TS女神の地球救済政策 ~26年かけて異世界を救った元勇者、絶世の女神になって帰還したら地球が滅びかけていたので、ダンジョン災害で救います~ 作:TS女神
【Side:宗教学者 マーティン・グレイ】
マーティン・グレイは、神の存在を否定したことはない。だからといって、学者として神の存在を証明できると考えたこともなかった。
六十一年の人生の大半を宗教史と比較宗教学の研究へ費やし、世界各地の神話や宗教、信仰の成立と変遷を調べてきた。人はなぜ神を求めるのか。遠く離れた土地で、なぜ似たような神話が生まれるのか。歴史上に起きた出来事が、何百年、何千年という時間を経て、どのように聖典や伝承へ姿を変えていくのか。
それらを研究することと、神の実在そのものを論じることは、まったく別の問題だった。少なくとも、数日前までは。
「……まさか、生きているうちにこんな議題で会議をすることになるとはな」
自宅の書斎で眼鏡を押し上げながら、マーティンは目の前のノートパソコンへ視線を向けた。
画面には十数人の顔が並んでいる。英国だけではない。フランス、ドイツ、イタリア、アメリカ、インド、中東、日本。宗教学者や神学者、歴史学者、文化人類学者など、国籍も所属も専門も異なる研究者たちが参加するオンライン会議だった。
そして、その会議で議論されているのは、たった一人の女性についてである。
女神ルミエラ。
『まず確認しておきたいのですが、我々は彼女を現時点で“神である”と認定することについて、慎重であるべきだと考えます』
画面の向こうでアメリカの研究者がそう切り出すと、マーティンもすぐに頷いた。
「もちろんです。世界各地の人間へほぼ同一内容の夢を届け、《光球》という未知の現象を再現可能な形で教え、さらには身体能力へ干渉する技術まで提示した。極めて強大な存在であることは疑いようがありません。しかし、強大であることと神であることは、必ずしも同義ではない」
『問題は、その“神”という言葉自体ですね』
今度はフランスの女性研究者が口を開く。
『彼女は自らを地球の“担当神”と表現しました。各国語でも、それに相当する意味として受け取られている。しかし、それが私たちの宗教で用いられてきた神という概念と、本当に同じものなのか』
「そこが最大の問題でしょう」
マーティンは椅子へ深く腰を下ろした。
最初の神託が世界へ届けられた時から、この問題は宗教関係者の間で何度も議論されている。突然、世界中の人間が同じ夢を見た。夢の中央には、人間離れした美貌を持つ銀白色の髪の女性が立ち、自らをルミエラと名乗った。そして彼女は、世界中の人々へ向けてこう宣言したのだ。
『このたび、地球という星を管理する担当神として就任しました』
あまりにも奇妙な言葉だった。
単なる神ではなく、担当神。しかも彼女は、地球を創造したとも、人類を創ったとも、自分だけを信仰しろとも言っていない。その言葉を素直に受け取るなら、むしろ別の可能性が浮かんでくる。
「彼女の言い方は、他にも同種の存在がいることを前提としているように聞こえます」
マーティンがそう口にした瞬間、画面の向こうにいる何人かが僅かに表情を変えた。
『つまり、多神教的な世界観ですか?』
「そこまで断定するつもりはありません。ただ、“担当”という概念には、少なくとも彼女一人ですべてを担っているわけではないような響きがある」
『地球担当がいるなら、他の星にも担当がいる可能性がある』
『あるいは、彼女を任命した上位存在がいる』
『神々にも組織が存在する、と?』
「それすら分かりません」
次々と飛び出す推測に、マーティンは苦笑した。
「我々は今、ほんの数回の神託から、彼女たちの存在体系そのものを推測しようとしている。あまりにも資料が少なすぎます」
会議に参加している誰も反論しなかった。
人類が知っているのは、ルミエラ自身が語ったほんの僅かな情報だけなのだから。
それでも、議論せずにはいられない。もし彼女が本当に神なのだとすれば、人類がこれまで積み上げてきた宗教観そのものへ影響を与えかねない存在だった。
『しかし、奇妙ですね』
しばらくして、一人の研究者が口を開いた。
『仮に彼女が、人類から信仰を得ることを目的としているとすれば、やり方があまりにも回りくどい』
「私も同感です」
マーティンは頷いた。
そこは以前から気になっていた。
ルミエラは奇跡を見せた。世界各地の人間の夢へ現れ、《光球》という魔法まで人類へ与えた。宗教史を見れば、これほど分かりやすい奇跡を示す存在が現れたのなら、自らへの信仰を求めても何ら不思議ではない。
だが、ルミエラは一度としてそれを求めていなかった。祈れとも、崇めろとも、教会や神殿を建てろとも言わない。それどころか、四度目の神託では明確にこう言い切っている。
『神が人の社会のすべてを決めてしまうことが、皆さんのためになるとは私は考えていません。人の社会は、人の手で築いていくものですから』と。
「信仰を集めることが目的なら、あまりにも不自然です」
『むしろ、自ら人間社会への介入を制限しようとしているようにも見える』
「ええ。そこも興味深いところです」
神を名乗りながら、人間社会を支配しようとしない。人類へ力を与えながら、その力をどう扱うのかは人間自身で決めろと言う。宗教家にとっても政治家にとっても、実に扱いに困る存在だろう。
『一部では、彼女を天使や神の使いとして解釈しようとする動きも出ています』
『当然でしょう。既存の教義と整合させるなら、その方が容易な場合もある』
『しかし本人は明確に神を名乗っている』
『本人が神と名乗ったから神だと認めるのですか?』
『そうは言っていません』
画面の中で再び議論が始まる。マーティンは、それを止めようとはしなかった。
この数日間、世界中で似たような議論が繰り返されている。
ある宗教では、ルミエラを既存の神が遣わした使者として解釈しようとする者がいた。別の場所では、新たに現れた神として受け入れようとする者もいる。反対に、人間を惑わせる危険な存在ではないかと警戒する声も上がっていた。
そして、そのどれにも属さず、『正体は分からない。ただし、彼女が教えた魔法は実在する』という事実だけを受け入れる人々も増えつつある。少なくとも現時点では、それが最も慎重な態度なのだろう。
「結局、我々が今できるのは観察することだけです」
マーティンがそう言うと、それまで続いていた議論が一度止まった。
「彼女は次も神託を送るでしょう。そして、おそらくその次も。その過程で、彼女自身について新しい情報が語られる可能性もあります」
『何も語られない可能性もありますが』
「その通りです」
むしろ、これまでのルミエラを見る限り、自分自身について詳しく説明することには、あまり興味がないようにさえ見える。
彼女が話しているのは、一年後に訪れる危機と、そのために人類が何を覚える必要があるのか。それがほとんどすべてだった。
マーティンは少し考えたあと、静かに口を開く。
「少なくとも一つだけ、私は彼女について興味深いと思っていることがあります」
『何でしょう?』
「彼女は、自分が神であることを人類に信じさせようとしていない」
画面の向こうが静かになった。
「神であることを証明しようともしていないし、自分を信じろとも言わない。ただ必要な情報を伝え、現実で再現できる方法を教えているだけです」
最初は夢だった。次に魔物や災害について警告し、三度目には《光球》を教えた。そして人類は、それを現実で再現した。さらに四度目の神託では《身体強化》を教え、今まさに世界中で検証が始まっている。
「つまり彼女は、人類に信じてもらう必要そのものがないのかもしれません」
『必要がない?』
「はい」
マーティンは画面越しに参加者たちを見回した。
「信じるかどうかとは関係なく、彼女が教えたものは使える。それなら一年後、本当にダンジョンが現れた時――我々は嫌でも答えを知ることになる」
しばらくの間、誰も言葉を挟まなかった。
やがて、一人の研究者が小さく息を吐く。
『……宗教学者としては、随分と困った女神ですね』
「まったくです」
マーティンも思わず笑った。
「せめてもう少し、自分が何者なのか説明してほしいものですよ」
◇ ◇ ◇
だが、女神ルミエラの存在に頭を抱えているのは、宗教関係者だけではなかった。第四回神託が世界各地へ届き始めると、各国政府や研究機関には、それまで以上の量の情報が集まり始めていた。
『身体強化の再現を確認』
『複数の研究機関で同様の結果』
『被験者ごとの差は大きいものの、筋出力、跳躍、短距離走など複数の項目で有意な変化』
『ただし、ルミエラが説明した通り、全能力が一律に十から二十パーセント向上するわけではない』
世界各国の研究施設では、《光球》の分析と並行して、身体強化の検証が急速に進められていた。魔力を感じることのできた被験者に神託通りの手順を試してもらい、握力や筋力、跳躍力、走行能力などを測定する。
結果には大きな個人差があった。ほとんど変化が現れない者もいれば、少し力を出しやすくなった程度の者もいる。その一方で、明確にそれまでより高い数値を記録する者も確認されていた。
重要なのは、それが一人や二人の成功例ではないということだった。同じ現象が、世界各地で繰り返し確認されている。
《光球》だけなら、未知の発光現象という言葉で無理に説明することもできたかもしれない。だが、人間の身体能力そのものへ作用する何かまで確認され始めれば、従来の常識だけで処理することは難しい。
夢の中の女性が『魔力』と呼んだ未知の力。少なくとも現時点では、人類もその名称を借りて呼ぶほかなかった。
◇ ◇ ◇
当然、その影響は研究室の中だけでは終わらない。
『身体強化の競技利用について、国際陸上競技関係者が緊急協議へ』
『複数のプロスポーツ団体、公式戦での魔力使用について暫定的な禁止方針を検討』
『ドーピング規定で対応可能か、専門家の間でも意見分かれる』
第四回神託の直後から、スポーツ界は大きな混乱へ陥っていた。
身体強化は薬物ではなく、外部から何かを注入しているわけでもない。本人の身体に馴染んだ魔力を、自分の意思で利用しているだけだ。
ならば、それはドーピングなのか。それとも、人間が本来持っている身体能力の一部として認めるべきなのか。そもそも、競技中に身体強化を使用しているかどうかを、どうやって判別すればいいのか。
現時点では、誰にも明確な答えを出せていない。
『これ、今までの世界記録どうなるんだ?』
『新記録出ても身体強化使ってたら参考記録?』
『全員使えば公平だろ』
『使える量に個人差ある時点で公平って何だよ』
『元々才能に個人差あるだろ』
『その議論始めたら終わらんぞ』
SNSでは、専門家が正式な結論を出すより遥かに早く議論が始まっていた。
競技者本人たちも例外ではなく、身体強化を試した動画を公開する者がいる一方で、競技規則が整うまでは使用しないと宣言する選手もいる。
中には『女神様に教えてもらったんだから合法だろ』などという、何の根拠にもなっていない主張まで飛び出していた。
◇ ◇ ◇
警察や軍も、当然ながら無関係ではいられない。
『容疑者側が身体強化を使用した場合を想定し、訓練方法の検討を開始』
『警察官による身体強化使用の法的整理が必要』
『軍関係者への魔力訓練を正式に導入するか、各国で協議』
一般人が使える力である以上、犯罪者だけが使えない理由などない。
逃走する者が身体強化を使えば、追跡する警察官にも同じ技術が必要になる。暴力事件で使われれば、これまでより大きな被害が出る可能性もあるだろう。
一方で、人命救助や災害現場では極めて有用な力でもある。
瓦礫を持ち上げ、負傷者を運び、長時間の活動を支える。高齢者や体力の弱い人間であっても、今までより少しだけ身体を動かしやすくなる可能性がある。
同じ力でも、使い方一つで人を助けることも傷つけることもできる。ルミエラは、おそらくそれを理解した上で人類へ力を渡し、その扱い方を決めるのは自分たち自身だと告げたのだ。
◇ ◇ ◇
もちろん、世界中の人間が難しいことばかり考えているわけではない。
『身体強化できた人いる?』
『光球すらまだ出ないんだが』
『俺も。魔力どこだよ』
『身体の内側ってどこだよ。全部内側だろ』
『草』
『昨日初めて光球成功した。身体強化はまだ分からん』
『ちょっと足軽くなった気がするけどプラシーボかもしれん』
『全力ダッシュして壁に突っ込んだ動画流れてきたぞ』
『女神様が安全な場所で試せって言っただろ!』
『神託を聞け』
言語も文化も違うはずなのに、人間の反応には妙に似たところがあった。
《光球》が出れば喜び、出なければ焦る。身体強化が成功すれば試したくなり、うまくいかなければ他人の方法を真似し始める。そして少しでも面白いことがあれば、すぐに動画へ撮って共有する。
ルミエラが予想していた通り、独自の訓練法も増え続けていた。
『一時間瞑想すれば魔力感知率アップ!』
『塩水を飲むと魔力が増える』
『満月の光を浴びながらやると成功しやすい』
『それ全部根拠ないだろ』
『女神様が言ってないこと勝手に増やすな』
『でも呼吸法は割と効いた』
『それただ集中しやすくなってるだけじゃね?』
正しい情報と間違った情報、研究結果と迷信、そして冗談と本気。それらすべてが入り混じりながら、瞬く間に世界を駆け巡っていく。
◇ ◇ ◇
ルミエラ自身に対する人々の関心も、少しずつ変化していた。最初の頃は、『世界中が同じ夢を見たらしい』という現象そのものが話題の中心だった。ところが今では、
『ルミエラは本当に女神なのか』
『担当神とは何なのか』
『他にも神がいるのか』
『なぜ今まで地球の担当神が現れなかったのか』
『彼女はどこから来たのか』
そんな議論へと移り変わりつつある。
本人は、そのどれにも答えていない。それでも、人間は考えずにはいられなかった。これまで世界中で信仰されてきた神々とは何だったのか。神話に登場する存在とルミエラに何らかの関係はあるのか。各宗教で語られる神と、彼女のいう『担当神』は本当に同じ概念なのか。
世界各地の宗教団体からも、慎重な声明が相次いでいる。彼女の正体について断定を避ける者もいれば、既存の信仰と矛盾する存在ではないと説く者もいる。安易に崇拝すべきではないと警告する者や、新たに現れた神として受け入れようとする者もいた。
さらには、神託開始からまだ僅か数日だというのに、すでにルミエラを信仰対象として扱い始める小規模な集団まで現れている。
ただし、その中心にいる本人だけは、『私を信仰してください』などとは、一言も口にしていなかった。
◇ ◇ ◇
「……面白いですね」
オンライン会議を終えたマーティンは、書斎のテレビへ目を向けた。
画面では、世界各国の反応をまとめた特集番組が流れている。
アメリカでは身体強化とスポーツについて議論が行われ、ドイツでは大学や研究機関が《光球》のスペクトル解析結果を発表している。インドでは宗教家と科学者が同じ番組へ出演し、ルミエラをどう捉えるべきかについて議論を交わしていた。
日本では、政府が魔力に関する専門家会議の設置を検討しているという。そして画面下部を流れる速報には、それらとはまったく毛色の違うニュースが表示されていた。
『各地で身体強化の練習中に転倒する事故相次ぐ。無理な使用に注意』
「……人間は変わらないな」
マーティンは思わず笑った。
神を名乗る存在が現れ、昨日まで物語の中にしかなかった魔法が使えるようになっても、人間は驚き、疑い、議論し、自分でも試し、時には失敗する。世界の根本が変わろうとしているというのに、そこに生きる人々の日常は、意外なほど日常のまま続いていた。
机の横には、マーティン自身が作り出した小さな《光球》が浮かんでいる。三度目の神託から二日ほど試行錯誤を重ね、今朝ようやく成功した魔法だ。
指を近づければ、白い光がその肌を淡く照らす。ほとんど熱はなく、電球でも炎でもない。六十年以上生きてきた自分の常識では、いまだ説明できない光だった。
「神、か……」
小さく呟きながら、マーティンは掌から少し離れた場所に浮かぶ光を眺める。
彼自身、信仰を持つ人間だった。だからこそ、夢の中に美しい女性が現れ、奇跡のような現象を見せたからといって、すぐに神だと思うことはできなかった。
強大な力を持っていれば神なのか。奇跡を起こせれば神なのか。それとも、人類を救おうとする存在であれば神と呼ぶべきなのか。そんな問いに、簡単な答えなどあるはずがない。
「少なくとも……あなたが、我々の世界を変え始めていることだけは確かなのでしょうね」
白い光へ向けて語りかけても、当然ながら返事はない。
ルミエラは今、ここにはいない。彼女は夢の中で必要なことだけを語ると、その後を人類へ委ねている。
彼女を信じるのか、疑うのか。与えられた力をどのように使い、どんな法律を作り、その先にどんな社会を築いていくのか。少なくとも今のところ、ルミエラはそれらすべてを人類自身に選ばせようとしていた。
◇ ◇ ◇
【Side:女神ルミエラ】
その頃、神域では俺も世界各地の様子を眺めていた。
身体強化を教えた以上、どの程度の人間が成功しているのか、危険な使い方をしている者がいないかくらいは確認しておきたい。
研究機関で測定を受けている人間もいれば、家の中で恐る恐る身体を動かしている人間もいる。案の定、調子に乗って全力で走り、転んでいる奴までいた。
「だから最初はゆっくり試せって言ったのに……」
思わず呟きながら情報を切り替えていると、その中に少し変わった魔力の動きをしている人間がいることに気づいた。
「ん?」
気になって確認してみると、六十歳くらいの男が書斎らしい部屋で、小さな《光球》を眺めている。
一見すれば、特に珍しい光景ではない。
すでに世界中で大勢の人間が《光球》に成功しているのだから、その一人が自宅で魔法を使っていたところで不思議でも何でもない。
だが、その光の位置が少しおかしかった。
「……あれ、もう手から離してる」
白い《光球》は、男の掌から十数センチほど離れた空中で、何の支えもなく静かに浮かんでいる。
《光球》そのものは初歩の初歩だ。魔力を感じ取り、それを掌へ集め、光という形へ変える。それだけなら、感覚を掴みさえすればそれほど難しい魔法ではない。だが、作った魔法を自分の身体から切り離し、その状態で安定して維持するとなれば少し話が変わってくる。
「教えてないよな、これ……」
神託で見せた《光球》は掌の上へ浮かべていたが、そこからさらに手を離し、空中で維持する方法までは説明していない。それなのに、この男は自分でそこまで辿り着いていた。
「ずいぶん魔力を外に放つのが得意な人もいるんだな」
少し面白くなって、しばらくその光を眺める。
美羽は魔力を細かく扱う感覚を掴むのが早く、他のことをしながらでも《光球》を維持できるほど操作が器用だった。
一方、この男は体外へ出した魔力を自分から離し、そのまま安定させることに向いているらしい。
当然といえば、当然なのかもしれない。
人間はこれだけいるのだ。魔力量が多い者もいれば、少ない魔力を効率よく使える者もいる。身体強化に向く者、細かな魔力操作が得意な者、こうして魔力を体外へ放つことに優れた者だっているだろう。
「……そのうち、俺が教える前に勝手に色々開発し始めそうだな」
地球には何十億という人間がいる。一人一人の得意不得意は違っていても、それだけの人数が同時に魔力を使い、試行錯誤を始めれば、俺が予想していなかった使い方が生まれるのも時間の問題なのかもしれない。
実際、この男だって俺が教えていないところまで、すでに自分で一歩先へ進んでいる。
「まあ……その方がいいか」
俺が一から十まで教えなければ何もできないより、自分たちで考え、自分たちで新しい使い方を見つけられる方がいい。
一年後にダンジョンが現れたあと、そこで実際に戦い、生きていくのは俺ではない。地球に暮らす人類自身なのだから。
俺はもう一度、空中へ浮かぶ小さな《光球》へ目を向ける。
「……頑張れよ」
当然、相手に聞こえるはずもない言葉を残して、次の情報へ表示を切り替えた。
◇ ◇ ◇
女神ルミエラによる神託が始まってから、まだそれほど時間は経っていない。
世界中の人間が彼女を信仰したわけではなく、本物の神だと認めたわけでもない。一年後にダンジョンが現れるという話でさえ、完全に信じられているわけではなかった。
それでも、世界規模の夢は繰り返され、彼女が教えた《光球》は現実で再現された。そして今、人類は自らの身体を魔力によって強化する技術まで手に入れ始めている。
宗教家は彼女をどう解釈するべきか議論し、科学者は魔力を測定する。政府は法律を考え、警察や軍は新しい訓練方法を検討し、スポーツ界はこれまでの常識が通用しなくなる可能性に頭を抱えていた。
その一方で、一般の人々は掌に浮かぶ小さな光へ歓声を上げ、身体強化に成功したと動画を投稿し、次の神託では何を教えてもらえるのかと期待している。
さらにその中には、女神から教えられた方法をなぞるだけではなく、自分自身の才能や工夫によって、すでに新しい使い方へ辿り着き始めた者まで現れていた。
人類はまだ、女神ルミエラが何者なのかを知らない。
彼女がどこから来たのかも、なぜ地球の担当神になったのかも、その背後にどれほど多くの神々が存在しているのかも知らないままだ。
けれど、少なくとも一つだけ、最初の神託を受けた直後とは明確に変わったことがある。
もはや女神ルミエラという存在を――ただの夢として片づけることは、世界中で日に日に難しくなりつつあった。