当分、お前とは逢わなくてもいい――と、意味深な言葉を残して赤毛が去ってから一週間。
つながりのどうくつの復旧も終わり、ようやく俺たちは足を止めていたポケモンセンターから動くことが出来るようになった。
ゴウリキーやワンリキーがせっせと岩やら土砂やらを動かす中、俺はとりあえず野性のポケモン達と戦わせて経験値をあげさせた。
途中休憩に入った作業員たちと、ポケモン勝負をやったりもした。
まあどっちかがぶっ倒れても、ポケモンセンターがあるので回復は出来る。ポケモン達も勝負では力をセーブしているのか、はたまた別腹ということなのか、仕事に差して障害はなかったようだ。
ある“収穫”もここで出来たので、足止めされたことも行幸と思えるのが幸いか。
そんなわけで、俺たちは朝方出発し、整備された洞窟を通り、夕方になってようやくヒワダタウンにたどり着いた。
「……人が、居ないな」
「ブイ……」
キキョウシティは夜でも歩いている人が居たのだが、ここはなんというか、寂しい。
言い方が悪いか。
のどかで風情があると言ったらいいだろう。
まあ手堅く言えば田舎である。
まあここ、かなり来にくい場所だからなぁ。
左の道は迷いの森。そして右の道は洞窟。街全体を森で囲み、他のルートなんてない――となると、必然とそういう風になるだろうか。
「……えーっと、ヤドンたちと住む癒しの街は、世界的に見ても珍しい――ってことなんだが」
「ブ~イ、ブイ」
「ああ。居ないな」
ふるふると首を振って否定するココロに、俺も賛同する。
タウンマップに乗っている簡略的な街の説明を見ると、さっき言った通りヤドンと暮らす街として有名ということである。
まあ、ものの見事に、ヤドンなんか見えないんだけどさ。
「あー、そういえばあったな、こういうの」
「……?」
独り言のように呟く俺に、無言で首を傾げてココロはこちらを見てくる。
まあなんて可愛らしいことでしょう。とりあえずナデナデしておくことにする。
「確かこの街に、悪党がいるって話を聞いた覚えがあるんだよ。ヤドンの尻尾は高く売れるからなぁ……」
「ブイ」
そっか、と納得したようの声を漏らすココロ。
別段として怒ったり、ということはないようだ。
まあココロちゃん、意外とドライな部分もあるからね。仲間内のことになると、とんでもないことになるけどさ。
「それよりもさっさと目の前のポケセンで宿を取ろう……って、なんだありゃ」
歩き出そうとしたところで、ようやく気付いた。
ココロの方に注意が向いていて見ていなかったが、ポケモンセンター前で口論になっている二人の男がいる。
一人は気が強そうな、The! 頑固おやじみたいな男。
もう一人はマジで頭の悪そうな、全身黒づくめの変装をしている。長いブーツと似合っていない職工帽みたいなのを被っており、付き纏ってくるおっさんを引きはがそうと必死だ。
「お前たちがこの街のヤドンを――!」
「うるさい! 離れろ!」
しびれを切らしたように兄ちゃんがおっちゃんを蹴り、ものの見事に吹き飛ばされる。
「ッチ……しつこいジジイだぜ」
ペッとまるでゲームの世界の奴のように唾を吐き捨て、捨て台詞もテンプレのようなことをほざき、どこかへと歩いていく。
あ、これゲームだっけ?
いやいや、もう俺にとってはリアルと然程変わらない。ていうかリアルだ。
とりあえず、偽善だけでもしておくことにしよう。ココロの前でいい男アピールの開始だ!
「あの、大丈――」
「くぅ……悔しい! あんな奴らにええ顔させて!」
「――夫、そうですね」
ビンビンしていたよ。もう手助け必要なかったなこれ。
さて、ポケセンで宿の手配でも済ませるとしよう。
「おい待ってや! そこの坊主!」
「……大丈夫、ですよね? なら別に俺を呼び止める必要はないと思うんですが」
「いや体はピンピンしてんねん。でもな、それ以上に重大なことがあるんや! 見たところポケモントレーナーやろ? よければ力を貸してくれんか……?」
知ってる。俺、これ知ってる。
ただこれ、俺が解決したらいけない気もする。
どうしよう。もうココロにしか注意が向かない設定でこの場を抜けきるか?
「手を貸してくれたら何でもする! この街のためを思って、手を貸して欲しいんや!」
「……何でも」
ほほぅ、何でもとな?
そりゃあこちらとしてもまたとない好条件ですこと。
ぐふふ、と内心薄ら笑みを浮かべる俺を、曖昧な表情で見てくるココロの視線が痛いぜ!
「いえ、そこまで言うのなら協力しましょう。とりあえず内容としては、この街のヤドンを救いたい、ということでいいですか?」
「……お前、なんでそれを」
「不自然にいないヤドンの姿と、先ほどの口論から考えました。間違ってませんか?」
「いいや、おうてるわ! 坊主、お前なかなか頭が切れるやっちゃな!」
見直した、と言わんばかりにとても驚くおっちゃん。
そして先ほどとは違い、素直に俺を尊敬な眼差しで見てくるココロ。
うはは、どんなもんだい。これが知識量――まあ殆どズルなんだけどね――の違いだ!
「そう! 坊主が言っている通り、儂の望みはあのふざけた奴ら――ロケット団からこの街のヤドンを救うことや! 奴ら、ヤドンの尻尾を切っては漢方薬の材料にしたり、食品に加工して売りさばいて……絶対にしばく!」
「あ、ちょっと待って――は、くれないか」
頭に血が上ったのか、突然猛ダッシュして街の郊外へと突き進んでいくおっちゃん。
いやこれ、追いかけていった方がいいのだろうか。
でも、結構夜に近いしなぁ。
「まあとりあえず、先に宿の予約でもしておくか」
「ブイ」
その方がいいと言わんばかりに首を縦に振るココロに従って、俺はひとまずポケセンの中へと突き進むのであった。
*****
あまりチンタラしていると、おっちゃんがポケモンで手痛い目にあっているかもしれない。
そんな心配があってからか、あんまりのんびりすることなく俺とココロ達はおっちゃんの向かって行ったヒワダタウンの井戸へと向かう。
夜が近く、太陽も沈みかけだ。街灯も少ないこの街では、いつも以上に暗く感じる。
まあ洞窟に比べたら百倍もマシだがな。
「……明るいな」
街の近くはくらかったものの、井戸に近づくと不自然に明るかった。
どうやらロケット団たちがご丁寧に設備を整えてくれているらしい。
まあ真っ暗な洞窟じゃ作業もしにくいか。
「さて、行くか。何でもしてくれるってことは、俺たちの旅費を支給してくれと言っても応じるに違いない」
旅費は半端じゃなかった。ていうか軍資〇円からよくここまで来れたと実感さえ出来るほどだ。
確かにジム戦とかトレーナーたちとの勝負でお金はもらえて来たが、そんなもの、子供のお小遣い程度。
元々の装備がちょっとしかなかったから、備品などをフレンドリィショップなどで買うと、すぐにお金がなくなってしまうのだ。
生憎と、虫よけスプレーとかボールとかまひなおしとか、そんなもんだけ買って旅が出来るほど、リアルは甘くなかったからな……。
ポケセンが無料だったことだけは救いか。
「さて行くぞ。ちょっと高級なポケモンフードを得るための労働だ。これは言ってみれば、アルバイトなんだ。そう割り切ろう」
「ブイ……!」
私、頑張ります! と言わんばかりに、ココロは尻尾を振り、片腕を上げて小さくガッツポーズを取った。
ああ、これが新境地という奴なのだろうか。
目の前の存在が天使に思えて仕方がない。
「よし、とりあえず井戸を降りるから、ちょっとだけ俺の首元においで」
はしごで降りないといけないようで、少し奥が深いように見える。
近くにいたココロの了承を得て、俺はゆっくりと抱え込み、そして首元へと持っていった。
成長途中なのであまり肩幅は大きくないので、しっかりとつかまないと落ちてしまう。
よってぎゅっと俺の肩につかまっているココロの柔らかな体毛が、俺の首元を擽る。
何だかとてもいい匂いがするのは、気のせいだと思いたい。
「――っと」
難なく降りると、そこには開けた大きな空間があった。
降りた地点の右方には、奥へと続く道がある。
「……おお、坊主。よう来よった!」
そしてすぐ近くには腰を抑えてうずくまるおっちゃんが……。
あれ、もしかしてもしかすると、
「動けないんですか?」
「梯子から勢いよく腰から落ちて、強く打ってなぁ……。悪いが坊主、一人で行ってくれや」
「分かりました、戦果を期待しててください。ただその代わり、何でもするって言葉、よく思い出しておいてくださいね」
「お、おう……とりあえず気張ってこい」
よし、人質ならぬ
そんなわけで、俺たちは井戸の奥へと進むことにした。
井戸の道は整備されているので、ココロを出して歩いても別段として問題は無さそうだ。
ふはははは! 待っていろ!
どうもお久しぶりです。
オリジナル書いてたらすっかり期間が空いてしまいました……。
とりあえずハーメルンで書かせてもらってるので、よければ覗いていってもらえれば幸いですw
次話は明日公開します。