剣で杖に勝てるわけないだろ!(マジ)(当たり前)(いい加減にしろ)   作:愛してるゲームしようぜ!

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すいません。なるべく早く書きたくて今回添削とかしてないんで雑いです


お料理、得意なんです!(某ショート風)

 翌朝。

 目を覚ますと焚き火は、すっかり灰になっていた。

 体を起こす。

 毛布が、露でしっとりと湿っている。

 背中は、バキバキだ。

 地面の上で寝るというのは、思っていたよりずっと体に悪い。

「……いてて」

 伸びをして関節を鳴らす。

 それから、習慣通りにまず剣を取った。

 布で、刃を拭う。

 朝の手入れはこれをやらないと一日が始まらない。

 一通り拭き終えて刃を光に透かし、曇りがないことを確かめる。

「よし」

 父さんとの約束、その一。

 剣の手入れを一日も怠らないこと。

 とにかく今日もちゃんと、できた。

 それから荷物を確認する。

 角兎の角は袋の中だ。

 これを務め所に持ち帰れば、最初の任務は完了。

 期限は三日。

 ここから町までは半日もあれば戻れる。

 だから、本来ならすぐにでも帰るべきなのだが。

「…………」

 視線が、勝手に谷の向こうに吸い寄せられる。

 昨夜、橙色の光が見えた方角。

 今は、朝の光に紛れて何も見えない。

 見えないのだが。

 ……よく見ると細い煙が一筋、空に昇っていた。

 しかも、色がおかしい。

 普通の焚き火の煙は、白っぽい。

 それなのに、あの煙はやけに黒かった。

「……あれ燃えちゃいけないものが、燃えてないか」

 つい、独り言が漏れた。

 行くか、行かないか。

 三秒ほど悩んだ。

 そして、荷物をまとめ始めた。

 どうせ、町に戻る前に寄り道する時間くらいはある。

 それに、務め人が焚き火をしているということは、俺と同じ六年務めの途中の人間だ。

 もしかしたら助けが必要かもしれない。

 ……いや違うな。

 正直に言えば。

 昨夜からずっと気になっていたのだ。

 他の人間がどんな顔をして、どんな風にこの六年を始めているのか。

 

 ■

 

 谷を下って小さな沢を渡り、向こう岸の斜面を登る。

 近づくにつれ、焦げ臭さがどんどん強くなってきた。

 鼻の奥がつんとする。

 ……これは肉や野菜を焦がした臭いというより。

 もっとこう、根本的に全てを灰にしたような臭いだ。

「…………あっ」

 木々の隙間から開けた場所が見えた。

 そこに、黒い円があった。

 直径三メートルほどの真っ黒な焼け跡。

 草も、土も完全に炭化している。

 その中心に人がうずくまっていた。

 赤い髪を後ろでひとつに括った、小柄な背中。

 抱えた膝に顔を埋めている。

 目の前には何かが入った鍋。

 ──いやあれは鍋なのか?

 鍋の形をした黒い塊、と言った方が正しい。

「……あのすみませーん」

 声をかけた次の瞬間。

 ぱっ、とその人物が顔を上げた。

 少女だった。

 年は、俺と同じくらい。

 整った顔立ちに大きな、琥珀色の目。

 けれど、目の下に濃い隈ができている。

 頬は、煤で汚れている。

 その目が俺を捉えた瞬間。

「動かないで!!」

 少女の手が、素早く横に置いてあった杖を掴んだ。

 先端が、まっすぐ俺に向けられる。

 杖の先に赤い光がぼっと灯った。

「うわっ、ちょっと待って! 待って待って待って!」

「誰! 魔物じゃないよね!? 人間だよね!?」

「人間です! 務め人です! カイル・ヴェルナーって言います!」

「…………」

「えっと、昨日向こうの森で野営してて! そしたら、こっちで焚き火が見えて! 煙が黒かったから、気になって!」

「…………」

「敵意はありません! 本当です!」

 両手を頭の上に上げる。

 しばらく少女は俺の顔をじっと睨んでいた。

 杖の先の光がゆらゆらと揺れている。

 ……やがてその光が、ふっと消えた。

「……ほんと?」

「ほんと」

「悪い人じゃない?」

「たぶん」

「たぶん!?」

「いや、悪い人じゃないです。絶対」

 少女は、杖をゆっくりと下ろした。

 そして、俺を上から下までじろじろと観察する。

 その視線が俺の腰で、ぴたりと止まった。

「…………それ何?」

「剣です」

「……剣?」

「剣」

「……えっほんとに? 包丁じゃなくて?」

「剣です」

「あなた、それで戦うの?」

「そのつもりです」

「…………」

 少女の顔が、みるみるうちに曇っていく。

 そして、彼女はひとつはっきりと、息を吸った。

「剣が杖に勝てるわけないでしょ」

「…………」

 ──あ。

 今、父さんと同じ台詞を言われた。

 なんだろうこの既視感。

「……よく言われます」

「でしょうね! 絶対言われるでしょうね!」

 少女が、ずいっと一歩近づいてきた。

「あのね、務めは命懸けなのよ。分かってる? 六年で、半分は死ぬの。杖でも、半分は死ぬの。それを、剣で! そんな装備で!」

「はい」

「正気?」

「たぶん」

「たぶんって言った!?」

 その時だった。

 ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ……。

 やけに大きな音が辺りに響いた。

「…………」

「…………」

 少女の顔がぼっと赤くなる。

 音の発生源は、明らかに彼女の腹だった。

「……あの」

「何も言わないで」

「お腹、空いてるんですか」

「言わないでって言ったでしょ!!」

「いつから食べてないんですか」

「…………」

 少女は、そっぽを向いた。

 それからぽつりと小さな声で、答える。

「……三日前から」

「えっ」

「三日前に務め所を出て。それから、携行食が尽きて。魔物の肉を焼こうとしてその、火加減を」

「火加減を?」

「…………間違えて全部、灰にしたの」

 彼女の視線がちらりと、足元の黒い円に向けられた。

 あー……。

 なるほど。

 この焼け跡はそういう。

「……三日分ですか」

「……三日分」

 三回。

 三回、肉を灰にしたのか。

 しかも、鍋まで。

 俺は思わず、少女の足元の鍋を改めて見た。

 鍋の底がとろりと溶けている。

 鉄が、溶けている。

 どんな火力だ。

「…………あの」

「何」

「朝ご飯、作りましょうか」

「えっ」

「俺、料理できるんで。ちょうど、昨日の兎肉の残りがあって」

 少女の目がまん丸に見開かれた。

 それから、疑うように眉を寄せる。

「……ほんとに?」

「ほんと」

「毒とか、入れない?」

「入れませんよ」

「なんで、そんなに親切にするの」

「いや、だって」

 俺は、頭を掻いた。

「飯が食えなくなった奴から死ぬって、父に言われたんで」

 少女は、数秒間黙っていた。

 それからさっきまで張り詰めていた肩が、すとんと落ちた。

「……お願いします」

 小さな、本当に小さな声だった。

 

 ■

 

 荷物を下ろしてまず、焼け跡の外に新しい竈を組んだ。

 石を並べ枯れ枝を積む。

 火は、火打ち石で。

 少女が、横から「魔法でつければ早いのに」と呟いたので、「あなたの魔法は火力が強すぎるでしょう」と返したら、無言で顔を逸らされた。

 図星らしい。

 鍋を置いて水を沸かす。

 その間に、残りの兎肉を取り出した。

 それから平らな石の上に、玉ねぎと芋を。

 そして、剣を抜く。

「ちょっと待って」

 少女が、がしっと俺の腕を掴んだ。

「え、何」

「今、何しようとしてる?」

「玉ねぎを切ろうと」

「それで!?」

「それで」

「武器でしょ!?」

「ええ、まぁ」

「戦いに使う刃で食べ物を切るの!?」

「他に、刃物がないので」

「嘘でしょ…………」

 少女が、絶句した。

 まぁ、無理もない。

 俺も、最初は罪悪感があった。

 でも、慣れた。

 人間は、慣れる生き物である。

「ちゃんと毎日手入れしてるから、衛生面は大丈夫ですよ」

「そういう問題じゃなくて……!」

「じゃあ、どういう問題なんですか」

「…………わかんない」

 わかんないのか。

 構わず、切り始める。

 シュッ、シュッ、シュッ。

 玉ねぎが、薄く綺麗にスライスされていく。

 一息で、根元から先まで迷いなく。

 断面が、つるつるだ。

「……うま」

 少女の口からぽつりと、感嘆が漏れた。

「え?」

「な、なんでもない」

 彼女は、慌てたようにそっぽを向いた。

 けれど、視線はちらちらと俺の手元に戻ってくる。

 ……ちょっと嬉しい。

 鍋に、兎肉と野菜を入れる。

 父にもらった香草をぱらりと振る。

 塩を、ひとつまみ。

 弱火で、じっくりと。

「……いい匂い」

「でしょ」

「……お腹鳴りそう」

「もう、鳴ってますよ」

「うるさい」

 そんな会話をしているうちに鍋が、くつくつと煮え始めた。

 器──といっても荷物の中の木の椀だが──にスープを注ぐ。

「はい、どうぞ。熱いんで気を付けて」

「……いただきます」

 少女は、両手で椀を受け取った。

 ふぅ、ふぅと息を吹きかけて。

 そっと、一口啜る。

 その瞬間。

 彼女の目が見開かれた。

「……っ」

 もう一口。

 さらに、もう一口。

 最初は、ゆっくりだった。

 けれど、だんだんと勢いが増していく。

 夢中で、スープを啜って肉を噛み、芋を頬張る。

 口の端にスープが垂れている。

 それを拭う余裕もないらしい。

「……おかわり」

「はい」

「……もっと」

「はい」

 三杯目をよそっていた時だった。

 少女の目からぽろりと、涙が落ちた。

「え」

「…………ごめんなさい」

「いや、あの」

「私、三日間ずっと何も食べられなくて」

「はい」

「何をやってもうまくいかなくて」

「はい」

「務めなんて無理だって思ってでも、帰るにももう遠くて」

「…………」

「そしたらあなたが急に来て」

 ぽろぽろと涙を落としながら彼女は、椀を抱えている。

 俺は、どうすればいいか分からず、しばらく鍋をかき混ぜるふりをしていた。

 こういう時何を言えばいいのか。

 父さんならきっと黙って、飯のおかわりを注ぐのだろう。

 だから、俺もそうした。

「はい、どうぞ」

「……うん」

「ゆっくり食べて」

「……うん」

 少女は、涙を拭いてまたスープを啜り始めた。

 朝の森に小さな音が響く。

 鍋の湯気が、青い空にゆらゆらと昇っていった。

 

 ■

 

 食事が一段落してようやくお互い、自己紹介をした。

 少女の名前はミナ・フローレン。

 十四歳。

 火属性の魔法を専門にしている。

「……専門というか火属性しか、使えないんだけど」

「それで十分すごいと思いますけど」

「全然、すごくない」

 ミナは、膝を抱えて足元の焦げた地面を睨んだ。

「私ね、魔力量は大きいの。学校でも、一番だった」

「へぇ」

「でも、全然制御ができなくて」

「制御」

「小さい火を出そうとするでしょ。そうするといつも、爆発する」

「爆発」

「竈に火をつけようとして、家の台所を半壊させたことがある」

「半壊」

「それ以来家でも学校でも、『ミナに火を任せるな』が、合言葉になった」

「…………」

 なんとなく話が見えてきた。

 要するに火力は国一番。

 けれど、微調整が壊滅的と。

「でも、務めでは戦闘に使うんでしょう? そこは、問題ないのでは」

「そう思うでしょ。違うの」

「違う?」

「大きな魔法を撃つには詠唱が、長いのよ。魔力を練る時間が、必要で」

「なるほど」

「その間、私は無防備になる。だから普通は、前に立って守ってくれる人が、必要なの」

「あー、前衛」

「そう。……でも務め所の最初の任務は、単独でしょ」

「ですね」

「だから、私一人で角兎を探して。見つけたんだけど、詠唱が終わる前に逃げられて」

「……はい」

「追いかけて逃げられて、追いかけて逃げられて。三日経って、携行食が尽きてお腹が空いて、魔物の肉を焼こうとして」

「全部、灰に」

「うん」

 ミナは、顔を膝に埋めた。

「もう、私向いてないんだと思う」

 その声はとても小さかった。

 ……なるほど。

 務めの最初の任務が単独なのは、そういう意味か。

 一人で角兎を倒せるかどうかを見るための試験なのだ。

 それを越えれば、あとは自由に班を組んでいい。

 杖使いが前衛を探して組むのは、定番のやり方らしい。

 でもミナは、その最初の関門でつまずいている。

「……あの」

「何」

「角兎、俺は昨日倒しましたよ」

「…………えっ」

 ミナが、顔を上げた。

 その目は信じられないものを見る目だった。

「ほんとに? 剣で?」

「剣で」

「…………」

「まぁ、運が良かっただけですけど」

「……ずるい」

「え」

「ずるい! 私は杖なのに、倒せなかったのに! 剣で倒せるなんて、おかしい!」

「そう言われても」

 なぜか、怒られた。

 理不尽である。

 その時だった。

 ──ガサッ。

 ミナの背後の茂みが、揺れた。

 二人揃ってぴたりと、動きを止める。

 風ではない。

 もっと、重いものが動いた音だ。

 地面が、微かに震えている。

「…………ミナさん」

「な、なに」

「後ろ、下がってください」

「え、えっ」

「ゆっくりこっちに」

 ミナが、杖を握りしめて後ずさる。

 茂みが、ばきばきと音を立てて、割れた。

 現れたのは。

 巨大な、猪だった。

 体高は、俺の胸ほど。

 背中が、岩のようなごつごつとした突起に覆われている。

 牙は、手のひらほどの長さで、黄ばんで鋭い。

 赤い小さな目が鍋と、俺たちを交互に見ている。

「……岩背猪」

 ミナが、震える声で言った。

「知ってるんですか」

「務め所の講習で習った。背中が、岩みたいに硬くて杖の初級魔法は、弾かれる」

「それは、困りましたね」

「新人の務め人が一番、怖がる魔物だって」

「…………」

「匂いに、釣られたんだ。あなたの、スープの」

 あ。

 それは、俺のせいか。

 岩背猪の鼻がひくひくと動く。

 鍋に、顔を向ける。

 それからゆっくりと、俺たちに視線を移した。

 ──殺気。

 肌が、ぴりぴりと痺れた。

「ミナさん」

「な、なに」

「一番、大きい魔法撃てますか」

「撃てる。撃てるけど詠唱に、十秒はかかる」

「十秒」

「その間、守ってもらわないと無理」

「…………」

 十秒。

 長い。

 とてつもなく長い。

 でも。

「分かりました」

「えっ」

「十秒、稼ぎます。詠唱始めてください」

「ちょ、ちょっと待って! あなた、本気!?」

「本気です」

「剣で、あの岩の背中を斬れるわけ──」

「斬れないでしょうね。たぶん」

「じゃあ、なんで──!」

「いや、斬るつもりはないです」

 俺は、鞘から剣を抜いた。

 シャリンと。

 朝の空気が澄んで響く。

「時間を、稼ぐだけです」

 岩背猪が動いた。

 地面を蹄でガツンと蹴る音がした。

 来る。

 真正面から突進だ。

 体重は、たぶん俺の五倍以上。

 あんなものにまともに当たったら骨ごと、潰される。

 ──避ける。

 それしかない。

 右へ、跳んだ。

 ごうっ、と風を切って岩の塊が、横を通り過ぎる。

 土煙が、舞い上がる。

 背後で、ミナの声がした。

「《火の精霊よ我が呼びかけに応え──》」

 詠唱が、始まった。

 一秒。

 二秒。

 猪が、Uターンしてこっちを向いた。

 三秒。

 再び、突進。

 今度は、左へ。

 ぎりぎり牙が袖を掠めた。

 四秒。

 五秒。

 足が、もつれそうになる。

 息が、上がる。

 猪は、疲れる様子もない。

 ……まずい。

 これは、思っていたよりもずっと、きつい。

 六秒。

 七秒。

 猪が、俺の動きに慣れ始めた。

 突進の角度が少しずつ、修正されている。

 八秒。

 避けた、はずだった。

 しかし、牙が俺の脇腹を浅く抉った。

「ぐっ……!」

 熱い。

 脇腹からじわりと血が滲む。

 体勢が、崩れた。

 猪が、振り返る。

 その赤い目が獲物を捉えた。

 九秒。

 十秒──

 来る、と思った。

 その時。

「《──焔となりて敵を灰に》!!」

 ミナの声が響き渡った。

 次の瞬間。

 目の前が真っ白になった。

 熱風が、顔面を叩く。

 轟音。

 耳が、キーンと鳴る。

 何も、見えない。

 何も、聞こえない。

 しばらくしてようやく、視界が戻ってきた。

 猪が、いた場所には。

 直径五メートルほどの、黒く焦げた地面が広がっていた。

 猪の姿はない。

 骨も牙も、岩のような背中も何もない。

 全部、灰になって風に流れていた。

「…………」

「…………」

 二人揃って呆然と立ち尽くす。

「……ミナさん」

「……なに」

「今の、やっぱりすごいですね」

「…………うん」

「あなたは務め向きですよ。絶対」

「…………そうかな」

「そうです」

 ミナは、杖を握りしめたまま、へなへなと地面に座り込んだ。

 顔面蒼白だ。

 魔力を、使い果たしたのだろう。

 それから彼女は、はっと何かに気付いたように顔を上げた。

「…………あ」

「どうしました」

「肉」

「え」

「猪の、肉」

「…………あっ」

 俺も、気付いた。

 岩背猪の肉は新人の務め人にとっては、ご馳走である。

 あれを持ち帰れば、務め所の買い取りでそこそこの値段になる。

 それが。

 全部。

 灰になった。

「…………」

「…………」

「……ごめんなさい」

「いや」

「ごめんなさい! 本当に、ごめんなさい! また、やっちゃった!」

 ミナが、頭を抱えてうずくまった。

 その姿があまりに情けなくて。

 俺は、堪えきれず吹き出した。

「ぷっ、はははは!」

「笑わないでよぉ!」

「いや、だってはははっ!」

「こっちは真剣に落ち込んでるのに!」

「いやいやすごかったですよ! 本当に! あの火力は、国一番だ!」

「褒めてないでしょそれ!」

「褒めてます! 心から!」

 笑いすぎて脇腹の傷が、ずきずきと痛んだ。

 それでも笑いが止まらない。

 ……気が付けば。

 ミナも涙目のまま、小さく笑っていた。

 

 ■

 

 脇腹の傷は思ったより、浅かった。

 ミナが、荷物から出した小さな治癒の護符を貼ってくれた。

「ごめんね。私がちゃんと、もっと早く」

「いいですよ。十秒稼げたんで」

「でも、あなた怪我を」

「これくらい飯食って寝れば、治ります」

「…………」

 ミナは、護符を貼り終えてしばらく、黙っていた。

 それからぽつりと言った。

「……ねぇ」

「はい」

「さっきのあなた」

「はい」

「猪の突進全部避けてた」

「ぎりぎりでしたけどね」

「あれ、剣で受け流したりも、してなかった。ただ、ひたすら避けてた」

「斬れないと分かってたんで」

「…………」

「斬れないものに剣を当てても、折れるだけです」

「……そっか」

 ミナは、何か考え込むように顎に手を当てた。

「でも、私気付いた」

「何を?」

「あなたが時間を稼いでくれなかったら私は、撃てなかった」

「…………」

「私が、撃たなかったらあなたは、あの猪を倒せなかった」

「…………そうですね」

「…………」

 ミナは、顔を上げた。

 琥珀色の目がまっすぐ、俺を見ている。

「ねぇ、カイル」

「はい」

「お願いがある」

「なんですか」

「私と、組んでくれない?」

「えっ」

「私は、詠唱が長い。あなたは剣で、時間を稼げる」

「…………」

「あなたは杖がないから、遠くの敵には手が出ない。私は、遠くから撃てる」

「ま、魔法が使えないってわけではないんですけどね」

 つい、声が裏返った。

 視線も、ちょっと泳いだ。

「……えっ」

 ミナの動きが、ぴたりと止まる。

「使えるの?」

「水と風が、一応。どっちも平均くらいですけど」

「それなら杖は? 持ってるんでしょ?」

「……荷物の底に」

「底!?」

「いや、ほら、いざという時は出すつもりで」

「いざという時に荷物の底から出してる暇があるわけないでしょ!?」

「正論ですね」

「感心してる場合じゃないの! じゃあ、なんで最初から出しておかないの!」

「剣のほうが、好きなので」

「理由になってない!!」

 ミナが、頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。

 それから、ひとつ大きな息を吐いて、ゆっくりと顔を上げる。

「……もういい。とにかく」

「はい」

「私が撃って、カイルが時間を稼ぐ。それなら、ちゃんと成立するでしょ」

「そうですね」

「それに」

 ミナは、ちょっと頬を赤くして、続けた。

「私、料理できないから」

「…………」

「あなたのご飯また食べたい」

 ……ああ。

 そっちが本音か。

「ふっ」

 思わず、笑ってしまった。

「何で、笑うの」

「いや、すみません。……いいですよ」

「ほんと?」

「ほんとです。ただし、条件があります」

「何?」

「焼け野原にしないこと」

「…………善処します」

「あと、肉を灰にしないこと」

「…………それは保証できない」

「できないんですか」

「できない」

 二人で、顔を見合わせた。

 それから同時に吹き出した。

「あはははは!」

「ははははは!」

 朝の森に二人分の笑い声が、響いた。

 焼け焦げた地面の上で。

 鍋が溶けた竈の脇で。

 ……笑いがようやく収まった頃。

 ミナが、杖を抱えながらぽつりと言った。

「でも、やっぱり剣が杖に勝てるわけ、ないと思う」

「分かってますよ」

「だって、私の魔法は猪を一撃だった」

「はい」

「あなたの剣は猪に傷ひとつ、つけられなかった」

「その通りです」

「…………」

「でも」

 俺は、立ち上がって鍋の底に残った、最後のスープを木の匙で掬った。

「杖が、料理で剣に勝てないってことも今、分かりました」

「…………それは杖の問題じゃなくて私の問題でしょ!」

「ははっ」

 ミナは頬を膨らませて、俺の肩をぽかりと叩いた。

 その手が思ったより、温かかった。

 ──こうして。

 俺の六年務めに最初の仲間が、できた。

 火力は国一番でも料理は壊滅的な、赤毛の少女。

 不安しかない。

 でも、不思議と悪い気はしなかった。




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