TS女神の地球救済政策 ~26年かけて異世界を救った元勇者、絶世の女神になって帰還したら地球が滅びかけていたので、ダンジョン災害で救います~ 作:TS女神
「ただいまー……」
返事がないと分かっていても、玄関をくぐれば自然と声が出る。
美羽は学校、父さんは仕事。母さんも今日は用事があるとかで出かけているらしく、今の家には俺しかいなかった。
ほんの数秒前までいたのは、内閣総理大臣をはじめとした政府関係者が集まる会議室だ。そこでは地球担当神ルミエラとして穏やかに微笑み、姿勢を崩さず、一つ一つの質問へ丁寧に答えていた。
「あ゛ー……疲れた……」
リビングへ入るなり、俺はソファへ身体を投げ出した。
身体そのものが疲れているわけではない。神になった今の身体は、たかだか一時間座って話をした程度で疲労するほど軟弱ではないし、その気になれば何日でも起きていられる。
問題はそこではなかった。
「女神様しんどい……」
誰もいないのをいいことに、ソファへ顔を埋めたまま呟く。
ほぼ一時間ずっと背筋を伸ばし、声の調子を整え、言葉遣いに気を配り、余計なことを口走らないよう注意しながら、地球担当神ルミエラとして振る舞い続けた。
いや、演じていたと言うのも少し違うのかもしれない。
ルミエラは俺だ。高瀬悠真ではない誰かを演じているわけではない。ただ、人類の前へ出る時の俺と、自宅でだらけている時の俺が、明らかに同じではないというだけだ。
「神託なら十から十五分くらいだからなあ……」
これまであまり気にならなかった理由がよく分かった。短時間ならどうということはないが、一時間となると話は別である。
しかも相手は内閣総理大臣をはじめとする政府関係者で、適当な一言がそのまま国の政策へ影響する可能性すらある。そんな状況で気を抜けるはずもなかった。
「……よく二十六年も勇者やってたな、俺」
もっとも、あの頃はこんな上品な喋り方などしていなかったし、国一つの未来を左右する会議で一時間ずっと微笑んでいた覚えもない。
しばらくソファの上で動かずにいると、ようやく気分が戻ってきた。
身体を起こして自分の姿を見る。白と銀を基調にした神々しい衣装に、膝より下まで伸びた銀白色の髪。ほんの少し前、国会へ降臨した時の姿そのままだ。
「家でこれ着てる意味ないな」
軽く指を鳴らすと、身体を包んでいた衣装が淡い光へ変わり、代わりに着慣れたTシャツと短パンが現れた。
「うん。これだ」
落ち着く。
何というか、ようやく本当に家へ帰ってきた気がした。
時計を見ると、まだ昼前だ。午前中から国会へ行っていたせいか、何となく腹も減っている。
「飯にするか」
今の身体は、食事をしなくても生きていける。だからといって食欲まで消えたわけではなく、人間だった頃の習慣が残っているせいか、昼時になれば普通に何か食べたくなる。味覚だってちゃんとあるのだから、我慢する理由もなかった。
冷蔵庫を開けて中を確認し、残っていたご飯とおかずを適当に温める。数分後、食卓に並べた昨日の煮物を口へ運ぶと、思わず息が漏れた。
「……うま」
テレビもつけず、一人で昼飯を食べる。
ついさっきまで、ダンジョンや資源、魔法、法整備、世界各国との連絡方法なんて国家規模の話をしていた本人が、今は自宅で昨日の煮物を食べている。
「まあ、神様だって飯くらい食うよな。少なくとも俺は食うし」
誰に言い訳するでもなく呟き、残りも平らげる。食事を終えて片付けると、そのまま自室へ向かった。本音を言えば今日はもう休みたいところだが、一年間の準備期間は俺が疲れたからといって勝手に延びてくれない。
やることはいくらでもある。
「さて……探索訓練、どうするかな」
机の前へ座って手を翳すと、空中へ淡い光が集まり、小さな立体映像のようなものが浮かび上がった。
石造りの通路に曲がり角、小さな部屋。その奥には、まだ何も配置していない空間が続いている。
現在世界中へ開放している戦闘訓練は、あくまで一対一の戦いを経験させるためのものだ。本物のダンジョンは、そんなに親切ではない。
曲がり角の先から突然魔物が飛び出すこともあれば、一体を相手にしている間に別の個体が寄ってくることもある。退路を考えなければならない場面もあるし、疲れたからといって、その場で安全に休めるとも限らない。
今後は、そうした探索そのものを経験する訓練も必要になる。
「最初から複雑にしすぎても意味ないしな……」
初心者の頃に何度も潜ったダンジョンを思い出しながら、構造を少しずつ組み立てていく。
曲がり角を一つ追加し、その先に小部屋。そこへ魔物を二体配置してみたところで、手が止まった。
「いや、最初から二体は早いか」
一体消してみる。
だが、しばらく眺めていると今度は別の問題が気になった。
「でも一体だけなら、今の戦闘訓練とあんまり変わらないんだよな……」
消した一体を戻して少し考え、やっぱりまた消す。
「……いや、最初は一体でいいか。曲がり角から不意に出てくるだけでも、正面から始まるのとは違うし」
そう考えれば一体でも十分な気はする。ただ、探索訓練と名乗る以上、いずれは複数の魔物を相手にする経験も必要になるだろう。
そこまで考えたところで、もう一つ気づいた。
「……というか、待てよ。本物のダンジョンはパーティー推奨にするつもりなのに、訓練だけ一人で潜らせるのも変だな」
ソロで入りたい人間まで無理に誰かと組ませる必要はないが、複数人で動く訓練もできた方がいい。
知り合い同士なら一緒に参加できるようにして、相手がいなければ他の参加者を探せるようにする。
「募集条件は……年齢、性別、国、地域、使う武器、戦闘経験……」
頭の中にいくつもの項目を並べてみたものの、途中で嫌になった。
「……面倒くさ」
全部消す。
細かい入力欄を一つ一つ埋めさせる必要などない。どうせ夢の中で使う仕組みなのだから、希望する条件を頭の中で考えてもらい、それに近い相手をこちらで探せばいい。
特に希望がなければ自動で組ませ、ソロがいいなら一人で開始。知人と組みたいなら相手を指定する。
「……こんな感じでいいか」
細かい使い勝手は、実際に試してもらってから直せばいい。それより先に、まずは探索そのものを形にする必要がある。通路を伸ばし、休憩できる場所を置き、魔物の出現位置を変えているうちに、気づけば一時間近く経っていた。
「これ、ちゃんと考え始めると終わらないな」
今すぐ公開するものでもないので、いったん保留にする。それより先に、今日中にやっておきたいことがあった。
「連絡手段か」
さっき政府と約束したばかりである。
これまで、人類側から俺へ連絡する方法は存在しなかった。神託はこちらから一方的に送るものだし、戦闘訓練も基本的には用意した仕組みを利用してもらうだけだ。
今回の日本政府みたいに、世界へ向けて声明を発表し、俺がそれに気づくことを期待するしかないというのは、さすがに不便すぎる。
「端末……端末ねえ」
机の上へ手を翳すと淡い光が集まり、白い板状の物体が現れた。表面には青白い結晶が埋め込まれていて、一見するとずいぶん神秘的なタブレット端末である。
数秒眺めた末、首を傾げた。
「……なんか違うな」
消す。
次は、白い石造りの台座の上へ水晶のような球体を載せてみた。
「神託っぽいけど……これ、どうやって文字入力するんだ?」
見た目だけならそれらしいが、実用性がないので却下。
さらに次。現れたのは白い箱だった。正面には細長い投入口がある。
「……ポストだな」
どう見てもポストだった。だが、改めて眺めているうちに、案外悪くないような気もしてくる。
「いや、でも政府から送られてくるのって、大半が文章になるよな……」
なら無理に魔法のキーボードなんて作らなくても、紙を入れてもらえばいい。投入された書類の内容だけを読み取り、俺の側へ文字情報として転送する。原本はそのまま残るようにしておけば、政府側の記録にも困らない。
必要なら電子データも読み取れるようにして、緊急時だけ分かるよう印を付けられる仕組みも用意しておけば十分だろう。
「…………」
そこまで考えてから、改めて白い箱を見る。
「もうちょっと見た目どうにかするか」
さすがに女神から贈られた神器第一号が、どう見ても郵便受けというのもどうなのだろう。
角を丸くし、青い装飾を足して、前面へ小さな結晶を付ける。上部には地球担当神ルミエラを示す簡単な紋章も入れてみた。
「うーん……神々しすぎるな」
装飾を少し削る。今度はあっさりしすぎた気がしたので、さっき消した飾りを戻した。
「……地味よりはマシか」
実用性さえあれば何でもいいはずなのに、一度デザインへ手を出すと妙に気になってしまう。
「別に家具作ってるわけじゃないんだけどな……」
試作品を作っては消し、作っては消しているうちに、時計の針はいつの間にかかなり進んでいた。
◇ ◇ ◇
「……疲れた」
今日何度目か分からない言葉を口にしながら、脱衣所でTシャツを脱ぐ。短パンも脱ぎ、そのまま何気なく鏡へ視線を向けたところで、少しだけ動きが止まった。
「…………」
何度か見ている。
地球へ帰ってきてから毎日風呂にも入っているし、今さら自分の身体を初めて見るわけでもない。それでも、裸になった自分の姿には未だに慣れなかった。
細い腰に、その上下へ大きく描かれた女性らしい曲線。顔だけなら鏡を見る機会も多いが、こうして全身を見ると、自分の身体だという実感が一段薄くなる。
「ほんと、何回見てもすごい身体だな……」
誰が聞いているわけでもないので、そのまま口に出す。
風呂場へ向かって歩けば、それだけで胸が僅かに揺れる。これも地球へ戻った直後ほど意識することはなくなったが、未だに完全には慣れていない。
「まあ、そりゃそうか。ずっと男の身体だったんだしな」
ずっと男の身体で生きてきたのだ。神になってから多少時間が経ったところで、そう簡単に感覚まで切り替わるはずもない。
シャワーで身体を流し、長い髪と身体を洗ってから浴槽へ沈む。
「はぁー……」
温かい湯が身体を包み、自然と力が抜けていく。すると胸元が浮力を受け、僅かに持ち上がる感覚があった。
「……これも変な感じするんだよな」
最初に入った時ほど気にはならなくなったが、完全に慣れたとは言い難い。
それでも風呂そのものは気持ちいい。
「神様でも風呂はいいな……」
長い銀白色の髪が湯へ入らないよう適当にまとめ、浴槽の縁へ頭を預ける。
午前中は国会で会談し、昼からは探索訓練を調整し、その後は連絡端末の試作。
「働いてるなあ、俺」
勇者だった頃よりはずっと平和だ。命を狙われるわけでもないし、魔物の軍勢が迫っているわけでもない。
それでも、世界一つを管理するというのは思っていたより細かい仕事が多いらしい。
しばらく湯に浸かっていると、今度は完全に動く気が失せた。どうにか風呂から上がって身体を拭いたものの、服を出すのすら面倒になっている。
「……あとでいいか」
大きめのバスタオルを身体へ巻き、そのままリビングへ戻った。誰もいない家だし、美羽が帰ってくるにしても、もう少し後だろう。そう思いながらソファへ腰を下ろしたところで、テーブルの上へ置いていた試作品が目に入る。
「あ」
あと少しだけ直したかった。身体をソファへ預けたまま片手を伸ばすと、白い箱がふわりと宙へ浮かんだ。
「ここの角、もう少し丸くして……いや、前の方がいいか」
形を戻し、今度は青白い結晶を少し小さくする。
「……地味だな」
また元へ戻した。
「俺、何やってんだろ」
バスタオル一枚でソファへ寝転がりながら、空中に浮かべた神様用メッセージポストのデザインを弄っている。我ながら意味の分からない光景だった。
その時、玄関の扉が開く音がする。
「ただいまー」
「ん? 美羽か。もうそんな時間か」
時計を見ると、思っていた以上に時間が経っていた。数十秒後、リビングの扉が開く。
「お兄ちゃん、今日学校が――」
美羽の声が止まった。
「おかえり」
「…………」
「どうした?」
美羽の視線が俺の顔から下へ落ち、そこからまたゆっくりと顔まで戻ってくる。
「なんでバスタオル一枚なの?」
「風呂入ってたから。服はまだ着てない」
「それは見れば分かるよ!」
「家なんだからいいだろ」
「よくないとは言わないけど……その格好で普通にソファでくつろぐのやめてくれない?」
そう言われて、自分の身体を見下ろす。バスタオルは胸元から膝の少し上まできちんと巻かれていて、別に何かが見えているわけでもない。
「大丈夫だろ」
「そういう問題かなあ……」
美羽が頭を抱える。
「それより学校どうだった?」
「それよりで流すんだ……」
どうやら諦めたらしい。美羽は鞄を置くと、向かい側のソファへ座った。
「今日、すごかったよ」
「何が?」
「何がって、お兄ちゃんだよ。国会中継!」
「あー、そういえば生中継されてたな」
俺が納得すると、美羽は呆れたようにため息を吐いた。
「休み時間にスマホ見たら、『ルミエラ様が現実の国会に現れた』ってニュース速報が来ててさ。そこからもう、学校中その話だったんだから」
「そんなに?」
「そんなにって……なるに決まってるでしょ。昼休みなんてみんなスマホで国会の映像見てたし、先生まで見てたよ」
「先生もか。まあ……神様が国会に出てきたって考えると、そうなるのか」
「本人がそれ言う?」
美羽が呆れたようにため息を吐いたあと、ふと思い出したように首を傾げる。
「そういえばさ。なんでいきなり行ったの? 先に今日行くって伝えておいた方がよかったんじゃない?」
「向こうが正式に話したいって言ってたからな。それに応じて行っただけだぞ」
「でも、普通は予定とか合わせない?」
「普通の訪問ならそうだろうけど……」
言われて少し考える。
もちろん、相手の都合を完全に無視していいとは思っていない。だからこそ、事前の連絡もなく訪ねたことについては、最初にちゃんと謝った。
ただ、それとは別に、地球担当神である俺が一つの国へ「伺ってもよろしいでしょうか」と許可を求めるのも、少し違う気がする。
「礼儀は必要だと思うけど、俺は日本政府に命令する立場でも、許可をもらって動く立場でもないからな。向こうから正式に対話を求められたなら、それに応じて会いに行く。それで十分だろ」
「……そういうところは、ちゃんと神様なんだね」
「地球担当神だからな。一応」
「家だと全然そんな感じしないけど」
「余計なお世話だ」
「テレビつけていい?」
「いいぞ」
美羽がリモコンを取り、テレビの電源を入れる。
『――本日午前、国会審議の最中に突如として姿を現した地球担当神ルミエラ。政府はその後、場所を移し、およそ一時間にわたって初の正式な会談を行いました』
「まだやってる」
「ずっとこれだよ」
画面には、俺が国会へ現れた時の映像が流れていた。青白い光が走り、空間が開く。その向こうから現れた銀白色の髪の女神が、悠然と現実世界へ足を踏み入れる。
『皆さん、こうして現実でお会いするのは初めてですね』
「…………」
「…………」
テレビの中では、俺がものすごく神々しい姿で微笑んでいる。対して現実の俺は、バスタオル一枚でソファにぐでっと寝転がっていた。
美羽がゆっくりとこちらを見る。
「やめろ」
「何も言ってないよ?」
「顔が言ってる」
『政府によりますと、会談では一年後に発生するとされるダンジョンや、その内部に存在する魔物、資源、魔法、今後の連絡手段などについて話し合われたということです』
映像が切り替わり、今度は久世総理が記者たちの前へ立っていた。
『ルミエラ様からは、これまで明らかになっていなかった情報を複数提供いただきました。内容については現在整理を進めており、国民生活へ直接関わる事項については、確認が取れ次第公表してまいります』
『総理。具体的にはどのような内容が話し合われたのでしょうか』
『ダンジョンの発生、魔物への対応、内部で得られる資源、一般の方々が将来的にダンジョンへ関わる場合の考え方など、多岐にわたります。また、魔法に関する新たな資料の提供についてもお話をいただいています』
「ちゃんと喋ってるな」
「総理大臣なんだから当たり前でしょ」
しばらくニュースを見ていると、画面下に別の文字が流れた。
『ルミエラ氏「長時間の応対には負荷」――会談は約一時間』
「あ」
美羽が反応する。
「そうだ。これ聞こうと思ってたんだけど、『長時間の応対には負荷がある』ってニュースで言ってるよね。でも、お兄ちゃんっていつも普通に家にいるじゃん。あれどういう意味なの?」
「ああ、それ?」
俺はソファへ背中を預け直した。
「みんなには言ってほしくないけど、別に地球にいられる時間が一時間って意味じゃないぞ」
「え?」
「だって無制限にしたら、たぶん永遠に質問が来るだろ? どこかで区切らないと終わらないし。それに……」
「それに?」
「女神様モードの姿勢とか口調とか雰囲気とか、その他諸々を維持するのが、一時間くらいかなって意味」
「…………」
美羽が固まる。
「普段の神託は短いだろ?」
「えー……じゃあ、みんなが言ってる『現実にいられる時間に制限があるんじゃないか』って……」
「向こうが勝手にそう解釈してるだけだな。俺は一言も、現実世界にいられる時間が一時間だなんて言ってない」
「じゃあ最後に言った『そろそろ限界です』も?」
「あれは本当に限界だったぞ」
「何が?」
「女神様でいられる時間が」
「えー……」
二回目だった。
「仕方ないだろ。一時間ずっとあの喋り方してみろ。疲れるから」
「普通の人は一時間女神様やらないよ」
「俺だって好きでやってるわけじゃない」
「でも今日の映像、すごかったよ。本当に女神様みたいだった」
「女神だよ。そこ忘れるなよ」
美羽が笑い、俺もつられて少し笑う。その拍子に、空中へ浮かべたまま忘れていた白い箱が視界へ入った。
「あ、そうだ」
「何それ?」
美羽も気づいたらしい。
「今日約束した、政府から俺に連絡するための端末。これが試作品」
白い箱を美羽の前へ移動させる。
白を基調にした箱へ青い装飾が入り、正面には細長い投入口と小さな青白い結晶。上部には簡単な紋章も入っていて、かなり試行錯誤した結果、最初よりは神器らしくなっている。
「…………ポスト?」
「言うな」
「いや、どう見てもポストじゃん。女神様へのお便り箱?」
「お便りって言うな」
美羽が興味深そうに近寄って眺める。
「ここに手紙入れるの?」
「紙でもいいし、電子データも読み取れるようにするつもりだ。内容だけこっちへ転送されて、原本は向こうに残る。国ごとに一台置いて、緊急指定もできるようにする」
「へえ、ちゃんと考えてるんだ」
「だろ?」
「見た目以外は」
「そこ今ずっと悩んでたんだよ!」
美羽は笑いを堪えながら、改めて白い箱を眺める。
「何時間くらい?」
「……二時間くらい?」
「神様の時間の使い方……」
「うるさい」
とはいえ、そろそろ決めないと本当に日が暮れる。
試作品を改めて眺める。悪くない。というか、もうこれでいい。
「よし」
指先へ神力を集めると、目の前の一台を基準に、同じ形の端末を次々と複製していく。
一つ、二つと増えた端末は十を超え、二十を超え、それでもまだ増えていく。リビングの床を埋める前に空間を少しずらし、一時的に収納していった。
「何個作るの?」
「各国政府分。とりあえず必要そうなところは全部だな」
「それ、自分で配るの?」
「いや。日本政府にまとめて送って、各国に配ってもらう」
「丸投げじゃん」
「外交ルートとか俺知らないし。日本以外とはまだ話してないんだから、いきなり送られてきたら不審物だろ」
「それはそうかもしれないけど……」
美羽が笑いを堪えている。
当然、このまま『これ各国に送っといてー』で済ませるわけにはいかない。少し考えてから、ルミエラとして送る文章を用意する。
『本日の会談でお話しした連絡用端末です。各国政府向けに必要数を用意しましたので、お手数をおかけしますが、それぞれの政府へお渡しいただけますでしょうか』
うん、これなら大丈夫だろう。俺の頭の中では完全に「送っといてー」だが。
「これでよし」
「絶対、中の人がそんな軽い気持ちだとは思われてないよね」
「中の人って言うな」
転移先を確認する。さすがに総理本人の机の上へ大量に出現させるのはまずい。先ほど会談に使用した部屋なら、政府側も状況を把握しやすいだろう。
「じゃ、送るぞ」
空間へ軽く干渉すると、大量に用意した白い端末が淡い光に包まれ、その場から一斉に消えた。少しして、転移が問題なく完了したことを確認する。
「……届いた」
「分かるの?」
「一応な。あとは日本政府が各国へ渡してくれれば、俺への連絡手段は確保できるだろ」
「便利だね、神様」
「こういう時はな」
これで一つ仕事が終わった。
あとは政府側で何とかしてもらえばいい。各国への配布方法も外交上の手続きも、俺より専門家へ任せた方が絶対にいい。
そう思ってソファへ深く沈み込もうとしたところで、美羽がふと思い出したように口を開いた。
「でも、それって政府専用なんだよね?」
「ん? まあ、そのつもりだけど」
「普通の人からは?」
「普通の人?」
「ほら。ダンジョンとか訓練について、こうしてほしいとか、これ分かりにくいとか、そういう意見」
「…………」
考えていなかった。
政府との連絡手段が必要なことばかり気にしていたが、実際に戦闘訓練を利用し、将来ダンジョンへ入るのは政府関係者だけではない。
「一般の人から直接意見を聞けた方がいいんじゃない?」
「いや、待て。世界人口何人いると思ってるんだ。全員から直接メッセージが来たら、俺が死ぬ」
「神様なのに?」
「精神的に死ぬ」
数十億人から好き勝手に要望が届く光景を想像しただけで嫌になってきた。毎日一人一件送っただけでも、俺一人で読める量ではない。
美羽は少し考えたあと、簡単なことのように言った。
「じゃあ、同じ意見はまとめれば?」
「まとめる?」
「『訓練相手を増やしてほしい』って人が一万人いたら、一万通並べるんじゃなくて、『同じ意見が一万件あります』って出すの」
「……ああ」
それなら話は変わってくる。
内容を自動で分類し、似た意見をまとめる。個人的な相談や願い事まで全部俺のところへ飛んでくると収拾がつかないので、対象はダンジョン、魔法、訓練、神託など、俺が担当していることに限定する。
「一人一日一件くらいにして、文字数も制限するか。似た内容は自動でまとめて、同じ意見が何件来てるか表示。緊急連絡には使えないようにして……」
「できそう?」
「できる。というか、仕組みとしては政府用より簡単だな」
政府用のように物理的な端末を世界中へ設置する必要もない。神託や戦闘訓練で使っている仕組みに、意見送信用の簡単な機能を追加すればいい。
戦闘訓練を利用するつもりがない人でも使えるよう、睡眠時に短時間だけアクセスできる簡易的な受付を用意しておけば十分だろう。
「じゃあ、女神様へのお便り箱だね」
「だからお便り箱って言うな」
「でもポスト作ってたじゃん。じゃあ一般用は?」
「……ご意見・ご要望窓口」
「急に役所っぽくなった」
「うるさい」
とはいえ、そのくらい分かりやすい名前の方がいい。変に神秘的な名称を付けても、何のための機能なのか伝わらなければ意味がない。
俺はその場で仕組みを組み始める。対象となるのは、ダンジョン、魔法、訓練、神託などに関する意見や提案。一人につき一日一件までで、長文を延々と送りつけられないよう文字数にも上限を設ける。
似た内容は自動的に分類し、俺の側では、
【同種の意見:十二万四千六百三十二件】
というように集約して表示。必要なら代表的な内容をいくつか確認できるようにする。
「これなら全部読む必要ないな」
「多い意見から見ればいいしね」
「あと、個人的な願い事とかは対象外にしないとまずいな。『宝くじ当ててください』とか『好きな人と付き合わせてください』とか来ても困る」
「絶対来ると思う」
「だよな……」
その手の内容は分類だけして、俺の確認対象から外す。神様になったからといって、世界中の願いを全部叶えるつもりはない。
「よし。これならいける」
「もうできたの?」
「枠組みだけならな。細かいところは後で調整する」
試しに俺自身で意見送信画面を開いてみる。白い簡素な空間の中央に、淡い光で文字が浮かんだ。
【地球担当神ルミエラへのご意見・ご要望】
【ダンジョン、魔法、訓練、神託等について、ご意見やご提案をお送りいただけます】
【一人一日一件まで】
【返信を保証するものではありません】
【緊急連絡には使用できません】
「……役所っぽい。でも分かりやすいよ」
「ならいい」
正式に開放するのは、細かい部分を確認してからでいいだろう。少なくとも、政府だけではなく一般の人間からも意見を拾える仕組みはできた。
「さて」
今度こそ俺はソファへ深く沈み込む。
「今日はもう働いた」
「まだ夕方だよ」
「朝から国会行って会談して、探索訓練弄って、政府用の連絡端末作って、一般向けの意見窓口まで作ったんだぞ。もう十分だろ」
「まあ……そこまで言われると、かなり働いてるね」
「だろ?」
ようやく同意を得られたので、テーブルの上にあった菓子へ手を伸ばす。
美羽が俺を見て、テレビを見て、もう一度俺を見る。画面の中では、ちょうど国会へ降り立ったルミエラが神秘的な微笑みを浮かべていた。一方、現実では、その本人がバスタオル一枚でソファへ寝転がりながら菓子を食べている。
「……ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
「やっぱり服着た方がいいと思う」
「何で?」
「いろいろ台無しだから」
「家なんだからいいだろ」
「そういう問題じゃないから!」
美羽の声が、夕方のリビングへ響いた。