TS女神の地球救済政策 ~26年かけて異世界を救った元勇者、絶世の女神になって帰還したら地球が滅びかけていたので、ダンジョン災害で救います~ 作:TS女神
美羽が学校へ出ていってから、一時間ほどが経った。
さっきまで「夢の中のお姉様返して」だの「落差がありすぎる」だのと騒いでいた妹も、月曜日になれば普通に学校へ行かなければならない。世界中の人間が同じ女神の夢を見た翌朝でも、それだけで学校や会社が休みになるわけではないらしい。
「……まあ、そりゃそうか」
俺自身、一年後にダンジョンが発生すると宣言しただけで、今日から社会活動を全部止めろなどとは一言も言っていない。むしろ、そんなことをされたら困る。
地球にはこれから一年かけて準備してもらう必要があるのだ。その貴重な時間を、世界規模の混乱だけで浪費されては本末転倒だった。
ソファへ座り直し、空中に展開していた表示へ目を向ける。
昨夜、世界へ定着させた最初の神託は、対象となる人間が一定以上深く眠った時点で順次再現されている。時差の関係でまだ本格的な睡眠時間を迎えていない地域もあるし、夜勤などで起き続けている人間には届いていないが、それも想定通りだ。
一度受け取った人間へ同じ神託が重複して届いている形跡もなく、言語変換にも問題はない。少なくとも、仕組みそのものは成功したと考えてよさそうだった。
「……で、問題はこっちか」
神託の管理表示を横へ追いやり、美羽から借りているタブレットへ視線を落とす。画面には、今朝から俺――というより、ルミエラに関する投稿が大量に流れていた。
『銀髪の女神』
『同じ夢』
『ルミエラ』
『神託』
『ダンジョン』
そこまでは想定の範囲内だった。
「……何で俺の胸のサイズを予想するスレが伸びてるんだよ」
しかも妙に真面目である。身長との比率だの、腰回りとのバランスだの、夢の中で近づける距離を考えると正確な推定は難しいだの。
何を検証しているんだ、お前らは。
「世界の危機を伝えたはずなんだけどな……」
「人間はそういうものじゃないかな」
「うわっ」
いつの間にか隣へ立っていたセレイスに声をかけられ、思わず肩が跳ねた。
「いつ来たんだよ」
「今だよ」
いつも通りの淡い銀灰色の髪と中性的な姿をしたセレイスが、俺の肩越しにタブレットを覗き込む。
「ずいぶん人気者になったね」
「嬉しくない方向でな」
「でも、反応そのものは悪くないと思うよ」
「胸のサイズ推定が?」
「そこではなくて」
当然のように訂正された。確かに、ふざけた投稿ばかりではない。
就寝時間や国ごとの内容を比較して、世界中で同じ夢が共有されていることを検証している人間も大勢いた。海外では俺の姿を記憶だけで描いた絵まで広まり始めているらしい。
「単なる夢では説明できない、というところまではかなり広まってきたみたいだね。ただ、君が本当に神なのか、一年後に本当にダンジョンが現れるのかについては、まだ保留している人間が多い」
「それでいいよ。一回夢を見ただけで全部信じられる方が怖い」
俺自身、昨日まで何も知らない地球人だったなら同じ反応をしていただろう。
世界中へ同じ夢を見せる何かが存在する。そこまでは事実として認めても、その何かが神を名乗ったからといって、語った内容まで無条件に信じる理由にはならない。
「ニュースでも取り上げられ始めてるな」
「政府も、表向きは情報収集中というところだね」
「表向きは?」
「政府関係者や軍人、研究者だけ神託を見ないわけじゃないからね。国外でも同じ報告が出ている以上、内部ではもう調査を始めていると思うよ」
「まあ、そうなるか」
「二回目以降も同じ形式で神託が続けば、一時的な現象として処理するのはさらに難しくなるだろうね」
俺は頷いてタブレットを閉じた。
一度ですべて信じてもらう必要はない。これから一年かけて、必要な情報を伝えていけばいい。
「それで、今日は別のこともやっておこうか」
セレイスがこちらを見ながら言う。
「別のこと?」
「君自身の訓練だよ」
「演技なら一年やったぞ」
「そちらではなく、神としての方だね」
「…………」
何となく、嫌な予感がした。
◇ ◇ ◇
「まず確認しておくけれど、悠真。君は魔力を扱うことにはかなり慣れている」
「二十六年使ってたからな」
異世界にいた二十六年間、俺は剣だけで戦っていたわけではない。
最初は火を起こす程度の魔法すらまともに扱えなかったが、生き延びるために覚え、戦うために鍛え、最後の頃には大規模な魔術でもかなり細かく制御できるようになっていた。
「だけど、魔力と神力は同じものじゃない」
「それは何となく分かる」
俺たちがいるのは実家の居間だった。
本当なら、神の力を扱う訓練など家の中でやりたくはない。だがセレイスが俺の前へ半透明の球体状の障壁を作り、その内部だけを完全に隔離しているため、多少失敗しても外へは影響しないらしい。
……多少で済めば、だが。
「じゃあ、まずこれを動かしてみようか」
障壁の中に、一枚の紙が浮かんだ。
「紙?」
「神力だけを使って、裏返してみて」
「魔法じゃ駄目?」
「今日は神力の訓練だからね」
「……分かった」
見たところ、やること自体は簡単だった。
紙一枚を裏返すだけなのだから、人差し指で軽く押す程度の力を意識すればいい。そう考えながら右手を前へ出し、神力をほんの僅かだけ流した――次の瞬間。
ごっ、と低い音が響いた。
「うおっ!?」
球体全体が青白く輝き、その中にあった紙が一瞬で消えた。
燃えたわけでも、破れたわけでもない。存在そのものが細かく分解されたようにしか見えなかった。
俺とセレイスは揃って黙り込み、跡形もなく消えた紙があった場所を見つめる。
「……今の、紙を裏返そうとしただけなんだけど」
「そうだね。君としては相当抑えたつもりなんだろうけれど、それでもまだ多すぎる」
「多すぎるって、紙が消滅するほどかよ……」
セレイスは特に驚いた様子もなく、新しい紙を出現させた。
「もう一度やってみよう。今度は、さっきの十分の一以下まで絞って」
「十分の一でも多いの?」
「たぶんね。まずは感覚を掴むところから始めよう」
言われた通り、さらに力を絞る。本当に指先へ僅かに載せるだけのつもりで神力を流し、紙を裏返そうとした。
ぱんっ、と軽い音が響き、今度は消滅こそしなかったものの、紙は細かな破片になって障壁の中へ散った。
「……粉々になったぞ」
「でも、進歩はしているよ。少なくとも今回は消滅しなかった」
「基準がおかしいだろ!」
最初より弱くなっていると言われても、まったく嬉しくない。
「これ、そんなに難しいのか?」
「君の場合はね」
セレイスは三枚目の紙を作りながら説明を続ける。
「普通の神なら、神として成長する過程で少しずつ出力の感覚を覚える。でも君は人間から一気に中級上位相当まで上がった上に、元々戦闘経験が非常に多い」
「それが問題なのか?」
「力を使おうとした時の基準が、戦闘寄りになりすぎているんだよ」
言われてみれば、心当たりはある。
魔力なら生活魔法と戦闘魔術で自然に感覚を切り替えられる。けれど神力に関しては、俺の中でまだ「何か大きなことをするための力」という認識が強い。
「紙だから笑い話で済んでいるけれど、地球で何か問題が起きて、君が咄嗟に神力を使った場合、今の制御ではかなり危ないよ」
「どれくらい?」
「たとえば、大規模な災害を直接抑えようとして、本気で神力を流した場合――」
そこでセレイスは一拍置いた。
「下手をすると、県一つくらい吹き飛ぶね」
「…………は?」
聞き間違いかと思った。
「県?」
「日本の行政区分で言えば、それくらい」
「いやいやいや! 災害止めるために力使って、県一個消し飛ばしたら意味ないだろ!」
「だから今のうちに練習しているんだよ」
「もっと早く言えよ!」
「君が地球へ帰ってから、まだ二日も経っていないけれど」
「そうだった!」
神域で女神らしく振る舞うための訓練を主観時間で一年もやったせいで、完全に時間感覚がおかしくなっている。
「つまり、今の俺って……」
「大きな力を出すことには問題がない。むしろ十分すぎるくらいだね。問題は、小さく使うこと」
「……そっちか」
「海を動かせるのに、コップへ水を一杯だけ注ぐのが下手な状態だと思えばいいよ」
「すげえ嫌な例えだけど、分かりやすいな」
しかも、地球担当神として今後必要になるのは、むしろそちらの技術だった。
世界を壊すような敵と戦うのではない。地震や噴火、魔力異常、ダンジョン関連の問題へ必要な範囲だけ介入し、必要な量だけ調整する。神になったからといって、力が強ければそれでいいという話ではなかった。
「よし。やる」
「その意気だね」
そこからは、ひたすら地味な訓練になった。
紙を裏返し、コインを僅かに浮かせ、水を一滴だけ持ち上げ、小さな光を一定の大きさで維持する。
異世界にいた頃なら訓練とも呼ばなかったような内容なのに、神力だけで行うと驚くほど難しい。
「『どこまで出せるか』じゃなくて、『必要な量だけ通す』と考えるんだ」
「必要な量だけ……」
神力そのものを押し出すのではなく、自分の中にある巨大な何かから細い糸を一本だけ引き出すように意識する。
何度も失敗した末、ようやく一枚の紙がふわりと浮き上がった。そのままゆっくりと回転し、綺麗に裏返って落ちる。
「お、できた!」
思わず拳を握った。
たった紙一枚を裏返しただけなのに、魔王との戦いで一撃を決めた時と同じくらい嬉しい。
「これを反射的にできるようになるまで続けよう」
「先長くない?」
「県を吹き飛ばしたくないならね」
「やります」
即答した。
◇ ◇ ◇
そんな訓練を何時間か続けた頃、玄関から「ただいまー」と美羽の声が聞こえてきた。
「おかえり」
母さんの返事に続いて廊下を歩く音が近づき、やがて制服姿の美羽が居間へ顔を出す。
「なにやってるの?」
「神力の制御練習」
美羽は鞄を置きながら、セレイスの作った障壁の中を覗き込んだ。
「……地味。もっと雷を落としたりするのかと思った」
「うるさいな。今そんなことやったら、下手すると県が一つ消えるらしいんだよ」
「…………は?」
美羽は俺の顔を見たあと、無言で一歩後ろへ下がった。
「何で離れるんだよ。セレイスが障壁張ってるから大丈夫だって!」
「セレイスさんの障壁は信じてるよ。お兄ちゃんの方がちょっと信用できないだけ」
「ひどくない!?」
そこへ、買い物へ出る準備をしていたらしい母さんが顔を出した。
「悠真、何か欲しいものある?」
「買い物?」
「夕飯の材料。ちょっとスーパーまで行ってくるけど」
「ああ……」
その言葉を聞いて、ふと思った。
俺は二十六年ぶりに地球へ帰ってきた。昨日は家へ戻っただけでほとんど一日が終わり、その後は神託の準備をしていた。
せっかく帰ってきたのだから、スーパーへ買い物に行くくらい一緒にしてもいいはずだ。そのうち美羽とどこかへ出かけたり、父さんと母さんを連れて飯を食いに行ったりもしたい。
そんな、ごく普通のことを。
「俺も――」
言いかけたところで、自分の身体へ目を落とした。
「ん?」
母さんが首を傾げる。
「……いや待て」
銀白色の長い髪に、蒼い瞳。何よりこの顔は、昨夜から世界中の人間の夢へ出現している。
「俺、この姿で外に出たらまずくない?」
美羽と母さんが揃って黙り、数秒後、美羽がゆっくり頷いた。
「……まずいと思う。たぶん一発で写真撮られる」
「だよな」
「昨日までなら『すごい美人がいる』で済んだかもしれないけど、今は世界中がその顔知ってるから」
「だよなあ……」
ネットにはすでに大量の似顔絵が出回っている。
地球担当神ルミエラ本人が近所のスーパーへ現れ、特売の肉を真剣に眺めていたら、どう考えても大騒ぎになる。
「変装すればいいんじゃない?」
美羽が言った。
「帽子とマスク?」
「それだけじゃ目立つと思うけど」
「この髪だもんな」
膝よりさらに下まで伸びた銀白色の髪を摘まむ。
「なら、神体の外見を変えればいいよ」
セレイスが何でもないことのように言った。
「できるの?」
「神体は物質的な肉体と完全に同じではないからね。ある程度なら本人の意思で外見を調整できる。髪や瞳の色だけでなく、顔立ちや体格を変える神もいるよ」
「マジで? じゃあ、元の俺の姿にも戻れる?」
「そこまで再現できるかは神体との相性次第かな。ただ、別人に見える程度なら難しくないと思う」
「やろう」
即決だった。
セレイスから簡単なやり方を聞き、自分の神体そのものへ意識を向ける。まずは髪だ。銀白色では目立ちすぎるので、昔と同じ黒を思い浮かべる。
「お」
美羽が声を上げた。手元へ垂れていた髪が根元からゆっくり色を変えていき、数秒後には完全な黒髪になった。
「できた?」
「黒くなった。普通に似合う」
「じゃあ目も」
同じように意識すると、蒼かった瞳も黒に近い濃い茶色へ変わったらしい。
美羽がしげしげと俺を見る。
「……かなり印象変わるね」
「これならいけるか?」
「いや、顔をどうにかしないと美人過ぎるから目立つと思う」
「……じゃあ顔も変えてみるか」
今度は目元や輪郭を少し地味にするつもりで、神体へ意識を向ける。何となく働きかけている感触はある。
だが。
「……どう?」
「何も変わってない」
「え?」
もう一度試してみるが、結果は同じだった。
髪色は自由に変えられる。瞳の色も問題ない。神としての存在感を弱めることもできる。それなのに、顔立ちや身長、身体つきといった根本的な部分だけは、どうしても変化しなかった。
「……変だね」
セレイスの声が少しだけ真面目になる。
「やっぱり?」
「普通なら、もう少し動かせるはずだよ。少し調べても?」
「いいけど」
セレイスが俺の前へ来て、指先を額へ触れさせる。
何かが身体の内側を静かに通り抜けていくような感覚がした。やがて手を離したセレイスが、僅かに考え込む。
「神体の形成情報そのものが、かなり強く固定されているね」
「固定?」
「髪や瞳の色のような表層部分は変えられる。でも、容姿の根幹へ触れようとすると、元の状態へ戻す力が働いている」
「何でそんな仕様に……」
そこでセレイスが少し考え、俺を見る。
「悠真。君をこの神体へ変えた時、あの子から何か言われなかったかい?」
「あの子って……邪神か」
魔王を倒した後、俺はあいつと戦って勝ち、半分の力と神格を押しつけられた結果、この身体になった。
あの時に何を言われたのか記憶を辿ってみると、一つだけ妙な言葉が引っかかる。
「そういや最後の方で、『せっかくだから、あなたの好みのタイプにしてあげた』……みたいなこと言ってた気がする」
その瞬間、居間が妙に静かになった。
「俺もその時は意味分からなくて流したんだけど」
セレイスが僅かに目を細める。
「何、その顔」
「それなら説明がつくかもしれない」
「え?」
「神へ昇格する時の神体は、基本的には本人の自己認識や理想像を基準に形成される」
「前に聞いたな」
本来なら俺も、自分自身が思い描く理想像を基準にした男の姿になるはずだった。
それが、なぜか女になった。
「彼女が形成過程へ介入して、『悠真自身の理想の姿』ではなく、『悠真が異性へ求める理想像』を基準にした可能性がある」
「…………」
嫌な汗が出てきた。
「待って、つまり何?」
「かなり簡単に言えば、今の君の姿が、当時の君にとって最も好みに近い女性像だった可能性が高いね」
「…………」
言葉が出なかった。
そして妙なことに、横からも何も聞こえてこない。あまりにも静かなので、俺はゆっくり美羽の方を向いた。
美羽は目を逸らした。
「おい」
「…………」
「何で目逸らした?」
「いや別に、何でもないよ」
「絶対何かあるだろ」
「ないよ」
「その顔でないは無理がある!」
美羽が露骨に困った顔をした。それから数秒迷った末、ぽつりと口を開く。
「……お兄ちゃんがいなくなった次の日ね。何か手掛かりがないかって、お父さんとお母さんと一緒に部屋を探したんだよね」
「…………」
嫌な予感がする。しかも、かなり嫌な種類の予感だ。
「机とか本棚とか、引き出しとか全部見て――」
「待て」
「その時、お父さんが机の奥から――」
「待てって!」
そこで、俺の中でも完全に記憶が蘇った。
高校二年生、十六歳。一人部屋を持っていた男子高校生なら、当然家族に見せるつもりのない物の一つや二つくらい――。
「うわあああああ!」
「ちょっと、お兄ちゃん!」
「忘れてた! 完全に忘れてた!」
二十六年も経っているのだ。当時、自分が何をどこへ隠したかなど、覚えているわけがない。
「何でそこ探したんだよ!」
「行方不明になった人の部屋なんだから探すでしょ!」
「それはそうだけど!」
「お父さん、見つけた瞬間に一回閉めたよ」
「言うな!」
「それでお母さんも見て」
「やめろ!」
「『……これは関係ないわね』って」
「母さん!」
台所から、のんびりした声が返ってきた。
「あったわねえ」
「何で覚えてるの!?」
「そりゃ覚えてるわよ」
「忘れてくれよ!」
俺は両手で顔を覆った。
世界を救い、魔王を倒し、その上で神まで倒したというのに、二十六年前に机の奥へ隠していた物のせいで、本気で消えてしまいたい気分になっている。
「で、その問題のモノの表紙にいた女の人が、今のお兄ちゃんに――もがっ」
俺は咄嗟にその先を言わせないように美羽の口を塞ぐ。
だが、そこまで言われれば二十六年前の記憶でもさすがに蘇る。むしろ、思い出したくもないのに思い出してしまった。
セレイスはそんな俺と美羽を交互に見たあと、何かを理解したのか静かに頷いた。
「かなり有力な傍証だね。彼女ならやりかねないし」
「納得するな!」
「むしろ今までの情報を合わせると、かなり整合性が高いよ」
横では、美羽が口元を押さえられながら肩を震わせていた。絶対に笑いを堪えている。
もう駄目だ。
二十六年ぶりに帰ってきた実家で、こんな形で過去を掘り返されるとは思わなかった。
「ぷはっ。お兄ちゃん、それって自分の好みの女の人の姿になったってこと?」
「もう分かったから改めて言うな!」
「鏡見るたびどう思うの?」
「知らねえよ!」
俺は頭を抱えた。
そういえば、邪神はあの時、妙に楽しそうに笑いながら言っていた。
『せっかくだから、あなたの好みのタイプにしてあげた』
まさか、あれは冗談ではなかったのか。
「しかも神体の根幹へ直接仕様として組み込んでいる。だから君自身が変えようとしても、元の形へ戻される」
「余計なことしやがって……」
「無駄に高度な技術を使っているね。これを変えるなら、少なくとも彼女が施した固定に干渉できるくらいまで、神力の制御を高める必要がありそうだ」
「人の身体で遊ぶなよ!」
今度会ったら絶対に文句を言う。
……いや、俺が倒したせいで今は休眠中だったか。文句を言おうにも、当分は本人に会えない。
「それで、変装どうするの?」
美羽に言われ、ようやく現実へ引き戻された。
「そうだった。こっちが本題だったはずだ」
結局、根本的な容姿は変えられない。それでも髪と瞳の色は変更できるし、神としての存在感も抑えられる。
「黒髪、茶色い目、眼鏡つけるとかすればかなり印象変わるんじゃない?」
「あと帽子とマスクとかか」
「不審者にならない?」
「ルミエラ本人だってバレるよりマシだろ」
「まあ、それはそう。確かにその顔だと、メガネつけたらただのメガネ美人になりそう」
美羽が改めて俺を眺める。
「でも黒髪のお兄ちゃん、結構印象違うね。普通に歩いてるだけなら、まさかルミエラ様本人が駅前にいるとは思わないんじゃない?」
「……そういうものか?」
「人って、いると思ってないものは案外気づかないよ」
セレイスも頷いた。
「神としての気配を抑えた上で髪と瞳を変え、服装も変えれば、遠目にはかなり印象が違うと思う。ただ、長時間近くで見られれば気づかれる可能性はあるね」
「当面はそれで我慢するか」
完璧な変装ではない。それでも、ずっと家から出られないよりはいい。
せっかく地球へ帰ってきたのだ。家族と普通に外を歩いて、買い物へ行って、飯を食って、美羽が通っている学校の近くを見たり、二年半の間に変わった街を歩いてみたりしたい。
「じゃあ明日どっか行こうよ。祝日で学校休みだし」
「明日休みなのか?」
「うん。忘れてた?」
「二十六年ぶりに帰ってきたばっかりなんだぞ。日本の祝日まで覚えてるか」
「それもそっか」
「……いいのか? 俺と出かけて」
「お兄ちゃんでしょ?」
「……まあ、そうだけど」
「じゃあ別にいいじゃん」
あまりにも普通に返され、少しだけ肩の力が抜けた。
「ただし、ルミエラお姉様モードは禁止」
「外でやるか!」
美羽が笑い、俺も思わずつられて笑った。
神託はすでに始まり、世界中が騒ぎ始め、各国も少しずつ動き出している。一年後には地球そのものが今とはまったく違う世界になっているかもしれないし、俺自身も地球担当神として、やるべきことを山ほど抱えている。
それでも、家族と一緒に出かけたいと思うくらいは、許されてもいいはずだ。
「じゃあ今日は、もう少し制御練習を続けようか」
セレイスがそう言うと、美羽が楽しそうにこちらを見る。
「お兄ちゃん、頑張ってね。自分の理想の女性の姿で」
「その話はもう終わっただろ!」
結局その日、神力制御の訓練よりも何よりも、二十六年前の自分が残した黒歴史の方が、俺へ大きなダメージを与えた。
世界を救って神にまでなったというのに、昔の自分の好みからまでは、どうやら逃げられないらしい。