私の名前は、梔子ユメ! アビドス高等学校3年! ……らしい
自分のことなのに「らしい」なんて、我ながらなんだかヘンテコな言い方だなあって思う。でもね、こればっかりは仕方のないことなんだ
だって私、自分のこれまでの過去について、楽しかった思い出も、悲しかったことも、何から何まで綺麗さっぱり思い出せなくなっちゃったんだから
制服のポケットからたまたま見つかった、プラスチック製の一枚の学生証のおかげで、自分が「梔子ユメ」という名前で、どこかの高校の3年生なんだってことだけは、奇跡的に分かったんだけどね
聞いた話によると、今から数日くらい前、街の外れにある洞窟の中で、ボロボロになって倒れていた私を、カズマさんたちが偶然見つけてくれたらしい
その時の私の状態について、カズマさんは呆れ顔でこう言っていた
「あの時のお前はな、息をしてないどころか全身血まみれで、ハッキリ言って死体そのものだったんだぞ? 」
ひぃん……自分では全く実感が湧かないけれど、どうやら私は本当に一度命を落としていたみたい
それを、自称・女神のアクアさんの驚異的な回復魔法と蘇生魔法のおかげで、奇跡的にこうして生き返らせてもらったんだって! カズマさんは事あるごとにアクアさんのことを「この駄女神が!」なんて乱暴に呼んでいるけれど、私からしてみれば命の恩人だし、本当に後光が差している本物の女神様みたいに見えちゃうな
そして、目を覚ましてから私は自分の記憶喪失以上に、心の底から驚かされる大きな真実を知ることになった
ここ――アクセルと呼ばれる街は、私がこれまで暮らしていた世界とは、まったく雰囲気が違う「別の世界」みたいなのだ
まず第一に、私の学生証に刻まれていた『アビドス高等学校』という名前の学校は、この世界のどこを探しても存在しないらしい。最初は「みんなが知らないだけで、すっごく遠くの地方にある大きい学校なのかな?」なんてのんきに考えていたんだけど……どうやらそういう次元の話でもないみたい
何より決定的だったのは、私と、この街のみんなの服装や雰囲気が、あまりにも違いすぎることだった
この数日間、ウィズさんやバニルさんが営む街の小さな魔法道具店でお手伝いをさせてもらっていたんだけど、そこには本当に様々なお客さんがやってきた
例えば、めぐみんさんみたいに大きな帽子と綺麗な刺繍の入ったローブをまとった格好いい魔法使いさんだったり、ダクネスさんみたいに輝く重厚な金属の鎧に身を包んだ凛々しい騎士様だったり、カズマさんみたいに軽装な革鎧を身につけた頼りになりそうな冒険者さんだったり
だけど、私みたいな白色のワイシャツにスカート、それに小さなリボンをつけた「制服」を着ている人なんて、街のどこを歩いて探索してみても、誰一人としていなかったのだ
それから、もう一つどうしても首をかしげたくなるのが「武器」のことだ
この街のみんなは、当たり前のように鍛冶屋で作られた鋼の剣や、先端に宝石がついた魔法の杖、あるいは古めかしい重厚な魔導書なんかを使ってモンスターと戦っている
その一方で、私が保護された時に持っていたあの冷たい金属の塊――記憶はすっかり抜け落ちているはずなのに、なぜか「これは銃という名前の道具で、ここに指をかけて引き金を引けば、反対側の筒から大きな音と一緒に弾が出て相手を撃ち抜く」という知識だけは、身体の奥底からスルスルと自然に湧き出てくるんだよね
不思議だなあ……と思って、お店のカウンターでバニルさんに相談してみたことがあった
「ふん、愚かな小娘よ。それは人間としての思い出という具体的かつ詳細な『記憶』が抜け落ちただけで、長年身体や魂に深く刻み込まれた『知識や身体の癖』だけが図らずも残存しているのであろうよ。まあ、吾輩のすべてを見通す眼をもってすれば、貴様のその常識外れの頑丈さも含めて、お前がタダの人間ではないことくらいはお見通しだがな」
……最初は「この仮面をつけた悪魔さん、意外とお話を聞いてくれるし、親切で物知りな優しい人だなあ」なんてほっこりしていたんだけど……
仕入れの数や商品のチョイスで少しでも私が暴走すると、容赦なくあの目から恐ろしい『殺人光線』をぶっ放してくるし、本気で怒らせたらトラウマになるほど怖い人なんだって、後から身をもって思い知らされることになったんだけどね!
……って、脱線してる場合じゃない!
私もこう見えて、学園の最高学年である3年生(らしい)だから、流石にそこまでおバカさんじゃないつもりだ。だから、ここが私が生まれ育った世界とは決定的に異なる「異世界」なんだってことくらい、日々の生活の中で嫌でも理解していた
そんなこんなで色々と騒がしい出来事があった私だけど、ウィズさんたちの魔法道具店を(私の「みんなに喜んでほしい!」という良かれと思った仕入れの暴走のせいで)追い出されてからは、ありがたいことにカズマさんの所有する大きなお屋敷に居候させてもらうことになった
あのバニルさんの容赦ない殺人光線を直撃して、全身すっかり真っ黒焦げのアフロヘアになって泣きついてきた私を、カズマさんたちは「ったく、世話が焼けるなぁ……」と溜息をつきつつも嫌な顔一つせず快く家に迎え入れてくれた
それどころか、私の服が黒こげになって着られる状態じゃなかったのを見て、いつの間にか新しいお洋服を用意してくれていたり、使い物にならなかったはずの私の大切な制服まで、元通り綺麗に直してくれていたのだ! カズマさんたちって、口はちょっと乱暴だけど、本当はすごく優しくて温かい人たちなんだなぁ
(……まあ、そのあとに綺麗になった制服に着替えて、みんなが待っているリビングに向かった時、なぜかカズマさんがダクネスさんとめぐみんさんに凄い勢いでボッコボコにタコ殴りにされていたのは何でだったんだろう? 遠くの方から「カズマ貴様! 流石に服を預かるフリをしてボロボロになった女の子の着替えの下着を盗もうとするとはやり過ぎにもほどがあるぞ!」「見損ないましたよカズマ! 軽蔑の極みです!」「誤解だ!! 俺はただ綺麗にしようとだな……痛い痛い! 蹴るな!」みたいな必死の叫び声が聞こえた気がするけど……きっと気のせい、うん、私の聞き間違いに違いないよね!)
そんなちょっと怪しくて騒がしい日常のワンシーンを経て――
次の日の朝
「よし、全員ちゃんと揃ったみたいだな」
大きな応接室の重厚な長テーブルを囲むようにして、私を含めた総勢6人がそれぞれの木製の椅子に腰を下ろしていた
今朝、まだ頭がフワフワして眠気まなこを擦っているところに、カズマさんに急に「話があるから全員集まってくれ」と呼ばれてこの部屋に連れてこられたものだから、今日のこの集まりが一体何のためのものなのか、今の私にはさっぱり見当もついていなかった
「あれ? そういえばルナさんも……どうしてここにいらっしゃるんですか?」
ふと自分の隣に視線をやると、そこにはなぜか、いつも冒険者ギルドの受付窓口でテキパキとお仕事をこなされている、あの美しいお姉さん――ルナさんの姿があった
「ふふ、ユメさん、お久しぶりです……と言っても、まだそんなに何日も経っていませんけれどね?」
ルナさんは金色の髪を上品に揺らし、私に向かって優しく微笑みかけてくれた
「あれ? ルナさんとユメって、いつの間に知り合いになっていたんだ?」
長テーブルの向こう側で、腕を組んでいたカズマさんが目を丸くして、素で驚いたような声をあげる
このルナさんはアクセルの街の冒険者ギルドで全般的な受付窓口を担当されている方だ
私がまだウィズさんのお店でお手伝いをさせてもらっていた時に、魔法道具の納品手続きの関係で、たった一度だけカウンター越しにお話ししたことがあるだけだったんだけど……その時も、右も左も分からない私に、すごく優しく丁寧に接してくれたんだよね
「はい! この前、ウィズさんのお店でお手伝いをしていた時に、一回だけお話しさせていただいたんです!」
「ええ、私もお仕事の合間にたまたま彼女をお店で見かけて、あんまり可愛らしくてつい声をかけてしまったのですが……こんなにも純粋無垢でいい子ちゃんは、このアクセルでは本当に久しぶりで、気づいたら自分の大事な休憩時間が終わるまで楽しく話し込んでしまいました♪ ……ちなみに釘を刺しておきますけれど、ユメさんのためじゃなければ、いくらカズマさんの必死の泣きつきと頼み込みだとしても、せっかくの貴重なお休みの日にこんな朝早くからここへ来るわけがありませんからね?」
「うっ……そ、その節は大変失礼いたしました……! 今回の件は、ギルドの仕組みとカード発行に詳しい頼れる人が、ルナさんしかいなかったものですから……っ!」
ルナさんの語尾に冷たさを込めたピシャリとした物言いに、カズマさんは顔をひきつらせて、気まずそうに肩を縮こまらせている
私の座っている位置からはちょうど死角になっていて、ルナさんの表情までは見えないんだけど……もしかして、ルナさんって今、カズマさんに対してすごくお怒りなのかな? だって、あの普段は口の減らないカズマさんが滝のような冷や汗を流して、すっかりしょんぼりして下を向いちゃってるもん……
「え、ええっと……どうしてルナさんが、わざわざ我が家までお越しくださったんですか?」
このままだと、ルナさんの背中から立ち上る冷ややかなプレッシャーに耐えかねたカズマさんが、本当に精神的にすり潰されてペチャンコになってしまいそうだったので、私は慌てて話題を変えるべく、未だにカズマさんを恨めしそうにジト目で睨みつけているルナさんにそっと声をかけた
「あ、ああ……! ユメ、ナイスな質問だ! それはだな、今日のところはまずユメの正式な『ギルドカード』を作ってもらおうと思って、ルナさんに無理を承知で頼み込んだんだよ」
私の問いかけに、カズマさんは文字通り「助かった……! 神様仏様ユメ様……!」と言わんばかりの感動の満面の笑みを浮かべ、必死に話を先へ進めようとする。その分かりやすすぎる必死さに、内心少しだけ苦笑いを禁じ得ない
「ギルドカード……? 街で見かける冒険者さんたちが持っている、あの一枚のカードのこと?」
「ふふっ、ちょうどいい機会ですし、私から詳しく説明してあげますね!」
先ほどまでのカズマさんを殺気立たせるような冷たい雰囲気が嘘のように綺麗に消え去り、ルナさんはぱあっと華やかなひまわりのような笑みを浮かべると、テーブルの上に置かれた大きな計測用の水晶玉からそっと手を離し、手元の服のポケットから一枚の綺麗に磨かれたカードを取り出した
「このアクセルという街では、魔獣やモンスターを討伐して生計を立てる者たちのことをまとめて『冒険者』と呼んでいます。そして、冒険者にはそれぞれの戦闘スタイルや生体データに応じた『職業(ジョブ)』というものがきちんと定められているのです。例えばですね……」
ルナさんはそう言って、私の隣の席でふんぞり返り、自慢げに胸を張っている小柄な少女に視線を向けた
「あちらのめぐみさんのように、強力な破壊呪文や攻撃魔法を自在に操る者は『ウィザード』、さらにその最上級クラスである『アークウィザード』という、魔法使いの最高峰の職業に分類されます」
「ふっ、フハハハハ! そうです、見なさいユメさん! この私こそが、紅魔族随一の頭脳を持ち、人類最強の威力を誇る爆裂魔法(エクスプロージョン)をその身に宿す誇り高きアークウィザードなのです!」
ルナさんの丁寧な説明を遮るようにして、めぐみさんは黒い眼帯の奥の紅い瞳を怪しく輝かせ、黒いマントをバサリと翻して得意げに高笑いをあげる。私よりもずっと小柄で華奢で可愛らしい女の子なのに、そんな凄まじい上位の職業に就いているなんて、本当に信じられないくらい凄い……!
「そしてですね、剣やメイスといった近接武器を振るい、戦場の最前線で自身の肉体を盾にして仲間のために戦う物理系の職業もたくさんあります。例えばダクネスさんなら、鉄壁の守りと圧倒的な耐久力を誇る聖騎士――『クルセイダー』という、非常に高い防御特化の上級職ですね」
「私の他にも、素早い手数で敵を圧倒するソードマスターや、一撃必殺の重い斬撃を狙うウォーリアなどが存在する。一言で『戦士系』と言っても、その特性や役割の内訳は多種多様というわけだ」
めぐみんさんとは違って、落ち着いた口調で静かに補足してくれるダクネスさん。うーん、大人の騎士様って感じでカッコいいなぁ
「さらに、直接的な攻撃魔法ではなく、傷ついた味方の負傷を癒やしたり、様々な聖なる加護(バフ)を与えたりする支援をメインにする職業もあります。アクアさんのように神聖な奇跡や浄化を司る者は『プリースト』、あるいはその上位の『アークプリースト』と呼ばれていますよ」
ルナさんの解説を受けるやいなや、アクアさんは座っていた椅子の上でピョンとウサギみたいに飛び跳ね、わざわざテーブルを乗り越えて私の目の前まで顔を近づけてきた
「そうよユメ! 私に冷たくて美味しいシュワシュワの極上エールを買ってきてくれたら、いつでもこの気高き美しき水の女神様の有り難い加護とヒーリングをめいっぱい恵んであげるんだからね! だからエールちょうだい!」
「はいはい、アクア。今はルナさんが新人のユメのために大事な基礎知識の説明をしてくれている最中なんだから、少しは大人しく座っていなさい。めぐみんですら、今はちゃんと静かに話を聞いているだろうが」
「いたー!? なによー! せっかく新人の可愛い子に私の神々しい魅力をアピールしようとしたのに、なんで私だけ怒られるわけー!めぐみんも思いっきりアピールしてたじゃない!」
不満そうに両ほっぺたを丸く膨らませてジタバタと暴れるアクアさんの頭上に、カズマさんは一切の容赦なく、見事な綺麗な弧を描いた鋭いゲンコツを「ゴスッ!」と容赦なく振り下ろしたのだった
「……」
めぐみんさんの爆裂魔法の威力や、ダクネスさんの剣技と肉体のタフさは、まだこの目で直接見たわけではない
けれど、アクアさんの持つ「奇跡の力」だけは間違いなく本物だ。普段のアクアさんは、何かと隙を見つけては怪しげな「アクシズ教」とかいう教団の勧誘をぐいぐい迫ってくる困ったところがあるけれど、あの洞窟で瀕死どころか息絶えていた私を救ってくれたのも、この街でうっかり転んで膝をすりむいた時にできた擦り傷を「ヒール!」の一声で瞬時に消し去ってくれたのも、まぎれもなくアクアさんの放った神聖な魔法だったのだから
だけど、こうしてルナさんの解説を順序立てて聞いていくと、カズマさんのパーティって、なんだかものすごく強力で特別な上級職ばかりがズラリと揃っているんじゃない……?
アクアさんは上位職のアークプリースト、めぐみんさんも上位職のアークウィザード、ダクネスさんは鉄壁の守りを誇る聖騎士クルセイダー
……そうなると、この常識外れで個性豊かすぎるメンバーを束ね、前線でドシッと指揮を執るリーダーのカズマさんは、一体どれほど凄まじい最上級の職業に就いているんだろう! きっと、誰もがひれ伏すような凄い名前に違いない!
「あの……カズマさん? なんだか、ユメさんがこれ以上ないくらいキラキラとした純粋な期待の目を、あなたにビシビシ向けていますけれど……」
「……ルナさん、頼むからそういう恐ろしいパスを俺に回さないでくれ。流石にこんな濁りのない純粋無垢な瞳で見つめられたら、自分がこれから何を言わなきゃいけないのか分かってるだけに、恥ずかしすぎて穴があったら底まで入りたい気分なんだが……!」
私の熱い尊敬の視線に耐えかねたのか、ルナさんは口元を少しだけ引きつらせながら困ったような、でもどこか心の底から面白がるような表情を浮かべ、カズマさんは両手で自分の顔を覆って盛大に頭を抱え込んでしまった
「くっ、ふふっ……ほら、どうしたカズマよ! せっかく新人のユメが君の頼もしい背中をこんなにも大きく見上げてくれているんだ、堂々と自分の誇り高き職業名を教えてやったらどうだ?」
「カズマさん、カズマさんってば! あなたはこのパーティの偉大なリーダーなんですから、ここでビシッとカッコいいところを見せてあげなさいよ! ほらほら、早く! プークスクス!」
「そうですよ、カズマさん。ユメさんのこのピュアで無邪気な期待の目を、まさか真っ向から踏みにじって裏切るつもりじゃないでしょうね?」
ルナさんだけでなく、めぐみんさんやアクアさんまで楽しそうに加わって、カズマさんを面白半分にニヤニヤと煽り立てる
「お前らなぁ……! 絶対に、この屈辱と借りは後で倍以上にして仕返ししてやるからな……っ!?」
「……?」
どうしてだか、ルナさんとパーティの皆さんは口元を手で必死に押さえてプルプルと肩を揺らし、笑いを必死に堪えている
私、何かおかしな勘違いでも言っちゃったのかな? 私が不思議そうに首を大きく傾げていると、カズマさんは腹を括ったように深呼吸をひとつ吐き出し、わざとらしく「コホン!」と咳払いをひとつ挟んだ
「こほーん……あー……ユメ、さっきルナさんが説明してくれたような派手な上級職の他にもだな、この世界には色々な戦闘スタイルがあるんだよ。例えば……俺の就いている『冒険者』という職業がまさにそれだな」
「ぼうけんしゃ! わあ、なんだかすごく響きがシンプルでカッコいいですね! 一体どんなすごい万能な役職なんですか!?」
私の少しの疑いもない無邪気な称賛の言葉を聞いた瞬間、カズマさんは盛大に上半身をのけぞらせ、ガクッと両膝を応接室の床につきかけた
「……ぐはぁっー!? 普段の俺なら『ふざけんな、俺をバカにしてんのか』って大声でブチ切れるところなのに、ユメ相手だとマジでバカにしている感がゼロすぎて完全に調子が狂う……!! 刺さる! 刺さりすぎる!!」
「えっ……? えっ? カズマさん、大丈夫ですか!?」
「はぁ……。ユメ、よく落ち着いて聞いてくれ。俺の就いている『冒険者』っていうのはだな……基本職、つまりはどの専門職業の適性にも引っかからなかった奴が、とりあえずで名乗るだけの、この世界で一番下の『最下級職』なんだよ……」
「えっと……あはは……そうだったんですね……」
「その微妙に気遣わしげな乾いた苦笑いが、今の俺のガラスのハートにはめちゃくちゃ深くグサグサ突き刺さるんだよ……!!」
「ひぃんっ!? ご、ごめんなさいカズマさん! そんな、バカにするつもりなんて本当に……っ!」
思わず申し訳なさでキュッと肩を縮こまらせる私をよそに、応接室の中はカズマさんの悲痛な絶叫と、それを心の底から面白がるみんなの爆笑で、いつも通り賑やかに包み込まれていったのだった
「こほん! それでは少し脱線してしまいましたが、話を元に戻しますね!」
ピシッと両手を叩いて場の緩んだ空気を引き締め直しながら、ルナさんはにっこりとプロの笑顔を浮かべた
「どんな職業に就いたとしても、魔獣を狩るなどしてレベルを上げて経験値を積んでいけば、後から上位職への『転職』を行うことは十分に可能ですし、カズマさんのように基本職の『冒険者』であっても、強い意志と豊かな知恵があれば数々の偉業を成し遂げることだってできるんです」
「い、偉業、ですか……? カズマさんたちが……?」
小首を傾げる私に、ルナさんは誇らしげにコクリとうなずいてみせた
「はい♪ カズマさんが率いるこのパーティは、これまでに恐るべき魔王軍幹部の撃破をはじめとして、このアクセル街や周辺の危機を何度も救ってきた凄まじい実績があるんですよ」
ルナさんはそう言って、これまでに彼らがくぐり抜けてきた数々の修羅場を簡潔に、しかし分かりやすく教えてくれた
最初は、めぐみんさんの毎日の爆裂魔法に激怒して押し寄せてきた、首なし騎士の魔王軍幹部――デュラハンのベルディアという恐ろしい騎士を、カズマさんの機転の利いた作戦によって見事に撃破したこと
さらには、旅先の有名な温泉街・アルカンレティアに突如として現れたデッドリーポイズンスライムの幹部・ハンスを撃破し、めぐみんさんたちの故郷である魔法の都・紅魔の里を崩壊の危機に陥れた、あらゆる物を吸収合体する強力な魔王軍幹部・シルヴィアすらも打ち倒していること
それらの恐ろしい幹部たちの名前を聞くだけでも、私にとってはまるでおとぎ話の冒険譚のように途方もない偉業に思えたのだけれど、ルナさんの口から語られる事件はそれだけにとどまらなかった
かつてこのアクセルの街の上を通過しようとした、『機動要塞デストロイヤー』という不穏すぎる名前の超巨大古代兵器――。「デストロイヤーが通り過ぎた後には、『アクシズ教徒』の信者たち以外、草木一本すら残らない」とまで噂される恐ろしい徘徊要塞や、湖を汚染していた巨大な多頭竜・機動ヒュドラの討伐まで、数え切れないほどの壊滅的な修羅場を乗り越えてきたのだという
「か、カズマさんたちがそんなに凄い人たちだったなんて……!」
「お、おう……。まあ、なんだ、色々と運が良かっただけというか、結果オーライってやつだな。俺の手腕と幸運値の高さが噛み合ったおかげでもあるが……」
私の目を見開いた驚愕と感動に満ちた称賛の言葉を聞いて、カズマさんは照れくさそうに鼻の頭を指でポリポリと掻きながら、わずかに頬を真っ赤に染めてプイッとそっぽを向いた
私から真っ直ぐな尊敬の眼差しを向けられたのが、心底気恥ずかしくも相当嬉しかったみたい
そんな私とカズマさんの微笑ましいやり取りを他所に、長テーブルの端っこではダクネスさん、めぐみんさん、アクアさんの三人がこれみよがしに頭をキュッと寄せ合い、何やらヒソヒソとヒソヒソ声で悪巧みのような耳打ちを交わしていた
「ねぇ、みんな見てみなさいよ。カズマのやつ、さっきからすっかりいい気になって鼻がビヨーンと伸びきっているじゃない。本当に単純なんだから」
「ええ、本当に。あんなふうにピュアな少女から手放しで褒められるのが余程嬉しいのでしょうし……何より、あのユメさんの服の上からでもはっきりと分かる揺れる大きな豊満さが、カズマさんのスケベな目には文字通り『どストライク』に突き刺さっているんでしょうね。軽蔑の極みです」
アクアさんの露骨で失礼極まりないヒソヒソ声に続いて、めぐみんさんはじっと鋭い嫉妬の視線を向け、私の胸元あたりを恨めしそうにジロジロと睨みつけてきた
「まぁ、カズマは普段から周囲の人間や街の連中に『クズマ』だの『カスマ』だの『ゲス男』だの散々な暴言を吐かれ続けているからな。こうして誰かからどストレートに尊敬と憧れの眼差しを向けられる経験なんて滅多にないだろうし、胸の大きさに関する下世話な妄想はともかくとして、今回ばかりは主として大目に見ようじゃないか」
「全部筒抜けで聞こえてるからな、お前らっ……!! 今のうちにその腐った口をガムテープでぐるぐる巻きに塞いでやろうか!?」
女性陣の容赦なさすぎる辛辣な分析と下心へのツッコミに耐えかねたカズマさんが、ガバッと椅子から立ち上がって怒髪天を突く勢いで抗議の声をあげる
「ほらほら、そこ静かに! 私の大切なギルドの説明の途中で勝手に私語や内職を始めないの! 話を先に進めてもいいでしょうか!? さもないと、休日出勤の追加料金をがっぽり頂きますよ!?」
ルナさんがピシャリと冷徹な視線を飛ばすと、カズマさんは「ひっ……すみません、ルナ様……」と急に小さくなって席へとすごすごと戻っていった。ダクネスさんたちは何やら不穏で怪しげな雑談を楽しんでいたようだけれど、一体どんな秘密のお話をしていたんだろう?
それにしても、めぐみんさんの目がさっきからなぜか少しだけ冷たくて怖いような気がする……。あれ、この背筋が凍りつくような不気味なプレッシャー、どこかで感じたことがあるような……?
「コホン。では、ユメさん。無駄な前置きはこれくらいにして、こちらの計測用の水晶にそっと手をかざしてみてください」
ルナさんが促すまま、手元にあった淡く青白く光る神秘的な水晶玉のすぐ下に、真っ白な新しいギルドカードを静かに置いた
「これに……手を触れればいいんですか? 痛かったりしませんか……?」
「大丈夫ですよ、痛みもなくすぐに終わります♪」
恐る恐る、私は震える指先をそのひんやりとした冷たい水晶玉へと近づけ、そっと手のひらを密着させた
その瞬間――
「わぁ……っ! すごい、綺麗な光……!」
私の手のひらから吸い込まれるようにして、透明だった水晶が眩いばかりの神秘的な黄金色の輝きを放ち始めた
「今、ユメさんの魂の波長と身体特性を読み取って、そのすべての個人データをギルドカードに直接書き込んでいるんですよ。この世界におけるあなたの適性や潜在能力値(ステータス)が、これ一枚ですべて判明する仕組みになっているんです」
水晶の周囲に組み込まれた精巧な小さな魔導機関が、カチャカチャ、チクタクと小気味よい歯車の音を響かせる
まるで砂時計の砂がサラサラと落ちるように、輝く光の粒子が下へとスーッと集まっていき、小さなレーザーのような繊細な光の筋がギルドカードの表面をなぞると、ほんの数秒でその眩い光はスッと消え失せた
「はい、お疲れ様です。これでステータスの書き込みはバッチリ終了ですよ」
「うわっ、一瞬なんですね。魔法の仕組みって、思っていたよりもずっと早くて科学的ですね」
「それでは、どれどれ……ふむふむ……『梔子ユメ』さん、っと」
ルナさんはテーブルの上から書き上がったばかりのツルツルしたカードをひょいとつまみ上げ、そこに記された小さな文字と数値をじっくりと目で追いながら読み上げていく
なんだか自分の学校のテストの成績表や身体測定の結果を、大勢の前で音読されているような気分になって、急に顔がカッと熱くなり、たまらなく恥ずかしい……!
「こ、これは驚きました……! 守りと幸運の数値がものすごく高いです! 駆け出しの一般人レベルではありませんよ!」
「どれどれ? 見せてみろ……おっ、本当だな! 確かにこのレベル1の駆け出しの段階でこれだけの物理防御力と魔法耐久力があるなら、あの脳筋でドMのダクネスと比べても遜色ないくらいに硬いぞ。おまけに運の良さ(ラック)も、俺の並外れた数値よりほんの少し低いだけですごい高水準だ。大したものだな」
「え、えへへ……そうかなぁ? なんか、褒められてるのかよく分からない比較だけど、ありがとうカズマさん……」
カズマさんが私の背後からぐっとのぞき込みながら、頭の上から温かい言葉をかけてくれるものだから、なんだか気恥ずかしくて頬がぽっと真っ赤に染まってしまう。この近い距離感、なんだか少しだけ照れくさくて擽ったいなぁ……
「……ただ、その……」
ルナさんの透明感のある声のトーンが、ほんのわずかに、しかし確実にスッと一段低く落ち込んだ。応接室を満たしていたどこか和やかな空気が、一瞬でピキリと凍りつく
「えっ……?」
「……でも、それ以外の能力値が、ちょっと極端に低すぎるわね……。これじゃあ、初期の頃の駆け出しだったカズマさんよりもさらに下なんじゃないかしら?」
「えっと……ルナさん? なんだかものすごく嫌な予感が届いているんですけど、私のステータスって、一体どうなっちゃっているんですか……?」
私の恐る恐るの質問に、ルナさんは何とも言えない複雑そうな、まるで道端で捨てられた小犬を見るような哀れむ目を向けてきた
「あの……ユメさん? どうしてあなたの『器用さ』の項目だけ、マイナスの数値に振り切ってしまっているんですか……?」
「ええっ!? うそっ、マイナスってどういうことですか! ゼロじゃなくてマイナス!?」
ルナさんの驚愕の言葉を聞いた瞬間、テーブルの向こう側にいたアクアさんとめぐみんさんが同時にハッと息を呑み、そしてルナさんの手元にあるカードを身を乗り出して覗き込んで、まるでこの世界の終わりを見るかのような痛ましい悲壮感に満ちた目を私に向けてきた
慌てて私も自分のギルドカードに視線を落とすと、そこには確かに信じがたい、目を疑うような現実がはっきりと刻み込まれていた
「守り(耐久力)」や「幸運(ラック)」の数値は、ルナさんやカズマさんの言う通り、レベル1の一般人とは思えないほど高い数字がずらりと並んでいる(どれくらいの数値が本来すごいのか、この世界の基準はよく分からないけれど、きっとすごく良いことなのだろう)
それに、「信仰」という欄はおそらく神様に関係するものだから、この異世界に来たばかりで神社やお寺にもお参りしていない私にとって、数値が低いのはまぁ納得がいく
だけど、問題はそこじゃなかった……
攻撃力はかろうじて一桁、素早さも同じく一桁、そして何より知的活動や複雑な思考を司る「賢さ」のステータスに至っては、かろうじて2桁を維持しているものの、肝心の「器用さ」の項目に至っては、なんと堂々の『―15』という、目にするのも恐ろしいマイナスの数値が、存在感を主張するように太字で刻まれていたのだ
「私……このアクセルのギルド受付の窓口で長年たくさんのお仕事をしてきましたけれど、ステータスがマイナスに落ち込んでいる人なんて、これが生まれて初めて見ました……」
「ひぃんっ!? そんな、雨の日に捨てられた子犬を見るような哀れみといとおしさいっぱいの目で私を見ないでよぉ……!」
「だ、大丈夫ですよユメさん! 気を取り直していきましょう! ユメさんはまだレベル1のピカピカの駆け出しなんですし、これから私達と一緒に地道にクエストをこなしてレベルを上げていけば、きっとステータスだって全体的に底上げできるはずですからね……!」
ルナさんが必死の形相で私を鼓舞しようと「引きつった笑顔」を作ってくれているけれど、その健気で必死な励ましの笑顔が、今の私のガラスのハートにはむしろとどめの一撃となってグサグサと深く突き刺さるよぉ……!
「ユメ」
「うぅ、カズマさん……私、これからこの世界でちゃんとやっていけるのかなぁ……。手先が不器用すぎて、ボタンを留めることすら怪しいのかなぁ……」
私がショックのあまり応接室のテーブルに突っ伏してジタバタと涙目で泣き言を漏らしていると、カズマさんは優しく私の隣に歩み寄り、ポンポンと不器用に肩を叩いてくれた
「まあ、そうガチ凹みするなよ。お前と同じ……いや、ぶっちゃけそれより遥かに知能と幸運が低くて救いようのないダメダメなやつだって、この世の中にはちゃっかり生きて存在しているんだからさ
しかもだぞ? そいつなんて、幸運値がずば抜けて世界一高い俺のパーティに居合わせているというのに、なぜか周囲に不幸と厄災をこれでもかと撒き散らす筋金入りの極悪不幸体質で、その上ステータスが最初から完全にカンストしているせいで、これ以上レベルが上がっても二度と成長することはないんだ
……まあ、器用さのマイナスはさすがに未知の領域で未知数だけど、他のステータスはこれからレベルを上げればユメならなんとかなるさ」
「……なんか、カズマさんに一生懸命慰められているはずなのに、私の胸のモヤモヤと不安が全然晴れないのはどうしてなんだろう……」
「そうよユメ! カズマさんが今まさに例に挙げたその『誰も救いようのないダメ人間』が具体的に誰を指しているのかは知らないけど、世の中にはどうしようもない残念な生き物がちゃんと逞しく生きているんだから、そんなちっぽけなことで落ち込んでちゃダメよ!」
今度は反対側から、アクアさんが勢いよく椅子から立ち上がり、私を元気づけようと力強く両拳を握りしめてみせた
だけど、どれほど頭の回転がのんびりな私でも、今の会話の流れと空気感で嫌でもハッキリと理解してしまった
カズマさんとルナさんが、先ほどから一言も発言せずに、しかしこれ以上ないほど深い憐れみと慈悲、そして諦めに満ちた目を、そっとアクアさんに向けているという決定的な事実を
――きっと、今カズマさんが言った「ステータスが一切上がらない上に周囲に不幸をばら撒く不幸体質」の持ち主とは、他でもないこの目の前で胸を張っているアクアさんのことに違いなかった
……まだこの世界に来てから数日しか経っていないし、彼女が普段どれほどポンコツでトラブルメーカーなのかもまだ完全に把握しきれていないけれど。幸運と知能っていう、人間が生きていく上ですごく大切なはずのステータスって、そんなに簡単に人並み外れて低くなってしまうものなのだろうか? だって、少し前にアクアさんが自慢げに唱えていた、何やらすごく難解で長い『アクシズ教義』の教え(私は文字数が多すぎて一晩で綺麗に忘れてしまったけれど)なんかもスラスラと暗唱していたんだから、本当は頭が悪いわけじゃない、はず……だよね
「それと、これも私にとっても初めての珍しいケースなのですが……。ユメさん、あなたどうやら『レベル1』の初期段階でありながら、すでに固有のスキルを2つも自力で覚えていらっしゃるみたいなんです」
「2つ……ですか? 私、何の訓練も受けていないのに……?」
ルナさんが驚きを隠せない面持ちで水晶の脇から視線を上げ、手元のギルドカードと私を交互に見比べながらそう告げた
「はい。ただ……そのスキルの名前の欄がすべて『???』という謎の記号で塗りつぶされていて、現時点では具体的にどんな効果や能力なのかが全く判別できないんですよね」
ルナさんがギルドカードの右下隅にある習得スキルの項目を、細い指先でそっと指し示す。そこにカズマさんたちと一緒に視線を滑らせてみると、たしかに文字通りの『???』という不気味で怪しげな伏せ字が二つ、綺麗に並んでいたのだった
「それって……私がこれから将来覚える予定の未来のスキル……とかそういうものなんですか?」
「うーん、そうですね……。まずはその前提として、この世界のスキルの仕組みについて簡単に説明しておきましょうか」
ルナさんは一度小さく綺麗な咳払いを挟むと、長年ギルドの窓口で新人の手ほどきをしてきたプロらしく、滑らかな口調でスラスラと解説を始めてくれた
「この世界で新しいスキルを習得するには、基本的には魔物などを討伐して経験値を稼ぎ、レベルが上がった時に獲得できる『スキルポイント』というものを消費するのが一般的な流れになります。ただ、それだけでは新しいスキルを覚えることはできなくて、習得するためには必ずと言っていいほど『ある絶対的な条件』が必要なんです」
「じょうけん……ですか?」
「はい。その条件とは、主に『実際に他人がそのスキルを使っている場面を生で目撃する』か、あるいは『すでにそのスキルを使える人から直接やり方を教えてもらう』の二つですね。言葉だけ聞けば簡単そうに思えますが、自分の就いている役職(ジョブ)の適性に合わないスキルは、いくら見聞きしても絶対に覚えることはできません……もっとも、カズマさんの就いている『冒険者』のように、あらゆる戦闘スキルの習得適性が非常に幅広い例外的な役職も存在はしますけれど」
なるほど……。カズマさんたちのパーティはあの時、冒険者のことを一番下の『最下級職』だって自嘲気味に呼んでいたけれど、どんなスキルでも幅広く覚えられるかもしれないっていう点においては、そういう大きな利点や隠された強みもあったんだ……
でもそうなると、私の頭の中に一つの大きな疑問が浮かび上がってくる
「あの……私、この世界に来てからまだ数日しか経っていないし、誰かがスキルを使っている所なんて一度も見たことがないはずなんだけど……?」
「だよな。俺たちも、少なくともユメの前でスキルをお披露目した覚えはないし、そもそもここ最近はのんびり魔法道具店の仕入れや買い出しを手伝ってもらっていただけで、一度もそういうスキルを使うような場面に出くわしてないからな」
私の素朴な疑問に、カズマさんも腕を組んで深く頷き同意してくれる
「そうなんですよ! しかもですよ? 仮に万が一、過去のどこかのタイミングで誰かのスキルを目撃していたとしても、そもそも自分専用の『ギルドカード』が発行されていなければ、システム上スキルが勝手に体に定着して習得済みになるなんてことは絶対にありえないはずなんです。それなのに、この謎の二つのスキルはカードが作られたこの瞬間にすでに『習得済み』として刻まれている……ここが、どうしても私には不可解で仕方のないところなんですよね」
ルナさんは難しそうに綺麗な眉間に美しいシワを寄せ、腕を組んでうーんと唸り声を漏らした
たしかに、ルナさんの言う通りその話を聞けば聞くほど不可解で不気味だよね……。しかも、肝心のスキルが一体どんな能力なのかも文字化けしたみたいに『???』のままで一切分からないし……
「ねえ、ひょっとしてそれって、『記憶喪失』なことそのものが何か深く関係しているんじゃないかしら?」
アクアさんが何気なく、しかし妙に核心を突いたような一言をポツリと放つ。その言葉に、ルナさんはハッとしたように小さく目を見開いた
「――たしかに……その説は十分にありそうですね。冒険者のギルドカードというものは、その人間の魂の深層に刻まれた情報や波長を読み取って自動作成されるものですが、ここまで綺麗に記憶が抜け落ちた状態の人間が新規登録を行った前例なんて過去に聞いたことがありませんし……はっきりとした原因までは断言できませんが、その可能性は極めて高そうです」
「おいおいアクア、お前まともな意見が言えるんだな。明日は槍でも降るんじゃないか?」
「ちょっとカズマ!? なによその『普段は絶対バカなことしか言わないくせに』みたいな心の底から驚いたような失礼な物言いは! 私だって、いざという時にはこうして綺麗に知的で冴え渡った推理を披露できる本物の女神様なんだからね!」
カズマさんの心なしか感心したような、でもどこかトゲのある褒め言葉に激昂し、アクアさんはテーブルの上に身を乗り出して激しく詰め寄り始めた
ま、またいつものように大喧嘩が始まっちゃったよ……! あわあわしながら、私としては慌てて仲裁に入った方がいいのかなと周囲をチラチラと見回してみる
だけど、ダクネスさんも、めぐみんさんも、そして驚いたことにさっきまでピリピリしていたルナさんでさえも、やれやれといった様子で小さく深い溜息を吐き出すだけで、誰も止めに入る気配を見せない。……ってことは、このまま放置していても特に問題はない、この2人のいつもの日常風景ってことなのかな?
「あ、あの……ルナさん? 結局、私の『職業(ジョブ)』って、どうすればいいんでしょうか……?」
喧噪を背景に、私が恐る恐る尋ねると、ルナさんは「ああ、そうでしたね」と優しく微笑んだ
「本来であれば、ステータスの特性に合わせて、高い耐久力を活かせる『クルセイダー』などの戦士系の上級職を最初から目指すのが理想的なのですが……先ほどお話しした通り、現在のユメさんの適性では、いきなり上位の職業に登録することはできません。ですので、まずは選択肢として『基本職』の中からお選びいただくことになりますね」
「基本職……ですか」
「ええ。剣士を目指すなら『ウォーリア』、魔法を学びたいなら『アークウィザード』の前段階である『ウィザード』、あるいは……」
「じゃあ……私、カズマさんと同じ『冒険者』になろうかな!」
パッと表情を輝かせて私がそう答えた瞬間――
「ブフォーッ!!」
カズマさんが勢いよく噴き出した
「ユメ!? お前正気か!? さっき俺が『最下級職』で『何の特徴もない奴がなるやつだ』って説明したの聞いてなかったのか!?」
「聞いてましたよ! でも……どんなスキルでも幅広く覚えられるかもしれないんですよね? それに、カズマさんと同じ職業なら、分からないことがあっても色々教えてもらえそうですし……何より、カズマさんみたいにみんなを支える凄腕の冒険者になれたら格好いいなって!」
少しも疑いのない、底抜けに純粋な太陽のような笑顔でそう言い切る私
だって本当の事だから!
「うぐっ……! ま、またその純度百パーセントの無邪気なリスペクト……! 目が潰れる……! 眩しすぎて俺の薄汚れた心が洗浄されて消えてしまう……!!」
カズマさんは両目を手で覆って、悶絶するようにテーブルに伏し倒れた
「ふふっ、カズマさんがそこまで慕われるなんて珍しいですね♪ でもユメさん、カズマさんの言う通り『冒険者』は初期ステータスの伸び代が一番低い職業ですので、よく考えて決めてくださいね?」
「はい! でも、私……カズマさんたちの背中を追いかけてみたいんです!」
「……はぁ。そこまで言われて『ダメだ』なんて言えるわけないだろ……。ったく、後で後悔しても俺は知らないからな! 」
真っ赤になった顔を背けながら、ぶっきらぼうに吐き捨てるカズマさん。でも、その口元が少しだけ嬉しそうに緩んでいるのを、私は見逃さなかった
「……とりあえずだ、ユメ。これでお前も正式に自分のギルドカードが発行されたわけだし、今度私たちとクエストに一緒に参加してみないか?」
隣で「カズマさんがガラにもなく照れてるー! ウケるんですけどー!」「うるさい、お前にはない純粋さにやられてるだけだ!!」とギャーギャー大喧嘩を始めるアクアさんとカズマさん。
そんな2人の言い争いを完全に空気扱いしながら、ダクネスさんはどこか満足そうにコクリとうなずくと、私に向かって優しく微笑みかけてくれた
「えっ……!? く、クエスト、ですか……!?」
思わず座っていた椅子からズリッと滑り落ちそうになるくらい、私は大きく声を裏返させてしまった
ダクネスさん、いくらなんでも私みたいな記憶喪失の超ペーペーに、いきなりモンスターを討伐するような危険なクエストなんて、まだ絶対に早すぎるんじゃありません……!?
……って、ダメだ! なぜだか理由は分からないのだけれど、目の前にいるダクネスさんの金色の瞳が、怪しい期待と昂ぶりに満ちたギラギラとした熱量を放ってこちらを見つめてきているものだから、なんだか怖くてとても「断ります」なんて言い出せないよぉ……!
「そうですね! 私は賛成ですよ、大賛成です! いつか私の自慢の最高峰魔道『爆裂魔法』が炸裂する素晴らしい瞬間をユメに見せて、心の底から感動と畏怖の念を抱かせてあげたいと思っていたところですし!」
「めぐみんさんまで……っ!?」
めぐみんさんはダクネスさん以上に目を輝かせ、どこから取り出したのか、自分用の精巧な小さな木製の魔法の杖を指先で器用にクルクルと回しながら、トレードマークの大きな黒い帽子をさらに深々と被り直した
ううう……私としては、もう少しこの安全で平和なお屋敷の中でのんびりと家事を手伝いながら過ごしたかったのになぁ……
「……あれ?」
「ど、どうしました? ユメさん、そんなに私を凝視して」
みんなの怒涛の勢いに圧倒されていると、ふと、めぐみんさんが手元に大切そうに持っていたその特徴的な杖のデザインに、妙な既視感を覚えた
「えっと……その、めぐみんさんの持っているその杖……少しだけ、見せてもらってもいいですか?」
「は、はい? 別にかまいませんけれど……どうぞ、落とさないように気をつけてくださいね」
めぐみんさんは少しきょとんとした丸い顔をしながらも、快く私へとその愛用の杖をそっと両手で差し出してくれた
私も両手でそっと受け取り、丁寧にその重みと木肌の感触を確かめてみる。年端もいかない少女の持ち物とは思えないほど丁寧に使い込まれ、愛着を持ってメンテナンスされていることが一目で分かる、素晴らしい仕上がりの杖だ
先端に嵌め込まれた真っ赤な魔力結晶が、光を浴びて綺麗なグラデーションを描いている。この世界の人たちは、これを使って日々の凄まじい魔法を詠唱して行使するんだよね……
だけど、これ……なんだか、私の記憶の底からすっかり抜け落ちているはずなのに、なぜか初めて見るはずの形ではないような、どこか見覚えがあるような気がしてならない
「ううーん……一体、どこで見たんだっけ……?」
「ど、どうしたんですかユメさん……? そんなにじっと私の杖の先端を凝視して、もしかしてどこか不格好なところや傷でもありましたか?」
「ううん、そうじゃなくて……なんだか、これを見ていると、頭の奥のほうがジンジンして……」
不思議な感覚だった。この杖の先端の宝珠を見つめていると、何か大切なことを思い出せそうな気がした
だけど、それを無理に手繰り寄せようと試みると同時に、なぜか背中に冷や汗がすーっと流れていく
何か大切な物、絶対に思い出さなくてはいけないもの……だけどそれがなんなのか、モヤがかかってどうしても分からない
頭の中に一瞬、どこか果てしない砂漠のような、風が吹き荒れる殺伐とした景色の映像が流れた、まさにその瞬間――
「あ!!」
「「っ……!?」」
私が自分だけの思考の世界に没頭して唸っていると、突然、隣で書類を整理していたルナさんがポンと手を打って大きな声を張り上げた
そのあまりに大きな予期せぬ音に、私をはじめ全員が肩を跳ねさせて驚いてしまい、せっかく頭の奥底からスルリと湧き出かけていた大事な記憶の欠片が、プツリと完全に途切れて奥へと引っ込んでしまった……ひぃん、せっかくもう少しで何か大切なことを思い出せそうだったのに……!
「ど、どうしたんですかルナさん、そんなに急に大きな声を張り上げて……」
「あ、ごめんなさいびっくりさせちゃって! でも、ちょうど明日の朝一番にギルドの掲示板に貼り出そうと準備していた、今の皆さんにぴったりのクエストがあったことを今急に思い出してしまったものですから! これならカズマさんたちも慣れていますし、ユメさんの記念すべき初クエストにはピッタリだと思います!」
ルナさんは慌てた様子で自分の革製のカバンから一枚の少し固い羊皮紙の依頼書を取り出すと、それをみんなのよく見えるテーブルの中央へと勢いよく広げた
そこに達筆な文字で書かれていた依頼内容を、私は恐る恐る覗き込む
「『ジャイアントトードの討伐』……?」
久しぶりの更新……クロスオーバーって大変なんだなーって実感してます(笑)