転生したら余命僅かな美少女だったので、悪のカリスマの振りして遊んでる。 作:悪のカリスマをこよなく愛するオタク
諸君は「悪のカリスマ」という存在をご存知だろうか。
創作上には、悪を尊ぶ大罪人でありながら、人を惹きつける魅力を有する人間がいる。
そういった一際強いカリスマ性を発揮する悪党の事を「悪のカリスマ」と呼ぶのだ。
幼い頃から病弱だった私は、多くの時間を読書に費やしていた。
絵本、文芸、哲学書、伝記。
ジャンルを問わず、様々な本を読んだけれど、その中でも一番好きなものが漫画や小説であり。
私は、創作物の中で登場する……悪のカリスマと称されるキャラクターが大好きだった。
自信と威厳を持ち合わせており、高いプライドに見合った実力のあるキャラだったり。
心の内に秘めた野心や欲望に忠実で、本気で世界を支配しようとするキャラだったり。
浮世離れした振る舞いと超然とした言動で、人の心を掌握してしまうキャラだったり。
かつては主人公と同じ道を歩んでいながらも、思想の違いで決別したキャラだったり。
主人公サイドのキャラより、強い歪みを持っていながら、強烈な存在感を発揮する「悪のカリスマ」が、好きで好きで堪らない。
世間から非難されようとも、己が信じる覇道をつき進む姿を見て……心を奪われてしまったのだ。
そんな私は、異世界転生をした。
思春期の少女達が「魔法少女」に変身して、人々を襲う悪の怪人と戦う世界に。
首吊り自殺した少女に、憑依するといった形で。
私が憑依した少女の名は、月宮クロ。
彼女の背は低く、手足は細く、肉つきは薄い。
だがしかし、とにかく顔が良かった。
憂いのあるハイライトのない瞳、白磁のような透明感のある肌、人形のように精巧な目鼻立ち。
それらの要素がカチリと噛み合い、物言わずにぼーっと立つだけで、ミステリアスな雰囲気を醸し出す。
何処か底知れなさすら感じさせる外見は……私が理想とするカリスマ像そのもの。
こんなにも美しい少女の器を拝借した事を知った時、私は歓喜に打ち震えた。
けれども、至福の時はすぐに終わる。
そばに置いてあった月宮クロの遺書に目を通した私の心は、天国から地獄に一直線。
遺書の内容は、単純明快。
余命を恐れながら生きるくらいなら、今すぐ死んでやる……といったもの。
端的に述べると、月宮クロの余命はたった数年しか無かったのだ。
短かったら3年、長くても5年で死ぬらしい。
実際、私の体は軋むような痛みが走っている。
薬を飲む事で多少は緩和されるものの、満足に寝る事すらままならない程の痛みが、常日頃から襲ってくるのだ。
本当に、残念である。
これでは、普通に生きるなど不可能だ。
前世の私はベッドの上で過ごしてばかりで、学校に行った事すらなかった。
そのため、一度でもいいから平凡な日々を過ごしてみたかったのに。
学校に通って、友人と遊んで……なんてやっている内に、苦しみながら死んでしまう。
……となれば、やることは一つ。
命尽きるまで、悪のカリスマごっこを楽しむ。
これしかないだろう。
ここで注意してほしいのは、あくまでごっこ遊びという点だ。
自分で言うのも何だが、私という人間は悪のカリスマとは程遠い小市民である。
確固たる信念も、他を超越する力も、強烈な野心も、最も大事なカリスマ性もない。
何処にでもいる、ただの凡人。
だから、あくまで、振る舞いを真似して遊ぶだけ。
俗にいう、悪のカリスマのロールプレイを楽しむだけ。
ちょっと捻くれた女の子達の脳を焼いて、チヤホヤされたいだけなのだ!
思いついたら、即行動。
早速、言動や振る舞いも身につけた。
悪のカリスマとして生きるために、余裕ありげな雰囲気を出し、意味深な言葉遣いを意識する。
想定よりも早く、準備は整った。
綻びなんて、微塵も無い。
付け入る隙も、どこにも無い。
月宮クロという少女は……悪のカリスマになった。
……だから、だろうか。
集まってしまったのだ。
私のようなニセモノではない。
ホンモノの、悪い子達が。
私は、自由が好きだった。
何にも縛られる事なく、好き勝手したい。
だって、面倒じゃない?
好き嫌いせず食べなさい、とか。
遊んでないで勉強しなさい、とか。
あーだこーだ言われるの、メンドくない?
やりたい事だけやって生きる。
誰だって、それが1番楽しいに決まってる。
けれど、やりたい事だけやって生きれるほど、人生は甘くない。
「ガキ、酒を盗んで来い」
私の両親は、ほんとにクズだった。
義理の父親は、働きもせずに酒を飲んでばかり。
お金が無い時は、私に盗みを働かせる。
「早く行ってきなさい。間違っても、捕まるヘマはするんじゃないよ」
実の母親は、娘である私よりも父親の方が好きだった。
嫌われたく無いからか、彼の言うことなら何でも聞いてしまう。
そんな二人相手に、私はずっと我慢してた。
ストレス解消のサンドバッグになったし、盗めって言われた物は何でも取ってきた。
けども、我慢の限界が、訪れた。
「ガキのくせに、いい体してんじゃねーか」
義理の父親が、寝込みを襲ってきた時。
躊躇いもなく、殺しちゃおうって思った。
溜まりに溜まったフラストレーションを解放して、私を縛ってた枷が外れて。
普通の人間には使えない筈の魔法が、自分の手足のように扱えた。
「……あは」
私の魔法で体がぐちゃぐちゃになった義理の父親を見て、思わず楽しくなってくる。
ハイになるってこんな感じなのかな。
前からずっと殺したかった奴を嬲るのは、思ってたよりも気持ちいい。
「クソ、がぁ……」
ずりずりと這いずりながら、義理の父親は呻き声をあげる。
正直、びっくりしたよ。
バラバラになっても、人は生きていられるものなのかってさ。
或いは、怪人になりかけてるのかも。
人間が死にそうになると、化け物に変身することがあるって、何処かで聞いたことがある。
いずれにせよ、関係ない。
あと数秒後には、無くなる命だしね。
「や、やめてっ! この人を殺さないで!」
肉を抉り取る感覚が、ダイレクトに伝わってくる。
私の魔法が抉ったのは父親の肉ではなく、母親の肉。
今までずっと、傍観者に達していた母親が、義理の父親を庇った。
だが、意味なんてない。
母親ごと義理の父親の命を奪っていたから。
しかし、意義はあった。
死の恐怖を乗り越えて、義理の父親を救おうとした母親の姿は……とても綺麗だった。
彼女が今際の際に見せたキラキラ。
眩い輝きが、瞳の奥にこびりついて離れない。
これが、感動ってやつなのかな。
柄にもなく、泣きそうになる。
母親は、お世辞にも美しいとは言えない存在だった。
容姿ではなく、その魂の在り方が醜い。
でも、あれだけ醜い存在であっても、死に際に放ったキラキラはとても美しい。
私は、考える。
何故、こんなにも美しいと感じるのか。
考えて考えて、考えて。
さほど時間が経たずに、答えが出た。
きっと、自由だったんだ。
恐怖を乗り越えて、愛に殉じて死んだ母親は……あの瞬間、誰よりも自由だった。
法や秩序、モラル、世間体、プライド。
ありとあらゆる見えない鎖に縛られる事なく、自分の意思で死に方を選んでいた。
だからこそ、私は、キラキラが尊いと思えたんだろうね。
今際の際に真の自由を得た人間の輝きは、何よりも美しい。
この知見は、私の価値観を一変させた。
「あの子が、例のヤバい子?」
「自分の家族をバラバラにしてたんだって」
幸いにも、私は捕まらなかった。
情状酌量があるからって、魔法に関係する犯罪を捜査する人は言ってた。
けれども、両親を殺した私の話は、あっという間に学校中に広まった。
同級生も、上級生も、下級生も、先生でさえも。
私の姿を見て、ひそひそひそひそ。
ウザったくて、気持ち悪い。
やはり、日常には自由なんて何処にもない。
見えない鎖が沢山あって、行動を縛ってくる。
人として進むべき道が用意されてあり、そこから逸れる人は爪弾き。
気がついたら、雁字搦めになってて、動けなくなっちゃう。
とても窮屈で、メンドくさい。
「でさー。シュタバの新作のフラペチーノがさぁ」
「……ええ、マジで?ありえないでしょー」
茹だるほどの暑さが今でも印象に残っている、とある日の昼休み。
私は、鞄の中からお弁当と水筒を取り出そうとしていた。
もちろん、一人で。
誰とも会話する事もなく。
そんな私に対して、クラスメイト達は中身のない雑談に興じたり、教室の中心ではしゃいだりして、思い思いの時間を過ごしていた。
昔も今も、私は孤独。
友人と呼べる関係性の人間はおらず、クラスの中で浮いている。
それこそ、空気のように扱われていた。
「…………」
お弁当と水筒を持って教室を出た私は、屋上まで続く階段を登りきる。
そして、眼前の扉を開くと、誰にも邪魔される事なくゆっくりできるベストプレイスに辿り着く。
次いで、備え付けられたベンチに座って、お弁当を食べて、水筒の中身を流し入れる。
これで、昼飯は終わり。
後は、ぼーっと空を眺めるだけ。
不意に、私の首元に付けられた首輪に触れると、カチャリと音がする。
これは、魔法を抑制する首輪。
魔法を用いた犯罪を犯した者につけられる、罪の証。
私にとって、不自由の象徴。
この世界には、魔法少女がいる。
可愛らしいフリフリのドレスを着て、魔法を操る女の子達が、存在してる。
彼女達は、生まれつき魔法を使える訳じゃない。
魔獣と呼ばれる存在と契約を結び、自らの肉体に眠る潜在能力を引き出してもらう事で、魔法を扱えるようになるみたい。
火を出したり、氷を出したり、電気を出したり。
何かを生み出す魔法もあれば。
人や動物を操ったり、幻覚を見せたり、相手の心を読んだり。
精神に作用する魔法もあり。
時間を止めたり、物体を消失させたり、未知の空間を創造したり。
何でもありの魔法だってある。
次いで、私は自分の頭に生えた真っ黒いツノに触れる。
これは、バケモノである事を示す証。
私が人間を辞めかけている象徴。
この世界において、魔法を使えるのは魔法少女だけではない。
ごく普通の人間が、化け物に変身することで、魔法を使えるようになるケースもあって。
そういった存在を、怪人と呼ぶ。
因みに、人間が怪人になる条件は、あやふや。
強いストレスを受けたら怪人になりやすいとか、死にそうになったら怪人になりやすいとか。
色々言われてるけど、真偽は分からない。
ただ一つだけ言えるのは、幼い頃に私は怪人になりかけたって事だけ。
ツノが生えただけで姿形は人間のままだけど、魔法が使えてしまう。
こんなケースは、中々ない。
だからこそ、私は縛られてる。
魔法の行使を封じる首輪をつけられて、怪人に変貌しないようにされている。
……あーあ。
退屈に満ちた世界で、唯一面白そうな魔法すら封じられて、どうすればいいんだろ。
これからのことを考えると、憂鬱になる。
怪人モドキの犯罪者である私に明るい未来は無い。
真面目に勉強したって良さげな所には就職出来ないだろうし、そもそも働く気もないし。
身体を売ってまで生きる気もないし。
お先真っ暗で、何もかも終わってる。
まさしく、私は社会不適合者で。
ここまで来ると、存在全てが世界に拒絶されているような気がする。
本当に、この世界は息苦しい。
毎日が、ひたすらに空虚でならない。
色彩の無い世界で、変わり映えのしない日々を繰り返すだけ。
楽しみなんて、何処にも無い。
だって、私は……いや、私に限らず、人間は自由じゃないから。
人は生きるために、社会に迎合しなくちゃダメ。
法律やルール、習慣に縛られながら、他人の顔色を伺わなくちゃダメ。
何をするにもダメ、ダメ、ダメ。
まるで、檻の中に閉じ込められているみたい。
これならば、いっそ怪人になった方がマシに思える。
だって、私が完全に怪人になったら、魔法少女が殺しにやって来て。
血みどろの戦いが始まって、あの時みたいなキラキラが見られるに……。
「貴女にとって、この世界は窮屈かしら?」
あまりにも突然に。
爽やかな声が、耳に届く。
「……ミシェル・フーコーの著書に、監獄の誕生というモノがあるの」
学校の屋上の出入り口の上の部分。
ペントハウスと呼ばれる所に、文庫本を手にした1人の少女が腰掛けていた。
彼女は微笑みながら、私を見つめている。
「監獄には、規律を守らせるシステムがある。看守に監視されているかもしれないという危機感は、囚人に規律を守らせる。そして、規律を守る囚人達は、恒常的に従順な身体を形成して、真面目に働く労働者と化していく」
とっても長い濡羽色の髪。
ハイライトのない切れ長の瞳。
棒切れのように細い手足。
街ですれ違ったら、ついつい見てしまうくらいに端正な顔立ち。
幼さが残りながらも、蠱惑的な雰囲気を纏う少女を、私は知っている。
というより、この学校に通う者で、彼女の存在を知らない者はいない。
それほどの知名度を誇る少女の名前は……月宮クロ。
その人が、私に話しかけていたのだ。
「フーコーは、このシステムが学校教育にも用いられていると考えた。少し、不思議に思わない? 学校と監獄が似てるだなんて」
「……まぁ、少しだけ、ね」
ペントハウスから降りてきた少女と、会話を始める。
頭の中がごちゃごちゃになった私は、完全に相手のペースに乗せられていた。
正直に言うと、話をあまり理解できていないので、ついていくので精一杯。
「社会を存続させるためには、労働力が必要不可欠。そして、労働力を生み出すためには、人間が幼い頃から規律を守らせる習慣づけを行わなければならないの。学校の先生が監視者となり、生徒の行動を観察する形でね。そうすれば、子供達は規律を守るいい子に育つでしょう?」
なんとなく、分かってきた気がする。
全ての人達が好き勝手に生きてしまうと、社会が成り立たなくなる。
農家の人がいなくなると、ご飯が食べられなくなる。
バスを運転する人がいなくなると、バスに乗れなくなってしまう。
だから、人々がルールを守れるようになるために、子供の時から規律を守らせるって事だよね。
監獄で看守が囚人を見張って、規律を守らせるように。
学校で先生が子供を観察して、規律を守らせている。
「現代の社会システムは、監獄のそれと相違ない。学校で叩き込まれた規律が染み込んだ人々は従順な労働者になって、社会の歯車と化してしまうのよ」
漠然と感じていた社会に対する不満を、少女が言語化してくれる。
彼女は何故、この話題を出したのだろうか。
私の心を読む魔法でも使ったのかな?
それとも、思考を表情から読み取った?
いずれにせよ、悪い気分はしない。
だって、この子も、きっと。
「ねぇ、この世界はつまらない……貴女もそう思うでしょう?」
私と同じだから。
この世界を生きる事に、不自由である事に、息苦しさを覚えていると確信できたから。
「うん、そうだね。この世界は、メンドくさくてつまらない」
「フフッ……貴女、名前は?」
「私はミゼ。
「私は、クロ。
柔らかな微笑みと共に、差し伸べられる手。
はっきり言って、ワケわかんない。
いきなり話しかけられて、講釈を垂れられて。
でも、嫌な気分はしないかな。
寧ろ、心地よい気分。
だって、クロは誰よりもキラキラしてたから。
「……うん、よろしく。クロ」
クロの掌をぎゅっと握り締める。
人と触れるのは、幼稚園児の時以来。
久方ぶりの他人の体温は、結構暖かかった。
……月宮クロという理解者との邂逅。
この出逢いを機に、モノクロだった私の視界に色彩が宿り始めた。
「クロって、いつも本を読んでるよね。そんなに面白い?」
「ええ。本には、著者が長い時間をかけて培った知見が集約されている。時間も空間を超えて読み手に影響を与えてくるの。貴女も読むといいわ。本は、人生を豊かにしてくれるから」
「……何から読めば良いかな」
「難しく考えなくても良いの。漫画でも、小説でも。自分の興味が赴くままに読んでご覧なさい」
「うーん、それで良いの?」
「ダメ、なんて事はないわ。あくまでも、本は娯楽。楽しめなければ、読む意味がないもの」
昼休みの時、クロと私は2人きり。
私達以外、誰もいない屋上で、会話に興じる。
クロは、教室で薄っぺらい話をしている子達とは全然違う。
いつも本を読んでるからか、私が知らない話を知っている。
更に、難しい話を噛み砕いて、分かりやすく教えてくれる。
こういうの、蒙を啓かれるっていうのかな?
クロとお話しする度に、私の中の価値観が塗り変わるから、楽しくて仕方がなかった。
「……あ」
キーンコーンカーンコーン。
と、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
夢中になって話していると、時間が瞬く間に過ぎてしまった。
……至福の時が終わっちゃった。
1日は24時間もあるのに、話せる時間はたったの30分だけ。
クロと出会ってから、つまらない日々がより一層メンドくさく感じる。
彼女と離れる時間が、23時間30分が、苦痛で苦痛で仕方ない。
本音を言うと、ずっと一緒にいたいけどさ。
ワガママなんて言えないよね。
私は魔法を使って罪を犯した怪人予備軍。
一歩間違えば、化け物になる危険な存在。
そんな私が、クロと話せるだけでも幸運でしょ?
これ以上を望んでも、いいことなんてない。
決して、思い上がってはならない。
だって、私とクロは、住む世界が違う。
筈……なのに。
「ミゼ。来週の日曜日、一緒に出かけましょう?」
「…………別に、良いけど」
まさか、休日に一緒にお出かけだなんて。
本当に、近い内に死ぬんじゃないかな。
今までの幸運の揺り戻しで、不幸が一気に降りかかってきそうで怖い。
と思ってしまうほどには、俄かに信じがたいお誘いだった。
そうして、待ちに待った日曜日が訪れる。
鼻歌を歌いながら、私は準備をする。
身だしなみを整えて、気に入ってる服を着る。
私にできる、精一杯のオシャレ。
ここまで、心が躍るのはいつぶりかな。
お母さんのキラキラを見た時以来かも。
自分でも、不思議だ。
どうして、クロはキラキラしてるのだろうか。
死にそうだった母親と同じくらい……それよりも、輝いて見える。
今際の際にいるわけでもないのに、本当にクロは変わった子。
誰よりも歪で、私にとって特別な光。
これからも、ずっと一緒にいたいな。
……なんて事を考えて、ワクワクしてたのに。
ショッピングモールに辿り着いた私の眼前に広がっているのは、地獄のような光景だった。
「あつい、あついいいいぃ!!」
「俺の足がぁぁあ!!!」
焼け死んでいく人々の声が、聞こえる。
私は今、怪人が暴れている現場に居合わせていた。
異形の化け物が放つ魔法によって燃え盛る建物、夥しい量の人間の死体。
炎の赤、血の赤。
視界が真っ赤に染まっていく。
久方ぶりに目の前にする、人間の死。
そこに、キラキラは無かった。
だって、みんな自由じゃないから。
炎に包まれて、火だるまになって、苦しみ悶えて、息の根が止まる。
最初から最後まで、恐怖の感情ばかりで、不自由のまま死ぬ。
亡くなる人は、最初から最後まで怯えてばかり。
そんなんじゃ、命は光らない。
微塵も輝く事なく、命が消えてしまう。
本当に、勿体無いなぁ。
人の命はもっと、何よりもキラキラ輝いて……燃え尽きていくべきなのに。
「先輩、発見しました!」
「抵抗するな、大人しくしろ!」
階下のフロアに、ドレスを着た少女達が現れる。
次の瞬間、凄まじい衝撃が、ショッピングモール全体を揺らす。
二人組の魔法少女と炎を操る怪人の戦闘の余波で、何もかもが壊れて消える。
無数に黒煙が立ちのぼり、逃げ遅れた人々の悲鳴をかき消す爆音がそこら中に響き渡る。
怪人が扱う炎の魔法の力は絶大であり、魔法少女以外は見ていることしか出来なかった。
魔法を抑制する首輪が付けられている私も、傍観しかできない人間の1人。
これじゃ、いつ死んでもおかしくないね。
「ほんと、嫌になるわね。私達は、本を買いに来ただけなのに。こんなにも愉快なイベントに参加させられるだなんて」
「そーだね。運が悪いにも程がある」
「フフッ……ミゼ。貴女はこんな時でも、仏頂面なのね。今この瞬間ほど、心の中を見たいと思った事はないわ」
「……こっちの台詞。クロだって、こんな時でもニヤニヤしてるじゃん」
怪人と魔法少女の戦いを二階から見物していると、いつの間にか隣にクロがいた。
命の危機に瀕してるっていうのに、彼女の態度は平常時と変わらない。
微笑みを絶やさずに、余裕ありげに振る舞う。
足は震えてなくて、全身も強張ってない。
逃げ出す算段があるのかな。
どこもかしこも燃えていて、逃げられそうなルートなんて無さそうだけど。
もしくは、魔法少女だったりするのかな。
そんな話は聞いた事ないし、今すぐ変身しないと手遅れになりそうだけど。
いずれにせよ、このままだと私達は死ぬ。
逃げ道のないショッピングモールの中で、怪人の炎に焼かれて死ぬ。
心根が清らかな少女が死にそうな時、魔獣が魔法少女の契約を迫る事があるらしいが……現れる気配はない。
それも、そうだろう。
私もクロも、決して良い子ではないから。
まぁ、そんなのはどうでもいいか。
重要なのは……クロが、今もキラキラしてるってこと。
あまりにも輝いていて、眩しすぎるくらい。
「……ああ、そっか」
ぼそりと独り言を口にする。
ようやく、分かった気がしたから。
何故、私の目に映るクロがキラキラしてるのか。
それは……。
「最初から、自由だったんだね」
クロは、変わらない。
出会った時も、今この瞬間も。
普通に生きてる時も、命の危機に瀕してる時も。
彼女は、誰よりも自由だった。
法や秩序、モラル、世間体、プライド。
ありとあらゆる見えない鎖に縛られる事なく、自分の意思で生き方を選んでいた。
私の母親のように今際の際だけでなく、生きてる時間全てに置いて、真の自由を手にしていた。
だからこそ、私は、キラキラが……彼女の在り方が、尊いと思えたんだ。
そう確信すると、ぽろぽろと涙が流れ出てくる。
私は、クロと巡り逢うために生まれてきたのだと、心の底から思えたから。
「貴女も、自由になれるわ」
「えっ……」
「いつだって、檻の鍵は開いている。けど、見えない看守に怯えて、誰も触れようとしないだけ。ほんの少し勇気を出せば、外界に踏み出せるものよ」
心を見透かされても、驚きはしない。
私達は、同類だから。
真の自由を渇望してる同士だから、私の気持ちを分かってくれる。
「……あははっ。そうはいってもさ。檻の外から出て自由を手に入れても、今のままだと炎に巻かれてお陀仏じゃん」
「そうね。だから、貴女の枷を外してあげる」
そっと差し出されたクロの手が、首輪に触れる。
すると、私の首元に付けられていた首輪の力が失われていく。
魔法が使えるようになった事を、魂で感じれる。
「……なにこれ」
「私の魔法よ。文字通り、枷を外す事ができるの」
「大分、弱くない?」
「フフッ……私は、無知で無力で無能なの。戦闘なんて出来ないから、あとはよろしく頼むわね」
「はいはい。任せといて」
何故、怪人になりかけてる訳でも、魔法少女になった訳でもないクロが魔法を使えるのか。
聞きたいけど、それどころじゃないよね。
さっさとしないと、クロが炎に焦がされちゃう。
必死に好奇心を抑え込んだ私は、魔法を用いる。
すると、クロの周囲の炎を跡形もなく消し飛ばすことができた。
次いで、私は躊躇うことなく、二階から一階へと飛び降りてみる。
「なんだ、テメェ……」
私の存在に気がついた怪人は、くるりと振り返り、こちらを見つめる。
人間離れした体躯を有する奴の傍には、倒れ伏した二人の魔法少女の姿があった。
肌と衣服は焼き焦げ、ボロ雑巾のようになってはいるけど、辛うじて息はしているみたい。
でも、はっきり言って、どうでもいいかな。
生きてようが死んでようが、私には関係ない。
「こいつらの仲間かぁ……? それにしちゃあ、頭にツノが」
「そーゆーの良いからさ」
今日は、良い日だ。
大好きなクロと通じ合う事ができて、忌まわしい首輪の呪縛から解き放たれて。
何よりも、真の自由を手に入れる事が出来た。
今の時点で、割と満足。
腹八分目ってトコかな。
あとは、デザートが美味しければ大満足。
「さっさと見せてよ。貴方のキラキラ」
……それじゃ。
目の前の怪人をぶちのめして、今際の際の輝きを拝むとしようか。
「フフッ……」
私は、笑みを浮かべる。
燃え盛るショッピングモールの中で。
私が枷を外した少女……ミゼと、リザードマンみたいな姿の怪人が戦ってる様子を見物しながら。
「良い。凄く良いよ。もっと、もっともっと私に見せてよ、貴方のキラキラをっ!」
「く、来るな。寄るんじゃねぇ、バケモノォ!!」
否、戦いとは呼べないかもしれない。
その光景は、まさしく蹂躙だった。
怪人が放つ炎は、ミゼの魔法によって即座に立ち消えてしまう。
次いで、地面が抉られて、壁が切り刻まれる。
それらは、一切合切、目には見えない。
ミゼが操る不可視の魔法が、瞬く間に怪人を追い詰めていく。
「あは、あはは。あははははっっ!!」
ミゼは、楽しそうに嗤う。
常にダルそうにしている彼女とは思えないほど、喜色を滲ませて。
その笑顔は、極めて猟奇的なモノ。
怪人との戦いを純粋に楽しんでいる、歪み切った笑みであった。
そんなミゼを見て、私は……。
(どうしてこうなった!!!!)
としか、言えなかった。
全てが予想外すぎて、笑うしかない。
空倉ミゼという少女が、ここまでぶっ飛んでいるとは思わなかった。
彼女に犯罪歴がある事は知っていた。
具体的な内容は知らないものの、魔法を用いた犯罪を犯した事だけは分かっていた。
だから、私はミゼに近づいた。
悪のカリスマとして、迷える子羊を導くために。
その作戦は、見事に成功した。
思春期の子供が抱きがちな「社会の歯車になりたくない」という感情を逆手に取り、彼女の理解者ポジションを確立する事が出来た。
それからの日々は、甘美なもの。
私が理想とする悪のカリスマのロールプレイをして、ミゼと親交を深めていく。
賢そうな発言をしたり、意味深な振る舞いをしたり。
そうする度に、彼女は幼子のように目を輝かせながら、私の話を聞いてくれる。
本当に、最高の気分だった。
悪のカリスマとして生きる事を決めたものの、私に大それた思想なんてない。
世界を壊したいだとか、支配したいだとか、考えたことすらない。
善人を傷つける覚悟も、民間人を害しようとする意思も、勿論ない。
あくまで、悪のカリスマの振りをして遊びたいだけ。
それっぽい言動をする事で、ミゼのような少女達に慕われたかっただけ。
幾ばくかの余命をロールプレイに費やして死に、少女達の心に消えない傷を刻みたいだけなのに。
「燃えろ、燃えろ……何もかも、燃え尽きてしまえェエ!!!」
最悪な事に、怪人が暴れる現場に出くわしてしまった。
ミゼと共に本を買いに来た私は、燃え盛るショッピングモールに取り残されてしまったのだ。
表面上は、平常を装っているものの、内心は死ぬほど焦っている。
別行動していたミゼと合流しようとしながら、必死になって思考を回す。
転生した時から、私は「枷を外す」魔法が使えるものの、お世辞にも強力とは言えない。
できる事と言ったら、手錠を外したり、縄を解いたりするくらい。
炎の魔法を使う怪人と真っ向勝負をしたら、呆気なく殺される。
逃げるのも現実的ではない。
私がいる場所は2階であり、階段もエスカレーターもエレベーターも燃えていて、逃走経路は無い。
……うーん、これ詰みでは?
現実を直視して、泣きそうである。
「ほんと、嫌になるわね。私達は、本を買いに来ただけなのに。こんなにも愉快なイベントに参加させられるだなんて」
「そーだね。運が悪いにも程がある」
「フフッ……ミゼ。貴女はこんな時でも、仏頂面なのね。今この瞬間ほど、心の中を見たいと思った事はないわ」
「……こっちの台詞。クロだって、こんな時でもニヤニヤしてるじゃん」
無我夢中になって探していた私とは対照的に、ミゼは飄々とした態度を崩さない。
微塵も動揺する事なく、怪人と魔法少女の戦いを見ていた。
一体何なのだろうか、この子は。
感情がないのか、ピンチだと思ってないのか。
ともかく、肝が座りすぎている。
内心ビビり散らかしてる私とは、正反対。
「……ああ、そっか」
「………?」
「最初から、自由だったんだね」
突然、ミゼが意味深な言葉を口にする。
それも、私と向き合いながら、涙を流す。
正直に言うと、意味が分からなかった。
あまりにも発言が突拍子すぎて、何を言いたいのか、さっぱり分からない。
故に、私は必殺技を行使する。
「貴女も、自由になれるわ」
「えっ……」
「いつだって、檻の鍵は開いている。けど、見えない看守に怯えて、誰も触れようとしないだけ。ほんの少し勇気を出せば、外界に踏み出せるものよ」
これぞ、秘技……意味深返し。
意味深な発言に対して、意味深な発言を返す事で、それっぽい雰囲気を作り、相手を納得させる。
本物の悪のカリスマのように信念が無い私が編み出した、薄っぺらな小技である。
大事なのは、確信めいた発言を避けて、相手に考察の余地を与えること。
如何にもって感じのキーワードを散りばめるのがポイントで、都合良く解釈してくれれば、それがベスト!
「……あははっ。そうはいってもさ。檻の外から出て自由を手に入れても、今のままだと炎に巻かれてお陀仏じゃん」
ミゼは、口元に手を当てて微笑む。
よし!!!
その反応を見て、確かな手応えを感じた私は、心の中でガッツポーズをする。
私の言葉が、刺さったみたいで一安心。
カリスマとしての格は保たれたので、後はもう勢いで何とかする。
私のアドリブパワーの見せどころっ!
「そうね。だから、貴女の枷を外してあげる」
枷を外す魔法を行使した私は、ミゼの首に付けられた首輪の効力を打ち消す。
要するに、彼女の魔法を使えるようにしたのだ。
私の作戦は、極めてシンプル。
ミゼに怪人をぶっ飛ばしてもらう事で、割と詰んでいる現状を打破する。
ただ、それだけであった。
「……なにこれ」
「私の魔法よ。文字通り、枷を外す事ができるの」
「大分、弱くない?」
その通り。
私の魔法は、びっくりするほど弱い。
とてもじゃないが、戦ったりできない。
その前提の上で、一階の様子をみたところ、魔法少女は怪人に負けそうになっている。
ボコボコにされており、勝てそうな気配は感じられない。
加えて、周囲の炎は徐々に燃え広がっており、既に安全地帯は存在しない。
よって、ミゼに頼る他ないのだ。
彼女が戦えるかどうかすら分からないけど、藁にもすがる思いで戦ってもらうしか無い。
じゃないと、私は死ぬ。
まだ何も出来てないのに。
悪のカリスマとしての道を歩み始めたばかりなのに。
こんな所で野垂れ死ぬなんて絶対にヤだ!!
「フフッ……私は、無知で無力で無能なの。戦闘なんて出来ないから、あとはよろしく頼むわね」
「はいはい。任せといて」
余裕ぶった私の願い。
それを聞き入れたミゼは、躊躇う事なく怪人の元へ向かっていく。
このような経緯があって……。
「あー……もしかして、終わり?」
現状に至る。
終始、怪人を圧倒していたミゼは、退屈そうに伸びをする。
しかし、何処となく満足そうに見えるのは、私の気のせいだろうか。
「…………」
対して、怪人はぴくりとも動かない。
全身を抉られて、頭を吹き飛ばされた彼は、既に息絶えているようだった。
「……フフッ」
相変わらず、私は笑う事しか出来ない。
我ながら情けないけれど、自分の体を動かすことすらままならない。
目の前の非現実的な光景を受け止められず、恐怖で全身が硬直していた。
そんな私の目に映るミゼの姿は、漫画やアニメで見るような残虐非道なサイコパスそのもので。
楽しげに怪人を嬲り殺し、底知れない闇を露わにした彼女が、何よりも恐ろしかった。
助けてもらった分際で、何ほざいてるんだって自分でも思うけれど。
本能的な恐怖を、抑えられないのだ。
「ねぇ、クロ」
「……なにかしら、ミゼ」
気がついたら、目の前にミゼが立っていた。
彼女は、じっと私の顔を見つめる。
その瞳には、光が宿っていなかった。
「これからさ。世界中の人達に真の自由をプレゼントしようよ」
「…………そうね。そっと背中を押して、自由の味を教えてあげましょう」
取り敢えず、私は肯定する。
ミゼの思考も、発言の意図も分からずに。
「クロ……私、貴女のためなら何でもするからさ。ずっと、永遠に、一緒にいようね」
頬に手を当てて、恍惚とした笑みを向ける少女。
空倉ミゼは、本物である。
この世界の社会秩序を破壊し、生きとし生ける人全てに自由を与えようとする悪い子。
私が、彼女の思想を知るのは大分後になる。
残念ながら、ミゼだけではない。
悪のカリスマの振りをして遊ぶ私に集う少女達は、例外なく本物の悪い子ばかり。
この物語は、絶対的な悪のカリスマが、迷える子羊を導いていく話ではなく。
悪のカリスマの皮を被った偽物が、本物の悪い子に振り回されていく……そんな物語なのである。
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