんだよ」
「フン……」
「フンじゃねーよフンじゃ。マジ何してくれてんだテメー」
「っちょ、馬鹿! やめろっ!」
脛をゲシゲシ蹴られて猛抗議する赤毛の少年。この前俺がココロで圧倒しちゃった子です。
現在地は『つながりの洞窟』。つまりここを抜ければ、もうすぐそこにヒワダタウンがある、という所まで来ている。
エンジュの方に行くのは端からあきらめていた。どうせ「草タイプとでも……? ッハ!」とドヤ顔でウソッキーが待ち構えているに違いないからだ。
実際、キキョウシティに居る時に色んな人が「変な木があってエンジュの方に進めない」という話をしていたしね。
「――って、いかん。ここで現実逃避したら駄目だろ俺……」
「とりあえず、こっちに進まないのか? 道はあるぞ」
「俺が進みたいのは、見るからに怪しいこんな洞窟の奥深くじゃねーんだよ!」
頭が痛くなってきた。コイツ、ゲームじゃ神出鬼没だったけどさ、まさかこんなハードな流れを超えてきていたのか?
……うん。とりあえず、現状を整理しようか。
この洞窟は、正しいルートを進めばヒワダタウンまで半日で着く、比較的整備の進んだ楽な道のりとのこと(なお、ポケセンで準備は万端)。
実際順調だった。始まって一時間ぐらいは何事もなくエンカウントするズバットとかを適当にいなしながら進んでいたんだが――
『フン……お前か』
途中でこの赤毛という名の『疫病神』を発見したところから、俺の苦悩が始まったんだよな。
「何を考えてるんだ? 間抜けな面して」
「さぁな。まあ別に、道をちょっとだけ塞いでたイワークを蹴って怒らせたあげく、手持ちのウパーの水鉄砲ぶっかけて驚かせて、進みたい道どころか帰りの道さえ落盤させてちまった、馬鹿野郎のことなんかこれっぽっちも考えてねーよ」
「……悪かったさ。でもなァ、もう過ぎたことだろう? 男ならクヨクヨ言うなっての」
「なあ、殴っていいか? 殴っていいよな? 殴るぞマジで!?」
俺の拳が真っ赤に燃えて、勝利を掴めと轟き叫びそうな勢いだ。
すぐにでも手を出してやりたい所だが、そんなことしてもこの先どうにもならないことは分かっている。それでいて、コイツと何日か分からないけど行動を共にする可能性が高い。
あまり関係を悪くすることもないだろう。
ああ、そうだ。俺の精神年齢は、コイツより何歳も上なんだ。ガキのすることなんか、いちいち気にする必要なんかないじゃないか。
そうだよ、何俺までもガキみたいに突っ掛ろうとしてんだ。そんなことしたって意味なんか――
「さっさと行くぞ。いちいち遅ェんだよウダウダしてんじゃねェ」
「…………テメーは俺を怒らせたッ!」
堪えてきていた怒りの臨界点が超えた。
*****
その後ひと悶着した後、残された洞窟の奥へと続く道を、黙々と歩く俺と赤毛。
道は暗くて何も見えないが、なぜか赤毛がカンテラを持っていたので、それで道を照らすことで何事もなく進めている。
何だかこちらをチラチラ見てきているが、いちいち野郎の視線なんか気にする必要なんかないだろう。これがコトネさんなら、喜んで「何見てるんですか?」って笑顔で反応してやろうと思うのに。
本当ならココロでも出して癒されたいところだが、生憎足場が悪く、足の裏が怪我してしまうかもしれないので、俺の勝手な判断からトンネル内では出すことがためらわれている。
抱えて歩くことも出来るだろうが、何時間もいけるほどココロが軽くないのが残念なところだ――って!
おいおいおいおい! ちょっと待って!
ビビなら浮かんでるから、足場関係なくないか……?
「来いよお遊び担当」
ベルト左端に付けていたモンスターボールを展開し、さっと放り投げる。
ポンと開いて淡いライトエフェクトが放たれると、そこから出てきたのは、ガス状の黒い物体。
「……ゴォ?」
目をしょぼしょぼさせつつ、少しだけ物憂げな様子を醸し出しているビビ。
あら、もしかして寝ていたんですか? 俺がこんな大変な目に合っていたというのに?
「手で体かき回されたくないなら、何でもいいから面白いことしろ」
「……ゴォォォォォオオ!?」
ようやくビビが覚醒したようで、俺の言葉に驚いたように声を放つ。
早くも泣きそうになっている彼女は、慌てめいたように顔を左右に動かしながら、必死に何か面白いことを考えている様子である。
この時点でホントは相当面白い。だけど、どんなことをしてくるのかもなかなか気になるところだ。
よって何かするまで放置してみる。
――そして三十秒後。
「ゴ、ゴォォオ?」
すげぇ不気味な笑みをうかべて周囲をくるくる回り出した。
…………面白いというか、怖い。最初コイツに出会った時の感覚を思い出してしまった。
最近じゃビビの性格からくる面白さを体感しまくっていた訳だが、これは思いの他ハズレだったようだ。
だってさ。気付かないようにしてたけど、ゴースってポケモンの顔面偏差値、もう可哀想なレベルだよ。
いくら性格重視と言ったって、ある程度人に見せられるもんじゃないとダメでしょ。
まあ、せっかく無茶振りに付き合ってもらったんですし、一言申し上げないと。
「うん、結構面白かったぜ、ビビ!」
「……ゴォ?」
そぉかなぁ? とまんざらでもなさそうに少しだけ照れるビビ。コイツ、ポケモン界じゃかなり騙されやすい性格ではないかと、将来が不安になるぐらいに信じ込んでいる。
まあ喜んでいるなら、別にとやかく言う必要はないけどさ。あれを人前でやることのないようにしておかなければ……。
そんなことを考えていると、視線がこちらに注がれていることに気付く。
言うまでもなく、俺たちが変なことしている間も一緒に歩いていた赤毛だ。
「何やってんだお前」
「いや、スキンシップだけどおかしかったか?」
「おかしいに決まってんだろうが」
訝しげな目でこちらを見つつ、そんなことを言う赤毛。
まあ俺も、傍から見れば何やってんだコイツってなると思いますけどね。
しかしおかしいということは分かったが、なぜか彼の視線が未だにビビへと注がれていることに疑念を覚えた。
「何見てんだお前。言っとくけどコイツはやらんぞ」
「そういうわけじゃねェ……。ただ、どこで捕まえたのか気になっただけだ」
「マタツボミの塔。お前も登ったんじゃないのか?」
俺がそう言うと、ああ、と何故か嫌そうな表情を浮かべた赤毛。
何かありましたっけと考えてみると、そういえばゲームの中で、坊さんに説教くらわされていたことを思い出した。
まさかあんなことで? と赤毛を見つつ不可思議に思っていると、吐き捨てるように呟き始めた。
「フン……。あの塔を俺が登る時、ガスまみれで目が痛いの喉が痛いので困ったんだ……。坊さんに訊きゃ、バカみたいになんかのポケモン狩りまくる奴がいたせいだとか何とか、色々ほざきやがってたが」
「…………そ、そうか! ソレハタイヘンダッタナ」
ふ、ふう! これはセーフ!
どうやら俺たちの所業は見られていたようだが、個人の判定にまではいかなかったようだな! 危ない危ない!
ビビも目をキョドらせながらも、必死に平常を保とうとしている。ここで俺がボロを見せる訳にはいかないよな。
だけどさ、確かにあれはやりすぎた。正直に言って、気持ち悪いぐらいに紫色の楽園が目の前に形成されてたもん。
あれ降りる時大変だったもんなぁ。
――いや、ちょっと待て。そうなったら一つ疑問が浮かんだぞ。
「お前さ、俺より先にヨシノシティ出たろ? 俺が塔にいった後にそのガス充満が起こったんだけど、お前どこ行ってたんだ?」
「……道の途中で入った洞窟が真っ暗で、出口がどこにあるか分からずに彷徨ってた」
「なるほど、お前らしいな」
どうやら『くらやみの洞穴』に入ってしまい、色々ミスったぽいな。
ていうかコイツ、実はドジッ子なんじゃね? 一体何なんだよ不良でドジッ子とか、女子じゃないと萌え要素一つもねーよ。男だったらただうざいだけじゃねーか!
そしてお前が準備よくカンテラ持ってたのは、多分あの洞窟で迷ったからなんだろうな。
「オイ」
「ああ、なんだ?」
「これ」
赤毛が止まっていたので、俺も考え事をしながらも無意識に止まっていたようだ。
そして奴が指を差す方向には、透き通った水が見渡す限りに溜まっている、大きな湖があった。
――あれ? 道が、ない?
これ、もしかすると詰んだんじゃない?