ACE COMBAT8 ― OUTLIER ―   作:こーま

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ターシャちゃんが空母サーの姫過ぎない?
歳のせいかターシャちゃんに後方保護者面してしまう
教授がいい空気吸いすぎなんだよね、もう許せるぞオイ!




灰色の空

「レイ……起きろ……」

 

声がする。

 

遠い。

 

水の底から聞こえてくるような声だった。

 

「レイ……起きろ……!」

 

今度は、身体を揺さぶられた。

 

意識が引き上げられる。

 

暗い水底から、無理やり海面へ引きずり出されるように。

 

「……ジェン……キンズ……?」

 

自分の声が、自分のものではないように聞こえた。

 

喉が焼けている。

 

唇はひび割れ、口の中には海水の味が残っていた。

 

レイはゆっくりと目を開いた。

 

視界いっぱいに、灰色の空が広がっている。

 

海面から引き上げられたばかりの身体から、まだ水が滴っていた。

 

制服は重い。

 

身体も重い。

 

なのに、喉だけが異様なほど乾いていた。

 

「……なに……が……あった……?」

 

「おめえ……」

 

ジェンキンズの声が返ってくる。

 

「死にかけてんじゃねえぞ……」

 

ジェンキンズ自身も、救命ボートの底に横たわっていた。

 

髪から海水が滴り、顔には疲労が刻まれている。

 

それでも、その目だけは死んでいなかった。

 

「ここで倒れたら……終わりだ……」

 

「……ヘリ……」

 

レイの脳裏に、何かが閃いた。

 

「ヘリ……が……」

 

「ああ」

 

ジェンキンズが息を整える。

 

「来たぞ」

 

「そしたら……敵機が来て……撃たれた……」

 

レイは目を閉じた。

 

記憶が繋がっていく。

 

ロープ。

 

ハーネス。

 

海。

 

そして――

 

「あのレスキュー隊員は……?」

 

「……分からん」

 

ジェンキンズは短く答えた。

 

「お前を海から引き離して、ボートに運ぶので精一杯だった」

 

その言葉を聞いた瞬間、記憶が一気に戻ってきた。

 

ロープに繋がれたまま海へ落ちる自分。

 

波に揉まれ、何も見えない。

 

その身体を追って海へ飛び込んできたジェンキンズ。

 

ハーネスの拘束を外そうとする手。

 

「……すまん……ジェンキンズ……」

 

「何を謝ってんだ」

 

ジェンキンズは苦笑した。

 

「生きてりゃ、それでいいんだ」

 

彼は海水で濡らした布をレイの額に乗せる。

 

少しでも熱を逃がそうとしているのだ。

 

「真水は……これが最後だ」

 

救命ボートの隅。

 

そこには、水筒が一本だけ残っていた。

 

レイはそれを見つめた。

 

水筒の向こうに、逃げ場のない海が広がっている。

 

目を閉じる。

 

まぶたの裏側まで、太陽の光が焼き付いていた。

 

「……ちくしょう……」

 

ジェンキンズが空を睨む。

 

「晴れてやがる……」

 

「雨でも降れば……ましなのにな……」

 

その言葉で、レイの脳裏に別の光景が蘇った。

 

墜落から、それほど時間は経っていなかった。

 

遠くから聞こえてきたローター音。

 

あの時のレイには、それが救いの音に聞こえた。

 

FCU空軍の救助ヘリ。

 

「救助だ!」

 

レイは叫んだ。

 

「ジェンキンズ! 助かったぞ!」

 

ヘリが頭上でホバリングする。

 

ロープが降りてくる。

 

レスキュー隊員が海面まで降下し、レイへハーネスを取り付けた。

 

身体が持ち上がる。

 

助かった。

 

そう思った。

 

ジェンキンズにも、次に救助すると指示が出ていた。

 

その瞬間だった。

 

「敵機!」

 

ヘリの中から叫び声が響いた。

 

レイが振り返る。

 

空。

 

そこから、一機の戦闘機が急降下してくる。

 

ソトア軍。

 

ミサイルが放たれた。

 

「避けろ!」

 

ヘリが機体を振る。

 

遅かった。

 

閃光。

 

爆風。

 

ロープに繋がれた身体が、空中へ投げ出される。

 

次の瞬間、海面が迫った。

 

叩きつけられる。

 

意識が遠ざかる。

 

最後に見えたのは、炎を纏いながら海へ落ちていく救助ヘリ。

 

そして――

 

海へ飛び込んでくるジェンキンズ。

 

まただ。

 

また、目の前で救いが消えた。

 

⸻

 

「……生きている……な」

 

ジェンキンズの声がする。

 

「まあいい……生きてりゃ、何とかなる」

 

レイは答えられなかった。

 

ただ、空を見た。

 

灰色だった。

 

海も灰色だった。

 

世界から色というものが抜け落ちたようだった。

 

「あの時……」

 

ようやく声を絞り出す。

 

「もし俺が、もう少し早かったら……」

 

「ヘリの中まで行けてたかもしれないのに……」

 

ジェンキンズは何も言わない。

 

しばらくして、口を開いた。

 

「……お前のせいじゃない」

 

「どのみち、あれは避けられなかった」

 

「お前がロープを掴んでいようが、俺が掴んでいようが、結果は同じだった」

 

レイは反論しようとした。

 

「でも――」

 

「もういい」

 

ジェンキンズが遮った。

 

「考えるだけ無駄だ」

 

水筒に手を伸ばす。

 

キャップを開ける。

 

ほんの少しだけ、水をレイの唇へ流し込む。

 

一滴。

 

たった一滴だった。

 

それだけで、身体が水を求めていることを思い知らされる。

 

「……これで少しはマシになるだろ」

 

「……ありがとう」

 

「馬鹿を言え」

 

ジェンキンズは肩を叩いた。

 

「お前が死んだら、俺も一人だ」

 

少し間を置いて、

 

「そうはさせん」

 

と言った。

 

その時だった。

 

遠くに、黒い点が見えた。

 

「……何だ、あれは……」

 

二人は同時に空を見る。

 

「……ヘリ……かもしれない」

 

「敵か味方か……」

 

レイの心臓が跳ねた。

 

救助。

 

その言葉が、もう単純な希望には聞こえない。

 

開戦以来、彼らはソトア軍の行動を何度も見てきた。

 

救助ヘリを撃ち落とすことさえ、ためらわない。

 

レイがソトアについて知っていることは多くない。

 

遊牧民族の集団が国家となったような国。

 

周辺国家との衝突が絶えず、捕虜や民間人の扱いも悪い。

 

そんなふうに聞いていた。

 

だが、今となっては、それだけでは説明がつかない。

 

目の前で、救助ヘリを撃ち落とした。

 

もし、あの黒点がソトア軍なら。

 

ここで待つことは、ただ死を待つことと変わらない。

 

「……味方であることを祈るしかないか」

 

「ああ」

 

ジェンキンズが答える。

 

「だが、覚悟はしとけ」

 

それ以上は言わなかった。

 

二人の間に、言葉は必要なかった。

 

やがてローター音が近づいてくる。

 

低い。

 

戦闘ヘリの音ではない。

 

もっと軽い。

 

ジェンキンズが水筒を隠す。

 

銃はない。

 

残っているのは、互いの覚悟だけだった。

 

そして――

 

ヘリが現れた。

 

赤と白。

 

灰色の空には、あまりにも鮮やかな色だった。

 

「……何だ、あれ……」

 

レイは目を凝らす。

 

本来なら火災と戦うための機体。

 

それが、戦場の海上に浮かんでいる。

 

側面にはFCU海軍の紋章。

 

「……味方だ」

 

だが、レイの声に安堵はなかった。

 

「……はは」

 

ジェンキンズが乾いた笑いを漏らす。

 

「あいつら……何しに来たんだ」

 

「消防か?」

 

ヘリがホバリングする。

 

ウインチが降りてくる。

 

救難員が海面まで降下した。

 

二人は次々に機内へ収容される。

 

レイは救難員を見た。

 

軍服ではない。

 

消防士の制服だった。

 

「……よく頑張りました!」

 

ローター音に負けない声が飛んでくる。

 

水。

 

医療キット。

 

静脈路。

 

点滴。

 

すべてが、あまりにも手際よく進んでいく。

 

「空母で医療班が待ってます!」

 

レイは救難員の顔を見た。

 

本当に助かったのか。

 

今度こそ。

 

「なぜ……消防隊のヘリが……?」

 

「FCU海軍に徴用されてる!」

 

救難員は答えた。

 

「普段は消防、今は救難任務だ!」

 

ジェンキンズが呟く。

 

「……消防士まで戦場に駆り出されているのか」

 

「戦争だからな」

 

それだけだった。

 

ヘリは海面を離れ、空母へ向かった。

 

レイは窓の外を見る。

 

灰色の海。

 

灰色の空。

 

そして、その間に――

 

もう黒い点はなかった。

 

⸻

 

アデア海峡、2029年12月31日 14:26。

 

消防ヘリは空母エンデュランスへ到着した。

 

キャビンのドアが開く。

 

ダウンウォッシュが甲板を叩く。

 

その向こうに、副長――XOが立っていた。

 

「よく帰ってきた」

 

壮年の女性だった。

 

凛とした声が甲板に響く。

 

「二人とも、本艦へようこそ」

 

「まずは医療班の診察を受けろ。それから私に報告を」

 

担架が運ばれる。

 

レイが乗せられる。

 

その一方で、ジェンキンズは自力で立ち上がろうとした。

 

足元はまだふらついている。

 

「診察は後だ」

 

「俺は空軍の整備士官だ」

 

「海軍は――」

 

「ここは現実だ、ジェンキンズ少佐」

 

副長が遮った。

 

「あなた方が腕を振るえる航空基地はもうない」

 

「FCUの機体が発着できるのは、ここだけだ」

 

ジェンキンズは黙った。

 

やがて、甲板の向こうを見る。

 

海軍機。

 

ハンガー。

 

整備員。

 

「……海軍機の整備か」

 

そして、

 

「わかった」

 

と言った。

 

「ハンガーはどこだ?」

 

副長の眉がわずかに上がった。

 

「先に診察だ」

 

「その後、案内する」

 

ジェンキンズは頷いた。

 

レイは担架の上から、その背中を見送った。

 

⸻

 

「副長、待ってください」

 

医療区画へ向かう途中、女性軍医が足を止めた。

 

ヒスパニック系。

 

四十歳手前。

 

ロペス医師だった。

 

「彼をすぐに任務に就かせるのは無茶です」

 

「海水を浴び、長時間漂流している」

 

「それに、至近距離での爆発と海面への落下。脳への影響も考慮する必要があります」

 

副長は答えた。

 

「人手が必要なの、ロペス医師」

 

「避難民を乗せた船が、今まさに海峡を通過しようとしている」

 

「我々は、その上空を守らなければならない」

 

「だからといって、パイロットの命を危険に晒すわけにはいきません!」

 

ロペス医師が言い返す。

 

「彼が空中で意識を失ったら? それこそ避難民どころではありません」

 

「だからこそ、彼が必要なんです」

 

副長の声が鋭くなる。

 

「我々には、彼の経験と技術が必要なんです」

 

沈黙。

 

やがて、副長が息を吐いた。

 

「……わかった」

 

「折衷案を出します」

 

「レイ大尉をパイロットではなく、ナビゲーター兼火器管制として二番席に座らせる」

 

ロペス医師が眉を寄せる。

 

「……操縦はしない?」

 

「ああ」

 

「これが、今できる最大の妥協です」

 

長い沈黙。

 

やがてロペス医師が頷いた。

 

「……わかりました」

 

「ですが、任務が終わったら、すぐに検査を受けさせます」

 

「これ以上の交渉はありません」

 

「了解しました」

 

副長はレイを見る。

 

「レイ大尉。あなたの意見は?」

 

頭はまだ混乱していた。

 

身体も重い。

 

それでも、答えは決まっていた。

 

「……了解しました」

 

「任務を遂行します」

 

副長の顔に、わずかに安堵が浮かぶ。

 

「……よろしく頼みます」

 

そして、

 

「コープを呼べ」

 

と命じた。

 

「今すぐ出撃準備をさせろ」

 

⸻

 

ロペス医師の指示のもと、レイは最低限の応急処置と水分補給を受けた。

 

それだけだった。

 

タブレットに表示されたスーパーホーネットの情報を、必死に頭へ叩き込む。

 

航法。

 

火器管制。

 

レーダー。

 

二番席の操作。

 

一度も触れたことのないコンソール。

 

知らない計器。

 

知らない機体。

 

知らない空母。

 

それでも覚えなければならない。

 

頭の奥が鈍く痛んだ。

 

「……レイ」

 

懐かしい声。

 

顔を上げる。

 

ジェンキンズだった。

 

海軍のグレーの作業服。

 

胸には少佐の階級章。

 

手には油汚れ。

 

明らかに、この場所に慣れていない。

 

それでも――

 

その背後では、すでに整備員たちが動き始めていた。

 

整備員たちは、誰もが自然と彼の指示に従っていた。

 

その姿には、長年現場を渡り歩いてきた士官としての風格があった。

 

「無理するなよ」

 

ジェンキンズが言う。

 

「お前は整備屋じゃないんだ」

 

「わかってる」

 

レイは画面から目を離さない。

 

「だが、これもやるしかない」

 

ジェンキンズはレイの肩に手を置いた。

 

その手の重みに、レイは少しだけ落ち着きを取り戻した。

 

その時だった。

 

甲板から足音が近づいてくる。

 

軍人とは違う。

 

整備員とも違う。

 

いかにも高価そうなスーツ。

 

中肉中背の中年男。

 

メガネ。

 

この空母では、明らかに場違いだった。

 

「お、パイロットさん!」

 

男が声をかける。

 

「元気そうで何よりだ!」

 

レイが顔を上げる。

 

知らない男だった。

 

飄々としている。

 

軽い。

 

そして、どこか胡散臭い。

 

「君たちが最後の避難民収容組だった」

 

男は言った。

 

「運が良かった」

 

「これから君が一緒に乗るコープ中佐は、あの伝説の『シーブの翼』だ」

 

「この戦争が始まって以来、最初のダブルエース!」

 

「だから大丈夫だよ!」

 

レイの肩を叩く。

 

「……あなたは?」

 

「あ、僕?」

 

男は笑う。

 

「D.D.」

 

「エンソー・オーダーから来てる。いわば出向広報担当だよ」

 

スマートフォンを取り出す。

 

画面を眺めながら続けた。

 

「この空域には、ソトアの暴虐を訴える声も」

 

「友軍との合流を求める声も」

 

「最期の別れを告げる声も溢れている」

 

「それを拾って、再編集して、一つの物語にまとめる」

 

「それが僕の仕事さ」

 

笑っている。

 

だが、目は笑っていない。

 

「さて」

 

D.D.が画面を見せる。

 

そこには、高速で接近する目標が表示されていた。

 

「そんな話をしている間にも、高速飛行物体がこちらへ向かってきている」

 

「友軍識別信号なし」

 

「……敵機か?」

 

「そうとは限らない」

 

D.D.は肩をすくめた。

 

「無人ドローンかもしれない」

 

「友軍機かもしれない」

 

「まあ、我が社がもっと発注を受けていれば、君たちが行かなくても済んだんだけどね」

 

軽く笑う。

 

「ない以上は、行くしかない」

 

そして、

 

「これも『シーブの翼』の伝説を飾るための演出ってことで」

 

レイは男を見た。

 

何を考えているのか分からない。

 

「コープ中佐はもう待ってる」

 

D.D.が歩き出す。

 

「さあ、伝説の舞台へ行こうか」

 

⸻

 

レイがスーパーホーネットへ近づく。

 

整備員たちが最後のチェックを終えていた。

 

鋼の獣。

 

機体は静かに息を潜めている。

 

キャノピーが開く。

 

中から、一人のパイロットが顔を上げた。

 

レイは息を呑んだ。

 

背は、そこまで高くない。

 

だが――

 

存在感が違う。

 

艶やかな黒髪。

 

きっちりと整えられたオールバック。

 

真っ黒なティアドロップ型サングラス。

 

その男だけが、この場所で時間の流れから切り離されているように見えた。

 

「レイ大尉か」

 

低い声。

 

「時間通りだ」

 

コープ中佐。

 

その声には、静かな緊張感があった。

 

「よし」

 

右手を胸元に当てる。

 

「行こうか」

 

レイは頷いた。

 

機体へ上がる。

 

重い身体をシートへ収める。

 

緑色の作業着を着た甲板員が顔を覗かせる。

 

最終チェック。

 

ジェスチャー。

 

そして、キャノピーが閉じた。

 

後席に収まったレイの耳へ、ヘルメット越しにコープの声が届く。

 

「聞こえるか?」

 

「……はい」

 

「聞こえます」

 

自分の声が震えている。

 

『エアボス、こちらジョーカー1。音声聞こえるか?』

 

『明瞭だ』

 

管制から冷たい声が返る。

 

空母のエアボス。

 

飛行甲板と周辺空域における航空機の運用を統括する。

 

そんな初歩的なことさえ、つい先ほどまで知らなかった。

 

レイは途方に暮れそうになる。

 

それでも、目の前の計器を見る。

 

『航法システム、レーダー良好。燃料フル。総重量23300。パイロット、コープ』

 

コープがチェックを進める。

 

本来なら後席でレイが担当するはずの項目まで、一人で確認している。

 

申し訳なさが胸を締め付けた。

 

『ジョーカー1、発艦を許可する』

 

カタパルトが作動する。

 

レイはバイザーを下ろした。

 

世界が暗くなる。

 

次の瞬間――

 

身体がシートへ押しつけられた。

 

世界が白く染まる。

 

そして、空母が消えた。

 

⸻

 

「どんな情報を入れられた?」

 

コープの声。

 

「あのD.D.に」

 

「残念ながらダブルエースどころか、エースでもなくてね」

 

レイは答えに迷った。

 

「年季を積んだパイロットってだけさ」

 

「撃墜王シーブの翼なんてのは、情報が駆け巡る狭間で作り出された幻に過ぎない」

 

「デマ、ガセ、噂話」

 

「そういうもんだ」

 

「この全貌の見えない戦争の、かなりの部分はそういうもんでできている」

 

「撃墜王シーブの翼もそうだ」

 

「ネクタイの男、D.D.こそ、そんな情報とやらの元締めの一人なのさ」

 

レイは黙って聞いていた。

 

「どうも我々とは違う民族だな」

 

コープが皮肉っぽく言う。

 

そして、少しだけ笑った。

 

「撃墜数は0だが、発着艦ぐらいは任せてくれ」

 

レイはようやく気づいた。

 

コープは、自分を安心させようとしている。

 

⸻

 

コープは高度を下げた。

 

海面すれすれ。

 

アデア海峡の荒れた波が眼下を流れていく。

 

「俺たちはちっぽけだ」

 

声は静かだった。

 

「広大な海は、俺たちに孤独とは何かを教えてくれる」

 

レイは黙って聞いていた。

 

海上飛行そのものは初めてではない。

 

だが、ここまで低い高度は別だった。

 

波が砕ける。

 

白いしぶきが舞う。

 

その一部が機体の腹へ届きそうになる。

 

まるで巨大な生き物の背中を滑っているようだった。

 

「そういうの、あんたにもわかるか?」

 

「……はい」

 

「お仲間だな」

 

コープは少し満足そうだった。

 

「右側を見ろ」

 

レイが見る。

 

そこには、エンデュランスがいた。

 

海に浮かぶ鋼鉄の島。

 

「今日からあれがお前のおふくろさんだ」

 

レイは少し戸惑った。

 

「今日のお供は4番機だ」

 

右を見る。

 

同じスーパーホーネット。

 

「みろよ。ピッタリついてくる。コスターめ」

 

『CDCよりジョーカー1、ジョーカー4』

 

『目標は右10度、距離9.7マイル』

 

『ジョーカー1、了解』

 

コープは針路を修正した。

 

そして、何でもないように話し始める。

 

「D.D.は言う」

 

「あの陸地に取り残された多くの人々には、生きるためにしがみつける何か――イコンみたいなものが必要なのだと」

 

機体が海面を滑る。

 

「まぁ、確かにそうなのだろう」

 

「それが撃墜王シーブの翼」

 

「伝説の救世主」

 

「オシント、シギント、ヒューミント。どこでも構わない」

 

「その名前が一つでも多く現れることを、あいつは望んでいる」

 

「存在を知らしめよ、と」

 

コープは前を見ていた。

 

「……まぁ、俺も利用させてもらっている」

 

「俺にも個人的な事情というものがあってね」

 

その声色が変わった。

 

「目標地点が近い」

 

操縦桿を引く。

 

機体が上昇する。

 

Gがレイの身体をシートへ押しつけた。

 

「もう暫く上昇するぞ!」

 

レイは必死に耐える。

 

「接近する」

 

「今は目を凝らすことだ」

 

水平線。

 

その向こうに影がある。

 

やがて輪郭が浮かび上がる。

 

「……民間の旅客機だ」

 

レイも息を吐いた。

 

「合流したところで、ついてこれるかな……」

 

心配すべきは速度だった。

 

旅客機から無線が飛び込んでくる。

 

『こちらエアイクシオン365便! 乗員は民間人だ! 攻撃するな!』

 

『本機は難民支援NPOの要請に応じ、難民の脱出を支援している!』

 

コープが答える。

 

『こちらFCU海軍。貴機を安全な空域までエスコートする』

 

『頼む!』

 

旅客機の窓。

 

そこに人影が見える。

 

恐怖に怯えた人々。

 

レイは、その顔から目を離せなかった。

 

その時。

 

「ちょっと待て」

 

コープの声が変わった。

 

「レーダーに北から接近する機影」

 

二つ。

 

一直線。

 

「超音速二機編隊……」

 

コープが呟く。

 

「なるほど」

 

「囮に使ったか」

 

「コスター、旅客機をとっとと連れて行け」

 

『……大丈夫?』

 

「身軽な方がいい」

 

「行け」

 

『……了解』

 

コスターが旅客機と共に離れていく。

 

コープは残った。

 

一人で。

 

無線から、歌が流れてきた。

 

妙に澄んだ歌だった。

 

静か。

 

だが、確かな敵意を孕んでいる。

 

ウォークライ。

 

敵はオープンチャンネルで歌っている。

 

「……さぁ」

 

コープが呟いた。

 

「連中を撒くぞ」

 

クルーズからコンバットへ。

 

まるでスイッチを切り替えたように、機体の動きが変わる。

 

スーパーホーネットが空を切り裂いた。

 

『いつもの逃げ方だ、シーブの翼』

 

『まるでおいぼれ羊のようじゃないか』

 

「また、あいつか……」

 

コープの声に、わずかに諦観が混じる。

 

「おまけ付きお菓子の箱から出たのが、三回連続で欲しかったおもちゃじゃなかったことあるかな?」

 

レイはその言葉の意味を理解できなかった。

 

ただ、コープが恐怖を軽口で隠していることだけは分かった。

 

「存在を知らしめていると、ああいうおっかないのが稀にくる」

 

敵機が迫る。

 

「奴に近づけば、黒い機体に22の番号があるはずだ」

 

見えた。

 

黒い機体。

 

22。

 

「それは俺が望む数字じゃない」

 

「……あんたもそうだろう?」

 

レイは頷いた。

 

「だよな」

 

コープが操縦桿を動かす。

 

「だから、こうする」

 

「急減速」

 

世界が一瞬、止まった。

 

そして――

 

G。

 

敵機が前へ飛び出す。

 

オーバーシュート。

 

だが、敵もまた異常な反応を見せた。

 

急減速。

 

再びコープ機の後ろへ戻ってくる。

 

「許してくれないか……」

 

コープが苦笑する。

 

「6時方向、食いついてきたか」

 

ミサイルアラート。

 

警告音。

 

「ミサイルが飛んできたら、その脇のスイッチのフレアを」

 

「わかるな?」

 

「フレアを頼む」

 

「俺は逃げるのに全力を尽くす」

 

レイはスイッチへ手を伸ばす。

 

「回避!」

 

コープが操縦桿を倒す。

 

コークスクリューマニューバ。

 

世界が回る。

 

身体の中身までひっくり返る。

 

フレア。

 

光。

 

ミサイルが逸れる。

 

「上昇する!」

 

コープが機首を上げる。

 

G。

 

敵はついてくる。

 

二機。

 

完全に連携している。

 

「ちょうど良いものがある」

 

コープは高度を捨てた。

 

急降下。

 

海が迫る。

 

敵機も追ってくる。

 

「チャフは無しだ!」

 

眼下。

 

巨大なベイブリッジ。

 

その下を、スーパーホーネットが抜ける。

 

風切り音。

 

鉄塔。

 

海面。

 

すべてが一瞬で流れていく。

 

ミサイルが橋へ突っ込む。

 

爆発。

 

「……!」

 

レイは息を呑んだ。

 

二機からの一斉射。

 

それを、チャフすら使わずに凌いだ。

 

だが――

 

敵機の一機が追いつく。

 

コープが急減速。

 

敵機が追従しきれない。

 

オーバーシュート。

 

そして、その瞬間。

 

先ほど放たれたミサイルが飛んできた。

 

ミサイルはコープ機を追っている。

 

敵機は、その軌道上へ入り込んだ。

 

閃光。

 

敵機が爆発する。

 

「一機、自滅」

 

コープの声は冷静だった。

 

だが、レイは知っていた。

 

まだ終わっていない。

 

もう一機。

 

黒い機体がいる。

 

それはコープ機を追い越した。

 

そして――

 

止まった。

 

急減速。

 

機首が跳ね上がる。

 

機体が空中で姿勢を変える。

 

ポストストール・マニューバ。

 

「……何だ、これ……」

 

レイの目の前に、黒い機体が迫る。

 

機首が上を向いている。

 

こちらへ覆い被さるように迫ってくる。

 

その陰から――

 

ミサイル。

 

そして。

 

黒い機体。

 

そこに刻まれた数字。

 

22。

 

「……流石だな」

 

コープが呟いた。

 

「影22……」

 

ミサイルが迫る。

 

逃げる時間はなかった。

 

光。

 

熱。

 

轟音。

 

世界が白くなる。

 

そしてレイの意識は――

 

再び、深い水底へ沈んでいった。




今更ですがネタバレ注意です

毎秒書くので感想ください

改変したいところがしばらく先だから序盤かなり素材そのままの味じゃんって書いてて今気がついたんだよね、ひどくない?
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