TS女神の地球救済政策 ~26年かけて異世界を救った元勇者、絶世の女神になって帰還したら地球が滅びかけていたので、ダンジョン災害で救います~ 作:TS女神
「……どうやら、説明しなければならないことが随分と多そうだね」
「多いなんてもんじゃない。こっちは何が起きたのかほとんど分かってないんだぞ」
魔王を倒した直後に一度だけ聞いた声へそう返しながら、俺は改めて新たに現れた神を見た。
先ほどの神と同じく、見た目だけなら人間と大きく変わらない。しかし、そこに立っているだけで感じる存在感はまるで別物だった。邪神ほどではないにせよ、俺がまだ普通の高校生だった時なら、邪神と同じように存在を認識することすら難しかったのではないかと思えるほど濃密な何かを纏っている。
隣にいた神が慌てて姿勢を正したところを見る限り、相当に格上の相手らしい。
「まず聞かせてくれ。俺は本当に神になったのか?」
「そうだね」
「即答かよ……」
「そこについては疑う余地がないからね。君の中には、あの馬鹿――君が戦った邪神の神格が確かに存在している。それも僅かな欠片ではなく、かなり大きな割合で」
「本人は半分って言ってた」
「なら、おそらく本当に半分なのだろうね。あれは人間の都合を考えないだけで、自分が面白がって口にしたことについては案外嘘をつかない」
「全然フォローになってないぞ」
「フォローするつもりもないよ」
どうやら神々の間でも、あの邪神の扱いは概ね俺と同じらしい。少なくとも、俺だけが理不尽な目に遭わされていたわけではないと分かったことには、ほんの少しだけ安心した。
「君が人間だった頃から持っていた魂と、長い年月をかけて身につけた力。その上に神格と神力が加わり、それを受け入れられる形へ存在そのものが再構成された。今の君は元人間ではあるけれど、存在としては完全に神の側だ」
「……やっぱり、人間じゃなくなったんだな」
「残念ながら、そこは間違いない」
ある程度は覚悟していた答えだった。それでも改めて他人から断言されると、胸の奥へじわりと重いものが沈んでいく。
女になってしまったことも十分に大問題なのだが、それよりさらに根本的なところで、俺はもう人間とは別の存在になってしまったらしい。
「寿命はどうなる?」
「普通の意味では考えなくていい。神格が正常である限り、老衰することはまずない」
「飯は?」
「食べたければ食べられるし、食べなくても餓死はしない」
「睡眠は必要なのか?」
「生存のためには必要ないけれど、眠ること自体はできるよ。君の場合は元人間だから、しばらくは習慣として眠った方が精神的には落ち着くかもしれないね」
「怪我は?」
「もちろんする。ただし人間の肉体とは違って、神力が残っていればかなりの範囲を修復できる。もっとも、神格そのものを大きく損傷すれば、あの邪神のように長期休眠へ入ることもあるけれど」
「なるほど……」
少なくとも、人間だった頃まで当たり前だと思っていた常識の大部分が、もうそのままでは通用しないことだけは理解できた。
そこで改めて、自分にとって一番分かりやすい変化へ視線を落とす。
「じゃあ、この身体は?」
「神体だね」
「それは何となく分かる。そうじゃなくて、何で女なんだ」
「……そこは少し複雑だ」
それまで淀みなく答えていた相手が、初めて少しだけ言葉に詰まった。
「嫌な予感がするんだけど」
「神へ変化する際の肉体は、元の魂や自己認識、受け継いだ神格など、複数の要素を基に再構築される。君の場合は前例がかなり特殊だから、今ここで断言するのは避けた方がいいだろうね」
「戻せる?」
「可能か不可能かで言えば、神体は絶対に固定されたものではない。ただ、神になったばかりで知識もない状態のまま、自分自身の構造へ手を入れるのは勧めない」
「なるほど……」
神の力に慣れてくれば、姿を変えることもできるということだろうか。初心者が下手に弄って腕が三本になりました、とかがあると笑えない。俺はひとまず身体そのものについての追及を諦め、代わりに制服の襟元を摘まんだ。
「じゃあ、これは?」
「服?」
「何で女子制服なんだよ」
上位神らしい相手は、そこで初めて気づいたように俺の格好をまじまじと眺めた。
「ああ、それは神衣だろうね」
「神衣?」
「神体と一緒に形成される、神にとって最も基本的な衣服だよ。本人が強く持っている自己像や記憶から形作られることが多い」
「俺の自己像が女子高生だった覚えはないんだけど」
「元になっているのは、君が地球で高校生だった頃の制服じゃないかな」
言われてみれば、確かによく似ている。
「でも俺が着てたのは男子制服だぞ」
「現在の神体へ合わせて補正されたのだろうね」
「余計な補正するなよ……」
思わず頭を抱えると、肩へかかっていた長い銀白の髪が、その動きに合わせて前へ流れ落ちてきた。
神になった以上、服装くらいは自分でどうにかできると思いたい。少なくとも、この格好のまま一生過ごす羽目になるのだけは勘弁してほしかった。
「細かい話については、あとでまとめて基礎知識を学んだ方が早いだろう。神格、神力、神体、世界への干渉、神同士の決まり……全部ここで一から説明していたら、何日かかるか分からない」
「それは俺も嫌だ」
「だろうね」
俺が即答すると、相手は僅かに笑った。
「だから、今の君が覚えておくべきことは、とりあえず三つでいい。まず一つ目。君はもう神であり、それも生まれたばかりの神としてはかなり高い位階にいる」
「さっき、中級上位とか言われた」
「そのくらいだね。正確な測定は後で行うとして、少なくとも下級ではない」
生まれたばかりなのに中級上位と言われても、いまいち実感は湧かない。
異世界に拉致されてから、少しでも強くなるために必死で努力してきた身ではあるが、今回ばかりは自分の努力だけで勝ち取った力と言っていいのか微妙だった。邪神を倒した結果ではあるものの、今の神としての力そのものは、倒した本人から半分押しつけられたようなものだからだ。
「二つ目。今までと同じ感覚で力を使わないこと」
「……さっき探索魔法を使って、それはちょっと分かった」
「何をしたの?」
「人間だった頃に使ってた程度のつもりで、周囲を探ろうとした」
「どこまで見えた?」
「山とか街とか、かなり遠くまで。一瞬で切ったから正確には分からない」
俺の返答を聞いて、相手が僅かに眉を寄せた。
「しばらく魔法を使う時は、本当に気をつけた方がいい。今の君が人間だった頃と同じ感覚で出力すると、規模によってはそれだけで災害になる」
「やっぱりか……」
先ほど剣を試し振りしなかったのは、どうやら正解だったらしい。
「そして三つ目。神は、特定の世界に縛られた存在ではない」
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。君はもう、自分の力で世界と世界の間を移動できる」
一瞬、言葉の意味を理解できなかった。
「……待ってくれ」
「うん?」
「世界と世界の間って……異世界へ行けるってことか?」
「もちろん」
あまりにもあっさりと返され、俺はしばらく何も言えないまま相手の顔を見つめた。二十六年間、ずっと地球へ帰りたいと思い続けてきた。
魔王軍と戦いながら帰還方法を探したこともある。古い遺跡を調べ、空間魔法を研究し、異世界召喚に関する伝承を漁ったことだって一度や二度ではない。それでも結局、人間だった俺には、世界そのものを越える方法など見つけられなかった。
「……神なら、帰れるのか?」
「君は地球出身だったね」
「ああ」
「なら余計に簡単だ。自分が生まれた世界との繋がりは、魂にかなり強く残っている。座標を一から探す必要すらない」
あまりにも簡単そうに言われて、胸の奥から一気に込み上げてきたものがあった。
本当に帰れる。もう二度と辿り着けないかもしれないと思っていた場所へ、自分の力で帰ることができる。そこまで考えた瞬間、ふと別のことが頭をよぎった。
「……待て。そうだ、時間は?」
「時間?」
「世界が違えば、時間の流れも違うんだろ?」
邪神との戦いですら、体感した時間とこの世界で実際に経過した時間が一致していなかった。ましてや、地球とこの世界が同じ速さで時間を刻んでいる保証などどこにもない。
俺はこちらの世界で、普通の高校生だった頃から見れば人生をもう一度やり直したと言ってもいいほどの年月を過ごしている。
もし地球でも同じだけの時間が経っていたら、父さんと母さんは今いくつになっている。妹はどうしている。友人たちは――。
「……地球では、どれくらい経ってる?」
自分でも分かるほど、声が硬くなっていた。そんな俺とは対照的に、目の前の神は少し考えるように視線を上げただけだった。
「君がこちらへ来てからなら、地球時間でおよそ二年半だね」
「…………二年半?」
「世界ごとに時間の流れる速さは違う。この世界は地球よりかなり速い。君がこちらで過ごした時間と、地球で経過した時間は一致しないよ」
思わず、その場で大きく息を吐いた。
二年半。もちろん短い時間ではない。突然消えた息子を待つ家族にとって、その二年半がどれほど長かったのかを考えれば、安心していい話でもないだろう。
それでも、二十年以上ではなかった。父さんも母さんも、おそらくまだいる。妹だって、俺の記憶からそれほどかけ離れた年齢にはなっていないはずだ。
「……よかった」
思わず漏れた声には、自分でも驚くほど安堵が滲んでいた。
「地球へ帰りたい?」
「帰りたい」
今度は考える必要すらなかった。
向こうではたった二年半かもしれない。それでも俺にとっては、気が遠くなるほど長い時間だった。答えなど、最初から決まっている。そんな俺を見て、神はごく自然なことのように頷いた。
「なら、帰ればいい」
「……そんな簡単に言う?」
「神にとっては、それほど難しいことではないからね」
「俺、地球へ帰る方法をずっと探し続けてたんだけどな。結局、魔王倒したのに邪神は帰してくれなかったし」
「あの馬鹿に期待するのはよしたほうがいい」
「神になったら世界間移動ってのは基本技術なのか?」
「基本技術だね」
「…………」
それなら、これまで帰還方法を探し続けてきた苦労は何だったのだろう。
もちろん世界を救ったことを後悔しているわけではないし、その頃の俺は神でも何でもなかったのだから、方法だけ聞いたところで実行できなかったのだろう。それでも、あれだけ必死に探し続けていた帰還方法が、神になった途端に基礎技能扱いされると何とも言えない気分になる。
「ただし、好き勝手に世界を渡り歩いて、力を振り回していいという意味ではないよ」
「分かってる」
むしろ、先ほど自分の力がどれほど変わっているのかを思い知らされたばかりだ。地球へ帰れた喜びで神の力を試してみました、その結果、日本列島が消えました――では洒落にならない。
「特に君のような強い神は、世界へ直接干渉する際には注意が必要だ。弱い世界へ大きな力を流し込めば、それだけで法則を歪めることもある」
「じゃあ、地球へ行くだけでも危ないのか?」
「行くだけなら問題ない。出力を抑えて、自分の存在をその世界へ合わせればいい。その方法も一緒に教えよう」
「頼む」
「その代わりと言っては何だけれど」
何気なく続いた一言に、なぜか嫌な予感がした。
「……何だ」
「君、地球の担当神にならない?」
「…………何て?」
「地球の担当神」
どうやら聞き間違いではなかったらしい。
「帰る話をしてたはずなんだけど」
「しているよ。君は地球出身で、これから地球へ帰る。そして偶然にも、現在の地球には恒常的な担当神がいない」
「偶然?」
「世界の数に対して神の数が足りないんだ。すべての世界へ一柱ずつ担当を置けるわけではない。専任の神がいる世界もあれば、一柱が複数の世界を兼任している場合もあるし、定期的な巡回だけで済ませている世界もある」
「地球は?」
「長い間、ほぼ自然運用だね。多少の下級神や土地に根ざした神格はいるけれど、地球全体の管理を担当している神はいない」
初めて聞く話だった。もっとも、地球で暮らしていた頃は、本物の神が実在するなど考えたこともなかったのだから、知らなくて当然なのだが。
「それでも長い間、大きな問題はなかった。神が何もしなくても、世界自身がある程度は循環を維持するからね」
「じゃあ、担当神なんていらないんじゃないか?」
「そういうわけでもない。放っておけば何か問題が起きた時に発見が遅れるし、世界そのものでは対処できない異常だってある。定期的な観測と、必要に応じた最低限の調整は誰かがした方がいい」
「それを俺にやれと」
「君なら自分の故郷を雑には扱わないだろう? それに地球出身なら、現地文明への理解もある。外から来た神が担当するより、遥かに向いている」
それは確かにそうだった。
地球に何か起きていると知れば、担当であろうとなかろうと俺は放っておけない。だったら最初から正式に担当してしまった方が、面倒が少ないのかもしれない。
「……仕事って、具体的には何をするんだ?」
「平常時なら、定期的に世界の状態を見るくらいだよ。世界法則に異常がないか、過剰な負荷が溜まっていないか、外部世界から余計なものが入り込んでいないか。そのあたりを確認する」
外部世界から余計なもの。その言葉を聞いた瞬間、なぜかあの邪神の顔が頭をよぎった。気のせいだと思いたい。
「問題がなければ、むしろ余計なことをしないのも仕事のうちだ。神が善意で何でも解決してしまうと、そこに住む文明が神なしでは何もできなくなることもあるからね」
「なるほど」
そこについては、長年、人類と一緒に戦ってきたからこそ理解できた。俺がどれだけ強くなっても、軍隊も国も仲間も必要だった。誰か一人がすべてを背負ってしまえば、その一人がいなくなった時に何も残らない。
「ちなみに、それって無給?」
何となく気になって尋ねてみると、目の前の神は少し意外そうな顔をした。
「報酬ならあるよ」
「あるのか」
「人間の貨幣ではないけれどね。まず世界管理に必要な神力は、君自身の力とは別に管理用の予算としてある程度支給される。自腹だけで世界を維持しろという制度ではない」
「神にも予算ってあるんだな……」
「組織で管理している以上、当然だよ。それとは別に、担当神としての報酬もある。神力の補充や個人神域の維持・拡張、それから神々が利用する各種設備や機能の使用権などだね」
「思ったより会社員みたいだな」
「似ている部分はあるかもしれない」
神というものを、もう少し神秘的な存在だと思っていた。
邪神を初めて見た時には確かにそう感じたはずなのだが、どうやら実際に関わる時間が長くなればなるほど、神秘性とは別の側面が見えてくるらしい。
「もっとも、君の場合は既に持っている神力がかなり多いから、通常の報酬として渡される程度ではあまり魅力を感じないかもしれないけれど」
「別に報酬目当てで地球を見るわけじゃないからいいよ」
「では、引き受ける?」
「やる」
これについても、答えは早かった。
俺の故郷だ。しかも、そこには父さんも母さんも、妹だっている。誰かが見なければならないというのなら、自分がやればいい。
「決まりだね。正式な手続きは後で済ませよう」
「後でいいのか?」
「君、今すぐ地球へ行きたいだろう?」
「……行きたい」
「だったら先に行けばいい。書類は逃げないよ」
「神にも書類あるのかよ……」
思わず遠い目をしてしまった。
神になった途端に、あれほど求め続けていた地球への帰り方が見つかり、その流れで故郷の担当神として就職まで決まってしまった。人生というものは、本当にどう転ぶか分からない。
「でも、その前に一つだけいいか」
「何だい?」
「この世界の仲間たちが無事か、もう少し詳しく確認できる?」
先ほどの神から、少なくとも数十年も経ってはいないことまでは聞いた。それでも、やはり仲間たち自身が無事なのかは気になっていた。
「構わないよ」
上位神は僅かに視線を遠くへ向ける。何か特別な術を使っているようには見えなかったが、ほんの数秒で確認を終えたらしく、すぐにこちらへ意識を戻した。
「少なくとも、君と一緒に魔王城へ入った者たちの大半は生きている。人類圏も安定しているし、魔王軍が再び大規模な攻勢へ転じた様子もない」
「そうか……」
その言葉を聞いた途端、ずっと胸の奥に引っかかっていたものが、ようやく少しだけ抜けていった。
「会いに戻ることもできるよ」
「いや……」
すぐには答えられなかった。
当然、顔は見たい。自分が生きていることも伝えたいし、この姿を見せた時に連中がどんな顔をするのかという不安もある。
だが今は、それ以上に地球へ帰るという、長年待ち続けてきた願いが目の前まで来ていた。
「地球を見てから戻る」
「それでいいの?」
「ああ。もう世界を越えられるんだろ? 今までみたいに、ここを離れたら二度と戻れないわけじゃない」
「その通りだ」
その答えを聞いて、ようやく少し笑えた。
これまでずっと、地球とこの世界のどちらか一つを選ばなければならないと思っていた。地球へ帰る方法が見つかったとしても、それはこの世界との永遠の別れになるのかもしれないと、何度も考えたことがある。
けれど神になった今は、そうではないらしい。地球へ帰ることもできるし、またこちらへ戻ってくることもできる。
「じゃあ、教えてくれ」
「世界間移動を?」
「ああ」
「難しく考えなくていい。今の君なら力は十分にある。最初は、自分が生まれた世界を思い出すだけでいいよ」
言われるままに目を閉じ、地球のことを意識する。すると、それだけで胸の奥にある何かが微かに震えた。今まで使い続けてきた魔力とは違う、神になってから感じるようになった、もっと深いところにある力だった。
「世界を場所として探そうとしないこと。距離ではなく、繋がりを見るんだ」
「繋がり……」
「君の魂には、生まれた世界の痕跡が残っている。それを辿ればいい」
言われた通り、地球で過ごした頃の記憶を思い浮かべる。家での暮らし。父さんと母さん。毎日通った学校や、その帰り道。友人たちと過ごした時間。そして、邪神に攫われる直前まで歩いていた夕暮れの街。
いくつもの記憶を辿っていった瞬間、意識の暗闇の中へ、一つの光が浮かび上がった。
「……見えた」
「それが君の故郷だ」
説明されるより先に、それが何なのか理解できた。
間違えようがない。ずっと離れていたというのに、自分の魂のどこかには、確かに生まれた世界へ繋がるものが残っている。
地球だ。
「あとは、その世界へ自分を繋げる。力を押し込む必要はないよ。扉を壊すのではなく、開くと思えばいい」
「扉を……開く」
意識を光へ向けると、目の前の空間に細い筋が走った。先ほど下級神が現れた時に見たものとよく似ているが、今度は自分自身の力が空間へ触れ、向こう側へ道を作っていることがはっきりと分かる。
壊さないよう慎重に広げていくと、やがて光の裂け目は人一人が通れるほどの大きさへ開いた。
その向こうから流れ込んできた空気を感じた瞬間、思わず息を呑む。
魔力の気配は、ほとんどない。それなのに、どうしようもなく懐かしかった。
「…………地球だ」
何度夢に見たか分からない。帰りたいと願い続け、それでももう二度と辿り着けないのではないかと考えたことだって何度もあった。その場所が今、ほんの数歩先にある。
「行っておいで」
背後から声をかけられ、俺は一度だけ振り返った。
「担当神の仕事とか、その辺は後でちゃんと教えてくれるんだよな?」
「もちろん。それに地球の状態も、一度自分で見た方が話が早いだろう」
「状態?」
「まずは帰ってからだ」
少しだけ気になる言い方だった。
だが今は、それ以上に目の前へ開いた道から意識を逸らすことができなかった。剣を握り直し、動くたびに邪魔になる銀白の髪を背中へ払う。
地球を離れた時とは、何もかもが変わってしまった。
あの頃はただの高校生だった俺も、異世界で人生をもう一度生きるほどの時間を過ごし、男だった身体は見知らぬ女のものになり、なぜか女子制服を纏い、人間だったはずの自分は神にまでなっている。
それでも、帰りたいと思っていた気持ちだけは、あの日から何一つ変わっていない。
「……帰るか」
そう呟いて、俺は光の向こうへ一歩を踏み出した。
そして二十六年ぶりに、俺はようやく故郷の世界へ帰還した。