【うすほそ】軽部生海とかいう女性声優wwww【低音ハスキーボイス】 作:おフィ
迎えた二度目のダンスレッスン当日。
軽部は前回より早くスタジオ入りしていた。
「……ん? おはようございます」
「おっ、はようございます」
まさか人が居るとは思わなかった軽部は、言葉の頭が裏返りかける。軽部より先にスタジオ入りしていたのは——有涼だった。
挨拶と共に軽く会釈もして、荷物を置いて整理しながらチラッと有涼の方を見る。彼はスマホで何かの映像を見ているようだった。
(……こうして見ると、話題になったのも納得の男前だな)
涼し気な切れ長のつり目に、スッと一本通った鼻筋。それでいて、プロ野球選手らしく体格までがっしりしているのだからズルい。
たまにSNSで画像が流れてきた時は“プロ野球選手の割には細いな〜”くらいに思っていたが、生で見るとそんなこと口が裂けても言えない。
明らかに、一般人とは違う体型なのだ。
「よしっ」
そう小さく呟いて、有涼は踊り始めた。そこで軽部は確信する。有涼は、自分と同じ目的で早くスタジオ入りしたのだと。
自分だってまだ、課題曲を完璧に踊れているとは言えない。踊りながら不安になってしまうこともあるし、ターンの再現性やBメロのステップも甘くなる時がある。
だから、少しでも今日の感覚を知るために早くスタジオ入りしたのだ。
「……っと」
有涼が踊っていたのは、数分にも満たない短い間だった。最後のターンをバッチリ決め、前髪をかき上げる動作が様になっていた。
軽部は有涼のダンスを観て、相当練習してたのだと感じ取った。Bメロの入りは若干怪しかったが、他の部分は特に問題が無いように見えた。
特に、元プロ野球選手で体幹が鍛えられているからか、ターンは凄まじく綺麗に決まっていた。
(……俺も)
ぼーっとしていられない。軽部は立ち上がると課題曲を流して踊り始めた。
その様子を見た有涼は、少し目を瞬かせていたような気がした。
その反応が気になりはしたが、それでも軽部は通して踊り切る。今日は、ターンが少し甘くなる日だったようだ。
「軽部さん」
「は、はいっ」
まさかの、有涼から声を掛けられた。確かに、互いに無言で自主練習をするのは気まずいと思ってはいた。
だが、いざ元プロ野球選手から声を掛けられるとなると、野球ファンの血が騒いでしまう。
「……上手いですね」
「え゛っ! い、いやいや全然ですよ!ターンも甘いですし……」
「けど、リズムは完璧でした。俺はどうしてもBメロ入りのステップが上手くいかなくて……」
「あ、あぁ……あそこ難しいですよね」
俺も苦戦しました、と伝えると有涼はまた目を瞬かせた。
「苦戦、してたんですか。あれで」
「はい。けど、多分MASAKIさんの狙いだなと思ってて」
「狙い?」
有涼の問いに、軽部は頷く。
「ダンスは未経験なので自信は無いんですが……大胆にリズムが変わった方が、かえってやりやすいと思うんですよ。けど、微妙にリズムを変えるという地味だけどやりにくい方を敢えて選んだんじゃないかな……って」
「なるほど……確かに、一気にリズムが変わってくれた方が楽かもしれないですね」
「はい。そう仮説を立ててからは、逆にやってやるぞって気になりました」
軽部の発言に、有涼は少しぽかんとしていた。
何か変なことを言ってしまっただろうかと軽部が内心不安になっていると。
「……意外と熱いんですね」
「えっ、いや、その、熱いというか……い、一応プロなので……はい」
「プロ、か」
有涼は小さく呟いた。その反応を見て、軽部は昨日見た記事を思い出す。
彼が高卒五年目にして戦力外通告を受けたのは、取捨選択が出来ないからであった。
OBやコーチに言われたことを切り捨てられず何でも取り入れてしまい、自分らしいフォームやプレーを思い出すことができなくなった。
それを知っている、というより調べてしまったからこそ、自分の発言は良くなかったのではないかと思い始める。
だが、有涼が次に見せた反応は、予想とは違うものであった。
「そうですよね。プロなんだから、それくらいの気持ちでやらないと」
有涼の表情が、少しだけ晴れたような気がした。ほぼ初対面の相手なので確信は出来なかったが、声色が明らかに違っていた。
「……なんか、以前の俺を見てるみたいでした」
「え?」
「SNSとかでエゴサしちゃった時、プレーをボロクソに言われてるのを見て“見返してやる”って思っていた頃の話です」
「…………そう、なんですね」
やっぱりプロ野球選手もエゴサとかするんだ、と軽部は思った。それと同時に、やはり本人が見える場所では発言に気を付けた方がいいな、とも思った。
「……五年目は、もうそんな気持ちも無かったので。去年はもう、自分らしさを取り戻すのに必死でもがいてただけでした」
それも、知っている。何故ならファームの年度別成績も調べてしまったから。一年目は少し良くて、二年目をピークに徐々に下降していった。
五年目はファームですら1割台後半と、かなり苦しんでいたのが丸分かりだった。
「すみません、こんな話して」
「い、いえ……有涼さんのこと、知れて嬉しいですよ。元プロ野球選手の話なんて聞ける機会滅多に無いですし」
言ってから、後悔した。自分は第一印象などで偏見フィルターを通して見てしまうことがある。
それと同時に、肩書きでも人を判断してしまうことだってある。偉い人なら少し怖いし、有涼のような元プロ野球選手だと尊敬と、ファン目線が真っ先に出てくる。
だが、今は同じグループで活動する仲間。過去の経歴を持ち出されるのは、嫌なのではないのだろうか。
「す、すみません……」
「なんで謝るんですか?」
「いやっ、その……肩書き出されるの、嫌かなと思って……」
「ああ。確かに良い気分ではありませんね」
ハッキリと言い切った有涼に、軽部は追加で頭を下げようと思った。
だが、有涼は続けた。
「けど、今のは平気です」
「……え? な、なんでですか?」
「軽部さんが、同じ熱さを持っているからです」
その言葉の真意が、読めなかった。
そんな軽部を察してか、有涼は言葉を紡ぐ。
「……俺、コネ入社なんです」
「え」
「知り合いがこの業界に居て、それで養成所とか色々すっ飛ばして入ったんです」
軽部は経歴を思い返しながら、確かにそうじゃないとおかしいと思った。有涼は今年24歳になる年で、戦力外になったのは23歳。
養成所は最低でも一年間だから、普通ならあるその一年間が彼には存在しないことになる。
「……色々、言われたりもしました。好奇の目で見てくる人も、結構」
それは、軽部にも刺さった。元プロ野球選手ということが分かって、同じグループに居ることがちょっと嬉しいと思ったから。
「けど、軽部さんは違いますよね」
「え……い、いや。俺、有涼さんと同じグループで嬉しいなとか思っちゃってて……」
「はは、それくらいなら全然平気ですよ。好奇の目ってもっとこう、俺のことを利用したいとか、そんな感じなんで」
元プロ野球選手の声優。それは途轍もない話題性に溢れている。それを利用しようと近付いてきた人間や、逆に話題性だけト切り捨てる人間。
そのどちらにも、会ってきたのだろう。有涼の声からその苦労が察せられた。
「俺も、何でここに居るんだろうと思いました。きっと向いてないし、アニメのことだって詳しくない。もっと他の仕事があったんじゃないかなって何度も思いました」
有涼は息を吸って続ける。
「けど、腐ってもプロでやってきた人間だったんですよ。色々言われて悔しくなる度に、声優として見返そうって気になるんです」
「……凄いですね」
「いやいや、全然ですよ。それで、顔合わせの時に軽部さんが野球観戦が趣味っていうの聞いて、ちょっと警戒してました」
そりゃあそうだ。有涼のような経歴の人間と、軽部のような野球ファンは相性が悪い。
そう考えるのが、普通であろう。だが有涼は“けど”と続ける。
「軽部さんは別に、俺に近付きたい! みたいなガツガツした感じも無かったですし、むしろ俺が元プロ野球選手ってこと言わないでもくれた」
「それは……言わない方が、いいかなって」
「その判断が嬉しかったんですよ。で、今日早く来て練習しようとしたら同じこと考えてるし」
その言葉には、二人とも微かに笑った。
「……そして、熱い心を持っている人なんだってことも知れた」
だから、と言葉を続ける。
「軽部さんに元プロ野球選手のことを出されるの、嫌じゃないです」
それは、初めて見る笑顔だった。憑き物が取れたという表現が正しいのかは知らないが、ここまでの有涼はどこか張り詰めているような雰囲気があった。
それが少し、ほんの少しだけ柔らかくなっているような気がした。
「……そういうこと言われると調子乗りますよ」
「へへ、いいですよ」
「野球界の話とか、ガンガン聞いちゃうかも」
「むしろあの頃の愚痴とか話したいです」
有涼は笑顔でカラッと言い切った。
そして、笑ったまま声だけが少し真剣なものに変わる。
「だから、俺と……対等に、仲間として切磋琢磨してください」
「……はい。俺なんかでよければ」
「なんか、じゃないですよ。軽部さんってもしかして自己評価低めですか?」
「うぐっ……た、多分……」
二人は笑い合った。元プロ野球選手と、一野球ファンの女性。この組み合わせだって好奇な目で見られるだろう。
だが、それでも。今日この日に二人は、対等であることを誓い合った。