TS女神の地球救済政策 ~26年かけて異世界を救った元勇者、絶世の女神になって帰還したら地球が滅びかけていたので、ダンジョン災害で救います~ 作:TS女神
そう宣言したところで、当然ながら解決策が勝手に浮かんでくるわけではなかった。
魔王を倒せと言われた時なら、少なくとも最終的に何を成し遂げれば勝ちなのかだけは分かっていた。敵がいるなら戦い、強すぎるなら鍛え、足りないものがあれば探せばいい。実際には二十六年もかかったのだから、そんな単純な話ではなかったものの、それでも目指すべき場所そのものは最初から明確だった。
だが、今回は違う。
相手は意思を持った敵ですらなく、地球という世界そのものへ蓄積している負荷だ。剣で斬れるわけでもなければ、より強力な魔法を覚えたところで解決するとも思えない。二十六年間かけて身につけてきた戦い方を、そのまま当てはめられる問題ではなかった。
「……とりあえず、一つずつ考えるしかないか」
「そうだね。最初から正解を当てる必要はないよ。可能性のある方法を調べて、駄目なら次を考えればいい」
セレイスの言葉に頷きながら、俺は目の前に浮かんでいる地球へ視線を戻した。
まずは、俺が神になったからこそ使える特別な方法へ頼る前に、地球側でできることがないか考えた方がいい気がする。
地球には既に八十億を超える人間がいて、長い時間をかけて文明を築き上げてきた。その中に今回の問題へ利用できる技術や仕組みが存在するのなら、何もかも神の力だけで解決しようとする必要はないはずだ。
「世界負荷って、文明活動でも増えるんだったよな?」
「増えるよ。ただ、今の地球で急激に増えている一番大きな原因は、外部から流れ込んでいる魔力だね」
「だったら……工場とか発電所とか、大量にエネルギーを使ってるものを止めれば、多少は減る?」
「増加速度を僅かに下げる効果はあるだろうね。ただ、それだけで解決するのは難しい」
セレイスが地球の投影へ指先で触れると、その周囲にいくつもの数値が浮かび上がった。
「仮に世界規模で文明活動を大幅に縮小したとしても、現在の負荷増加の大部分を占める外部魔力の流入は続く。それに、文明活動を無理に止めたことで生じる混乱や生命活動への影響まで考えれば、別の形で負荷を増やす可能性もあるよ」
「……そりゃそうか」
世界を救うために世界中の電気や物流を止めるなどと言い出せば、自然排出が始まるより先に人間社会の方が大惨事になる。病院も水道も通信も物流も、今の文明は互いに複雑に繋がっているのだから、一部を止めれば済む話でもない。
「しかも、猶予は一年くらいしかないんだよな」
「正確には、一年以内に何らかの安定化策へ移るべきという推定だけれどね。地球側の変化によって多少は前後する可能性がある」
「どっちにしろ、世界中の生活そのものを作り直すには短すぎるな」
何十年も時間があるのなら、省エネルギー社会へ移行するとか、新しい技術を開発するとか、いくらでも試す余地はあるのかもしれない。だが、一年で地球全体の文明構造を入れ替えるなど、どう考えても現実的ではなかった。
「じゃあ、流れ込んできた魔力そのものを使えば?」
「どういう意味だい?」
「異世界じゃ、魔力を使って魔法も魔道具も動かしてただろ。地球に余ってる魔力も、何かのエネルギーとして消費できないのか?」
「考え方そのものは悪くないよ」
すぐには否定されなかったので、俺は少し身を乗り出した。
「できるのか?」
「魔力そのものならね。術式や魔道具へ流し込めば、熱や光、運動など別の現象へ変換できるし、生物が取り込めば生命活動にも利用される。ただし、今回問題になっている世界負荷は魔力だけではない」
「世界法則の歪みとか、そういうのも含まれてるんだったな」
「そういうこと。魔力をエネルギーとして大量に消費できれば、少なくとも魔力濃度を抑える助けにはなるだろう。でも、既に世界へ生じた構造的な変化まで、それだけで消えるわけではない」
さらに厄介なのは、今の地球には魔力を扱う技術体系そのものが存在しないことだった。
「一年で世界中に魔力発電所を建てる……とかは?」
「君が完成した技術を渡したとしても、設備を整え、人材を育成し、安全性を確認して世界規模へ普及させるところまで一年で進めるのは厳しいだろうね」
「まあ、そうなるよな」
今日まで魔法など物語の中にしか存在しなかった世界で、明日から魔力を使って発電してくださいと言われても困るに決まっている。理論だけ渡したところで、それを検証する装置から作らなければならないし、技術者を育て、生産設備を整え、実際に社会へ組み込むとなれば、到底一年で済む話ではなかった。
「じゃあ……宇宙に捨てるのは?」
「世界負荷を?」
「ああ。地球の中にあるから問題なら、外へ出せばいいんじゃないか? ロケットみたいに物を運ぶ必要はなくても、何かこう……魔力だけ宇宙空間へ放り出すとか」
「魔力だけなら、仕組みを用意すれば一部は可能だと思う。ただ、世界負荷そのものは物質ではないからね。地球という世界の構造へ結びついている以上、単に惑星の外へ運べば済むものではない」
「世界の外へ出すには?」
「世界境界や法則そのものへ干渉する必要がある。少なくとも現在の地球文明が、自力で行える方法ではないよ」
「……駄目か」
どうやら、地球側の技術だけで片づけるのは思っていた以上に難しいらしい。文明活動を止めても根本原因である魔力流入は残り、魔力を利用しようにも技術がなく、宇宙へ捨てる案にしても普通の物質を処分するのとは話が違う。そうして一つずつ可能性が潰れていく中で、もっと単純な方法が頭に浮かんだ。
「……神が吸い取るのは?」
「世界負荷を?」
「俺でもセレイスでもいい。神なら人間とは比べものにならない量の力を扱えるんだろ? 地球に余ってるなら、まとめて回収できないのか?」
セレイスはすぐには答えず、地球の投影を眺めながら僅かに考え込んだ。
「不可能ではないよ」
「できるのか?」
「一部ならね。魔力だけであれば、今の君でも相当量を引き受けられるだろうし、私ならさらに大きな規模で処理できる。ただ、地球全体へ広がっているものを、一柱か二柱の神が継続的に吸い上げ続ける方法は勧めない」
「量が多すぎる?」
「それもあるけれど、一番の問題は別にある」
セレイスが地球を覆っている光の一部を示す。
「今の地球に足りないのは、単純な容量ではなく、外から入ってきた魔力や世界内部で生じる負荷を安定して循環させる仕組みそのものなんだ。私たちが外から吸い上げ続ければ、その間は危険域への到達を遅らせられるかもしれない。でも、こちらが手を止めた瞬間にまた蓄積が始まる」
「ずっと神が面倒を見ることになるのか」
「そういうことだね」
「……それは嫌だな」
以前、担当神について説明された時にも、神が何もかも肩代わりすれば、その世界は神なしでは立ち行かなくなると聞いた。今回も同じなのだろう。
今後何千年、何万年と俺が地球へ張りつき続け、定期的に世界負荷を吸い取らなければ危険になるのでは、地球を救ったとは言い難い。俺に何かあった途端に危機へ戻るなら、問題を解決したのではなく、俺という新しい部品を世界へ無理やり組み込んだだけだ。
「必要な時に神が助けるのと、世界そのものを神が支え続けるのは別ってことか」
「そう考えると分かりやすいね。最終的には、地球自身が安定して回る形へ持っていった方がいい」
「俺もその方がいい」
一時的に助けるためなら神の力を使うことに抵抗はない。だが、俺がやりたいのは地球の延命ではなく、俺が四六時中見張っていなくても存続できる状態へ持っていくことだった。
「じゃあ、自然排出を小さく分けるのは?」
次に思いついた方法を口にする。
「巨大地震や超巨大噴火で一気に出すから文明が壊れるんだろ? だったら、小さい地震とかで少しずつ逃がせないのか?」
「それは可能だよ」
「可能なのか」
「ある程度ならね。地殻へ蓄積している分を小規模な地震として解放したり、大気系へ回して比較的穏やかな気象変動として逃がしたりすることはできる。担当神が状態を見ながら調整すれば、大規模な人的被害を避けつつ一定量を排出することも可能だろうね」
「それなら全部――」
「ただし、それだけですべてを処理することはできない」
浮かびかけた期待は、その一言で少し萎んだ。
「地球へ流れ込んでいる量に対して、人間社会へ大きな被害を与えず排出できる量には限界がある。増加速度を抑えたり、本格的な自然排出へ至るまでの時間を延ばしたりするには有効だけれど、すべてを自然現象だけで逃がそうとすれば、結局は今問題になっている規模まで大きくする必要があるよ」
「つまり、解決にはならないけど時間稼ぎはできる」
「そういうことだね」
それなら十分意味はある。すぐに根本的な方法が見つからなかったとしても、危険な状態へ向かう速度をこちらで抑えられるのなら、追い詰められ方はまるで違う。
「これは覚えとこう。少なくとも、何もできないまま一年後を待つ必要はないわけだ」
「いい判断だと思うよ。恒久策ではなくても、状況を悪化させないための手段は持っていた方がいい」
ここまで考えてきた方法には、それぞれ使い道はあるものの、決定打と呼べるものは一つもなかった。文明活動を止めることはできず、既存技術では魔力をまともに扱えない。神が直接処理し続けるのは恒久策にならず、小規模な自然排出も時間を稼ぐことはできても根本的な解決にはならない。
「……難しいな」
「世界規模の問題だからね」
「魔王の方が分かりやすかったぞ」
「本人が聞いたら複雑な顔をしそうだね」
「倒せば終わる相手ってだけで、かなり親切だったんだな……」
もちろん当時の俺が聞けば全力で否定しただろうが、少なくとも敵の居場所も勝利条件もはっきりしていた。対して地球の問題には、それすらない。何をすれば勝ちなのかさえ見えない状況に改めて頭を悩ませていたところで、ふと一つの疑問が浮かんだ。
「そういえばさ」
「何だい?」
「俺がいた世界は、地球なんか比較にならないくらい魔力が濃かったよな?」
「そうだね。分類上でも、かなり魔力濃度の高い世界に入る」
「でも、地球みたいにはなってなかった」
少なくとも二十六年間暮らした中で、世界負荷が蓄積しすぎた結果、文明を壊すほどの大災害が起きるなどという話は聞いた覚えがない。災害自体はあったし、魔力に由来する危険な現象だって存在したが、それでも世界そのものが処理しきれず、限界へ追い込まれているようには見えなかった。
「何が違うんだ?」
セレイスは僅かに笑った。
「ようやく、そこへ気づいたね」
「わざと黙ってた?」
「君自身で疑問を持った方が理解しやすいと思っただけだよ」
「教師みたいなことするなよ……」
「新人教育も雑用係の仕事の一つだからね」
セレイスが地球の投影を少し横へ移動させると、その隣に俺が二十六年間暮らした世界の構造が現れた。
「地球との一番大きな違いは、世界全体が最初から魔力の存在を前提として形成されていることだよ」
異世界を覆う光は、地球より遥かに複雑だった。大地の下には巨大な光の流れが何本も走り、そこから細い流れが枝分かれしながら地上や海へ広がっている。さらに注意して見れば、大気や生物らしき反応の間にも光が絶えず行き交っており、世界そのものが一つの巨大な循環系になっているようだった。
「これが魔力の循環?」
「そう。地下を流れる大規模な魔力脈もあれば、大気や海洋を経由する流れもある。それだけじゃない。植物や動物、魔物、知的生命も、それぞれ魔力を取り込み、蓄え、使い、やがて死ねば別の形で世界へ返している」
「生き物そのものが循環の一部なのか」
「魔力世界では普通のことだよ。君だって人間だった頃から、意識しなくても周囲の魔力を取り込んでいただろう?」
「……そういえばそうだな」
異世界ではあまりにも当たり前すぎて、改めて考えたことすらなかった。俺たちは周囲の魔力を体内へ取り込み、扱える形へ変え、それを魔法や身体強化として使っていた。使った魔力も完全に消えてなくなるわけではなく、別の形になって世界へ戻り、また何かに取り込まれる。
「魔物も同じ?」
「もちろん。むしろ大型の魔物ほど、一個体で扱う魔力量は大きい」
その言葉を聞いて、二十六年間で遭遇した連中を思い返す。山ほどの巨体を持つ怪物や、単独で都市を滅ぼしかねない魔物。そして最後には、人類最大の敵だった存在まで頭に浮かんだ。
「……魔王も?」
「循環という意味では、彼も例外ではないよ」
「何か嫌だな。あいつも世界の役には立ってたのか」
「世界の魔力循環へ参加していたことと、人類を滅ぼそうとしていたことは別の話だけれどね」
「分かってるけどさ」
何とも複雑な気分だった。あれだけ苦労して倒した相手にも、世界全体から見れば何らかの役割があったらしい。
「魔王ほどの存在なら、一個体の中へ蓄積される魔力量もかなり大きい。古龍や一部の精霊、高位魔族なんかも同じだね。大量の魔力を保持し、活動する過程で別の形へ変換して世界へ返している」
「古龍もか……」
かつて山をいくつか削る勢いで殴り合った末に妙な友誼を結んだ一頭を思い出す。あいつに「お前、世界の循環装置みたいなものらしいぞ」と言ったら、物凄く嫌そうな顔をする気がした。
「もっとも、そういう強大な個体だけで循環が成立しているわけではないよ。森も湖も、そこに生きる小さな生命も含めて、世界全体で魔力を回している」
「地球には、それがない」
「正確には、まだ育っていない。魔力が流れ込み始めてから二年半しか経っていないんだから、当然と言えば当然だけれどね」
そこまで聞いて、ようやく問題の形が少し見えてきた。
地球に必要なのは、流れ込んできた魔力をただ消して、以前の状態へ無理やり戻すことではない。既に世界そのものが魔力の存在する環境へ変わり始めているのなら、それを安定して取り込み、使い、別の形へ変え、再び世界へ返せる仕組みが必要になる。
「だったら、地球にも魔力を使う生き物を増やせばいい?」
「長期的には、それも必要になる可能性が高いね」
「でも一年じゃ間に合わないだろ」
「自然に任せるならね」
地球の植物や動物も、既に少しずつ魔力へ適応を始めているという話だった。だが、それらが世界全体の余剰魔力を十分処理できるほどの生態系になるまで待っていたら、その前に自然排出機構が本格的に動き始める。
「もっと大量に、一気に処理できるものはないのか?」
「あるよ」
あっさり返され、思わずセレイスを見る。
「あるの?」
「魔力世界には、通常の生態系より遥かに大きな単位で余剰魔力や世界負荷を処理する存在が生まれることがある」
セレイスが異世界の投影へ新しい情報を重ねると、いくつかの地点が明るく光った。その一つが拡大され、大地の下へ巨大で複雑な構造が広がっていく。
映し出された形そのものに見覚えがあるわけではない。それでも、その場所が何なのかはすぐに分かった。
「……これ、ダンジョン?」
「君たちはそう呼んでいたね」
「待て。ダンジョンって、魔物が住み着いてる地下迷宮じゃないのか?」
「それだけではないよ。自然発生型のダンジョンは、分類としては巨大な魔力生命体に近いものが多い」
「生命体? ダンジョンそのものが?」
思わず投影へ近づいた。
二十六年間で、ダンジョンには何度も潜った。内部では魔物が発生し、奥へ進むほど危険度が上がる一方、外では手に入らない素材や魔道具が見つかることもある。実力を磨くために冒険者もやっていた俺にとって、ダンジョンとは金と危険が同居する攻略対象でしかなかった。
「内部で魔物を生み出し、外部から魔力を吸収し、自らの構造を維持しながら成長する。種類によって差はあるけれど、世界側から見れば余剰魔力や負荷を効率よく取り込み、それを別の形へ変換する存在でもあるんだ」
「……だから中の魔力が濃かったのか」
「そうだね」
思い返せば、ダンジョン内部は外より明らかに魔力が濃かった。深層へ進めば進むほどその傾向は強くなり、出現する魔物まで強くなっていく。当時は「ダンジョンとはそういう場所だから」で済ませていたが、今になって初めて、その現象にも理由があったことを知った。
「魔石とか素材が取れたのも?」
「取り込んだ魔力を固定化した結果だね。すべてが人間のために作られたものではないけれど、人間から見て価値のある資源になることは多い」
「宝箱まであったぞ」
「それについては種類によるかな」
「……種類?」
セレイスが少しだけ意味ありげな表情を見せる。
「高度なダンジョンになると、周囲の知的生命を内部へ誘導するため、価値のあるものを意図的に生成する個体もいるよ」
「…………」
「どうしたんだい?」
「今、俺の中でダンジョンに対する夢が一つ死んだ」
冒険者時代、命懸けで奥まで潜って見つけた宝を「迷宮からの祝福」などと喜んでいた連中もいた。まさか、魚を釣るための餌と大差ない可能性があったとは思いたくなかった。
「でも、何で人を中へ呼ぶ必要があるんだ?」
「生物が活動すれば、内部のエネルギーが動くからだよ。移動し、魔法を使い、魔物と戦う。それだけでも内部の循環を促す刺激になる。個体によっては、侵入者が持ち込む魔力や生命力そのものを利用することもあるね」
「……急に危険な話になったな」
「実際、危険なものだからね。人間へ便利な資源を提供するために存在しているわけではないよ」
それについては、俺も嫌というほど知っていた。ダンジョンで命を落とした冒険者は一人や二人ではないし、内部の魔物が外へ溢れ、近隣の町が壊滅した現場へ駆けつけたことだってある。
「放っておくと魔物が外へ出てくるのも、そのせい?」
「場合によるけれど、そういう個体も多い。内部だけで必要な活動を維持できなくなれば、外部へ活動領域を広げる。君たちがスタンピードと呼んでいた現象の一部は、それだね」
「……あれ、ただ暴走してたわけじゃなかったのか」
「人間から見れば暴走で間違ってはいないよ。ダンジョン側からすれば、自分を維持するために外へ出ただけという話だ」
「その結果、町が潰れるんだけどな」
「人間の都合を考えて生まれた存在ではないからね」
何とも夢のない話ではあったが、それ以上に俺が引っかかったのは別の部分だった。
ダンジョンは大量の魔力を吸収し、内部で別の形へ変換しながら循環させる。通常の生態系より遥かに大きな単位で、余剰魔力や世界負荷を処理できる。そして今の地球に決定的に足りていないのが、まさにその大規模な循環機構だった。
「…………」
「何か気になる?」
セレイスに聞かれたものの、すぐには答えられなかった。
だったら地球にもダンジョンを作ればいい。
言葉にするだけなら簡単だ。だが、俺はダンジョンがどれほど危険な存在なのかも知っている。魔物に殺された冒険者も見てきたし、スタンピードで町が壊された光景だって知っている。
そんなものを、つい昨日まで魔法どころか魔物の存在すら知らなかった地球へそのまま持ち込むなど、普通に考えれば正気の沙汰ではない。
「……いや」
一度浮かんだ考えは、それでも頭から消えなかった。
自然発生したものをそのまま持ち込めば危険なのは当然だ。だが、自然発生型とまったく同じものにする必要まであるのだろうか。
「セレイス」
「何だい?」
「ダンジョンって、神が作れるのか?」
俺の問いに、セレイスの表情がほんの僅かに変わった。
「作るだけなら可能だよ」
「人工的に?」
「そういうものも存在する。目的に合わせて構造や性質をある程度調整することもできるよ」
「……どこまで?」
「それを説明するには、ダンジョンそのものについてもう少し詳しく話した方がいいだろうね」
そこまで聞いて、今までとは別の方向から解決策が見えかけていることに気づいた。
これまで考えていたのは、地球へ溜まった世界負荷をどうやって消すかという方法ばかりだった。だが、異世界では大量の魔力を消し去っているわけではなく、世界の中で取り込み、使い、形を変えながら循環させている。そして、その大規模な処理を担っている存在の一つがダンジョンだという。
もし、その機能を地球へ合う形に変えて利用できるのなら。
「……地球にも使えるかもしれない」
「可能性はあるね」
「でも、今のままのダンジョンじゃ駄目だ」
「それも間違いない」
即答されたことに苦笑しながら、もう一度異世界の投影へ目を向けた。
二十六年間、何度も潜ってきた場所だというのに、俺はその正体をほとんど知らなかったらしい。攻略者として知っていることと、世界の仕組みとして理解していることは、まるで違う。
「ダンジョンについて、最初から教えてくれ」
まだ、それを地球へ導入すると決めたわけではない。それでも、地球を元の姿へ無理やり戻す以外にも、生き残るための道があるのかもしれないのなら、その可能性を知らないまま切り捨てる理由はなかった。