午後八時。何とかしようとして何も出来なかった俺らは湖の前で現在、共に非常食を食べている。
俺の手持ちは心許なかったものの、これまた準備よく非常食を持っていた赤毛に色々貰ったりしていた。
ゲームじゃ手ぶらな印象の赤毛だが、オレの目の前にいる奴は大きなリュックを背負っている準備の良い奴である。
なぜここまで原作にいる赤毛と、ここにいる赤毛が違うのか。
いや、確かに似ている部分はあるんだ。だけどそれ以上に、なんか違う部分も目立っているというか、そっちの方が目立つというか……。
「……何見てるんだよ。さっさと食え」
いつの間にかじっと見ていたようだ。不機嫌そうにそう悪態づき、顔を逸らす赤毛。
なんだか、男子に慣れてない初々しい女子のような仕草に見えないこともないが、所詮気のせいだろう。
だって男なんだもん。
それとポケモン達への飯は、今は躊躇われている。持っている食料が少ないため、ボールでおとなしくしてもらう必要があった。
ボールにいる時はエネルギー消費を少なく出来る、というのをこの前ポケセンにあったテレビで見た。つまりずっとボールにいれておけば、それなりに長い間飲食させずともよくなるということだ。
ココロをめいっぱい愛でたいところだが、ここは我慢我慢。
ちなみのゴースは空気中の塵を摂取して生きているようなのでご飯は不要。むしろ普通にポケモンフードを食べさせると、体から落ちて意味がない。
「それで、この後どうすんだよ。泳いで遠くに見える向こう岸まで行けってか?」
俺は少し不機嫌そうな意味合いを込めて赤毛に言い放った。
男ならウダウダ言うんじゃないとか言われたけど、俺はかなり失敗とかミスとか気にする性質でな!
……まあ、つまりはネガティブってことなんですけどね。
「……まあ、やることなければそれで行くかァ?」
「馬鹿じゃねーのお前」
何コイツ冗談で言ったこと真に受けてるんだ。
ふざけんなよ! もういっかい言うぞ。ふざけんなよ!
俺は水泳なんか出来ないぞ! 純一時代でも、ビート版ありで二五メートル、途中から板を落として死にもの狂いで泳いだっていうのに……。
チクショウ、目から汗が零れそうだ。
「冗談に決まってンだろ。なに本気で泣きそうになってんだ」
「冗談でも言っていいことと悪いことがあるぞお前……!」
カナヅチじゃなくてテッパンって呼ばれたんだぞクソ野郎!
この悲しみが他の誰かに分かってたまるもんか。居残り補習すらしたっていうのにこの仕打ちだなんて。
「湖を壁ぞいに歩けば、どっかに着くだろ。落盤したことは外でも話になってるかもしれねェし、レンジャー来る可能性もある」
「……そだな」
やけに信憑性のあることを言われて、思わず相槌してしまう。
しかし現在、ウソッキーによってキキョウからエンジュ、コガネに行く道がふさがれている今、こちらを通っていく人も多くなってきているのは間違いない。
ならば落盤があったことを、ポケモンセンターに通報してくれている人もいるだろう。さすればレンジャーとかいった救助隊が来てくれることは、可能性としておおいにある。
何だかんだで考えている赤毛に、俺は少しだけ見直すことにした。
「しかしそんなこともわかんねェのか? 案外頭は駄目なんだな……えっと、名前なんだっけ?」
「……ジュンイチ」
もう怒れる気力もなかった。
俺は精根使い果たしたように、黙々とゆっくり飯を食い始めた。
*****
風呂に入ることは出来ないが、生憎目の前は綺麗な清水が広がっている。
洞窟で冷たい水、と言う点を除けば十分に水浴びが出来るということだ。時期も五月で別段として凍えるような寒さではなく、また洞窟は年中を通して気温は、外の平均気温となってくる。
ジョウトでも南に位置するこの洞窟での水浴びは、別段としておかしいことではなかった。
――というのに、だ。
「な、何でジュンイチと水浴びしなきゃならねーんだ! 一人でやってこいよ」
一緒に水浴びしようと提案すると、こっぴどく振られてしまった。
オイオイ、男なら普通裸の付き合いするだろ?
と言うと、こんなこと言われて断られちゃいました。
「お前はまだガキだろうが!」
……ええ、もう正直カチンと来ましたが?
自分を棚に上げて、なんで俺を子供扱いすんだって思いましたけど何か?
体は子供だけど、頭脳は大人! って叫んでやりたくなりましたけど何か!?
……まあ、何かやらかしてやるにはもう躊躇いなどいらないと実感できるぐらい、せいせいしましたよ。
とりあえず現在は一人で水に入りながら、どんなことをしてやるか企んでいる。
こんな所が子供っぽいんだろうなぁとは思うが、この際無視である。俺はいいとして、自分のことは大人だと思っている赤毛には何かしろの仕打ちをしてやりたい。
こんな羽目――落盤に巻き込まれ洞窟で迷子になったこと――になったのもアイツのせいだ。何かやってもお釣りがくるぐらいだ。
「……いや、待て」
俺はここでピンと来たね。
なぜあそこまで俺との水浴びするのを抵抗したのか。
理由は一つしかないよコレ。
つまるところ、こういうことじゃないのか。
――――俺に見せられないほど息子が小さくて、それが恥ずかしいからではないのか。
ならば、俺がその愚息さんを馬鹿にしてやるのが、今までの報復になるのではないだろうか。
「……俺、やっぱり子供染みてるな」
そんなことを思わず呟いていた俺。
最早当初の目標なんかどこかに飛んでいた。今は赤毛をいかに惨めにさせるかが大事になっている。
とりま話はまとまった。あとは実行に移すだけだ。
俺はすぐさま近くにおいていたタオルで体を拭き、衣服を纏って赤毛の元に戻る。
大きな岩をはさんでいる場所で、赤毛がテントを張っていた。本当に準備のいいやつである。
「いい感じだぞ~水浴び。お前もしてきたらどうだ?」
「……いい。別に」
ぶっきらぼうにそう言い放つ赤毛。
予想するに、コイツ相当な風呂ギライとみた。純一であった時の友達にもいたよ。極力長く水につかりたくない奴が。
赤毛もきっとそういう人物なんだろう。
といっても、身だしなみに気を付けない、というわけではないことは分かっている。
だから、とある魔法の言葉を言ってやればよいのだ。
「でもお前、少し汗臭いぞ」
「っちょ! お前何してんだ!?」
近くによってそう言ったら危うく殴られそうになった。危ない危ない。
確かに不躾だったかもしれないが、これぐらい言わないと行動に移さないだろう。
「……もういい。テントも立てたし寝る」
「あ、おい」
俺の制止も振り切り、機嫌そうな顔をしてテントに潜る赤毛。続いて中にある寝袋がしまる音が聞こえる。
どうやら失敗したようだ――と、思いきや。
ははは! 俺には分かっているよ。
お前は捻くれているからなぁ! 俺にそんなこと言われて、すぐさま行動に移すような人柄じゃないよな。
俺が寝たら、多分水浴びに行く。そんな確信があった。
「…………さて、どうしようか」
とりあえず寝たふりだけするため、歯磨きでもしておこうか。
俺はそう思って、テントの中にある歯磨きセットを取りに動いた。