徳川家康になったら喋るウミウシと出会った   作:しそ

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後日談

酒寄彩葉は、父親のことが好きだった。

 

もちろん、だからといって腹が立たないわけではない。

 

「そこ、音が多すぎない?」

 

「……お父さん」

 

「うん?」

 

「昨日も同じこと言ったよね?」

 

「あれ、そうだった?」

 

「そうだった!」

 

画面越しに、父親が困ったように笑う。

 

彩葉はヘッドホンを外して机に置いた。電話の向こうにいる父親の顔は、相変わらず人のよさそうな笑みを浮かべている。普段は穏やかなくせに、音楽のこととなると妙に細かい。自分で作った曲を聞かせれば必ず何か言ってくるし、こちらが反論すると嬉しそうに議論を始める。昔からそうだった。

 

「彩葉がよく考えて作ってるのは分かるよ。だからこそ、ちょっと気になってね」

 

「分かってるって。別に意見聞きたくないわけじゃないし」

 

「じゃあ、もう一つだけ」

 

「もう一つ!?」

 

父親が笑った。

 

彩葉は天井を仰いだ。

 

こちらから曲を聞かせておいて文句を言うのもどうかと思うが、何度も同じところを指摘されれば腹も立つ。しかも、言われたことに一理あるのが余計に厄介だった。

 

父親は作曲家だった。

 

子供の頃から一緒に曲を作り、音楽について話してきた。彩葉が音楽を好きになった理由を尋ねられたら、真っ先に父親の名前を挙げるだろう。

 

ただし、それとこれとは別である。

 

「……もういい。続きは自分でやる」

 

「うん。頑張って」

 

「言われなくても!」

 

「完成したら聞かせてね」

 

「気が向いたらね」

 

通話を切る直前、父親が思い出したように言った。

 

「あ、そうだ。お母さんが、来月は京都に帰ってくるのかって」

 

「まだ分かんない。学校の予定もあるし」

 

「そう。決まったら連絡してね」

 

「はーい」

 

通話が終わった。

 

彩葉は、椅子の背にもたれた。

 

画面には作りかけの曲が表示されている。

 

父親が指摘した箇所を、もう一度再生した。

 

「…………」

 

確かに、音が多い。

 

彩葉は少し考えた後、音を二つ減らしてみた。

 

再生する。

 

さっきよりよくなった。

 

「……あー、もう!」

 

悔しい。

 

今度京都へ帰ったら、絶対に何か言い返してやろう。

 

そんなことを考えながら、彩葉は作業を続けた。

 

◇

 

酒寄彩葉、十七歳。

 

東京都立武蔵川高校に通う高校二年生である。

 

出身は京都。

 

父親は作曲家、母親は弁護士。

 

兄は兄で何やら好き勝手にやっているらしいが、詳しいことは聞いていない。聞けば面倒な話が出てきそうなので、今のところは放置している。

 

彩葉は高校進学を機に上京した。

 

理由は、家族との不仲ではない。

 

単純に、東京で暮らしてみたかったからだ。

 

進学先として都立武蔵川高校を選んだのも、自分で調べて決めたことだった。学業に力を入れられる環境があり、通学できる範囲には興味のある場所も多い。

 

何より、一度くらい親元を離れて生活してみたかった。

 

母親には随分と心配された。

 

父親からも、一人暮らしは想像以上に大変だと忠告された。

 

彩葉は、必要なことを調べ、生活費を計算し、家事についても練習したうえで、何度も話し合った。

 

結果として、両親は認めてくれた。

 

賃貸契約は父親が手伝ってくれたし、生活費も家から仕送りされている。アルバイトで学費まで稼がなければならないわけではない。

 

もちろん、だからといって暇になるわけでもなかった。

 

高校の授業。

 

試験勉強。

 

友人との付き合い。

 

家事。

 

そして、音楽制作。

 

そのすべてを真面目にやろうとするものだから、結局いつも忙しい。

 

「彩葉ってさあ」

 

昼休み。

 

諌山真実が、弁当を食べながら口を開いた。

 

「ん?」

 

「何でそんなに忙しそうなの?」

 

「……何でって」

 

彩葉は箸を止めた。

 

「普通じゃない?」

 

「普通の人は、昼休みに英語の課題を終わらせながら昼ご飯食べないと思う」

 

隣に座っていた綾紬芦花が、笑いを堪えている。

 

彩葉は手元を見た。

 

弁当。

 

英語のプリント。

 

開いた参考書。

 

確かに、少し忙しそうに見えるかもしれない。

 

「……午後までに終わらせたいだけ」

 

「まだ提出まで三日あるよ?」

 

「早めに終わらせとけば楽でしょ」

 

「そう言って、空いた時間に別のこと始めるんだよね」

 

芦花の指摘に、彩葉は口を閉じた。

 

……否定できない。

 

「そういえば、彩葉。昨日のヤチヨの配信見た?」

 

真実が話題を変えた。

 

彩葉の手が止まった。

 

「見た」

 

即答だった。

 

「早っ」

 

「当然でしょ」

 

「昨日の新曲、よかったよね」

 

「めっちゃよかった!」

 

彩葉は勢いよく顔を上げた。

 

「あのサビ前の入り方、最高じゃなかった? あそこで一回音を落としてから、ヤチヨの声が入ってくるのがもう……!」

 

真実が笑い始めた。

 

芦花も、完全に笑っている。

 

「……何?」

 

「いや、彩葉って分かりやすいなあって」

 

「何が?」

 

「ヤチヨの話になると、急に元気になるところ」

 

彩葉は一瞬固まった。

 

そして、視線を逸らした。

 

「……別に、普通でしょ」

 

「普通かなあ?」

 

「普通!」

 

二人がまた笑う。

 

彩葉は、少しだけ頬を膨らませた。

 

まったく。

 

人の推し活に、いちいち突っ込まないでほしい。

 

◇

 

月見ヤチヨ。

 

仮想空間《ツクヨミ》の管理人にして、トップライバー。

 

歌もダンスも上手く、配信ではいつも楽しそうに笑っている。

 

彩葉にとって、ヤチヨは特別な存在だった。

 

学校で疲れた日も。

 

曲が思うように作れなかった日も。

 

何となく気分が沈んでいる日も。

 

ヤチヨの配信を見ていると、少しだけ元気になれる。

 

何より、あの楽しそうな姿が好きだった。

 

誰かの作品を見つけて喜ぶ。

 

新しい遊びを思いついては、周囲を巻き込む。

 

失敗しても笑い飛ばして、また別のことを始める。

 

見ている方まで楽しくなってくるのだ。

 

彩葉は、自分の部屋に戻るとパソコンを起動した。

 

壁にはヤチヨのグッズがいくつか飾られている。

 

机の隅には、小さなアクリルスタンド。

 

棚にはライブの記念品。

 

京都から引っ越すとき、持っていくものを選ぶのに苦労したが、これらを置いていくという選択肢は最初からなかった。

 

「……よし」

 

彩葉は椅子に座った。

 

今日は、新しい配信の告知があるらしい。

 

開始時間までは、あと十分。

 

少し時間がある。

 

作りかけの曲を進めようか。

 

それとも、先に夕食の支度をしておこうか。

 

迷った末、彩葉はヘッドホンを手に取った。

 

配信前に家事を始めると、絶対に途中で切り上げることになる。

 

それは何となく嫌だった。

 

「……あとでやろ」

 

そう呟いて、配信画面を開いた。

 

◇

 

『ヤオヨロ~!』

 

聞き慣れた声が響いた。

 

彩葉は、思わず笑った。

 

「……かわいい」

 

誰に聞かせるでもなく呟く。

 

画面の中では、ヤチヨが新しい企画について話していた。

 

《ツクヨミ》の利用者が参加できる音楽イベント。

 

プロもアマチュアも関係ない。

 

自分で作った曲を応募し、みんなで楽しもうという催しだった。

 

『というわけで! 今回はみんなの曲をいっぱい聞いちゃいまーす!』

 

彩葉は、マウスを動かす手を止めた。

 

「……え?」

 

『もちろん、初めて曲を作った人も大歓迎! みんなで盛り上がろー!』

 

画面に応募要項が表示される。

 

彩葉は食い入るように読んだ。

 

応募期間。

 

楽曲の長さ。

 

形式。

 

使用する音源についての規定。

 

どれも、今作っている曲なら問題なさそうだった。

 

「…………」

 

心臓が、妙に速くなる。

 

もしかして。

 

本当に、もしかしたら。

 

自分の曲を、ヤチヨに聞いてもらえるかもしれない。

 

「……応募しよ」

 

気づけば、そう呟いていた。

 

もちろん、採用される保証などない。

 

参加する人間は多いだろうし、自分より上手い人だっていくらでもいる。

 

それでも、応募しなければ何も始まらない。

 

彩葉は、作業中の楽曲データを開いた。

 

……よし。

 

締め切りまでに、完成させよう。

 

そう決めた。

 

◇

 

それから数日間。

 

彩葉は、曲の仕上げに追われた。

 

授業も、学校の課題も、普段どおりにこなした。

 

友人と遊ぶ約束も、一応は守った。

 

だが、空いた時間はほとんど作曲に使った。

 

その結果。

 

「……眠い」

 

金曜日の朝。

 

鏡の前で、彩葉は自分の顔を見つめた。

 

目の下に、少しだけ隈ができている。

 

昨日は予定より遅くまで作業してしまった。

 

「……あかん」

 

彩葉は洗面台へ手をついた。

 

別に、無理してまでやる必要はない。

 

誰かに頼まれたわけでもないのだ。

 

それくらいは分かっている。

 

だが、もう少しで完成すると思うと、どうしてもやめられなかった。

 

鏡の中の自分と目が合う。

 

「……今日は早く寝よ」

 

そう決めた。

 

もっとも、この決意がどれほど当てになるのかは、自分でもよく分かっていた。

 

◇

 

締め切り当日。

 

彩葉は、ようやく曲を完成させた。

 

最後の最後まで気になるところはあったが、もう直している時間はない。

 

改めて最初から聞き直す。

 

少しだけ、身体が揺れた。

 

……うん。

 

悪くない。

 

少なくとも、今の自分が作れるものにはなった。

 

彩葉は応募画面を開いた。

 

楽曲データを添付し、タイトルを入力する。

 

投稿者名には、普段《ツクヨミ》で使っているアカウント名が表示されていた。

 

『iro』

 

わざわざ変更する必要もない。

 

そのまま送信する。

 

画面に、受付完了の文字が出た。

 

「……終わったぁ」

 

彩葉は、椅子の背にもたれた。

 

達成感と疲労が、一緒になって押し寄せてくる。

 

ようやく終わった。

 

今日はもう、何もしない。

 

そう決めた直後、スマートフォンが震えた。

 

父親からだった。

 

『曲、完成した?』

 

彩葉は、思わず笑った。

 

『した』

 

すぐに返事が来る。

 

『おめでとう。よく頑張ったね』

 

彩葉は、その文章を眺めた。

 

それから、少し考えて返信した。

 

『今度帰ったら聞かせてあげる』

 

送信する。

 

数秒後。

 

『楽しみにしてる』

 

彩葉は、スマートフォンを伏せた。

 

「……ほんま、調子狂うわ」

 

そう言いながらも、口元は緩んでいた。

 

◇

 

《ツクヨミ》の管理人、月見ヤチヨは、現在進行形で頭を抱えていた。

 

「フシー!」

 

「何?」

 

「応募が多すぎる!」

 

目の前には、大量の楽曲データが並んでいる。

 

想像以上の参加者数だった。

 

もちろん、それ自体は嬉しい。

 

音楽が好きな人たちが集まり、自分の作品を披露してくれる。

 

《ツクヨミ》を作った者としては、これ以上ないほど喜ばしいことだ。

 

問題は、確認する側の仕事量だった。

 

「ヤチヨが企画したんでしょ」

 

「そうだけどー!」

 

フシは笑った。

 

ヤチヨも、つられて笑った。

 

最初からすべてを一人で聞くつもりだったわけではない。審査には運営スタッフも参加しているし、応募規定を満たしているかどうかの確認も分担している。

 

ヤチヨが担当するのは、最終候補に残った作品だった。

 

それでも、かなりの数がある。

 

「……よーし!」

 

ヤチヨは姿勢を正した。

 

「続き、いっくよー!」

 

次の楽曲を再生する。

 

最初に聞こえたのは、ピアノの音だった。

 

明るい旋律。

 

少し複雑な和音。

 

それから、曲の途中で思い切った転調が入る。

 

ヤチヨの手が止まった。

 

「……あ」

 

音が重なっていく。

 

テンポが変わる。

 

最後の旋律が流れ、曲が終わった。

 

ヤチヨは、再生画面を見つめていた。

 

「……ヤチヨ?」

 

フシが声をかけた。

 

「気に入ったの?」

 

ヤチヨは、すぐには答えなかった。

 

もう一度、曲を再生する。

 

最初から最後まで聞いた。

 

それから、投稿者名へ目を向けた。

 

『iro』

 

ほんの短い名前だった。

 

それだけで誰なのか分かるわけではない。

 

だが、ヤチヨには覚えがあった。

 

この音の選び方。

 

少し強引なくらい大胆に展開させるところ。

 

それでいて、最後には全体をきれいにまとめてしまうところ。

 

ヤチヨは、口元を押さえた。

 

「……そっか」

 

小さく呟く。

 

今の彩葉は、まだ音楽を作っている。

 

そのことが、嬉しかった。

 

以前とは違う人生を歩んでいるのだろう。

 

家族と暮らし、父親から音楽を教わり、自分の好きなことを続けている。

 

それでも、こうして《ツクヨミ》に曲を届けてくれた。

 

直接会ったわけではない。

 

本人だと確かめたわけでもない。

 

それでも、ヤチヨは何度も曲を聞いた。

 

「……ヤチヨ?」

 

フシが、もう一度声をかけた。

 

ヤチヨは顔を上げた。

 

そして、にっこり笑った。

 

「うん! この曲、好き!」

 

それから、運営スタッフによる評価へ目を通した。

 

ほかの審査担当者からも、好意的な意見が寄せられている。

 

ヤチヨは、それを確認してから候補に残した。

 

特別扱いするつもりはなかった。

 

曲そのものが、ちゃんとよかった。

 

それが、何より嬉しかった。

 

◇

 

イベント当日。

 

彩葉は、開始時間より三十分も早く《ツクヨミ》へログインしていた。

 

理由は単純だった。

 

ヤチヨが出演するからである。

 

「……よし」

 

狐耳のアバターで、会場へ入る。

 

広場には、すでに大勢の参加者が集まっていた。

 

ステージの周囲には色とりどりの照明が並び、空には大きな月が浮かんでいる。

 

今回のイベントのために、特別な演出も用意されているらしい。

 

彩葉は、会場を見回した。

 

「……すご」

 

思わず声が出た。

 

これほど大勢の人が集まる場所で、自分の曲が流れるかもしれない。

 

そう考えるだけで、少し緊張する。

 

もっとも、今はまだ結果を知らない。

 

採用されるかどうかも、分からない。

 

彩葉は、ステージの近くへ移動した。

 

そして、開始時刻を待った。

 

やがて、照明が落ちる。

 

歓声が上がった。

 

『ヤオヨロ~! みんな、楽しんでるー!?』

 

月見ヤチヨが現れた。

 

彩葉は、反射的に背筋を伸ばした。

 

「……っ!」

 

画面越しに何度も見ている姿だ。

 

それでも、同じ仮想空間にいると思うと緊張する。

 

『今日はみんなの曲を、いっぱい紹介しちゃうぞー!』

 

ヤチヨが楽しそうに笑った。

 

彩葉は、思わず口元を押さえた。

 

「……かわいい」

 

小さく呟く。

 

周囲には同じように盛り上がっている参加者が大勢いた。

 

誰も、彩葉のことなど見ていない。

 

それが、少しだけありがたかった。

 

◇

 

イベントは、大いに盛り上がった。

 

さまざまな曲が流れる。

 

明るい曲。

 

静かな曲。

 

不思議な曲。

 

今まで聞いたこともないような音の組み合わせ。

 

彩葉は、いつの間にか普通に楽しんでいた。

 

自分の曲のことも気になるが、それ以上に、知らない人が作った音楽を聞くのが面白い。

 

気に入った作品が流れれば、すぐに作者の名前を確認した。

 

あとで、ほかの曲も聞いてみようと思ったからだ。

 

そして、イベントも終盤に差しかかった頃。

 

『続いてはこちら! 投稿者「iro」さんの作品です!』

 

彩葉は、動きを止めた。

 

「……え?」

 

聞き間違いかと思った。

 

だが、ステージの画面には、自分の投稿者名が表示されている。

 

楽曲のタイトルも、間違いない。

 

「……うそ」

 

曲が流れ始めた。

 

何度も聞いた旋律。

 

何度も直した和音。

 

父親と散々言い合いをした、あの部分。

 

それが今、大勢の観客の前で流れている。

 

彩葉は、何もできなかった。

 

ただ、聞いていた。

 

途中で観客から反応が上がる。

 

曲が終わると、拍手が広がった。

 

『いいねー! こういう曲も大好き!』

 

ヤチヨの声が響いた。

 

彩葉は、完全に固まった。

 

……好き。

 

今、好きって言った。

 

ヤチヨが。

 

自分の曲を。

 

「…………」

 

何か言おうとしたが、声にならなかった。

 

もちろん、ヤチヨは大勢の参加者へ向けて話している。

 

彩葉個人に声をかけているわけではない。

 

それくらい、分かっている。

 

分かっているのだが。

 

「……やば」

 

彩葉は、両手で顔を覆った。

 

「ほんま、やばい……」

 

自分の曲を聞いてもらえた。

 

しかも、好きだと言ってもらえた。

 

それだけで、数日間の苦労がすべて報われた気がした。

 

……いや。

 

さすがに、それは言いすぎかもしれない。

 

寝不足だったことは、普通につらかった。

 

それでも。

 

彩葉は、もう一度ステージへ目を向けた。

 

そこでは、ヤチヨが次の曲を紹介していた。

 

いつもと同じ、楽しそうな笑顔だった。

 

彩葉も、つられて笑った。

 

◇

 

イベントが終わった後、彩葉はすぐに家族へ連絡した。

 

まず父親。

 

次に母親。

 

それから兄にも連絡しようとして、やめた。

 

どうせまた何か言われる。

 

今は、普通に喜んでくれる人へ報告したかった。

 

『お父さん! 私の曲、イベントで紹介された!』

 

返事は、すぐに来た。

 

『本当? すごいじゃないか!』

 

『ヤチヨにも聞いてもらえた!』

 

『よかったね』

 

続いて、父親から通話がかかってきた。

 

彩葉は、少し笑いながら応答した。

 

「もしもし」

 

『おめでとう、彩葉』

 

「ありがと」

 

『どうだった?』

 

「……めっちゃ緊張した」

 

父親が笑った。

 

『そうだろうね』

 

「でも、楽しかった」

 

『うん』

 

彩葉は、少し考えた。

 

それから、付け加えた。

 

「……また曲作りたい」

 

父親は、すぐに答えた。

 

『いいじゃないか』

 

「今度は、もうちょっと上手く作りたい」

 

『楽しみにしてるよ』

 

彩葉は、口元を緩めた。

 

「……お父さん」

 

『何?』

 

「次は、もっといい曲作るから」

 

『うん』

 

「そしたら、また聞いて」

 

父親は、少し笑った。

 

『もちろん』

 

彩葉も笑った。

 

◇

 

一方、その頃。

 

ヤチヨは《ツクヨミ》の広場を歩いていた。

 

イベントは終わった。

 

大勢の参加者は、それぞれの場所へ帰っていった。

 

今は、広場にも人影が少ない。

 

ヤチヨは、今日紹介した曲をもう一度確認していた。

 

新しい才能が、たくさん見つかった。

 

面白い曲も、たくさんあった。

 

そして、その中に。

 

『iro』

 

あの名前もあった。

 

ヤチヨは、少し笑った。

 

本当に、来てくれたんだね。

 

どれほど長い時間を待ってきたのだろう。

 

以前の未来では、彩葉は音楽から離れようとしていた。

 

だが、今は違う。

 

自分から曲を作り、たくさんの人に聞いてもらおうとしている。

 

その違いが、ヤチヨには嬉しかった。

 

ただ、それで安心しきれるわけではない。

 

彩葉がこれからどんな人生を送るのか。

 

誰と出会い、何を選ぶのか。

 

まだ分からない。

 

それに、ヤチヨにはどうしても気になることがあった。

 

かぐやのことだ。

 

彩葉と出会った、あの頃の自分。

 

まだ月見ヤチヨになる前の、自分自身。

 

本来なら、そろそろ地球へやってくるはずだった。

 

だが、今は未来が変わっている。

 

彩葉のお父さんは生きている。

 

彩葉は、自分の意思で東京へ進学した。

 

生活も、人間関係も、以前とは少しずつ違っている。

 

それでも、かぐやは地球へやってくるのだろうか。

 

そもそも、あの出来事自体が起きるのだろうか。

 

ヤチヨには、分からなかった。

 

そして、もう無理に確かめようとも思わなかった。

 

自分が何かを仕組めば、元の未来に近づけられるのかもしれない。

 

だが、それでは意味がない。

 

彩葉にも、かぐやにも、それぞれの時間がある。

 

何を選ぶのかは、二人自身が決めることだった。

 

ヤチヨは、広場の中央で足を止めた。

 

大きな月が浮かんでいる。

 

かつて、かぐやが何度も見上げた月だった。

 

「……どうなるんだろ」

 

小さく呟いた。

 

怖くないわけではない。

 

彩葉と、もう一度一緒に過ごしたい。

 

その願いは、今も変わっていない。

 

だが、もし以前とは違う未来が来たとしても。

 

そのときは、その未来でできることを探そうと思った。

 

ヤチヨは、ゆっくりと目を閉じた。

 

そして、遠い昔のことを思い出した。

 

駿府城。

 

病床に伏した竹千代。

 

自分の小さな身体を、手のひらに乗せてくれた友人。

 

『知らない未来を恐れることは、間違いじゃない』

 

あの言葉は、今も覚えている。

 

『でも、最後は己の心に従え』

 

ヤチヨは、少し笑った。

 

……竹千代。

 

私、まだちょっと怖いよ。

 

これから何が起きるのか、全然分かんないから。

 

でも、ちゃんと進んでる。

 

彩葉のお父さんを助けたことも。

 

その先の未来が変わったことも。

 

私は、後悔してないよ。

 

ヤチヨは目を開けた。

 

そして、いつものように笑った。

 

「……ありがと、竹千代」

 

その声は、誰にも聞こえなかった。

 

◇

 

それから、少し後のことだった。

 

東京、立川。

 

学校帰りの酒寄彩葉は、スーパーの袋を片手に、いつもの道を歩いていた。

 

明日は休みだ。

 

宿題はすでに終わっている。

 

冷蔵庫には、今日買った食材を入れれば十分な量が揃う。

 

つまり、明日はほぼ一日、好きなことに時間を使える。

 

「……よし」

 

彩葉は、少しだけ笑った。

 

新しい曲を作ろう。

 

イベントでほかの人たちの作品を聞いてから、試してみたいことがいくつもできた。

 

今度は、もう少し違った雰囲気にしてみようか。

 

そんなことを考えながら、住宅街へ入った。

 

そのときだった。

 

「……ん?」

 

彩葉は足を止めた。

 

少し先にある電柱が、妙な光を放っている。

 

赤。

 

青。

 

黄色。

 

緑。

 

さまざまな色が、次々と切り替わっていた。

 

「……は?」

 

思わず声が出た。

 

いやいや。

 

何、あれ。

 

電柱って、あんな光り方するものだったっけ。

 

彩葉は、しばらく眺めていた。

 

周囲を見回す。

 

誰も気にしていない。

 

いや、そもそも通行人がほとんどいない。

 

「……いや、おかしいでしょ」

 

どう見てもおかしい。

 

七色に光る電柱など、見たことがない。

 

最近は何でも光らせればいいというものではないだろうに。

 

……ゲーミング電柱?

 

頭に浮かんだ言葉が、あまりにも馬鹿馬鹿しくて、彩葉は自分で少し呆れた。

 

そのとき。

 

カタン。

 

小さな音がした。

 

電柱の表面に、細い線が浮かび上がっている。

 

彩葉は目を凝らした。

 

……扉?

 

どう見ても、扉だった。

 

電柱の一部が、縦に開いている。

 

そして、その内側から柔らかな光が漏れていた。

 

「……は?」

 

今日二度目の、間の抜けた声が出た。

 

電柱の中に扉。

 

そんなものがあるわけがない。

 

だが、現に目の前にある。

 

彩葉は、スーパーの袋を持ち直した。

 

近づかない方がいい。

 

普通に考えれば、そうだ。

 

こんな得体の知れないものに関わって、ろくなことになるはずがない。

 

そう思った。

 

思ったのだが。

 

開いた扉の向こうから、小さな声が聞こえた。

 

「……え?」

 

彩葉は足を止めた。

 

今のは、何だ。

 

もう一度、声がした。

 

赤ん坊の声だった。

 

「……いやいやいや」

 

彩葉は、思わず首を振った。

 

そんなわけがない。

 

電柱の中に赤ん坊がいるなんて、どう考えてもおかしい。

 

だが、声は確かに聞こえた。

 

彩葉は、ゆっくりと扉へ近づいた。

 

中を覗き込む。

 

そして、固まった。

 

「…………」

 

赤ん坊がいた。

 

小さな、小さな赤ん坊だった。

 

柔らかな光に包まれ、こちらを見上げている。

 

彩葉は、しばらく何も言えなかった。

 

頭の中では、疑問が次々と浮かんでくる。

 

何で?

 

誰の子?

 

どうして電柱の中に?

 

そもそも、この電柱は何?

 

警察に連絡するべき?

 

いや、何て説明すればいい?

 

七色に光る電柱の中に赤ちゃんがいました。

 

……駄目だ。

 

自分で言っていても意味が分からない。

 

彩葉は、眉間を押さえた。

 

「……どうなってんの、これ」

 

赤ん坊は、そんな彩葉をじっと見つめていた。

 

やがて、小さな手を伸ばしてきた。

 

「…………」

 

彩葉は、その手を見た。

 

本当に小さい。

 

少し力を入れただけで、傷つけてしまいそうだった。

 

こんな場所に、一人でいる。

 

誰が、何のために。

 

分からないことばかりだ。

 

だが、一つだけ確かなことがある。

 

この子を、このままにしておくわけにはいかない。

 

「……もう」

 

彩葉は、小さく息を吐いた。

 

スーパーの袋を足元へ置き、両手を伸ばす。

 

赤ん坊をそっと抱き上げた。

 

思っていたよりも、ずっと軽かった。

 

柔らかくて、温かい。

 

腕の中の赤ん坊は、彩葉の顔を見上げた。

 

そして、嬉しそうに笑った。

 

「…………」

 

彩葉は、何とも言えない気分になった。

 

本当に。

 

一体、何がどうなっているのやら。

 

それでも、赤ん坊の身体が冷えないよう、自分の上着を少し開いて包み込む。

 

小さな頭を支え、身体を引き寄せた。

 

七色の光が、二人を照らしている。

 

彩葉は、ゲーミング電柱の前で、その小さな命をそっと胸に抱いた。





これにてお終い。
そして新しい輪廻の始まり。
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掲示板にいたヤチヨを偽物だと思って煽り倒したら本物にリア凸されるバカ(作者:きゅうりにや)(原作:超かぐや姫!)

タイトルまんまでその場面だけ▼※ちょっとだけ続きました。タイトルまんまは2話目までになります▼カーター氏がいる理由も分からないしyachi8000の出没した年代もわからない。なんなら掲示板もわからないしレスバが書けるわけもないので主人公はレスバしたつもりでもただ荒らしてるだけかもしれない。でも煽り倒されて顔真っ赤にしてお友達の力を使ってリア凸で相手を黙らせる…


総合評価:4006/評価:8.48/短編:4話/更新日時:2026年10月21日(水) 22:29 小説情報

鴉と行く八千年(作者:かしわくん)(原作:超かぐや姫!)

▼今は最近、令和でバチバチ高校生やっていた青年が八千年前に飛ばされて銀魂の吉田松陽に成り変わり、ウミウシとよろしくやっていく話です。ハッピーエンドにはなります……たぶん▼百合に挟まる罪人を許せる方はご覧ください


総合評価:1012/評価:8.43/連載:9話/更新日時:2026年10月20日(火) 22:17 小説情報

今は昔、竹取の翁といふもの有りける(作者:何もかんもダルい)(原作:超かぐや姫!)

ネトフリで脳を焼かれ書籍に脳を焼かれ映画館の大音響で脳を灰にされCV前田さんみたいな男子が居るかぐや姫が浮かんでしまったなどと供述しており▼10話を超えたため表示を連載に切り替えました。


総合評価:2077/評価:8.33/完結:18話/更新日時:2026年10月03日(土) 21:43 小説情報

よくある男オリ主もの(作者:SeA)(原作:超かぐや姫!)

超かぐや姫を見て、小説読んで、書きたくなった。▼いろPのアパートの隣の部屋に住んでて、KASSENが強くて、ヤチヨにこっそり特別扱いされてる。▼そんなよくあるオリ主くんの話。


総合評価:2696/評価:8.79/連載:16話/更新日時:2026年10月11日(日) 22:00 小説情報

彩葉の弟は様子がおかしい(作者:真球猫)(原作:超かぐや姫!)

彩葉に様子のおかしい転生者の弟が生えるだけ。▼ガバガバなオリジナル設定が出てきます。苦手な方はご注意下さい。


総合評価:3876/評価:8.65/完結:34話/更新日時:2026年10月18日(日) 20:00 小説情報


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