狂龍王カオスの秘宝の回収。
それは、ここ最近のループではお馴染みとなっているオルステッドの行動パターンだった。
カオスの秘宝を回収するのは、他の五龍将の秘宝と比べれば一番楽であった。
何故なら、名乗り上げれば本人から差し出してくれるからだ。
それならば、居場所がはっきりしているうちに向かうに越したことはない。
そう考えたオルステッドは、いつものループ通り、シャリーアにあるカオスの拠点を目指して歩いていた。
この時期のシャリーアは、ラノア魔法大学が設立されてはいるものの、後の時代と比べればまだまだ発展途上にある。時間帯を選べば人通りも少ない。
人目を気にせず、負担なく秘宝を回収できる今が、最も適したタイミングだ。
(だが……)
頭の片隅に、一つの疑念が過った。
いつものループと、少し異なる点があるのだ。
前回までも、この時期のカオスは天才魔道具制作師として名を轟かせながら、数多の魔導具を世に送り出していた。
しかし、今回のループでは少し違う。
カオスの名前が、いつもよりも有名になっているのだ。
専門的な魔道具から、一般家庭でも使えるような魔道具まで、幅広い製品を大量に開発し、世界中へと普及させている。
一体、何の影響によってこの差異が生まれたのか。
そんなことを考えていた、その時だった。
――馴染みのある殺気が、オルステッドの身体を刺した。
(このタイミングで敵襲か? 今までのループでは無かったが……)
敵は複数いるようだ。
だが、それほど脅威ではないだろう。
現に、オルステッドの呪いによって、全員が震え上がっている。
どこぞの小国が雇った賊かもしれない。
「っ、あああああっ!!!」
一人が雄叫びを上げたのをきっかけに、賊たちが一斉に飛び出してきた。
敵を蹴散らそうと水神流の構えを取った、その時――
「馬鹿、邪魔だっ!!」
突然現れた人影が、
「アンパ~~ンチ!!!」
謎の掛け声とともに、人影は止まることなく賊を殴り飛ばしていく。
そして、あっという間に立っているのは、オルステッドとその人物だけになった。
「ふっ……自分の強さが怖いぜ……」
大してかいてもいない汗を拭うその人物。
深い瞳に、黒銀色の鱗。
そう――間違いなく、狂龍王カオスだった。
驚きのあまり固まるオルステッドに、カオスが目を向ける。
「大丈夫か?お兄さん。気を付けな、この辺は……って、ゲェ!?」
突然、蛙のような声を上げたカオスは、オルステッドを震える指で差した。
「お、お前、龍族か!?何しに来た!まさかウルペンに言われて来たんじゃ……いや、ウルペンってだいぶ前に死んだんだっけ……?」
その慌てた姿。
そして、粗暴な口調。
記憶にあるカオスとは、あまりにもかけ離れていた。
オルステッドは思わず首を傾げる。
「お前……そんな性格だったか?」
「は?俺は生まれてこの方、こんなんだけど?てか初対面だろ」
何言ってんだコイツとでも言いたげな顔で見てくるカオス。
やはり、いつもとは様子が異なる。
どこかでズレが発生したのか。
原因は不明だが――まあいい。
オルステッドは口を開いた。
「俺はオルステッド。百代目龍神にして、初代龍神の子だ。来たるべき日が来たので、五龍将の秘宝を受け取りに来た。」
この説明をすれば、カオスは毎回、涙を流して喜びながら、自らの命とも言える秘宝を差し出してくれる。
最初の頃は思うところもあったが、今ではもはや作業の一つと化している。
そのため、今回のループでも問題なく秘宝が手に入ると思っていた。
――だが、やはりカオスの様子はおかしかった。
「え、あ、ひ、秘宝……? って、あの、まさかヒトガミ?を倒すためにいる……みたいなやつの……」
「そうだ。正確に言えば、ヒトガミがいる無の世界へ行くために必要な物だが」
「ふ、ふぅん……。ち、ちなみに、秘宝=俺の命っていうのは、ご存知だったり……?」
「知っているが?」
「あっ、ふーん……」
目をきょろきょろと動かし、挙動不審になるカオス。
だらだらと汗を垂れ流しながらも、何かを決意したらしい。
そして、ニコリとオルステッドに笑いかけた。
「しょ、承知しました! 御役目については先代より聞き及んでおりましたので、覚悟は出来ております! しかしですね、やはり幼い頃から貴方に会える日を楽しみにしておりましたので……よければ、お茶の一杯分くらい、お話を聞かせていただけませんか?」
「……構わん」
ペラペラと喋りながらも、カオスはオルステッドをシャリーアの屋敷へと案内した。
「龍神様は、どうぞこちらの椅子にお座りください。私めは奥でお茶でも淹れてきますので。オホホホ……」
口元に手を当て、わざとらしく微笑むカオス。
そのまま部屋の奥へと引っ込んでいった。
しかし、今までのループで何度もこの屋敷を訪れているオルステッドは知っている。
カオスが入っていった部屋が、台所ではないことを。
オルステッドは大股でカオスの入った部屋へ近づき――勢いよく扉を開けた。
「………………」
「………………」
ドアを開けた先。
そこには、闘神鎧によく似た鎧を着込んだカオスが、裏口から出ようとしている姿があった。
「……………………………………………………退散!!!!」
沈黙を破ったのはカオスだった。
一人で勝手に号令をかけたかと思うと、凄まじい速度で逃げ出し始める。
もちろん、オルステッドがそれを許すはずもない。
こうして――貴重な龍族同士の鬼ごっこが始まった。
「ぎゃあああああああ!! やだやだ、死にたくないイイイ!!」
「狂龍王カオス……まさかとは思ったが、ヒトガミの手に堕ちたか」
「違いますけど!!?? 死にたくないだけですけど!!??」
森を駆け、山を駆ける。
引き離されることはない。
しかし、距離も縮まらない。
不毛な追いかけっこは、延々と続いていた。
「チッ……
「どぉわっ!! 投石は卑怯!!」
オルステッドが放った岩砲弾によって逃走経路が狭まり、徐々に距離が縮まっていく。
背後を振り返り、迫り来る恐ろしい鬼の形相を見たカオスは、涙目になりながらも覚悟を決めた。
「静かなる氷人の拳――『
振り向きざまに放たれる魔術。
しかし、中級魔術程度でオルステッドの龍聖闘気が揺らぐはずもない。
オルステッドはそのまま、鎧ごとカオスの胸を貫こうとした――
が。
「む……」
オルステッドの手刀は、鎧を貫くことなく止まった。
その隙を突き、カオスは再び呪文を唱える。
「
霧に紛れて逃げるつもりらしい。
しかし、ここで逃がせば、この後の行動に影響してしまう。
ここで仕留めたい。
オルステッドはすぐさま濃霧をレジストし、動きを止めようと腕を構える。
「光の太刀」
光すらも超える速度で、オルステッドの手刀がカオスの足へと向かう。
だが――それもまた、鎧を破壊することなく止まった。
「耐久性だけは闘神鎧並み……いや、それ以上かもしれんな……」
このままではカオスに逃げられてしまう。
神刀を抜けば殺せるだろう。
しかし、この段階でそこまでの魔力を消費してしまうことには抵抗があった。
どうするべきか。
オルステッドが歯噛みしていると、ようやく若干の落ち着きを取り戻したカオスが口を開いた。
「……なぜ神刀を出さない? 神刀なら、こんな鎧一発だろ」
「貴様に言う義理はない」
「左様ですか……」
カオスは思案するように目を伏せる。
そして、深い瞳を真っ直ぐオルステッドへ向けた。
「オルステッド。俺と交渉しよう」
「…………何?」
オルステッドは恐ろしい顔をさらに恐ろしくして、カオスを睨みつける。
そんなオルステッドに内心震えながらも、カオスは続けた。
「俺はヒトガミの使徒じゃない。お前の事情も知っている。俺の命が必要ってこともな」
「お前がヒトガミの使徒ではないという根拠がない」
「いいから聞けよ。お前は多分……魔力をそんなに使えないんじゃないか? 呪いの影響かなんなのかは知らないが……おっと、そんなに睨むなよ。状況証拠さ。神刀を抜かない理由が、それしか思い浮かばないってだけだ」
オルステッドは何も言わない。
それが図星であることを、何よりも雄弁に物語っていた。
「今のこの鎧を纏った俺を倒すのは、相当骨が折れるはずだ。何せ、カオス様が生涯をかけて作った作品だからな」
カオスは自信満々に胸を張る。
「お前は魔力を使わずに秘宝が欲しい。俺は死にたくない。そこで――だ!」
指をパチンと鳴らし、目元を歪ませる。
「秘宝を集めるなら、どうせラプラス復活までかかるだろ? なら、それまで俺の秘宝を回収するのを待ってくれ」
「待ってどうする? ほんの少し寿命が延びるだけだぞ」
「ラプラスが復活するまで、何百年……いや、何十年かは分からんが。その間に俺が無の世界へ行く魔導具を作り出す」
オルステッドは、その鋭い目を大きく見開いた。
「……無理だ。そんなこと」
「は? 試したことあるのか?」
「いや……ないが……」
「ハッ!じゃあ、やってやるよ。俺を誰だと思っている?」
カオスは腰に手を当て、ニヤリと笑う。
「天才魔道具制作師、カオス様だからなっ!!」
自信満々に言い放つカオス。
いつものループとはまるで異なる雰囲気。
だが、どこか悪意を感じないその振る舞いに、オルステッドは毒気を抜かれたような気持ちになった。
「……分かった。その話を呑もう。だが、もしラプラス復活時までに完成していなければ――」
「ハイハイ、分かってるよ」
カオスは仕方なさそうに肩をすくめ、頷いた。
「ま、ということで仲間になるんだ。これから仲良くしてくれよな」
ポン、と気安くオルステッドの肩に手を置く。
しかしオルステッドは、厳つい顔をさらに厳つくして言った。
「お前など仲間ではない」
「あ?」
もしも相手が
その厳つい顔の中に、ほんの僅かな申し訳なさが混じっていること。
そして、将来自分が殺してしまう相手を「仲間」と呼ぶのは、あまりにも自分本位なので言いたくない――という、余りにも分かりづらいオルステッドの想いを汲み取れたかもしれない。
だが――まだカオスには不可能だった。
「てめぇ、マジでそういうとこだよ。あぁ?コミュ障か??」
「こみゅ...?」
オルステッドの硬い頬を、カオスが思いっきり引っ張る。
しかし、オルステッドは平然とした顔で言ってのけた。
「そんなことで俺の龍聖闘気はビクともせん」
「そういうところだっつってんだろぉぉぉ!!!」
カオスはブチ切れた。
次回 カオス視点