TS女神の地球救済政策 ~26年かけて異世界を救った元勇者、絶世の女神になって帰還したら地球が滅びかけていたので、ダンジョン災害で救います~ 作:TS女神
そう頼むと、セレイスは俺と向き合ったまま、どこから説明するべきか考えるように僅かに視線を動かした。
「地球へ使えるかどうか判断できるところまででいいんだね?」
「ああ。俺は潜った経験ならいくらでもあるけど、作る側のことなんて何も知らないからな」
「それなら、まず一番重要なところから始めようか」
セレイスが指先を動かすと、俺たちの前に浮かんでいた異世界の投影が拡大され、その中から一つのダンジョンだけが切り出されるように表示された。
外から見れば、山の麓に口を開けた洞窟でしかない。だが世界構造まで含めて表示された今は、その周囲を幾重もの光が包み込み、大地や大気から魔力を取り込みながら内部へ送り込んでいることが分かる。吸い上げられた魔力は、そこで魔物や植物、鉱物といった様々なものへ形を変え、また別の場所へ流れていく。その様子は、巨大な生物の血管でも眺めているようだった。
「仮に、この自然発生型ダンジョンを構造も性質も一切変えず、そのまま地球へ持っていったとする」
「ああ」
「かなり高い確率で、大規模な災害になるよ」
「……やっぱり?」
「君自身が一番よく知っているんじゃないかな」
それは否定できなかった。
俺が二十六年間で見てきたダンジョンは、決して冒険者のために用意された便利な訓練施設ではない。浅い場所なら駆け出しでも戦える魔物が多かったが、少し奥へ入れば一人前の冒険者でも判断を一度誤っただけで死ぬし、深層ともなれば軍隊を投入してもどうにもならない魔物が普通に徘徊している場所さえあった。
「今の地球人は、魔物と戦った経験がない」
「普通は存在すら知らないな」
「身体強化も魔法も使えない。武器については、君がいた世界より遥かに発達している分野もあるけれど、それだけですべての魔物へ対応できるとは限らないね」
「銃とかミサイルでも?」
「一般的な生物型なら非常に有効だと思うよ。君がいた世界の弓や剣より遥かに強力なものも多い。ただ、物理攻撃そのものへの耐性が極端に高い個体や、肉体が霊的な性質を持つ存在、魔力を伴う干渉でなければ決定的な損傷を与えにくいものまで、同じように倒せるわけではない」
「……そういうのを地球へ出したら駄目だな」
銃火器そのものが弱いとは思わない。俺が暮らしていた世界へ地球の現代兵器を大量に持ち込めば、中途半端な魔物なら驚くほど簡単に倒せるだろう。だが、二十六年間の中で俺が戦ってきた相手には、単純な物理攻撃だけではどうにもならない存在も確かにいた。そんな連中まで無差別に地球へ持ち込めば、世界負荷を処理する以前に、新しい災害を一つ増やすだけである。
「それに、自然発生型には魔物が外へ出ない保証もないんだろ?」
「そうだね。内部だけで必要な活動を維持できなくなったり、蓄積したエネルギーを処理しきれなくなったりすれば、活動領域を外へ広げる個体もいる」
「スタンピードか……」
俺の脳裏に、何度も見てきた光景が蘇った。洞窟や遺跡の入口から魔物が雪崩のように溢れ出し、近隣の村や町を襲う。冒険者ギルドや軍が必死に食い止め、それでも間に合わなければ、多くの人間が死ぬ。
「そんなものを東京とか大阪の近くに作ったら、地震を魔物災害へ置き換えただけじゃないか」
「だから、自然発生型をそのまま使うのは勧めないよ」
「じゃあ人工的に作るなら、どこまで変えられる?」
「かなり自由度は高い」
セレイスの返答は早かった。
「自然発生したものを後から作り替えるより、一から目的へ合わせて形成する方が簡単なくらいだよ。魔物の種類、内部環境、構造、外部との境界、資源生成の性質。かなりの部分へ条件を設定できる」
「だったら、魔物が外へ出られないようにすることも?」
「できる」
「人間を襲わないようにも?」
「それも可能だね」
「じゃあ安全なダンジョンにすれば――」
「それでは、君が欲しがっているものから遠ざかる」
言い切る前に止められ、俺は眉を寄せた。
「……何で?」
「魔物の攻撃性や捕食行動まで完全に封じれば、それだけ内部で起きる変化や戦闘も減る。結果として、君が必要としている処理効率も落ちる。それと、そもそもの目的を忘れない方がいい」
セレイスがダンジョンへ触れると、内部を流れていた光がいくつもの色へ分かれ、それぞれ違う経路を辿り始める。
「君が必要としているのは、人間が冒険を楽しむための施設じゃない。今の地球が処理できずに抱えている魔力と世界負荷を大量に取り込み、内部で循環させる仕組みだ」
「ああ」
「そのためには、内部で相応の活動が続いている必要がある」
「活動って、魔物が動くとか?」
「それも含まれるよ。魔物が生まれ、移動し、魔力を使う。植物が成長し、別の生物に食べられる。捕食する側とされる側が互いに魔力を動かし、死んだものは再び内部へ還元される。ダンジョンは単なる容器ではなく、内部で大量のエネルギーを動かし続けることで高い処理能力を維持しているんだ」
言われてみれば、俺が見てきたダンジョンには必ず何らかの生態系が存在していた。ただ石の通路と部屋だけが並んでいる場所でも魔物はいたし、巨大な森や湿地そのものが内部に形成されているものなら、地上と変わらないほど多くの生物が暮らしていた。それらすべてが、ダンジョンが取り込んだ魔力を動かし続けるための仕組みの一部だったらしい。
「じゃあ、魔物を全部なくしたら?」
「作れるけれど、処理効率はかなり落ちるだろうね」
「誰も中に入れず、魔力だけ吸わせるのは?」
「それでは巨大な貯蔵庫に近い」
セレイスが投影を二つに分ける。一方では魔物や植物が動き回り、光が複雑に循環しているのに対し、もう一方には何もない空間だけが広がり、外から吸い込まれた光が内部へ溜まり続けていた。
「変換する仕組みが少なければ、取り込んだものは内部へ蓄積していく。ある程度までは受け入れられても、いずれ飽和して処理能力が落ちるよ」
「それでも吸収させ続けたら?」
「内部構造そのものへ負荷がかかる。最悪の場合は、ダンジョン側が壊れるね」
「世界を救うために作ったものが爆発でもしたら笑えないぞ」
「だから設計する必要があるんだよ」
どうやら、巨大な箱を用意して世界負荷を全部詰め込めば終わり、というほど簡単な話ではないらしい。
「だったら魔物は残す。でも、人間には襲いかからない。それなら?」
「何も存在しないよりは効率が上がる。ただ、内部だけで生態系を完結させれば、いずれ安定するだろうね」
「安定するならいいんじゃないのか?」
「世界を維持する生態系としてはね。ただ、大量の世界負荷を継続的に処理する装置として見るなら、必ずしもそうではない」
セレイスは二つの投影を見比べながら、内部で流れている光の一部を拡大した。
「捕食する側とされる側の数が釣り合い、使われる魔力量も一定になれば、内部で動くエネルギーも一定になる。そこへ外から大量の負荷を流し込み続けるなら、より大きな変化を継続的に起こした方が効率は高い」
「その変化を起こすために、外から人や魔物を呼び込む?」
「自然発生型には、そういう方向へ適応していくものが多いね」
「それで宝箱とか資源まで作って、冒険者を誘ってたわけか……」
「そういう個体もいる」
何とも夢のない話ではある。
命懸けでダンジョンへ潜り、珍しい宝を見つけて大喜びしていた冒険者たちも、ダンジョン側から見れば、自分の内部をかき回して循環を活発にしてくれる都合のいい存在だったのかもしれない。
「人が中を歩いて、魔法を使って、魔物と戦う。それだけでも意味があるんだよな?」
「かなり大きいよ。侵入者が持ち込んだ魔力も動くし、戦闘そのものが内部へ変化を起こす。倒された魔物は別の形へ変換されるし、侵入者が魔石や素材を外へ持ち出せば、内部へ固定されていた魔力の一部を外へ送り出すことにもなる」
「……待てよ」
一つ、絶対に確認しておかなければならないことに気づいた。
「人間が死なないと成立しない、とか言わないよな?」
もしそうなら、この案はそこで終わりだ。地球を救うために毎年何人かをダンジョンへ送り込み、死んでもらいます――そんな仕組みを自分で作る気など一切ない。
セレイスは俺の考えを察したらしく、すぐに首を横へ振った。
「死亡は必要条件ではないよ」
「本当に?」
「死んだ生命を取り込めば大きなエネルギーが動くのは事実だけれど、それだけが方法ではない。生きたまま内部を移動し、身体を動かし、魔力を使い、魔物と戦う。それだけでも十分に循環は起きる」
その答えを聞いて、僅かに肩の力が抜けた。
「だったら、殺す必要はない」
「ないね。自然発生型が侵入者を殺すのは、人間の安全へ配慮する理由がないからだよ。利用できるなら利用する。それだけのことだ」
「本当に災害と同じなんだな」
「生き物に近いとはいえ、人間社会の倫理を理解して運営されているわけではないからね」
地震が家だけを避けて揺れてくれないのと同じように、自然発生型ダンジョンも冒険者が死なないようには考えてくれない。だが、だからこそ人工的に作る意味もあるのだろう。
「つまり、自然発生型みたいに好き勝手させる必要はない。でも、危険を全部消したら処理能力まで落ちる」
「大雑把に言えば、その理解でいいよ」
「じゃあ、処理効率だけ最大にしたら?」
「君が知っている自然発生型へ近づいていく。高密度の魔力、大量の魔物、活発な捕食活動、外部の生物を引き寄せる資源。それでも足りなくなれば、外へ活動範囲を広げようとする」
「危険すぎるな」
「だから、その間を探すことになる」
そこが一番難しいところなのだろう。
絶対に安全な施設にしてしまえば、地球を救うだけの働きができなくなる。反対に処理効率だけを求めれば、人間へ新たな災害を押しつけることになる。必要なのは、その中間で、人間が対処できる程度の危険に抑えながら必要な処理能力を残すことだった。
「完全に安全じゃなくてもさ。ちゃんと準備して、無茶しなければ帰ってこられるくらいにはできる?」
「可能だと思うよ」
「本当に?」
「自然発生型と違って、人間が対処できる範囲を前提に設計できるからね。ただし、危険そのものを残す以上、事故や判断ミスまで完全になくすことはできない」
「死ぬ人間も出る?」
「可能性をゼロにはできない」
そこだけは、セレイスも曖昧にはしなかった。
二十六年間で知り合った冒険者たちの中には、十分な準備をした上で命を落とした者だっていたし、俺自身も、あと一歩判断が遅ければ死んでいた場面など数え切れない。危険なものを危険なまま残す以上、どれほど人間側へ配慮したところで、絶対安全にはならないことくらい俺にも分かっている。
「……でも、地震とは違うな」
「どういう意味だい?」
「大地震が来たら、その場所にいる人間は、巻き込まれるかどうかを選べないだろ。寝ている人間も、子供も、病人も、戦う能力のない人間も関係なく巻き込まれる。でもダンジョンなら違う」
中へ入ること自体を選べるのなら、戦いたくない人間まで最初から危険な場所へ放り込む必要はない。入る側も、そこが危険な場所だと理解した上で装備を揃え、知識を身につけ、覚悟を決めて挑むことができる。
「入った後だって、勝てないと思えば逃げる余地は作れる?」
「それも設計次第だよ」
具体的にどういう構造へするかまでは、まだ考えなければならない。それでも、何の前触れもなく地面が裂け、家ごと押し潰されるよりは遥かにましだった。災害そのものをなくせなくても、人間側へ選択肢を残すことはできる。
「ただ、今の地球人のままじゃ戦えないんだよな」
「自然発生型と同程度の危険を想定するなら厳しいだろうね」
「だったら……地球人も魔力を使えるようにはできないのか?」
地球には既に魔力が存在している。二年半流れ込み続けた結果、人間の身体にまで少しずつ影響を与え始めているのなら、それを利用できてもおかしくないはずだ。
「俺たちが異世界でやってたみたいに、身体強化したり魔法を使ったりとか」
「可能性はあるよ」
「やっぱり?」
「ただし、君がいた世界の人間とまったく同じ方法をそのまま使えるとは限らない。あちらの人類は何世代も魔力の存在する環境で生きてきたから、肉体も魂も魔力を扱うことを前提に適応している」
「地球人には、その適応がない」
「まだ十分にはね。ただ、既に魔力の影響を受け始めている以上、訓練や何らかの補助があれば、基礎的な利用までなら多くの人間が到達できる可能性は高いと思う」
「高度な魔法は?」
「そこまで行けば、才能や訓練量による差も大きくなるだろうね」
それでも十分だった。魔力を一切扱えない人間と、自分の身体を強化し、魔力を伴う攻撃まで行える人間とでは、魔物に対して取れる選択肢がまるで違う。
「しかも、人間が魔力を使うこと自体が地球の循環にもなるんだよな?」
「そうだね。人類自身が魔力を取り込み、活動へ利用するようになれば、長期的には地球の魔力循環の一部になっていく」
「一石二鳥じゃん」
「良い面だけを見ればね」
妙に含みのある言い方だった。
「……何だよ」
「君は、地球人が魔法や身体強化を使えるようになった後の社会を考えたかい?」
「社会?」
「例えばスポーツ」
「……あ」
言われて初めて気づいた。
人間が魔力で身体能力を強化できるようになる。それは都合よくダンジョンの中だけで使われる力ではなく、一度社会へ広まれば、日常生活のあらゆる場面へ影響する。
「身体強化した人間が、今の世界記録を遥かに超える速さで走れるようになったら、それまでと同じ競技へ出していいのか。魔力適性の差を単なる才能として扱うのか、それとも競技上は禁止するのか。格闘技だって同じだろうね」
「……学校の体育とかも変わるか」
「当然影響するだろうね。今までの人間の身体能力を前提として作られてきたルールや記録の意味が、大きく変わる可能性がある」
考え始めると、問題はいくらでも出てくる。しかもスポーツの記録がどうなるかなど、まだ平和な方だった。
「犯罪にも使えるよな」
「むしろ、そちらの方が優先度は高いと思うよ」
身体強化した強盗に、火を生み出せる放火犯、魔法そのものを人へ向ける犯罪者。身体強化だけでも普通の人間の何倍もの力を出せるようになれば、今の警察装備では止められなくなる可能性がある。
「だったら警察も使えるようにならないと困るな」
「軍隊も同じだろうね。一般人へどこまで使用を認めるのか、魔法を武器として扱うのか、規制や免許が必要なのか。社会制度の側でも相当な変化が必要になると思うよ」
「……世界救うだけで済まないじゃん」
「世界を変えるというのは、そういうことだよ」
セレイスは平然と答えた。
地球へダンジョンを作り、人間へ魔力の使い方を教える。言葉にするだけなら簡単だが、それを本当に実行すれば、これまでの地球社会を支えてきた前提そのものが変わってしまう。だからといって、問題が増えるのを嫌がって何もしないという選択肢にはならなかった。
「必要だと思う」
「魔力を扱う技術が?」
「ああ。ダンジョンを作ることになったのに、地球人には今のまま戦ってください、じゃ無茶だろ。俺が魔物への対処法を知ってるのに、それを隠す理由もない」
「私も反対はしないよ。ただし、力を渡せば、その力が別の用途にも使われる。それだけは忘れない方がいい」
「そこまで俺一人で決める話じゃないよな」
魔法をどう規制するのか、誰に教えるのか、どこまで自由に使わせるのか。そんなものまで神が一方的に決め始めたら、それこそ地球社会を俺が支配するのと大差なくなる。
「地球側の人間が決めるべきこともある」
「その方がいいだろうね」
「……誰と話せばいいのかは全然分からないけど」
政府なのか、国際機関なのか。それとも別の方法で世界中へ知らせるのか。そもそも、銀髪の女になった元男子高校生が「今日から地球担当の女神です」と名乗ったところで、どこまで話を聞いてもらえるのかすら怪しい。
考えれば考えるほど別の問題へ話が逸れていきそうなので、今はそれ以上掘り下げないことにした。
「とりあえずダンジョンの話へ戻そう」
「その方がいいね。社会制度まで始めると、話がどこまでも広がる」
「神域なら地球側の時間ほとんど進まないんだろ?」
「君の頭が疲れないわけではないよ」
「……それもそうか」
セレイスに言われて、改めて本題へ意識を戻す。
「でも、危険な場所だって分かってたら、地球人がわざわざ中へ入るのか?」
異世界には冒険者という職業が最初から存在していた。魔物を倒せば素材が取れ、魔石は金になり、希少な薬草や鉱石も手に入る。運が良ければ、一生遊んで暮らせるような魔道具を拾えることさえあったからこそ、命を懸けてでもダンジョンへ潜る人間がいた。
だが、地球人にとってそんな生き方は常識ではない。
「普通に働けば生活できるのに、わざわざ魔物と戦いたい奴なんて、そこまで多くないだろ」
「だから、自然発生型のダンジョンには価値のあるものを生み出す個体がいるんだよ」
「……餌か」
「言い方は悪いけれどね」
「夢を壊した張本人が言うなよ」
「事実を説明しただけなんだけれど」
若干納得はいかないものの、理屈自体は分かっている。
「人工的に作る場合も、資源は出せる?」
「もちろん。取り込んだ魔力を安定した物質へ固定したり、魔石として結晶化したりできる。地球には存在しない性質を持つ素材を形成させることも可能だよ」
「薬とか、医療に使えそうなものも?」
「設計次第ではね」
それなら、危険を冒すだけの価値を持たせることはできる。命令して無理やり入らせなくても、そこでしか手に入らない資源に十分な価値があれば、自分から挑む人間は必ず現れるだろう。何も珍しい話ではなく、地球にだって危険を承知で働く職業はいくらでもある。
「攻略する人間がいて、内部の活動が増える。人間は資源を持ち帰れて、ダンジョンは世界負荷を処理する」
「そういう関係にはできる」
「……結構成立しそうだな」
最初は、ダンジョンを地球へ持ち込むなど正気の沙汰ではないと思っていたし、今でも安全なものだとは思っていない。
それでも、自然発生型と同じものをそのまま置く必要はなく、人間が死ぬこと自体も必要ではない。危険性をある程度まで抑えることができ、地球人にも魔力を扱える可能性があり、さらに攻略する理由になる資源まで用意できるというのなら、話は大きく変わる。
あとは、どこまで危険を削っても必要な処理能力を残せるのか、その境界を探せばいい。
「……やっぱり、地震とは違うな」
「またその話かい?」
「ああ。そこが一番大きい気がする」
地震や噴火は、起きた瞬間に巻き込まれるしかない。その場所にいる人間が戦えるかどうかも、危険を受け入れる覚悟があるかどうかも関係なく、災害側はそんな事情を一切考慮してくれない。
だが、ダンジョンなら違う。
「危険だって分かった上で挑める。装備も用意できるし、戦い方も学べる。中で勝てないと思ったら逃げることだってできるように作れる」
「そういう方向へ設計することは可能だね」
「それでも完全には安全にならない」
「ならない」
「でも、何もできないよりはずっといい」
そこでようやく、自分が何を求めていたのかがはっきりした気がした。
これまで俺は、災害そのものを消す方法ばかり探していた。だが、それがどうしてもできないのなら、発想そのものを変える必要がある。
「……避けられない災害なら、人間が対処できる災害に変えればいいのか」
口にしてみると、不思議なくらいしっくり来た。
地球には既に魔力が流れ込み、世界そのものが変わり始めている。その変化を完全になかったことにはできず、溜まった世界負荷を一瞬で消すこともできない。だったら、巨大地震や超巨大噴火のように人間がただ巻き込まれるしかない形で吐き出させるのではなく、人間自身が向き合える形へ変えてしまえばいい。
「人間が挑める災害にする」
改めて口にすると、随分と物騒なことを言っている自覚はある。俺自身が、人類へ危険な場所を与えようとしているのだから。
だが、何もしなければ、それより遥かに理不尽な災害が起こる。
「それなら、完全に安全にすることだけ考えるのは違うな」
「どういう意味だい?」
「安全にしすぎて処理能力がなくなったら、何のために作ったのか分からない。でも効率だけ求めて、人間がどうしようもないほど危険にするのも違う」
欲しいのは、その中間だった。
危険そのものは残る。それでも、知識を身につけ、十分に準備し、努力して力をつければ、生き残れる可能性を大きくできる。勝てないと判断したなら逃げることにも意味があり、強くなればさらに奥へ進める。そして、人間がそうしてダンジョンへ向き合うこと自体が、結果として自分たちの世界を守ることへ繋がっていく。
「どこまで危険を残して、どこまで削るか……そこを決める必要があるな」
「そうなるね」
「あと、俺が全部一から作る必要があるのかも知りたい。自然発生型って自分で勝手に中身変えてるんだろ?」
「そこも含めて、決めなければならないことはいくつかある」
「入口とか、出す魔物とか、資源とか?」
「そうだね」
考え始めれば、疑問はいくらでも出てくる。何を基準に人間が戦える強さとするのか。魔物が外へ影響できる条件はどうするのか。逃げる手段をどこまで用意し、人を呼び込むために何を資源として生み出すのか。そして何より、世界中に作ることになるダンジョンを、俺が一つずつ細部まで設計しなければならないのか。
目の前に浮かぶ地球とダンジョンを見比べながら、俺はようやく、地球を救うための方法らしいものが形を持ち始めたことを感じていた。もっとも、まだ見えているのは方向だけで、実際に使える形へするには詰めなければならない部分が山ほど残っている。
「よし」
「決めた?」
「地球用にするなら、何を残して何を変えるべきか。そこを一つずつ詰めよう」
セレイスは俺の言葉に頷き、目の前に浮かんでいたダンジョンの投影へ手を伸ばした。
世界負荷を処理する必要そのものは、なくせない。ならば、人間が自分たちの力で向き合える災害へ変える。
そのために必要な条件を、ここから一つずつ決めていくことになった。