TS女神の地球救済政策 ~26年かけて異世界を救った元勇者、絶世の女神になって帰還したら地球が滅びかけていたので、ダンジョン災害で救います~ 作:TS女神
27話のあとがきに挿絵追加しました。
特にストーリーに変化は無いです。
結局、俺は服を着た。
『家族だし、今は同性だけど、それでも目のやり場には困るんだからね』
美羽からそんな至極もっともなことを言われてしまえば、さすがにバスタオル一枚のまま居座り続けるわけにもいかない。
Tシャツと短パンへ着替えてリビングへ戻ると、美羽は満足そうにこちらを見て頷いた。
「うん。やっぱりそっちの方がいい」
「家の中なんだから別によかっただろ」
「よくないとは言ってないでしょ。目のやり場に困るって言ってるの」
「兄妹なのに?」
「今のお兄ちゃん、自分の見た目忘れてない?」
「…………」
そう言われると、何も返せなかった。
もちろん忘れているわけではない。ただ、自分自身の感覚としては今でも『俺』のままなので、鏡に映る姿と自意識が完全には噛み合っていないのだ。家族の前で裸に近い格好をしているという感覚も、どうしても以前のものを引きずっている。
「まあいいや。それより、さっきのやつ仕上げるか」
「ご意見・ご要望窓口?」
「そうなんだけど、もう少し良い名前無いかな」
そんなやり取りをしながら、俺は再びソファへ腰を下ろした。
一般向けの意見窓口については、さっきの時点ですでに大まかな仕組みを作ってある。
一人一日一件まで。文字数には上限を設け、似た内容は自動的にまとめる。個人的な願い事などは対象外として、ダンジョンや魔法、訓練、神託といった俺の担当範囲に関する意見だけを受け付ける。
政府用のような物理的な端末を世界中へ置くのではなく、睡眠中に短時間だけ専用の受付へ入ってもらうところまでも決めていた。
「後は、実際にどうやって送ってもらうかだな」
「そこまでは作ってなかったの?」
「受付を作るところまではな。使い方はまだ適当だった」
世界中の人間が使う以上、長い説明を読まなければ操作できないようなものにはしたくない。
できるだけ単純で、言語や機械の扱いに慣れているかどうかにも左右されない方がいい。
「神託と同じような空間にして……一人ずつ入ってもらえばいいか」
「いつもの夢のところ?」
「ああ。あそこなら他の人間もいないし、送ってる内容を横から見られることもない」
軽く手を動かし、試しに神託空間と同じ環境を一つ作り出す。
白く滑らかな床の向こうには淡い青白色の空が広がり、遠くには巨大な白い柱と雲海が見える。その中央へ小さな白い台座を一つ置き、上には薄い板状の端末を載せた。
「またタブレットじゃん」
「今回はいいんだよ。文字入力させるわけじゃないし」
端末を美羽の前まで浮かせる。
「これを手に持って、送ろうと思ってる内容を意識する。そうしたら――」
俺が試しに、
『今日の晩飯はカレーがいいです』
と、端末へ送るつもりで考えてみる。すると表面へ、淡い文字が浮かび上がった。
【今日の晩飯はカレーがいいです】
「おお」
「で、本人が文章を確認して、これでいいと思ったら送信する」
【この内容で送信しますか?】
【はい/いいえ】
表示を見た美羽が、少し感心したように端末を覗き込む。
「頭の中、勝手に読まれるわけじゃないんだ」
「そのつもりはない。端末を使って、自分から送ろうとした内容だけ拾う」
「じゃあ安心だね」
さすがに意見窓口を作った結果、『女神様に思考を勝手に読まれた』なんて騒ぎになったら面倒すぎる。
送信内容は本人が確認してから確定。対象はダンジョン、魔法、訓練、神託など、俺が担当しているものに限定し、一人一日一件まで。文字数にも上限を設けておく。
「よし。これなら分かりやすいだろ」
先ほど作った枠組みに、今決めた操作方法を組み込んでいく。
これなら機械の扱いに慣れていない人間でも、端末を手に持って伝えたい内容を考え、表示された文章を確認して送るだけでいい。
「こんなもんかな」
そこまで仕上げたところで、ふと机の端に残していた政府用端末の試作品が目に入った。
「…………」
「どうしたの?」
「いや、これ政府用も夢の中でよかったんじゃないかと思って」
「今さら?」
一瞬、本気で失敗したかと思ったのだが、少し考えてから首を振る。
「……いや、やっぱりあっちはあれでいいな」
「何で?」
「政府から来るのは、一人の意見じゃないからな」
各国政府が俺へ何かを伝える場合、担当者がその場で思いついた内容を送るわけではないだろう。関係省庁で検討し、必要なら会議を開き、正式な文書としてまとめる。資料や電子データが添付されることだってあるはずだ。
それに、もう一つ大きな問題がある。
「緊急時に連絡するために、誰かが寝るまで待ってもらうわけにもいかないし」
「あー……」
「『ルミエラ様に至急連絡が必要です! 大臣を寝かせてください!』とか嫌だろ」
「ちょっと見てみたいかも」
「俺は嫌だ」
一般人からの意見は、今すぐ返事をしなければならない性質のものではない。政府から届く正式な連絡とは、そもそも役割が違うのだ。
「じゃあ、政府は現実のポスト。普通の人は夢の中のお便り箱」
「名称はともかくな」
これで仕組み自体はできた。後は実際に使えるよう、世界中へ適用するだけである。
「じゃあ、今夜から使えるようにするか」
「もう?」
「早い方がいいだろ。どうせ実際に使ってもらわないと、分からないこともあるし」
「私も送っていい?」
「もちろん。一人一日一件だからな」
「分かった」
妙に嬉しそうな返事をする美羽が少し気になったものの、その時の俺は深く考えなかった。
◇ ◇ ◇
翌朝。
俺は食卓で朝飯を食べながら、昨夜開放した意見窓口の状況を確認していた。そして表示された数字を見た瞬間、箸を持つ手が止まる。
「…………多くない?」
「何が?」
向かいでトーストを齧っていた美羽が首を傾げる。俺の前には、他の人間には見えない淡い光の表示が浮かんでいた。
【受信件数:117,432,819 件】
【対象内:34,826,451 件】
【対象外:82,606,368 件】
「一晩で一億件超えてるんだけど」
「世界規模だからね」
「いや、まだ世界中の全員が、窓口を開放してから一度眠ったわけでもないぞ?」
「じゃあもっと増えるね」
「他人事だと思って……」
昨日、似た内容を自動でまとめる仕組みを作っておいて本当によかった。もし一億件以上の文章がそのまま俺の前へ並んでいたら、開いた瞬間に閉じていた自信がある。
「でも、対象外の方が多いんだね」
「そっちも見るか?」
分類だけされて俺の確認対象から外されている内容を、適当にいくつか覗いてみる。
【宝くじを当ててください】
【彼女が欲しいです】
【身長を十センチ伸ばしてください】
【試験に受からせてください】
【会社を休みにしてください】
【女神様と結婚したいです】
【女神様の写真集を出してください】
「…………」
「どうだった?」
「無効票が多い理由は分かった」
「投票じゃないよ」
分かっている。分かっているのだが、気分としては完全に無効票だった。
「写真集って何だよ……」
「需要ありそう」
「やらないぞ」
対象外は放っておくとして、問題は三千四百万件を超えている有効な意見の方だ。もちろん、それらも内容ごとに分類され、似たものは一つにまとめられている。
「じゃあ、多い順に見るか」
表示を切り替え、最初に出てきた項目を見て俺は眉を上げた。
【攻撃魔法を教えてほしい】
【同種の意見:3,864,211 件】
「多いな……」
「みんな使いたいんだよ」
「……ん?」
妙に実感のこもった返事が気になり、美羽へ視線を向ける。
「お前、昨日何送った?」
「攻撃魔法教えてください、って」
「お前かよ」
「光球ができるようになったら、次は攻撃魔法使ってみたいって思うでしょ?」
「気持ちは分からなくもないけど……」
問題は、攻撃魔法が本当に人を傷つけられる技術だということだ。
《光球》や身体強化とは性質が違う。水や土の魔法だって使い方次第では十分危険だが、最初から『攻撃するための魔法』を世界中へ配るとなれば、慎重に考える必要がある。
「これは今すぐは駄目だな」
「えー。三百万人以上いるのに」
「人数が多ければ採用する仕組みじゃないからな。一億人いても、駄目なものは駄目」
次の項目へ移る。
【危険なら、ダンジョンへ入らず封鎖しておけばいいのではないでしょうか?】
【同種の意見:3,218,420 件】
そのすぐ下には、似た疑問も並んでいた。
【ダンジョンは人間が定期的に攻略する必要があるのでしょうか?】
【同種の意見:2,143,982 件】
「…………あー」
「何?」
「これも、ちゃんと説明されてないな」
「危ない場所なら、わざわざ入らなきゃいいって思うよね」
「普通はそうなるよな」
俺自身、異世界でダンジョンへ潜っていた頃なら、危険な場所へ人が入る理由なんて考えるまでもなかった。
魔物を放置すれば被害が出ることもあるし、内部には価値のある素材や資源が存在する。冒険者として生きていた人間にとって、それは常識の一部だったからだ。
だが、地球では違う。
今のところ一般の人間が知っているのは、一年後にダンジョンが発生し、その中には人間を殺し得る魔物が存在するということ。そして、それへ備えるために魔法や戦闘訓練が用意されているということくらいだ。
それだけ聞けば、『入口を封鎖して誰も入らなければいいのではないか』と考えるのも当然だった。
「でも、その辺って昨日話してたんじゃないの?」
「政府にはな」
昨日の会談では、ダンジョンを長期間放置した場合に危険性が高まり、最終的には外部へ影響が出る可能性があることも、内部では人類にとって価値のある資源が得られることも説明している。
ただし、それはあくまで政府へ渡した情報だ。
会談後の記者会見でも、資源などについて話し合われたこと自体は公表されていたが、具体的な内容まではまだ整理中という扱いだった。
「じゃあ次の神託で説明する?」
「いや……」
少し考えてから首を振る。
「政府が整理して公表するって言ってた内容を、次の日に俺が全部先に喋るのも違うだろ」
俺から直接伝えなければ分からないことなら、神託で説明すればいい。
だが、昨日せっかく正式な会談をして、人間社会の側で整理してもらうために情報を渡したばかりなのだ。その翌日に全部こちらから公表してしまえば、政府と話した意味が薄くなってしまう。
「これだけ質問が来てるってことだけ伝えて、早めに公表してもらうか」
「昨日作ったポスト、もう出番だね」
「ポストじゃなくて連絡端末な」
その項目へ、【政府連絡】という印を付けておく。
続いて表示された質問も、同じ方向の内容だった。
【ダンジョン内部では、具体的にどのような資源が得られるのでしょうか?】
【同種の意見:1,879,364 件】
「これも政府側だな」
「ニュースで資源の話してたもんね」
「ああ。具体的な内容はまだ出てないけど」
何がどの程度存在するのかまで今すぐ世界中へ細かく説明する必要はないが、少なくとも『危険しかない場所ではない』ということは、早めに知ってもらった方がいいだろう。
これも同じ連絡へまとめることにして、そのまま次の項目へ移った。
【訓練で違う種類の魔物とも戦いたい】
【同種の意見:1,489,107 件】
「これは分かるな」
現在の戦闘訓練では、基本的に弱体化したコボルドしか相手にできない。最初の敵としては十分でも、一年間ずっと同じ相手と戦わせるつもりはなかった。
「ゴブリンくらいは増やしていいか……スライムも基本を覚えるには悪くないな」
「ゴブリンいるんだ。強い?」
「いたぞ。というか普通に多かった。強さは弱い方だけど、油断したら普通に死ぬし、ゴブリンは種類も多い。ゴブリン・ソードマンみたいに、持ってる武器や役割で呼び分けられてた」
もちろん、それはコボルドも同じだ。今の訓練では初心者用に能力を落とした一体を、真正面から相手にさせている。だが、本物のコボルドはそんなに行儀よく戦ってくれない。
基本的に群れで行動するし、一体が正面から気を引いている間に別の個体が横へ回る程度のことは普通にする。傷ついた相手を優先して狙うこともあれば、不利になれば仲間を呼んだり、いったん引いて合流したりすることだってある。
「探索訓練を作るなら、その辺も再現した方がいいな」
ついさっきまで考えていた複数人での訓練とも相性がいい。これは採用候補へ分類して、次へ進む。
【素手・格闘向けの武器を追加してほしい】
【ナックルやガントレットを使いたい】
【同種の意見:862,344 件】
身体強化と組み合わせるなら、拳を使う戦い方は十分ありだ。ただし、素手のまま魔物へ殴りかかるのは危険すぎる。牙や爪を持つ相手もいるし、硬い外皮へ直接拳をぶつければ、こちらの手を傷める可能性だってある。
「ガントレット系は入れるか」
「そんなすぐ決めていいの?」
「これは別に危険を増やすわけじゃないしな。選択肢が増えるだけだ」
「じゃあ攻撃魔法も選択肢を増やすだけじゃない?」
「人を遠くから燃やせる選択肢と一緒にするな」
「駄目かあ」
「駄目」
追加候補へ放り込み、そのまま次の項目を見る。
【なぜ戦闘訓練には銃がないのですか?】
【一般的な銃器は魔物に通用しますか?】
【同種の意見:759,821 件】
「……やっぱり来たか」
「銃?」
「ああ。そりゃ疑問に思うよな」
地球には銃がある。日本で暮らしていた俺にとっては身近な道具ではないが、国によって事情は大きく違う。地域によっては、剣や槍よりも銃器の方が遥かに現実的な武器だろう。
「これ、どうなの?」
「説明すると結構長くなる」
「じゃあ次の神託?」
「その辺かな。訓練に入れてない理由も含めて、一度ちゃんと話した方がよさそうだ」
銃をどう規制するのか、誰に持たせるのかといった部分は人間社会の問題になる。だが、魔物に対してどのように作用するのか、その辺りは今の人類が自力で知ることのできない情報だ。
これは俺の方から説明するべきだろう。ひとまず【神託で説明】へ分類し、次を開く。
【訓練では剣や槍を使えますが、現実ではどうやって用意すればいいのでしょうか?】
【同種の意見:691,536 件】
「…………」
そこで手が止まった。
「お兄ちゃん?」
「……あー」
「何その反応」
考えていなかったわけではない。
ただ、夢の中では必要な武器を俺がその場で用意できる。剣も槍も弓もクロスボウも、選べばすぐ手元へ現れる。そのせいで、人間社会側から見た問題をどこか軽く考えていた。
当然ながら現実は違う。
武器を作る人間が必要で、流通させる仕組みが必要になり、国によっては所持するための法律まで関わってくる。
「これ、結構大きいな……」
「剣って普通のお店に売ってないもんね」
「日本だと特にな」
訓練だけできるようにして、『一年後は自分で装備を用意してください』では、準備期間を与えた意味が薄い。かといって、俺が世界中の人間へ武器を配るつもりもなかった。
「これも政府側だな」
「また丸投げ?」
「丸投げじゃなくて役割分担だ。製造も販売も法律も関わるんだから、人間社会の方で決めてもらわないと駄目だろ」
「言い方変えただけじゃない?」
「違う」
たぶん。
俺が勝手に『今日から剣の販売を自由化してください』などと言えば済む話ではない。それぞれの国に法律があり、治安も文化も違うのだから、俺が世界共通の制度を決める方がおかしい。
「よし。この辺までまとめて送っとくか」
先ほど印を付けた項目を呼び出し、日本政府宛ての連絡内容を作っていく。
『一般の方々から、ダンジョンを継続的に管理・攻略する必要性、および内部で得られる資源について、多くの質問が寄せられています。
昨日の会談でお話しした内容のうち、一般向けに公表可能な情報については、可能であれば早めの周知をご検討ください。
また、訓練で使用している剣、槍、弓などについて、現実での入手方法を尋ねる意見も多く寄せられています。武器・防具の製造、流通、所持、訓練環境などについては、各国の法制度にも関わるため、人間社会側での検討をお願いいたします。
なお、昨日の会談でお伝えした情報について、他国政府から照会等があった場合には、共有していただいて構いません』
「……こんな感じか」
「ちゃんとしてる」
「失礼な。昨日だってちゃんとしてただろ」
「家だと全然そんな感じしないから」
「昨日も聞いたぞ、それ」
文章を一度読み直し、問題がないことを確認して送信する。これで、政府用端末を作った翌朝には早速使うことになった。
「意外とすぐ役に立ったな」
「女神様へのお便り箱」
「政府連絡端末」
「はいはい」
絶対分かって言っている。軽くため息を吐きながら、次の意見へ目を向けた。
【防具はないのですか?】
【訓練でも防具を使わせてほしい】
【同種の意見:587,914 件】
「…………」
「また?」
「いや、これは普通にその通りだなって」
現在の戦闘訓練では、基本的に動きやすい服装だけで戦わせている。
まずは武器を持って魔物と向き合う経験をさせることを優先した――というのもあるのだが、改めて考えてみれば、俺自身の感覚が少し混ざっていたのかもしれない。
勇者として戦っていた頃、特に戦争の終盤になると、俺が相手にしていた連中は、防具だけでどうにかなるような攻撃をしてこなかった。
もちろん、異世界にも魔力で強化された鎧や、炎や衝撃を軽減する装備は存在していたし、魔力を障壁として展開する技術だってあった。俺自身、そうしたものには何度も助けられている。
だが、それでも限界はある。
強化された防具や障壁を使ってなお、まともに受ければ危険な攻撃はいくらでもあった。戦争の終盤ともなれば、鎧ごと身体を叩き潰しかねない一撃や、まともに受けること自体が間違いと言えるような攻撃も珍しくない。
魔王との戦いに至っては、防御を固めて受け止めることより、そもそも直撃を避けることの方が遥かに重要だった。
そのせいで、いつの間にか俺の中でも『防具を着込むくらいなら、その分動きやすい方がいい』という感覚が強くなっていたらしい。
「……いや、初心者にその基準当てはめちゃ駄目だな」
「今気づいたの?」
「今気づいた」
本物のダンジョンへ入る人間の大半が、いきなり俺が最後に戦っていたような相手と遭遇するわけではない。
浅い場所のコボルドやゴブリンが相手なら、爪や牙、刃物から身体を守ってくれる防具は十分役に立つ。むしろ戦いに慣れていない人間ほど、一度の失敗が致命傷にならないよう守りを固める意味は大きいだろう。
もちろん、鎧を着ればそれで解決という単純な話でもない。重すぎれば動きづらくなるし、相手によって必要な防御も変わってくる。
「簡単な防具くらいは選べるようにするか」
「盾はあるのに?」
「盾は武器側の選択肢として入れてたからな。防具は後回しにしてた」
「みんな結構ちゃんと考えてるね」
「……そうだな」
その後も、俺と美羽は意見を眺めていった。
【複数人で一緒に訓練したい】
これはもう考えている。
【戦闘以外の魔法ももっと教えてほしい】
これも今後やるつもりだ。
【ダンジョンで怪我をした場合、治療はどうするのか】
これは回復手段だけではなく、実際の医療体制まで関わってくる。俺だけで決める話ではない。
【未成年はどこまで参加できるのか】
政府との会談でも話した内容だが、一般向けにもいずれ整理して公表してもらった方がいいだろう。
次々と表示される意見を追っているうちに、いつの間にか朝飯を食べる手は完全に止まっていた。
「……思ってたより参考になるな」
「でしょ?」
美羽がなぜか得意げに胸を張る。
「そういえばお前が考えたんだったな」
「じゃあこの功績に免じて攻撃魔法も採用で」
「それとこれは別」
「えー」
そこは譲らない。
俺は集められた意見を、大きく三つに分けていくことにした。
一つ目は、俺の判断で訓練へ比較的すぐ反映できるもの。魔物の種類、格闘用武器、防具、複数人での探索訓練。
二つ目は、人間社会側との調整や公表が必要なもの。ダンジョンを継続して管理する必要性や内部資源についての周知、現実で使う武器や防具の製造と流通、法律、医療体制、未成年の扱い。
そして三つ目が、俺自身から人類全体へ説明した方がいいものだ。地球に存在する武器と魔物の関係や、武器と魔力をどう組み合わせて使うのか。それに、これから人類へどこまで魔法を教えていくのかについても、いつまでも曖昧なままにはしておけない。
「次の神託で話すこと、増えたな……」
「女神様頑張って」
「他人事だと思って」
「私は学校あるから」
言われて時計を見ると、そろそろ美羽が家を出る時間になっていた。美羽は残っていたトーストを口へ入れ、鞄を持って立ち上がる。
「じゃあ行ってきます」
「おう。行ってらっしゃい」
そのまま玄関へ向かいかけた美羽だったが、途中で足を止めて振り返った。
「攻撃魔法、忘れないでね!」
「忘れないけど、採用するとは言ってないぞ」
「三百八十万人の民意だよ!」
「多数決じゃないって言ってるだろ!」
「行ってきまーす!」
逃げるように玄関へ消えていき、少しして扉が閉まる音がした。
「まったく……」
一人になったリビングで、俺はもう一度意見一覧へ視線を戻す。
数千万件。
それだけの人間が、ダンジョンや魔法について考え、自分なりの疑問や希望を送ってきたことになる。
これまでは、俺が必要だと思ったことを一方的に教えるだけだった。けれど、俺にとって当たり前のことが、人類にとっても当たり前とは限らない。
危険なダンジョンをなぜ封鎖してはいけないのか。訓練では簡単に手に入る武器を、現実ではどうするのか。
異世界で二十六年間生きてきた俺にとっては考えるまでもなかったことでも、地球の人間から見れば当然の疑問になる。
「……作って正解だったな、これ」
すべての要望を叶えることはできないし、多数派だからというだけで採用するつもりもない。
それでも、人間が何を疑問に思い、何を不安に感じ、何を求めているのかが分かるだけで、こちらの準備の仕方は大きく変わる。
俺一人で考えるより、よほど見落としが減るはずだ。
「さて……まずは訓練の修正。その次は――」
政府へ送る内容は、ひとまず今のでいい。
そう考えながら改めて山のように並ぶ意見へ目を向けると、先ほど保留にした項目がもう一度目に入った。
【一般的な銃器は魔物に通用しますか?】
「……これは、俺が説明しないとな」
ダンジョンをどう管理するのか、武器をどう流通させるのか。そういう話には、人間社会の側で決めてもらうべきことも多い。
だが、魔物がどんな性質を持ち、地球にある武器がそれに対してどう作用するのかは、今の人類にはまだ知りようがない。
そこは俺が伝えるべきことだろう。
「銃だけじゃなくて、武器と魔力の関係から説明した方がいいか……」
言葉だけでは分かりにくい部分もある。それなら、神託空間で実際に見せればいい。必要なら映像や図を使うこともできるし、俺自身が武器を扱って見せたっていい。
「…………」
そこまで考えて、少しだけ嫌な予感がした。次の神託も、どう考えても短くは終わりそうにない。
「……また準備すること増えたな」
昨日、一時間女神様をやったばかりなんだけど。
「…………」
少しだけ遠い目をしてから、俺は冷めかけた朝飯へ箸を伸ばした。