TS女神の地球救済政策 ~26年かけて異世界を救った元勇者、絶世の女神になって帰還したら地球が滅びかけていたので、ダンジョン災害で救います~ 作:TS女神
戦闘訓練の開放を始めた翌朝。
『日本政府は昨日、地球担当神ルミエラとの正式な対話を希望すると発表しました』
「……ん?」
聞き覚えがありすぎる名前がテレビから流れてきて、俺は手にしていた湯呑みを途中で止めた。
朝のリビングではいつものようにテレビがついている。もっとも、俺が熱心にニュースを見ていたわけではない。
学校へ行く準備をしている美羽が天気予報を確認するためにつけていただけなのだが、画面の隅には『政府、地球担当神ルミエラとの対話を希望』という文字が表示されていた。
「お兄ちゃん、呼ばれてるよ」
制服姿の美羽が鞄の中身を確認しながら、何でもないことのように言う。
「テレビ越しに神様を呼ぶなよ」
「でも他に連絡方法ないじゃん」
「……それもそうか」
言われてみれば、その通りだった。
これまで俺は人類へ一方的に神託を送ってきたが、逆に人類側から俺へ連絡する方法なんて一つも用意していない。俺としては必要な情報を順番に伝えているつもりだったものの、政府からすれば聞きたいことなどいくらでもあるだろう。
ちょうどその時、テレビの映像がスタジオから政府関係者の会見へ切り替わった。
『政府といたしましては、一年後に発生するとされるダンジョンについて、国民の安全を確保するためにも、より詳細な情報共有が必要であると考えております』
壇上に立つ男性が、正面に並んだ無数のカメラへ向け、一言一言を慎重に選びながら続ける。
『ルミエラ様が何らかの手段でこの声明をご覧になっているのであれば、我が国政府は正式な対話の機会を設けることを希望いたします。方法につきましては、可能な限りルミエラ様のご都合に合わせる用意があります』
「……ずいぶん低姿勢だな」
「そりゃ相手が女神様だもん」
「俺だけどな」
「向こうは知らないからね」
それを言われると、何とも言い返しにくい。
俺にとっては自分自身のことでも、政府から見れば夢の中へ現れ、世界中の人間へ魔法を教え、挙げ句の果てには睡眠中に利用できる戦闘訓練空間まで作った正体不明の女神である。慎重になるのも当然なのだろう。
会見映像が終わると、画面は再びスタジオへ戻った。
『政府が確認したい事項は多岐にわたると見られます。特に、一年後に発生するとされるダンジョンの規模や発生場所、内部に存在する魔物の危険性、そして現在世界中で利用され始めている魔法についても、詳しい説明を求めるものと見られています』
まあ、その辺りは当然だ。
こちらとしても、いずれ国家単位で動いてもらわなければ困る。ダンジョンが発生してから警察や自衛隊へ「今日から魔物が出るのでよろしく」では遅すぎるし、立入管理や避難計画、探索者の扱いなど、人間社会側で決めてもらわなければならないことは山ほどある。
俺一人で全部どうにかする気は、最初からない。
『また、ここ数日各地で観測されている小規模な地震についても、以前の神託で告げられた地球の魔力環境の変化との関連が指摘されています。政府は、現在の状況が想定された範囲内にあるのか、ルミエラとの対話が実現した際に確認したいとしています』
「……まあ、そこは聞かれるよな」
ここ数日、日本では震度一程度の小さな揺れが何度か起きている。規模そのものはこの国では珍しくないが、二度目の神託で地震や異常気象が一時的に増える可能性をあらかじめ伝えている以上、政府や専門家が無関係とは考えないだろう。
「これ、前に言ってたやつだよね?」
鞄を確認していた美羽が顔を上げる。
「ああ。今のところは想定してた範囲だよ」
「じゃあ、急に大きい地震が来る前触れとかじゃない?」
「少なくとも、今起きてる小さい地震が、そのまま大きな地震の前触れってわけじゃない。神託でも言っただろ。大きな被害に繋がらないように、こっちでも調整してるって」
「じゃあ、そんなに心配しなくていい?」
「今の揺れについてはな。ただ、普段の備えまでしなくていいって意味じゃないぞ」
「そっか」
美羽は少し安心したように頷いた。
二度目の神託では、ダンジョン発生までの環境変化に伴って地震や異常気象が一時的に増える可能性と、大きな被害へ繋がらないようこちらでも抑えることを伝えてある。今観測されている程度の揺れなら、少なくとも俺の想定から外れてはいない。
もちろん、俺が人類へ伝えているのは必要な部分だけだ。
地球に蓄積しているものをそのままにしておけばどうなるのか。そのために俺とセレイスが何を考え、どうしてダンジョンという方法を選んだのか。そこまで全部を世界中へ説明する必要はないと、今でも思っている。
「じゃあ、政府の人にも同じように説明するの?」
「聞かれたらな。今起きてる地震が、すぐ大災害に繋がるようなものじゃないって分かれば、それだけでも多少は安心するだろ」
「他にもいっぱい聞かれそうだけど」
「だろうなあ……」
ダンジョンについてだけでも、質問はいくらでも思いつく。どこに発生するのか。どの程度の数になるのか。魔物は外へ出てくるのか。一般人が中へ入ってもいいのか。魔法はどこまで使えるようになるのか。
今まで神託では、俺が必要だと思った順番で情報を渡してきた。だが、人類側が何を知りたがっているのかという点については、こうして直接聞いてみた方が早い部分もあるだろう。
『こうした動きは日本だけではありません』
テレビから聞こえてきた言葉に、俺は再び画面へ視線を戻した。
『アメリカをはじめ、ヨーロッパ各国、中国、インドなど、複数の国や地域が相次いで地球担当神ルミエラとの対話を希望する声明を発表しています』
画面が切り替わり、各国の政府関係者が会見している映像が次々と映し出される。言葉や表現は違っていても、言っていることは大体同じだった。話がしたい。情報が欲しい。こちらからも質問させてほしい。
「……増えたなあ」
「そりゃ増えるでしょ」
「一気に来られても困るんだけど」
「女神様、大人気だね」
「他人事だと思って」
美羽はくすくす笑いながら時計へ目を向け、そこで「あ」と声を上げた。
「やば。そろそろ行かないと」
「もうそんな時間か」
「うん。じゃあお兄ちゃん、各国首脳との会談頑張ってね」
「まだ行くって決めてないぞ」
「でも行くんでしょ?」
「……まあ、ずっと無視するわけにもいかないな」
「じゃあ頑張って」
随分と軽い。世界各国が正式に接触を求めている女神本人が目の前にいるというのに、美羽はいつも通り鞄を肩へ掛け、そのまま玄関へ向かっていく。
「行ってきまーす!」
「いってらっしゃい」
世界中の政府が地球担当神との対話を求めている朝でも、高校生は普通に学校へ行く。玄関の扉が閉まる音を聞きながら、俺は何とも言えない気分でテレビへ視線を戻した。
『今後、ルミエラから何らかの応答があるかが注目されます』
「……何らかの応答ねえ」
どうしたものか。
◇ ◇ ◇
美羽を見送ってからしばらくして、俺はテレビを消し、自室へ戻った。
政府への返事を考える前に、まず確認しておきたいことがある。昨日から順次利用できるようになった戦闘訓練が、実際にどの程度使われているのかだ。
もちろん、パソコンを開いてどこかの管理画面へログインするわけではない。神託も戦闘訓練空間も俺の神力を利用して構築したものなので、意識を向ければ全体の利用状況くらいは把握できる。
ただし、誰が何時何分に何をした、などと個人単位で監視するつもりはない。俺が知りたいのは、あくまで全体として人類がどのように利用しているかという大まかな傾向だけだ。
「さて……」
戦闘訓練を利用できるようになった人数。その中で実際に訓練空間へ入った人数。武器を選んで戦闘まで進んだ割合に、勝った人間と負けた人間の比率。途中で自分から「起きる」を選んだ人数や、どの武器が多く使われているのか。
さらに、一日の上限である三戦すべてを使い切った人間がどの程度いるのかまで確認していく。そうして数字を追っていき――俺は少しだけ目を見開いた。
「……思ったより多いな。人類、思ったよりノリノリじゃん……」
まだダンジョンが発生するまで一年もある。しかも今回用意したのは、弱体化したコボルド一体と戦うだけの初歩中の初歩の訓練だ。それでも、既に神託を受け取った人間の中から相当な人数が参加していた。
《光球》や身体強化を通して、本当に魔法が使えるのだと実感できたことも大きいのだろう。単なる未来の災害対策ではなく、自分自身がファンタジーじみた力を使えると分かれば、一度試してみたいと思う人間は多い。
俺だって、元の世界にいた頃にこんな訓練を受けられると言われたら、間違いなく参加していただろう。
「……というか、結構負けてるな」
初戦の結果を見ると、予想していた以上に敗北者が多かった。
能力だけを見れば、身体強化を使い、最低限の武器の扱いを理解していれば、戦闘経験のない人間でも一対一で十分に勝てるよう調整してある。
それでも、何もできないまま攻撃を受けたり、武器を構えたまま固まったり、途中で「起きる」と意思を示して現実へ戻った人間がかなりいる。
結局、一番大きいのは恐怖らしい。
「美羽だけじゃなかったか」
最初の試作品で、一歩も動けないままコボルドに頭を殴られた妹の姿を思い出す。この数字を見せれば、美羽はきっと安心するだろう。安心していい内容なのかは、かなり疑問だが。
続いて武器の使用状況へ意識を向ける。
「やっぱり剣が多いな……」
一番人気は片手剣だった。
槍もかなり多く、棍棒と盾を組み合わせている人間もいる。弓やクロスボウは近接武器と比べれば少ないものの、それでも世界規模で見ればかなりの人数が試している。
開放したばかりだというのに、もう色々な武器が使われ、どれが初心者向けなのかまで勝手に検証され始めている。
人類というのは、思っていた以上に実験好きなのかもしれない。そこまで考えたところで、インターネット上の反応も少し気になり、スマートフォンを手に取った。
『ボクサーなんだけどナックルとかガントレットはないの?』
「拳で殴る気かよ」
思わず声が漏れる。
『身体強化あるなら拳でもいけるだろ』
『噛まれるぞ』
『コボルドとインファイトするな』
『ボクサーに剣持たせるよりは強そう』
『女神様、拳闘家ルートもお願いします』
「ルートってなんだよ……」
別の投稿では空手経験者が素手で戦えるか議論していたり、柔道経験者がコボルドを投げられるのか気にしていたりする。
最初は呆れて眺めていたものの、少し考えてみれば、言っていること自体はそこまでおかしくない。
「……まあ、考えてみればそうか」
俺が用意した武器は、ほとんど異世界で一般的だったものだ。剣、槍、棍棒、弓、クロスボウ。二十六年間そこで戦っていたせいで、自分でも無意識のうちに異世界側の常識を基準に考えていたらしい。
だが、地球には地球で長い時間を掛けて積み上げてきた戦い方がある。
ボクシングも空手も柔道も、それぞれ現実の人間が磨いてきた技術なのだから、わざわざ全員を異世界式の戦い方へ合わせる必要はない。
「ガントレットみたいな装備も、追加を検討してみてもいいかもな」
もちろん、素手に近い距離で魔物と戦う危険性については説明した方がいい。相手によっては牙も爪もあるし、そもそも近づくこと自体が危険な魔物だっていくらでもいる。
それでも、既に身につけている技術を生かせる選択肢くらいは用意していいだろう。その辺りは今後の課題として覚えておくことにした。
そして最後に、国や地域ごとの利用状況へ意識を向ける。
「…………ん?」
そこで、一つだけ少し意外な数字が目に入った。
単純な参加人数ではない。人口の違う国同士で絶対人数を比べても、あまり意味はないだろう。
俺が見ているのは、既に戦闘訓練を利用できる状態になった人間のうち、実際に訓練へ参加した割合だ。
まだ開放が始まったばかりなので、比較できるだけの対象者数が揃っている国に絞って、その数字を見比べていく。
そして、その中で最も高かった国は――。
「日本じゃん」
思わず口に出してから、念のためもう一度確認した。やはり日本だった。
「お前ら、そんなにコボルドと戦いたかったのか……?」
参加率が高いだけではない。一度戦って終わりにせず、二戦目へ進んだ割合も高く、三戦すべて使い切った人間の割合になると、さらに妙な存在感を放っている。
もちろん、日本だけが他国を圧倒しているというほど極端な差ではない。他の国にも積極的な人間はいくらでもいるし、同じ国の中でもかなり差がある。
それでも、少なくとも現時点では、日本人がかなり熱心に戦闘訓練へ参加していることだけは間違いなかった。
「……ゲーム慣れしてるからか?」
理由までは分からない。剣や魔法といったものへの馴染みが強いのかもしれないし、単純に夢の中で安全に魔物と戦えるという状況を面白がっているだけかもしれない。
昨日からネット上で流れている書き込みを見る限り、後者も相当数いそうではある。だが、理由がどうであれ、自分から訓練へ参加していることに変わりはない。
「だったら……最初は日本でいいか」
元々、自分が生まれ育った国だ。家族もいるし、二十六年離れていたとはいえ社会の仕組みについても他国よりは分かっている。
だから最初の接触先として日本を選びたいという気持ちは、正直なところ最初からあった。ただ、それだけを理由にするのは少し違うとも思っていた。
今の俺は、日本だけを担当している神ではない。地球担当神だ。
世界中へ同じ神託を送り、一年後に備えてもらっている以上、自分の生まれ故郷だからという理由だけで露骨に日本を優先するつもりもない。
その点、戦闘訓練への参加率が最も高かったからという理由なら分かりやすい。少なくとも、こちらが用意した準備へ積極的に参加している人間が多い場所から話を始めることに、不自然さはないだろう。
「日本政府も話したいって言ってるしな」
それに、政府との対話はこちらにとっても必要だった。
俺一人で人類社会の細かな部分まで決められるわけではないし、決めるべきでもない。
ダンジョンが発生したあとの立入管理をどうするのか。魔物やそこで手に入るものをどのように扱うのか。魔法を社会の中でどう扱っていくのか。警察や自衛隊はどう動くのか。一般人へどの程度自由な探索を認めるのか。
俺が決めるべき部分と、人類自身が決めるべき部分は、きちんと分けておいた方がいい。
これまでの神託は、人類が一年後へ備えるために必要な知識を、こちらから順番に渡していくものだった。
だが、ここから先は少し違う。
「……一方的に喋ってるだけじゃ足りなくなってきたか」
人類には人類側の事情があり、俺では気づけない問題もある。ならば、そろそろ直接話を聞いてみてもいいだろう。
そう考えたところで、別の問題に気づいた。
「……で、どこに行けばいいんだ?」
首相官邸だろうか。それとも国会議事堂?
政府が正式な会談場所として、どこか別の施設を用意する可能性もある。
そもそも政府は俺と話したいとは言っていたものの、「女神様はこちらへお越しください」と具体的な場所まで指定していたわけではない。
「まあ、向こうが話したいって言ってるんだし、政府関係の場所に行けば誰か対応するか」
神様が突然訪問する場合の正式な手順なんて、俺も知らない。たぶん向こうも知らないだろう。なら、お互い様である。
ひとまず行くことだけ決めた俺は立ち上がり、自分の格好へ目を落とした。
Tシャツに部屋着。
「……さすがにこれは駄目だな」
服装自体は神衣へ変えれば一瞬なので、問題はそこではない。問題なのは、むしろ俺自身だった。
「地球担当神、ルミエラです。本日は……」
試しに口へ出してみる。
「…………違うな」
もう少し柔らかい方がいい。
「皆さんが私との対話を望んでいると伺い――」
そこまで言って、自分が何をしているのか急に馬鹿らしくなった。
「……何やってんだろ、俺」
二十六年かけて魔王を倒し、自分を異世界へ送り込んだ邪神まで倒した元勇者が、今は自分の部屋で日本政府へ挨拶するための台詞を練習している。
人生、本当に何が起こるか分からない。
とはいえ、世界中の人間がこれまで夢の中でしか見たことのなかった女神が、初めて現実世界へ姿を現すのだ。
そこで適当に現れて、「どうも、ルミエラです」では、さすがに締まらない。
「せっかくだし、ちゃんと女神様らしく行くか」
少しくらい派手でもいいだろう。そう思って、神託で使っているあの白い空間へ意識を向ける。
これまで世界中へ届けてきた神託で使っている、淡い青白色の空。その下へ広がる雲海と、遠くまで並ぶ巨大な白い柱。
あの神託空間を現実側からも見える形で繋ぎ、その向こうから女神ルミエラとして姿を現せば、少なくとも誰なのか説明する必要はない。
「……うん。それでいいか」
方針は決まった。
最初の接触先は、日本。戦闘訓練への参加率が、現時点で最も高かった国。そして向こうも、俺との対話を望んでいる。ならば――。
「行ってくるか」
高瀬悠真としてではない。
地球担当神――ルミエラとして。