急な出張などが重なり、飛行機の中で小説を書いていたのですが空戦シーンはやはり難しく投稿に時間が空いてしまいました。
1話での空戦シーンより情報量多めでお送りしております、というか時間見つけて1話も改訂したい…
「再び空へ上がった。いつもならこの辺りから逃げるならどっちの方角だと目安をつけ始める頃だ」
コープの声がレイの頭の中でこだまする。
「俺は勇敢さなどはほど遠いところにいたのさ」
自嘲するようなコープの声。
「二週間前にはこの空母には四個スコードロン載っていた。いろいろな顔があったはずだが、どうもよく思い出せない」
コープは淡々と語る。
「だがこの一月でどれほどの飛行機が落ちたか。俺の中は喪失感だらけだ……。その数を思い浮かべれば、生きて帰るなんて無理だとわかるだろう」
コープの声からは静かな絶望が滲んでいた。
「今は2個小隊で全部だ。プロではないパイロットまで入れて」
「と言うのはこの次に無線でしゃべり出すに違いない彼女のことだ」
コープはニヤニヤするようなこの後に起こることを確信してるような声を出す。
「左を見て陸地の煙が消えているよ!」
無線に明るい声が飛び込んできた。
「落ち着けターシャ、中央ユージアの領海をもう出てる。あの陸地はサンサルバシオンだ」
バクスターが冷静に答える。
「中立地帯! なら少しだけ自由時間ちょうだいよ!」
ターシャの機体が編隊から離れた。
機体を傾け、ハーフロール。回転を終えると同時に機首を下げ、急速に高度を落としていく。海面が迫る。それでもターシャは降下をためらわず、速度を乗せたまま機首を引き起こした。
「さぁ行くよ!」
機体が一気に上昇へ転じる。降下で得た速度を高度へと変えながら、ターシャは上昇の途中で機体をひねった。姿勢を整える間もなく、次の機動へと移っていく。
「一回ハーフロール!」
機体が横転し、すぐさま機首が持ち上がる。大きく弧を描いて編隊の上を通過したかと思えば、今度は機首を振って横へ抜けていった。
そこへ、エレキギターのリフが荒れた音質で無線に流れ始めた。コスターが流し始めたロックだった。
「ピッチアップ!」
ターシャの機体が急上昇する。速度が落ち、機首が空を向く。頂点で機体が失速しかけたように見えた瞬間、機首が落ちた。ターシャはその動きを利用して機体を立て直し、再び速度を乗せていく。
「イーヤッホー!」
「左!」
「いいね、素直な風!」
機体が鋭く回転した。スナップロールを終えると、ターシャは機首を起こし、勢いを殺さず次の軌道へ移る。
「次スナップロール!」
「フゥー!空ってサイコー!」
レイは呆気に取られていた。
哨戒任務中だというのに、編隊の一機が勝手に離れて曲芸を始め、無線ではロックが鳴っている。軍隊の規律などどこ吹く風といった有様だった。
だが、目を奪われたのは、その奔放さだけではない。
ターシャは降下で速度を稼ぎ、上昇でそれを使い切る。機体が不安定になりかけても、失速する前に立て直す。風の流れを読み、機体の限界を見極めているのか。それとも、そんなことを意識するまでもなく身体で理解しているのか。
大胆なのに、繊細。
無線で騒ぎ続けながら、機体の動きには一切の迷いがなかった。
――こいつ、ただの曲芸飛行士じゃない。
レイはターシャの機体を目で追った。
彼女は再びバクスターの機体へ近づくと、その周囲を回り始めた。上下を入れ替え、背面飛行のまま近くを通り抜け、機首を起こして反対側へ抜ける。バクスターの機体を中心に円を描くその動きは、まるで観覧車のようだった。
「感覚にばかり委ねる奴らだ……」
バクスターのぼやきが無線に流れる。
「きちんとした理論の把握こそ重要なんだ。断絶を感じるぞ」
「うるさいよ先生、教科書も放り投げてきたんだよ」
ターシャは悪びれもしない。機体はバクスターのすぐそばをすり抜け、また離れていく。その声は少しも乱れていなかった。
「出席不足になる前に席に戻るんだぞ、ターシャ」
「次は連続……!」
「なーんてな……まったく……」
バクスターの声には呆れが混じっていた。
やがて、バクスターが無線を個別チャンネルに切り替えた。
「あの子は境界層流を手なずけ、大気のわずかな熱上昇さえも味方につける。空気の妖精だ」
レイは先ほどまでの機動を思い返した。
やはり、自分の勘違いではなかった。
――いるところにはいるものだ。天才ってやつは。
「だが……信用するなよ」
コープの声が割って入った。先ほどまでの軽い調子とは違い、今度は真剣だった。
「ターシャは元サーカスのパイロットだ。軍人じゃない。コスターが四番機で、あいつの後ろを見ている。それが、このチームだ」
レイは思わずターシャの機体を見た。
元サーカスのパイロット。
先ほどまでの無茶苦茶な飛び方を思い返す。あれだけ好き勝手に飛び回りながら、機体の制御には一切の破綻がなかった。
――本当に元曲芸飛行士だったのか……。
納得すると同時に、少し呆れた。あの奔放さも、あの技量も、どうやら筋金入りらしい。
バクスターが全体の無線に戻ってきた。
「レックス、あんたもどうだい? 少しやって勘を取り戻した方がいいんじゃないかな?」
渡りに船だった。
飛行そのものは久しぶりだし、スーパーホーネットに乗るのも初めてだ。今のところ操縦は不気味なほど順調だが、本来なら機体の癖を確かめる時間が必要だった。
「そうだな、おすすめだぞ」
コープも賛成した。
「すまないが、お言葉に甘えさせてもらう」
「OK、それじゃあ俺についてきてくれ。コスター、周辺警戒を頼む」
バクスターが機体を前に出した。
哨戒任務中であることに変わりはない。慣熟飛行に専念できる状況ではなかったが、病み上がりの人間を戦闘機に乗せている以上、最低限の確認くらいは必要だった。
レイはバクスターの後を追った。
操縦桿を動かす手は、驚くほど自然に動いていた。機体がどう反応するか、身体が先に知っているような感覚がある。
自分でも不思議だった。
「そういえばレックス、空母発艦凄く自然だったな、戦前に海軍での交換訓練をしていたのか?」
バクスターが何気なく尋ねた。
「いや。一度もない」
「……は?」
バクスターの声が止まった。
「待て。空母から飛ぶのは、今回が初めてなのか?」
「そうだ」
短い沈黙が流れた。
バクスターは何かを言いかけ、口を閉じた。空母からの発艦が初めてで、スーパーホーネットに乗るのも初めて。それをあらかじめ知っていれば、今のように何事もなかったかのように編隊へ加える判断はしなかっただろう。
だが、今は任務中だ。驚いている場合ではない。
「……そうか」
バクスターはどうにかそれだけ答え、話を切り上げた。
レイは、自分の操縦が異常なほど自然であることを自覚していた。だが、その理由を自分でも説明できなかったので、あまり触れられたくなかった。
バクスターもそれを察したのか、それ以上は尋ねなかった。
「なるほど、これがレイの飛び方なんだ」
ターシャがまた無線に割り込んできた。
「タメ口は多めに見てやってくれ。彼女は軍人じゃないんでな」
バクスターがすかさずフォローする。
「気にしてない」
レイは短く答えた。
バクスターは、こういうところでもさりげなく間を取り持ってくれる。
「あいつはあれで昔から苦労している……」
コープが頭の中で苦笑するように言った。
ターシャが再び機体を傾ける。
「レイってナイフエッジできる? 横転コルク抜きは? どう?」
どちらも、実戦で頻繁に使うような機動ではない。いや訓練ですらレイには怪しかった。
『……俺はどちらも出来たがな』
コープが自慢げに口を挟んだ。
レイはシャドウズ22との戦闘を思い出した。戦闘の最中、コープが横転コルク抜きを披露したときのことだ。あのときは驚く余裕もなかった。その後も戦闘は続き、最後にはポストストール・マニューバが勝敗を分けた。
平然と行われる超絶技巧の応酬。思い出すだけで疲れる。それに最終的に落とされているのだから、コープの自慢も素直に感心できない。
「がっつくな、今にわかるさ」
バクスターが、レイが答えるより先に口を挟んだ。
レイは内心で苦笑した。
一通りの慣熟飛行を終え、バクスターがコスターに声をかけた。
「コスター、そこから見てレックスの腕はどうだった?」
「んー?」
「レックスの腕だよ」
「ファズでもリバーブでもないエッジが効いてる」
「俺にもわかるように説明してくれ!」
レイも同感だった。
「オープンチャネルの近距離通信が聞こえる」
それまで静かだったコスターがそう言ったのは、バクスターの後ろについての慣熟飛行を終えたレイが、編隊から離れすぎない程度の距離を保ちながら軽いマニューバを試していた時だった。
コスターが流す軽快なロック。その無線に、いかにも生真面目そうな男の声が割り込んだ。
「繰り返す! こちらサンサルバシオン海軍ヘリトン基地ハーバーマスター、貴艦の所属を確認したい」
「こちらは中央ユージア連合海軍所属空母エンデュランス。入港許可のリクエストを繰り返す」
返すのは、我らが副長、XOの聞き慣れた声だった。どうやら無事、サンサルバシオンの領海にまで辿り着いたらしい。やり取りをよく聞くため、コスターがBGMを切った。
「中央ユージア連合は、その領土を構成していた地域すべてが独立し、国家として消滅したと聞いている。今はどの自治共和国の所属か」
レイは一瞬、何を言われているのか分からなかった。男の言葉には嘲笑も憐憫もなかった。ただ純粋な疑問だけがあった。
それがショックだった。
他国にとって、この戦争はもう終わっているのだ。ソトアの勝利とFCUの解体という形で。
「……あー、そうではなく……」
どうやら副長も似たような心境らしい。いつも峻厳な雰囲気を崩さない彼女が、他国の責任者との交渉という場面で口籠る。普段の様子からは信じられないような醜態を、通信で晒していた。
「こちらの外務省も、貴艦の艦籍が確認できないと言っている」
それでも通信相手からの淡々とした言葉は続く。
「中央ユージア連合は主権国家としてもう存在しない。そして我が国は中立国である」
「貴君らの編隊は我が国国境に接近している。国境監視空軍の領空侵犯監視機が監視中である」
「陸地側を飛んでいるな、戦闘機だ」
男の言葉に被せるように、隊内無線でバクスターの声が流れた。
目をやれば、目視で確認できる距離にエレメントを組んだ戦闘機たちがいた。こちらから付かず離れずの距離を保ち、並行して飛んでいる。
「この戦争で初めて敵の兵力に直面したとき。俺の心が戦慄したあの感覚が蘇る」
それまで静かだったコープの声が、レイの頭の中で響く。
「この国の人々も、ソトアの次の侵攻対象となることを恐れているんだ」
「だって、港もう見えてきてるよ?」
なんとなくだが話の内容が分かったのだろう。ターシャの困惑した声が聞こえた。
「だが、どうやら入港がお預けらしい」
バクスターの声には諦めが滲んでいた。ターシャを一刻も早く戦争から引き離したい彼にとって、最悪の展開だった。
「そして我々には海の水しか残らない。果てしない孤独があるだけだ」
コープは沈んだ声で不吉な言葉をこぼす。
「CDCよりジョーカー各機、本艦は進路を変更する」
困惑したような気まずい空気を割るように、無線から指示が飛んだ。
「サンサルバシオン沖を去り、さらに西方へ、デルファイムへと向かう。40分後に新針路275に変針する」
マジかよ……。
レイは心の中で思わず呟いた。デルファイムは氷で閉ざされた北の辺境だ。故に、未だソトアの占領を免れていたのかもしれない。だが、ここサンサルバシオン沖からはかなりの距離があった。
「……ちょっと待て! ジョーカー隊、こちらCDC!」
「低速で飛行する航空機がいる! レーダーを見ろ」
レーダー上には、自分たちの編隊の前を飛行する何かが、点となって現れていた。
「こちらXO、ドローンに跡をつけられた」
先程の狼狽がなかったかのような、いつもの副長の厳しい声が無線に響く。
「ジョーカー隊、撃墜しろ! 情報を持ち帰らせるな。区域内で落とせ」
「了解」
バクスターが短く答えた。
「まだ距離があるな。ロックオンできる距離まで加速して近づくぞ」
レイはそれまでの困惑や疑問をすべて頭から締め出し、敵ドローンに意識を集中させた。アフターバーナーを吹かさない程度に機体を加速させる。みるみるうちにレーダー上の光点との距離が縮まり、二機のドローンを視認した。
敵機をミサイル射程圏内に収めたことを知らせるグロウラー音が、ヘルメットの中で鳴り響く。
「捉えた! ミサイルを撃て!」
バクスターの指示が飛ぶ。
据え物切りだ。どうやら譲ってもらえるようなので、レイはそのままトリガーを押し込んだ。
「ジョーカー1、FOX2!」
AWACSオペレーターの声がする。
少し間を置いて、正面奥にいるドローンにもミサイルを発射する。空に二つの爆炎が咲き、機体の横をすり抜けていった。
「グッキル! やるじゃないか」
「UAV二機の撃墜を確認した。いいぞ、ジョーカー1」
レイは苦笑しながらも頷いた。久々の戦場、久々の撃墜。復帰戦にしては悪くない。心配していた身体も、今のところ怖いほど順調に動いてくれる。喜びよりも安堵があった。
「わーお、やるじゃんレイ」
ターシャの嬉しそうな声が聞こえた。
「レーダーに新たな機影を確認」
AWACSからの報告。
「了解、そっちも落とす」
バクスターが答える。正直、彼が編隊長をやるべきだよなぁ。そう思いながら、レイはレーダーの光点を再度確認した。
「さーて、レイの飛び方、見てるからね」
チシャ猫のようにニヤニヤ笑っているのが分かるような声で、ターシャが呟く。
「それは監視だ」
コスターが注意する。
「隊長機から目を離さないのは当然じゃん」
どうやらターシャから、編隊長にふさわしいかどうかの試験を受けているらしい。訓練学校を思い出すような尻の座りの悪さを感じながら、レイはレーダー上の光点への最短経路を探した。
雲の隙間に機体を滑り込ませる。
普段なら大きな雲を避けて大回りするところだ。だが、今はそれが最善ではないと判断していた。迷いはなかった。
「肩の力を抜いてロックオン、トリガー。それだけだ。いざとなったら後ろには俺がいる」
雲に頭から突っ込む。視界が真っ白になり、コックピットの風防を水滴が前から後ろへと流れていった。
「ディーラーからジョーカー1へ。俺からもアドバイスを」
AWACSオペレーターのコールサインはディーラーというらしい。
「ポーカーの初心者は消極的にプレイしがちだ。ベストハンド以外ではレイズしない。もっとアグレッシブに行くべきなんだ」
随分と抽象的というか、比喩的なアドバイスだった。
「……何が言いたいか分かったか? レックス?」
「多分……」
レイはバクスターの質問に曖昧に答えた。
雲を抜けた目の前には、先程と同じUAVが二機。グロウラー音が鳴ったと同時に、トリガーを二回押す。
「ジョーカー1がUAV撃墜!」
コスターの高揚した声。
「敵UAV全機撃墜!」
ディーラーの声も嬉しそうだった。UAVといえど、敵機撃墜は明確に士気を上げる。
「……あー、ジョーカー隊。悪いニュースだ」
ディーラーがいかにも嫌そうな声で報告する。
「情報は端的に頼む」
バクスターがそんな言葉を一刀両断にする。
「了解。新たなボギーが接近中」
「偵察機および護衛の戦闘機と思われる」
先程のUAV騒ぎとは比にならない厄介ごとがもたらされた。
「有人機?」
ターシャの声。
「偵察機に位置を知られるとまずい。迎撃してくれ」
それを無視するように、ディーラーの指示が飛ぶ。
⸻
所属不明機を捕捉したのは、ソトア軍ではない戦闘機隊だった。彼らはかつてFCU空軍に所属していたパイロットたちであり、今は分離独立派の勢力に加わっている。
「所属不明機を捕捉。おそらくFCU機」
「方位135、距離30000、機数4」
レーダー上の機影を追いながら、パイロットの一人が言った。
「鳥がいるなら島がある。空母を探せ」
「ソトア人みたいな言い方だな、やめろよ」
「今は味方じゃないか。郷に入れば……だ」
「それを言うなら、主に交われば赤くなるだ」
彼らの通信は、ジョーカー隊には届いていない。空の上では、それぞれの戦いが、それぞれの無線の中で進んでいた。
⸻
「クイーン隊は来れないのか」
バクスターが焦ったような声を出す。
「間に合わないな。相手は旧式機で数も少ない。何とかしろ」
ディーラーは冷静に答えた。実際問題、このまま戦闘を避けて退避すると、敵機に送り狼をされてエンデュランスの位置がバレる危険性が高い。
「ジョーカー隊も逃げるばかりじゃないだろ?」
ディーラーの挑発するような声。
「新しい隊長次第だな……。まぁいい、腹を括ろうかレックス。迎え撃つぞ!」
バクスターの声に戦場の緊張が帯びた。どうやら気楽な哨戒任務はここで終わりのようだ。
「目標の偵察機は無抵抗だ。だが、周囲の護衛機は撃ってくる。レックス、本番だ。あんたの戦い方を見せてくれ」
レイは無線マイクのスイッチをダブルクリックして応答した。
機首を上げて高度を稼ぎながら、左ロール。すぐに敵機とヘッドオンの形でエンゲージした。
中央に敵の大型偵察機。それを挟み込むように護衛の戦闘機が二機。
あれはMiG-21bisか。旧式だが、デルタ翼による驚異的な小回りを持つ格闘戦機だ。
ヘッドオンの今の状況は良くない。最悪、すれ違いざまに無理やり機首を向けてミサイルを叩き込んでくる。
まず回避に専念してからのカウンター。
敵機を視認した瞬間、敵を撃墜するための戦略が脳内を流れた。
バクスターのこちらを心配する声が遠くに聞こえる。かつてない集中力と頭の冴え。レイは目の前の敵と、その機体の動きだけを見ていた。
高速で敵機とすれ違う。
その瞬間、レイは操縦桿を右に倒した。機体が傾いたところで、操縦桿を手前に思い切り引く。全身の骨が軋み、視界が暗くなる。それを歯を食いしばって耐えた。
レイの乗るスーパーホーネットが、理想的な軌道のハイGターンを空に描く。
スロットルレバーを押し込み、アフターバーナーを使用。ハイGターンで失った速度を稼ぎながら、敵の真後ろについた。
グロウラー音。即、トリガー。
「ジョーカー1、FOX2!」
ディーラーが慌てたような声で報告する。だが、レイの意識には届いていなかった。
ミサイルを放った敵から意識を切り、残った敵に向ける。
敵も自機の強みを活かす巴戦を狙って旋回していた。だが、その旋回半径は意外と大きい。
機体はそう悪くないが、腕は大したことがない。
心の奥の冷えた部分が敵を客観的に評価する。そこには喜びも蔑みもなかった。ただ、事実があった。
最初に狙った敵機が、先程放ったミサイルの直撃で爆散する。そのことを意識の端で捉えながら、レイは旋回を途中でやめた。
アフターバーナー全開。機体を急上昇させる。
旋回を終えた敵もレイ機を追い、急上昇を始めた。
青い空が宇宙の闇へとグラデーションを描く高度6000メートル。スーパーホーネットのコックピットで、レイは操縦桿を握り締めていた。酸素マスクの奥で荒い呼吸が続く。
垂直上昇。機体にかかる重力はプラス5Gを超え、体重の五倍もの重圧が全身を押しつぶす。耐Gスーツが空気で膨らみ、下半身を締め上げて脳の血液を繋ぎ止める。視界の端がじわじわと暗く狭まっていった。
戦闘前の半病人である自分の体を労る気持ちは、とうになくなっていた。
少なくとも、今のレイはそう考えていなかった。無茶をしているという自覚もない。自分にできると分かっている機動を、状況に合わせて実行しているだけだった。
一方、はるか下方から死に物狂いで追いかけてくるMiG-21bisのパイロットは、限界に近づいていた。古いエンジンに鞭を打ち、アフターバーナーの炎で空を焦がしながら上昇を続ける。だが、速度はマッハ0.4、0.2と劇的に落ち込んでいく。空気の支えを失った機体が、ガタガタと悲鳴を上げて震えだした。
「クソッ、上がらない……! 操縦桿が効かない!」
MiG-21はついに上昇の限界を迎え、空中にぶら下がった糸の切れた凧のように、その場で停止したかのように失速した。
その刹那、上空の安全圏に達したスーパーホーネットが頂点に達する。操縦桿を軽く倒し、ラダーを踏み込む。
ウィングオーバー。
レイの身体からGの重圧がフッと消えた。上昇による負荷が抜け、狭まっていた視界が鮮明な青空を取り戻す。コックピット内の小さな塵がふわりと宙に浮いた。胃袋が体内で浮き上がるような感覚が一瞬だけ身体を包む。
機体は流れるような美しい弧を描き、機首を真下へと向けた。
重力を味方につけたスーパーホーネットは急降下を開始する。レイはスロットルを操作して加速し、眼下の敵機を捉えた。
ハイヨーヨー。
ヘルメットに連動した照準器、JHMCS越しに、完全に速度を失い、よろよろと落下し始めているMiG-21の背中が見える。
敵パイロットは失速から回復しようと必死に機首を下げた。しかし、マイナスGが彼を襲う。内臓がせり上がるような吐き気と、頭に血が上るレッドアウトの恐怖。その絶望の最中、RWRが上空から迫る脅威を告げて激しく鳴り響いた。
レイの親指が、操縦桿の兵装発射ボタンを押し込む。
「FOX2!」
右主翼端からミサイルが解き放たれ、白煙の尾を引いて敵機へと向かう。失速したMiG-21には、避ける術もフレアを撒く余裕も残されていない。上空から降ってきた光の矢がエンジンノズルへと吸い込まれ、一瞬ののち、静寂の青空に鮮やかなオレンジ色の爆炎を咲かせた。
コックピットの風防を敵機の破片がかすめる。レイは急降下していた機体を操縦桿を手前に引く事で高度を取り戻す。
戦闘開始から、あっという間のことだった。
⸻
二機をたて続けに撃墜した戦場の無線は静かだった。目の前の現実を、誰も信じられなかったからだ。
「ジョーカー1……!?マイゴッド、本当に病み上がりかよ……」
AWACSの管制室でレーダー画面を凝視していたディーラーは、思わず息を呑んだ。画面上で急激なV字を描いたジョーカー1の機影が、一瞬にして二つの赤点を消滅させたのだ。
「……AWACSより各機へ。バクスター、レックスの機動を見たか? これが最近までベッドで寝込んでいたやつの腕だと信じられるか? …ジョーカー1の護衛の排除を確認。見事なマニューバだった。……身体は大丈夫か?」
レイは問題ないと返した。
戦闘が始まってから、不思議と不調はなかった。むしろ以前より調子がいい。空もよく見える気がした。
編隊の中で一番先に声を上げたのは、やはりターシャだった。
「うそ……病み上がりであれやる!? レイ、あのウィングオーバー、本気で頭のネジが数本ぶっ飛んでるよ!」
驚きと興奮を隠せない声が無線に叩き込まれる。
「……見事です、レイ」
コスターの声は低く、どこか淡々としていた。だが、その短い言葉には、確かな熱と安堵が滲んでいる。
「エネルギーの使い方が完璧だ。……病み上がりだなんて、とても思えない。ターシャ、お喋りはそこまでだ。俺たちは周囲を警戒する」
「おいおい、復帰初戦からそんな無茶苦茶なハイGターンされたら、後ろを付いていくこっちの心臓が持たないぞ!」
少し離れた位置からレイの急上昇と反転を見届けていたバクスターは、興奮と安堵の混ざった声を無線に吹き込んだ。
「レイ、あまり無茶をするな。君の身体はまだ完全に回復したわけじゃない」
年長者であり、チームの親代わりでもあるバクスターの声には、深い安堵と、隠しきれない心配があった。
「だが……見事だ。二代目シーヴの翼の初陣としてはこれ以上ない戦果だ。…さあ、残るは大型偵察機だけ。任務を終わらせて、静かな空を取り戻そう」
その頃、敵大型偵察機の内部ではパニックが広がっていた。
「MiG-21、二機とも一瞬でロスト! 撃墜されました!」
後方警戒レーダーと目視で護衛の爆散を確認した電子戦オペレーターが悲鳴を上げる。
「馬鹿な、あの旧式機の瞬間旋回を、上空から一方的に抑え込んだというのか!? 相手はたった一機のF/A-18だぞ!」
機長は冷や汗をかきながら、機体を必死に旋回させた。近くの雲へ逃げ込もうと機首を向ける。
「全開だ! 雲に逃げ込め! ……奴は、奴はなんなんだ! FCU空軍にまともなパイロットはもういないんじゃなかったのか!」
護衛を失い、巨体を揺らして必死に逃げようとする大型偵察機。だが、スーパーホーネットから見れば、それは悲しいほどに鈍重な動きだった。
レイは酸素マスクの奥で荒い呼吸を整えた。ハイGターンの余波で、まだ肺のあたりが鈍く痛む。だが、アドレナリンがその痛みを麻痺させていた。
操縦桿を静かに押し下げ、逃げる偵察機の真後ろ、完全な六時方向へと滑り込む。
偵察機は激しいチャフやフレア、強力なジャミングを放ち、必死の抵抗を試みた。しかし、スーパーホーネットのAPG-79 AESAレーダーは、妨害の中でもターゲットを捉え続ける。
レイは操縦桿のトリガーを引いた。今回は赤外線ミサイルではない。巨体を確実に仕留めるため、中距離アクティブ・レーダー誘導ミサイル、AIM-120 AMRAAMを選択していた。
「FOX3」
腹部のハードポイントから解き放たれたAMRAAMは、白煙を引いて加速する。数秒後、雲の切れ間に逃げ込もうとしていた大型偵察機の右主翼付け根付近へと突き刺さった。
一瞬の静寂。
次の瞬間、空が引き裂かれるような大爆発が起きた。偵察機の巨体は真っ二つに折れ、数条の黒煙を引きながら、バラバラの破片となって雲海へと真っ逆さまに落ちていく。
「落とした!」
ターシャのすっとんきょうな、驚いたような、納得したような声が聞こえた。
「コープとは違うね」
コスターの確かめるような声。
「そのようだ」
頭の中でコープがそう言って笑ったように聞こえた。
「やったぞレックス、よくやった」
バクスターは満足そうな声を出す。
「見事だ、ジョーカー1。任務完了」
「ジョーカー隊は空母に戻ってクイーン隊と交代しよう」
ディーラーはその後、帰還のための細かい指示を出した。
「……ともあれ、翼を帰還させることができる。一安心だ」
バクスターの心底安堵したと言わんばかりの声が聞こえた。
終わったのだ。
そう感じて、レイは全身からゆっくり力を抜き、コックピットの座席に身体を預けていった。
久しぶりの実戦だった。結果は上々と言っていい戦果だ。
だが、以前の自分はあんな飛び方をしただろうか。いや、できただろうか。
確かに相手は旧式機で、腕もそこまで良くなかった。だが、ここまで一方的に落とせる相手だったか?
任務を果たし、生還できる。それ以上を求めるなんて贅沢すぎるという思いもある。だが、この違和感を無視して本当にいいのか。
落ち着いたことで再び頭の中に溢れ始めたモヤモヤがレイを飲み込もうとする。帰還のため、機首を空母エンデュランスへと向ける。
編隊機たちもレイにならい、機体をレイの後ろにつけた。
戦闘が終わり、アドレナリンが落ち着いてきたからか、全身を激しい痛みと疲労が襲う。今更ながら、自分が半病人だったことを思い出した。
帰ろう。帰ってから考えるんだ。
レイはなんとかオートパイロットに機体をセットし、座席に身体を完全に預けた。
実際に mig21bisとスーパーホーネットが殴り合ったら、そもそも互いを視認できない距離からスーパーホーネット君の賢いミサイルがmig21bisを一方的に落とすんじゃない?とミリオタの友人に言われて頭を抱えた作者です。
ドッグファイトなんてやらなくて済むならやらない方がいいに決まってるだろと言われました。いやまぁ、そうなんだけどさぁ…。
流石に物語として盛り上がりが無さすぎるので、ゲームに寄せて書いてます。エスコン世界のミサイル射程短すぎ問題。
たっつみ兄貴 顔ダム湖兄貴 sairento*兄貴 天城土佐兄貴 itezano12兄貴 フォンテーヌのへい民兄貴 ジタントライバル兄貴 albus兄貴 ダイリューズ兄貴 はたかま兄貴 青野いずも兄貴 マルテン兄貴 神龍影兄貴 アセンダー兄貴 ふーやん曹長兄貴 リゼルタイプC兄貴 ホッピー兄貴 柳扇子兄貴 読読君兄貴 Taka_yk兄貴 ひまな人兄貴 オヴニル グラーバク 飛行隊兄貴 お気に入り登録ありがとナス!
神龍影兄貴 ダイリューズ兄貴 青野いずも兄貴 マルテン兄貴、sigure4539兄貴 夜市よい兄貴 高評価本当にありがとナス!
神龍影兄貴 アーバンカルディオ兄貴 感想本当にありがとナス!
初めて評価バーに色がついて嬉しい…嬉しい