ポケモンと嫁と地方の果て   作:南方

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第二十話:つながりの洞窟③

 ちょっとしたイタズラ心だった。

 ああ、まさかこんなことになるなんて。

 

「……えっ?」

「……っ!?」

 

 俺が素っ頓狂な声を出すと、すぐさま体を隠す赤毛。

 確かにトレーナーズカードは見た。名前はごくごく普通に男の子のような名前だった。

 ただ、それが“女の子でも通用する名前”だったことなんて、俺の頭ではこれっぽっちも考え着かぬことであった。

 性別? そんなところ見ていない。だって所詮男なんだろう、って考え込んでいたのだから。

 そう、現在この時までは。

 

「えっ? “ユウキ”……だよな?」

「う、うるさい! さっさとあっちに行け! いつまで見てやがるっ!」

 

 目の前の赤毛――ユウキは、若干膨らんだ“胸を押さえて”焦ったように俺に言って来た。

 とりあえず一言だけ言わせてくれ。

 どうしてこうなった……。

 

 

 

*****

 

 

 

 あの後同じテントに入って寝ていた俺たち。

 しかし実際、どちらも寝ていたふりをしていたにすぎなかった。

 俺はすぅすぅと、この前いびきをかかずに寝ていたコトネさんの真似事のようなことをして、ユウキが水浴びに行くのを待ちわびていた。

 そうして本格的に眠たくなってきた三十分が過ぎ、ようやく奴が動いたところから話が始まる。

 ユウキは荷物をごそごそ漁りだし、そうしてテントから出て行った。俺はそれから二・三分ぐらい、忘れ物をして帰ってくることを想定して寝たふりをしていたのだが、何にもなかったためそのまま起きる。

 ずっと目を瞑っていたため、少し寝ぼけたような感覚になっていた俺。漁られていた荷物の辺りを薄目で覗くと――

 純白のショーツが、半分バックからはみ出てあった。

 驚き桃の木山椒の木、この一言に尽きる。新品じゃなくて中古ものだったんだから、ちょーびっくりですわ。

 えっ、アイツもしかして犯罪やっちゃってる? って本格的に疑いましたし。

 そこでもう少し調べてみると、柄のかわいいイチゴパンツやスポブラなど、中学女子ぐらいしかつけないような衣類が出てきて、頭が回っていなかった俺は確信してしまったのだ。

 

 ――――あの野郎、マジで腐ってやがる。

 

 ってね。それでこれまた目的を取り違えたように俺は、ズンズンと水が揺れている部分を探して特攻しに行きましたよ。

 お前、そっけないふりしてやることやってんだな! と。

 思いっきり言ってやるついでに、愚息とやらも拝見してやろうと思いましたよ。

 そしてその結果……。

 

「なんか言い訳でもしとくか?」

「いえ、何もないです。申し訳ございません」

 

 ジャパニーズ土下座というものを、でこぼこの硬い岩の道でやらせてもらっています。

 はい、ご本人様のものでした。つまり赤毛ことユウキさんは じ ょ せ い です。

 ……もう何から突っ込んでいいかわかんねぇよ!

 だってさぁ! ライバルって男の子だったじゃないですかをRSE除いて!

 いや、確かにさぁ。ゲームじゃ赤毛の性別語られてないですよ。それでいて髪も長い。んで目の前にいる奴は少し目つきが悪いが、よく見るとかなり丹精な顔立ちで――

 

「あれ? 否定材料がない……」

「何か言ったか、ジュンイチ」

 

 膝を足裏でグリグリされる。これ拷問的な何かですよね絶対。

 しかし言ってみて気付いたんだが、マジで女の子じゃないっていう否定材料がなかった。

 今思えばぶっきらぼうな受け答えも、ツンデレのように窺える。

 やっべ、これまでの嫌な出来事さえ、別段として何も思わなくなっちまった。

 恐るべし、女の子効果。

 

「ていうかお前、オレのトレーナーズカード見たんだろうが」

「はい、名前と年齢しか見てませんでした」

「……そんなことだろうと思った。態度変わンなかったしな」

 

 歳は十四歳。つまりコトネさんと一緒。

 流石はライバル同士と言ったところだが、今となっては性別も一緒である。

 これ、もしかしてこういうのことなのかな?

 主人公の男女の違いによって、ライバルの性別も反転しちゃう――!?

 

「そんな訳ないか……」

「さっきから何一人でぶつぶつ言ってるんだ?」

 

 訝しげな視線をこちらに向けてくるユウキ。もうどうにでもなれ。

 甘んじて足裏グリグリの刑を受ける俺。最初は痛かったが、現在では麻痺してるようで痛みは少しだ。

 しかしなかなか貴重な経験だとは思う。男だと思っていた女の子に、足で冷たくあしらわれる。

 ある筋の方々には最大のご褒美に違いない。

 生憎、俺がそういった偏った性癖じゃないのが悔やまれる。苦痛で仕方がないんだが。

 

「それにしても、霧が濃くなってきたな」

 

 黙々と足蹴にされるのも何だか嫌なので周りを観察していると、そんなことに気が付いた。

 先ほどより白い霧が辺りを立ち込めている。

 するとはっと気が付いたように、ユウキが小さな声で喋り始めた。

 

「……そういえばオレ、洞窟入る前に山登りのオッサンに言われたな」

「ああ、あのおっさんか。なんて言われたんだ?」

「『白い霧が出たら怪獣が出るから、さっさと逃げろよ! お嬢ちゃんなら丸のみにされちまうかもしれないからな、ガハハ!』って」

「おいおいマジかよ……」

 

 やまおとこさん、あんたこの子が女だってわかってたのかい!?

 ……って、突っ込みどころが違うか。

 ていうかさ、他の人はユウキの性別とか分かっているのだろうか。

 今度コトネさんに訊いてみる必要があるな。ここじゃポケギア、圏外なんで……。

 

「ていうか怪獣なんているのか? イワーク見間違えたとか」

「いや、湖からやってくるって言ってた。大きくて、声が凶悪だとか」

「……まさかギャラドスじゃないだろうな」

 

 適当に歩いてここまで来たからな。奥の方に来て、強い奴と遭遇しました、なんてことあるかもしれない。

 しかしあくまでそういった噂話をユウキにしただけかもしれない。そうそう簡単にそんな凶悪なモンスターみたいなやつに遭遇するなんて、あるはずがないだろう。

 と、思っていた時期が俺にもありました。

 

 ――――ボォオォォォオオオンン――――

 

 壁に反響し、唸り声のように鳴り響く何者かの声。

 思わず背筋が凍えあがった。今まで聞いたことのない、形容しがたい低音が脳裏を離れない。

 それは俺を足蹴にしていた赤毛も同じなのだろう。一瞬にして体を強張らせ、顔に緊張が表れている。

 

「……オイ、逃げるぞジュンイチ」

「あ、ちょっと待っ――うぉおおおおお!?」

 

 あ、足が痺れて動けねぇ!

 正座していたのに加え、グリグリされていたのが効いて血流がわるくなっていたようである。マジで笑えないよコレ!

 足早にテントの方に戻っていったユウキに救いの手を求めようとするものの、痺れが強すぎて声すらあげられない。

 何とかしようと思って痺れを堪え、ようやく立ち上がった次の瞬間。

 

「……あぁ」

 

 思わず声にならない声を出して、見上げるほどだった。

 目の前に二メートルを超える巨大な怪獣が、霧に紛れて悠然と佇んでいたのだ。

 俺の人生終わった。なんでフラグ立てちまったんだろう。

 口を開けてこちらに顔を寄せる首長怪獣を見て、そう思った。

 すぅっと近づいてこちらを覗く、大きな瞳。体は水色で、誰かが言っていた怪獣という言葉が当てはまる姿形をしている。

 

「ポワーン」

 

 そうして放たれる仰々しい鳴き声――

 って……あれ? 何だか可愛いね今さっきと違って。

 

 

 

 


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