【うすほそ】軽部生海とかいう女性声優wwww【低音ハスキーボイス】 作:おフィ
顔合わせ当日。
何度も書類を見て日時を確認した軽部は、会場のある雑居ビルにやってきていた。
ゴクリ、と喉が鳴る。こうして合格発表の後に指定された場所に行くというのは、事務所に合格した時以来。
つまり、約一年振りということになる。その間はバイトと仕送りで何とか食いつないで、口座を見る度に成り上がってやると決意をしていた。
その生活も、そろそろお別れ。アイドルート、いや、アイドルートのみならず、アイドル声優というのは儲かる。
チケット代は基本的に赤字だが、グッズが売れれば黒字転換する。
グッズが売れないとコンテンツの存続に関わると言った方が正しいか。アイドルコンテンツ……特にアイドルートのような大型コンテンツになると、出るグッズの量も売れるグッズの量も桁違いである。
故に、一度のライブで数百万ものギャラが入るということもあるらしい……というのは、事務所の先輩から聞いた話だ。
それに加え、大型コンテンツほどライブの頻度は高くなる。高額のギャラが振り込まれる回数が増えるのだ。
だからアイドルートのファンのみならず、一発逆転を狙う若手声優も多数オーディションを受け、撃沈していく。
(えっと……三階か)
そんな、不祥事などが無ければ勝ち組ルートに入った軽部は、鼓動が高鳴っていくのを感じながら会場入りする。
会議室には、長机が二つほどあった。長机の上には名札が置かれており、誰がどこに座ればいいのか視覚的に分かるようになっていた。
軽部の名札があったのは、左の長机の真ん中。それを見た軽部は内心、焦る。
真ん中というのは、逃げ場が無い。左右を他人に囲まれていて、話し掛けられやすい。
事務所でトークレッスンはしてきたが、未だにコミュニケーション能力に自信が無い軽部にとって、真ん中というのは地獄の席だった、
「……あっ」
この部屋には軽部の他に、四人。当然ながら、全員男性声優だ。
そのうちの一人が、小さく声を出した。軽部がそちらを向くと、目を丸くさせる。
「……13番の、人」
「え、覚えててくれたんですか!?」
「ぇぁっ、はい……」
身を乗り出さんばかりの勢いで声を出した彼に、気圧される。軽部はこの手の人間とはあまり関わってこなかった。
だから若干の苦手意識はある、が……彼だけは別だった。オーディションで緊張している自分に進んで声を掛けてくれた、優しい人。その印象が強いからだ。
「本当に会えましたね!」
「……はい、良かったです」
「軽部さん……って言うんですね、俺は
「ぁ、よろしくお願いします……」
尻すぼみになっていく言葉はまさしくコミュ力が無い人間のそれであった。それでも、吹上愛也という名前はなしっかり頭に刻み込んだ。
柔らかい茶髪に爽やかな笑顔。あの日見たそれと同じものをもつ彼とは、早く仲良くなりたい。
軽部は、そう思うのであった。
「——では皆さん揃ったということで、おはようございます」
「おはようございます!」
それから十分程が経ち、顔合わせが始まった。まずは、このコンテンツのプロデューサーの軽い自己紹介を聞く。
大学は東京の名門私学。当時はアニメに興味は無かったが、友人からアニメ業界の話を聞いて、自分も素晴らしいコンテンツを作りたいと思い、転職したのだとか。
「私の話はこれくらいにして……皆さんも、自己紹介をお願いします。ご自身のお名前とメンバー名、一言なんかもあるといいですね」
一言。
それを聞いた軽部は、内心かなり焦る。言葉を用意してこなかった訳ではない。
だが、無難すぎて誰かと被ったらどうしようと今から不安になっているのだ。
「あ、そうそう。大事なことが一つ」
大事なこと、という言葉に心なしか全員の背筋が伸びる。
「この中に一人、女性キャストの方がいらっしゃいます」
空気が変わるのを身体で感じ取った。これまでは初対面特有の緊張感のような感じだったが、今の発言があってからは、誰がそれに該当するんだと探るような視線が飛び交う。
軽部は思わず下を向きかけて——視線を感じ、左を向く。すると予想通り、吹上がこちらを見ていた。
彼にはオーディションの時、性別を伝えていたはずだと思い出す。だから、探るような視線ではなく確信を持って見ている。
だが、軽部と目が合うと、気まずいのかすぐに逸らされる。
(……まあ、お陰様で言うことが生まれた)
そこは感謝して、他の人の自己紹介を聞く姿勢を取る。まず最初に指名されたのは、向かいの机の右端の男だった。
「……樫原響役の
トップバッターということで、緊張した様子の男性が自己紹介をする。筋トレが趣味というだけあり、細マッチョと形容される体型をしていた。
次に立ち上がったのは。その隣の茶髪の男性。爽やかな吹上とはまた違う、華やかな顔立ちをしていた。
「朝霧晴役の
アイドル経験者、とメモを取る。書き終えると顔を上げて、空賀の顔を観察する。
一本通った鼻筋に、強い目力。そして、どこがとは言えないが人を惹き付けるオーラのようなものを放っている。
(……これが本物のアイドルか、顔良)
これまで女性声優しか追ってなかった軽部は、生で男性アイドルを見るのは初めてだった。発芽こんな綺麗な顔立ちの男となると、基準がバグりそうなものだ。
話を戻して、次に立ち上がったのは——吹上。
「風早奏多役の吹上愛也です! 神奈川出身で、趣味は……バッセンに行くことです! よろしくお願いします!」
神奈川と、バッティングセンター。軽部はその両方に引っ掛かった。
何を隠そう軽部も神奈川県出身で、野球観戦が趣味の女。贔屓球団次第だが、話が合いそうだと思った。
その次、向かいの机の最後の人物——黒髪の男が立ち上がる。
「ぇと、蓮見豪役の
情報量が多い男だった。まず、その声。男性の中でも一際声が低く、王子様ボイス。
この世界には低音の貴公子と呼ばれている声優が居るが、まるでその声優のようだった。
そして、実家が米農家でトラクターを運転できる。これがまたギャップがある。鳳山はかなりの美形であり、農作業とは無縁そうな顔立ち。
それが本当はトラクターを運転できるのだから、そこが意外で人気が出そうなものだと軽部は分析する。
次に立ち上がった男の顔を見た軽部は、どこかで見覚えがあるような気がしていた。
「宜布奨役の
有涼夏輝。その名前を聞いた軽部は、大きく目を見開いた。
その名前には、聞き覚えがある。今から六年前のドラフト会議で指名されたプロ野球選手の名前なのだから。
確か、その男前ぶりで当時話題になっていた。その他にも、入団早々に作られた応援歌があまりにも名曲だったから応援歌界隈ではかなりの人気を誇ることも知っている。
しかし、何故ここに? という考えが浮かんでくる。プロ野球選手が声優になった例は聞いたことがない。
考えている間に向かいの机の五人が自己紹介を終え、こちら側の机に順番が回ってくる。まずは、左端から。
「凪原澄人役の
落ち着いた喋りだった。声も主張し過ぎず耳にスッと入ってくる。
(芸名の由来、気になるな)
ViZという単語は、聞いた覚えがない。
恐らく造語なのだろうが、何らかの頭文字から取っているのだろうか。
それとも、深い意味は無く語感で決めたのか。仲良くなったら聞こう、と思うのであった。
「糸永紡役、千葉県出身の
柔らかい語り口調だった。ViZより声は低く、それがかえって安心感を生んでいる。
そして、またしても茶髪でかなりのイケメン。
(なんだこれ、審査員に茶髪のイケメン好きでも居るのか?)
空賀、吹上、隼瀬が茶髪。更にもう一人、右端に座っている男も茶髪のイケメンであった。
(……てか俺の番じゃん!)
呑気に審査員の好みを考えていた軽部は慌てて立ち上がる。
全員の視線が一斉に集まり、それだけで言葉に詰まりそうであった。
「航野真織役、神奈川出身の軽部生海です。趣味は野球観戦で……性別は、女です。よろしくお願いします」
温かい拍手を浴びながら、軽部は感じ取ってしまった。視線の意味が変わる瞬間を。
さっきまでは、探るような視線。今は、これが唯一の女性キャストか、という視線。
居心地の悪さを感じた軽部は、メモ帳に視線を落とした。
「大阪出身、桜庭大地役の
関西弁男子だ、というのが軽部の最初の感想。かなり分かりやすいイントネーションだがキツい感じはなく、これは人気が出そうだと思った。
最後に立ち上がったのは、前述した茶髪のイケメンであった。
「福岡県出身、若葉歩役の
モデル。
その職業のイメージ通り、 細身であった。流石に自分ほど不健康な見た目はしていないが、それでもすぐに折れてしまいそうな儚さがあった。
「はい、ありがとうございます。では次に、このプロジェクトの誕生経緯などについてお話させていただきます」
プロデューサーの話をキャストは真剣に聞く。この人は、自分たちに何を求めているのか。それを知る絶好の機会だからだ。
「……という感じです。では、この後は軽く雑談をしていただきます」
雑談、という単語に軽部の身体が固まる。
それはそうだ。コミュニケーションが低い人間にとって一番難しいのは、フリートーク。
しかもそれを初対面の人間ばかりの場所でやれと言われたのだから。
「では、頃合いを見て戻りますので」
そう言ってプロデューサーは退出した。様子を窺い合う中で、一人の男が動いた。
「……軽部さん」
「ぇ、はい」
吹上だった。まさか自分に声が掛かると思わなかった軽部は、盛大に声が裏返る。
「神奈川出身って言ってました、よね?」
「あ、はい。座間出身です」
「座間ですか! 俺は茅ヶ崎出身です!」
ああ、似合う。
軽部は素直にそう思った。この爽やかイケメンが茅ヶ崎のビーチで泳いでる姿が想像できる。
「あの、お二人ってお知り合いですか? さっきも少し話してましたけど……」
ViZ、と名乗った男が尋ねる。
「最終オーデで隣の席だったんですよ! まあ、同じグループではなかったんですけど」
「へえ……二人とも受かって良かったですね」
「本当にそうなんですよ〜!」
いつの間にか、吹上とViZで会話している。
見るからに陽キャの男と、落ち着いた大人の男の組み合わせだからそりゃあ会話は難なくできるだろう。
陰キャの軽部からしたら、羨ましいことこの上ない。
「あの……軽部さん、吹上さん」
「はい!」
「は、はい」
またしても自分の名前が呼ばれた。なんで今日はこんなに話し掛けられるんだ、と思いながらも返事を返す。
話し掛けてきたのは、空賀だった。
「実は俺も神奈川なんです」
「え、マジですか!? どこっすか!?」
「横浜です」
「おお、シティボーイ……」
横浜と言っても、瀬谷とかだったら別にそんなシティボーイじゃないぞ。そう突っ込みたかったがあまりにも瀬谷の人に失礼だし、何より初対面でそれを言ってはいけない。
こういうのは仲良くなってから、お前って地元
瀬谷なのに横浜市民名乗るのなんなんだよ! 的なノリで言うのが正しいのだ。
「全員ちょっとずつ遠いんですね」
「ですねー! てか神奈川でライブあったじゃないですか、あの時もしかしたらすれ違ってたりしたかも!?」
「うわ、ありそうですね」
今度は吹上とも空賀が自然に会話をしている。イケメン二人が距離を詰め合っている姿は、需要がありそうだなと謎の分析をする。
周りを見ると、ポツポツと会話が生まれ始めていた。誰も孤立していないようだった。
(……強いて言うなら、俺が孤立しているように見えるかもな)
どうにも会話が長続きしない軽部は、自虐的な笑みを浮かべるのであった。
「この後ファミレスとかで食事会しません!?」
帰り際、吹上が突然言い出した。
(いや初対面で飯!? 陽キャつよ!)
別に食事会が嫌いな訳ではない。ただ、初対面の人間といくとなると非常に疲れるのは明白。
軽部は、決めた。
誰かが断ったらそれに便乗して断ろう、と。
「全部届きましたかね? それじゃあ、乾杯!」
誰も、断らなかった。
そりゃそうだ。全員新人声優、用事がある方がおかしいのだ。
かくして無事、陽キャ主催の食事会に放り込まれた軽部は、借りてきた猫のように縮こまっていた。
「軽部さん、それだけで足りますか?」
「ぇあっ、少食なんで……」
「あっ、そうなんですね。すみません」
「あ、ぃえ……」
見れば、千崎の前には大量の皿が並んでいた。
雑談で聞こえてきたが、確か高校球児と言っていた。引退してしばらく経つだろうに、まだこんな食欲があるのか。
「プロデューサーさん、良い人そうで安心しませんでした!?」
「分かります、もっとこう、イカつい人を想像してたので……」
和気あいあいとした空気の中、食事会は続いていく。そんな中で軽部は、つい余計なことを考えてしまっていた。
顔合わせで改めて理解した、これは男性アイドルコンテンツなのだと。そしてそれは——アイドルート史上初の出来事である。
——可能性を生んだだけでアウトなんだよ。
かつて、同じような女性アイドルコンテンツに男性アイドルが生まれた時のファンの言葉。
これは、男女のカップリングが生まれることを危惧した発言である。そしてこれは、今のアイドルートにも当てはまる。
既存キャラとの絡み、そこから生まれるファンメイドのカップリング作品。それに対するファンの反応——。
それらを想像して、軽部は苦しくなる。そんなのもう、荒れるのが目に見えている。
このコンテンツの存在は、自分たち以外誰にも知られていない。
だが、いつか発表された日には——。
(……同じことを、言われるんだろうな)