TS女神の地球救済政策 ~26年かけて異世界を救った元勇者、絶世の女神になって帰還したら地球が滅びかけていたので、ダンジョン災害で救います~ 作:TS女神
一件ずつ返信したい気持ちはあるのですが、内容によっては似たような返信になってしまいそうなので、必要そうな補足や回答については前書きなどでまとめて触れさせていただくことがあります。
感想はとてもモチベーションにつながっているので、気になったところや、良かったところ・微妙だったところなども含め、気軽に感想いただけると嬉しいです。
※感想について少しだけ。
何件かいただいた「教えられていない魔法も使えるのか」という点については、今後少しずつ作中でも触れる予定です。
ゲームや漫画の魔法を片っ端から試す人はたくさん出てくると思いますが、いきなり世界中で火球が飛び交うようなことにはならない予定です
三度目の神託を終えてから、《光球》は俺が想像していた以上の速さで世界へ広がっていた。
成功した瞬間を撮影した動画、大学や研究機関による検証、少しでも早く魔力を感じ取るための方法をまとめた解説。そうした情報が世界中へ次々と投稿され、人類は俺が教えたものを、すでに自分たちなりのやり方で研究し始めている。
もちろん、その中には明らかに怪しいものも山ほどあった。
『一時間の瞑想で魔力感知率が上がる』
『特定の呼吸法で成功率が倍になる』
『塩水を飲めば魔力量が増える』
『満月の光を浴びながら練習すると効率がいい』
「……最後の二つは完全に関係ないな」
神域で世界中から流れてくる情報を眺めながら、思わずそう呟く。
一方で、呼吸を整えて集中しやすくするとか、手の感覚へ意識を向けるとか、俺が神託では細かく説明しなかった部分について、実際に多少は効果のありそうな方法も見つかり始めていた。
「放っておいていいのかい?」
隣から聞こえた声に振り向くと、セレイスがいつもの穏やかな表情で同じ画面を眺めている。
「明らかに危険なものなら止めるけど、《光球》くらいならな。火が出るわけでもないし、本人たちで試して効率のいい方法を見つけるなら、その方がいいだろ」
「君がすべて教える必要もない、と」
「うん。俺一人で何十億人分の最適な練習方法まで決めるなんて無理だし」
魔力の感じ方にはかなり個人差がある。
温かく感じる者もいれば、冷たく感じる者もいる。水や空気が流れているようだという人間もいれば、身体の奥に今までなかった感覚が一つ増えたようだと表現する者もいた。
それだけ違うのなら、練習方法まで一つに固定する必要はないのだろう。最低限の安全だけ確保した上で人類自身に試行錯誤してもらった方が、俺一人で考えるより早く良い方法が見つかるかもしれない。
「なら、そろそろ私も戻ろうかな」
「……戻る?」
何気なく言われた言葉に、思わずセレイスの方を見る。
「そう。神託の運用も安定しているし、ダンジョンについても大枠は決まった。君自身も神力の最低限の扱いには慣れてきたからね。ここから先は、地球担当神として一人でも十分やっていけるだろう」
「もう?」
「もう、というほど短くはないよ。君の体感時間では、かなり一緒にいただろう?」
「それはそうだけど」
神としての訓練まで含めれば、俺にとってはかなり長い時間をセレイスと過ごしている。
それでも、地球へ戻ってきてからずっと当たり前のように隣にいたので、急にいなくなると言われると少し妙な気分だった。
「別に二度と会えないわけじゃない。何か本当に困ったことが起きたなら呼べばいいよ」
「呼んだら来てくれるのか?」
「手が空いていればね」
セレイスは小さく笑った。
「それに、いつまでも私が横から答えを出していたら、君が地球担当神になった意味がないだろう?」
「……それはそうだな」
「もちろん、神同士でなければ対処できない問題や、世界そのものに関わる異常が起きた時は話が別だよ。そういう時は遠慮なく呼んでほしい」
「分かった」
「ただし、寂しいから話し相手になってほしい、程度で呼ぶのは勘弁してくれると助かるかな」
「呼ばねえよ!」
笑いながら返すと、セレイスもどこか楽しそうに目を細めた。
こうして、地球担当神になったばかりの俺を支えてくれていた調律神は、一度自分の仕事へ戻ることになった。
少し心細くはあるが、いつまでも誰かに助けてもらってばかりというわけにもいかない。
地球担当神は、俺なのだから。
◇ ◇ ◇
その日の夕方、実家へ戻ると、美羽がリビングのソファでスマートフォンを眺めていた。
ただし、いつもと少しだけ違う。左手の上には、小さな白い《光球》が浮かんでいる。
「……普通に使いながらスマホ見てるな」
「あ、おかえり」
美羽は顔を上げたものの、《光球》は消えなかった。
「それ、もうそんなに安定したのか?」
「朝よりかなり簡単になったよ。最初は出すまで結構かかったけど、一回できたら段々分かるようになってきた」
「へえ……」
改めて魔力の流れを確認してみると、魔力量そのものが特別多いわけではない。ただ、必要な分だけ細かく流し続けるのが上手い。
「美羽、魔力を細かく扱うの得意なのかもな」
「そうなの?」
「多分。スマホいじりながら《光球》維持するのって、初日なら意外と難しいぞ」
「やった」
嬉しそうに笑う美羽を見ながら、やはり人間ごとに得意分野が違うというのは間違いなさそうだと思う。
魔力量が多い者もいれば、少ない魔力を効率よく使える者もいる。細かな操作に向いている者や、体内で魔力を循環させるのが得意な者もいるだろうし、そのうち体外へ魔力を放つことに特化した人間だって現れるはずだ。
「次の神託、身体強化なんでしょ?」
「ああ」
「どのくらい強くなるの?」
美羽が《光球》を消し、興味津々といった様子でこちらを見る。
「最初は一割から二割くらい、身体の動きを補助する程度だな」
「一割から二割?」
「筋力とか踏ん張る力とか、瞬間的に力を出す時の補助。身体そのものも少し頑丈になる。ただ、全部の能力が一律で二割上がるわけじゃないぞ」
「百メートル十秒の人が八秒になるとか?」
「ならないならない」
そこまで単純な話ではない。
身体強化は、魔力によって筋肉や関節の動きを補助し、肉体が本来出せる力を少し底上げする技術だ。
力そのものは上がっても、走り方や反応速度、フォーム、タイミングまで自動で上手くなるわけではないし、元々訓練している人間ほど、その補助を効率よく使える部分もあるだろう。
「じゃあ地味?」
「一般人の日常生活なら、ちょっと力が出しやすいとか、疲れにくいとか、そのくらいに感じるかもしれない。でも競技や仕事で使えば話は別だぞ」
「そっか。元々すごい人の一割って大きいもんね」
「そういうこと」
トップアスリートの出力が一割補助される。警察官や消防士が、今までより重い物を持てる。逆に、犯罪者もまったく同じ力を使えるようになる。
ほんの一~二割でも、社会全体へ与える影響は決して小さくない。
「ダンジョンの魔物と戦うには、それで足りるの?」
「最初の方ならな。最初は浅い階層でも複数人で戦うくらいを考えてたけど、そこはもう少し弱くするつもりだ」
「変えるの?」
「ああ。実際にダンジョンが出たら、一人で入る奴や未成年だって絶対出てくるだろ。国によって入口をどこまで管理するかも違うだろうしな」
「日本でも絶対いるよ。配信しながら入ろうとする人とか」
「いそうだなあ……」
想像するだけで頭が痛い。
「だから第一層の最弱クラスは、基本的な身体強化と武器の扱いを覚えてれば、初心者でも一対一なら勝てる程度にしておく」
「一人で入っても大丈夫ってこと?」
「そこまでは言わない。複数体に囲まれたり、不意打ちされたりする可能性はあるから、探索自体は複数人推奨。ただ、入口からパーティ必須の難易度にはしないってことだ」
「なるほど」
「その代わり、身体強化すら覚えてない状態で入ってほしくはないけどな。弱くするといっても、魔物は本気で殺しに来るんだから」
「……ゲームじゃないもんね」
「ああ」
その一点だけは、絶対に勘違いしてほしくなかった。
そこで美羽が少し考えるように首を傾げる。
「でもさ、本物のダンジョンが出る前に、魔物と戦う練習ってできないの?」
「できるようにするつもりだぞ」
「え?」
「まだちゃんとは話してなかったか」
神託の仕組みを作っている途中から、考えていたことがある。
夢の中で人類へ情報を届けられるのなら、それを一方的に話を聞かせるだけの仕組みにしておく必要はない。
「神託と同じ仕組みを使って、訓練用の夢を作る」
「訓練用?」
「実際に身体を動かして、魔物と戦えるようにするんだよ。夢の中だから現実の身体は怪我しないし、向こうで死んでも目が覚めるだけ」
「……ゲームみたい」
「見た目だけならな。でも魔物は本気で襲わせる」
「本気で?」
「ああ」
美羽の表情が少し引き締まる。
「痛みは大幅に落とす。死んでも現実の身体には何も起きないし、精神的に危険なところまで追い詰められそうなら強制的に外へ出す。神力で精神保護も掛けるから、訓練が原因で酷いトラウマが残るようなことも避ける」
「じゃあ怖くない?」
「怖いぞ」
「え」
「怖さまで全部消したら訓練にならないだろ」
魔物が襲ってきて、武器を振り上げ、自分を殺そうとしてくる。その恐怖まで取り除いてしまえば、本物のダンジョンへ入った瞬間に身体が動かなくなってしまう。
「剣の振り方とか身体強化のやり方を知ってても、本当に自分を殺そうとしてくる相手を前にして動けるかは別だからな」
「……なるほど」
「痛みもゼロにはしない。かなり弱くはするけど、殴られたら『殴られた』って分かる程度には残す」
「嫌だなあ……」
「嫌だから本番で食らわないように覚えるんだよ」
「正論だけど嫌だなあ……」
美羽が露骨に嫌そうな顔をする。
「一番最初に必要なのは、強い技を覚えることじゃない。怖くても身体を動かせるようになることだと思ってる」
「怖いのに?」
「怖いのと、動けるのは別だからな」
恐怖そのものをなくす必要はない。怖くても逃げる。怖くても武器を構える。怖くても仲間へ声を掛ける。そういう最低限の行動が取れるだけで、生存率は大きく変わる。
「失敗したら?」
「安全に失敗して、もう一回だ」
「死んでも?」
「起きるだけ。また寝た時にやればいい」
「……それなら、ちょっとやってみたいかも」
「マジで?」
「できたら最初にやらせてよ」
「身内特権か?」
「いいじゃん。一人くらいテストする人必要でしょ?」
「まあ、それはそうだな」
実際、いきなり世界中へ公開するつもりもない。完成したらまず自分で確認し、それから誰か一人、人間側の感覚で試してもらう必要がある。そう考えれば、美羽はちょうどいいのかもしれない。
「分かった。試作品できたらやらせてやる」
「やった」
「ただし途中で泣いても知らないぞ」
「そんな怖いの?」
「怖くない訓練作っても意味ないからな」
「今からちょっと後悔してきた」
「まだ何もしてないだろ」
◇ ◇ ◇
身体強化を人類へ教えることで、ダンジョンへ備えるという当初の目的以外にも、社会の様々な場所へ影響が出ることは分かっている。
スポーツだけではない。警察や消防、軍、そして犯罪に至るまで、肉体を使うあらゆる分野で、これまでの前提が少しずつ変わっていく。
「魔法って、ダンジョンの中だけ使えるようにはできないの?」
美羽の問いに、俺は首を横へ振った。
「できなくはないけど、やらない」
「なんで?」
「地球そのものに魔力がある状態になるんだ。人間がそれを使えるようになったのに、『ダンジョンの外では神様が禁止します』って俺が勝手に決めるのは違うだろ」
「でも犯罪に使う人も出るよ?」
「出るだろうな」
「じゃあ止めなくていいの?」
「犯罪を止めるのは人間社会の仕事だよ」
そう言うと、美羽が少し意外そうな顔をした。
「冷たい?」
「いや……もっと全部お兄ちゃんが決めるのかと思ってた」
「それやり始めたらキリがないだろ」
俺はソファへ背中を預ける。
「神様だからって人間の社会のルールまで全部俺が決め始めたら、それは助けてるんじゃなくて、支配してるのと変わらなくなるだろ。俺は地球を救いたいだけで、地球の王様になりたいわけじゃない」
「地球の王様かー。まぁ、お兄ちゃんには似合わないかもね。まあでも、ルールを作るのは人間側でいいと思うよ」
「だろ?」
「お兄ちゃんが全部決めたら、スポーツで身体強化使っていいかとか、警察はどこまで使っていいかとか、全部女神様に問い合わせ来そう」
「絶対嫌だ」
想像するだけで面倒くさい。俺がやるべきなのは、人類が生き残るための最低限の力と情報を渡すことだ。その力を使ってどんな社会を作るのかまで、俺が決める必要はない。
そこは人類自身に考えてもらうべきなのだろう。
◇ ◇ ◇
そして、その夜。
四度目の神託が世界へ届けられた。
白く広大な神域には、雲海の上へ巨大な柱が並び、その中央で俺――女神ルミエラは、いつものように静かな笑みを浮かべて人々を迎える。
『皆さん、再びお会いしましたね。地球担当神のルミエラです』
世界各地で眠りについた人々が、それぞれの睡眠に合わせて順番に同じ声を聞いていく。
『前回の神託では、皆さん自身にも魔力が存在すること、そして最初の魔法として《光球》の使い方をお伝えしました』
掌を上へ向けると、小さな白い光がふわりと浮かび上がる。
『すでに成功された方もいれば、まだ魔力を感じ取れず、難しいと感じている方もいらっしゃるでしょう。ですが、焦る必要はありません。魔力の感じ方や扱いやすさには個人差があります』
そう告げて、掌の上に浮かんでいた光を静かに消す。
『今回お伝えするのは、《身体強化》です』
そこで一度言葉を区切り、今度は自分の腕へ薄く魔力を巡らせた。
『身体強化とは、魔力を自分の身体へ巡らせ、筋肉や関節の動きを補助する技術です。最初から大きな力を出そうとする必要はありません』
魔力が薄い光となって腕を包む。
『初心者の方が安全に扱える範囲では、身体の動きを一割から二割程度補助するものだと考えてください。ただし、すべての能力がそのまま一割、二割向上するわけではありません』
走る速さや力、反応、技術は互いに関係していても、すべて同じものではない。
『身体強化は、皆さんが本来持っている身体能力を魔力によって補助するものです。技術や経験そのものを与えるものではありませんので、無理な動きは避け、まずは安全な場所で少しずつ試してください』
そして、もう一つ。これだけは最初から伝えておく必要がある。
『また、この力はダンジョンの中だけで使えるものではありません』
聞いている人々の表情が、僅かに変わる。
『《光球》と同じように、身体強化も日常生活の中で使用できます。今後、皆さんが扱える技術が増えていけば、スポーツ、仕事、救助活動、治安など、様々な分野へ影響が出るでしょう』
だからといって、俺がそのすべてのルールを決めるつもりはない。
『どのような場面で使い、どのような規則を作るのか。それは、それぞれの国や社会の中で話し合って決めていただきたいと考えています』
世界中の人々へ向けて、静かに言葉を続ける。
『神が人の社会のすべてを決めてしまうことが、皆さんのためになるとは私は考えていません。人の社会は、人の手で築いていくものですから』
俺が教えるのは、生き残るために必要な力だ。それをどう使うのかまで、こちらから奪うつもりはない。
『今後も少しずつ、ダンジョンへ備えるために必要な技術をお伝えしていきます。焦らず、一つずつ身につけていってください』
最後に、いつものように一礼する。
『それでは、今回の神託はここまでです。また次回、お会いしましょう』
柔らかな光が神域へ広がり、四度目の神託が終わった。
◇ ◇ ◇
人類が最初に扱える身体強化は、せいぜい一割から二割程度の補助にすぎない。
日常生活では少し便利に感じる程度でも、競技の記録や治安の前提を変えるには十分な力であり、やがて本物のダンジョンへ足を踏み入れる時には、自分たちの命を守るための最初の武器にもなる。
まだ本物のダンジョンへ足を踏み入れた者はいない。魔物と戦った経験もなく、そこで何が待っているのかを本当の意味で知っている者もほとんどいない。
それでも人類は少しずつ、これまでとは違う世界で生きていくための準備を始めていた。