あの不思議な少年と別れ、またしばらく歩き
——とうとうラノア魔法大学のあるシャリーアに到着した。
懐かしきシャリーアの地に、生まれ故郷でもないのに、どこか郷愁の念を感じる。
俺の家はどうなってるかな。
数十年も経ったし、とっくに壊されているだろうか。
人通りが多くなる街の手前で、俺たちは足を止めた。
「ここまで……ね」
「ああ」
オルステッドの呪いの影響で、送っていけるのはここまでだ。
だが、シャリーアは比較的治安もいい。
ナナホシなら、普通に大学まで辿り着けるだろう。
長いようで短かった3人旅も、今日でおしまいだ。
ナナホシは数歩俺達の前に出て、足を止めた。
そして振り返って俺たち2人に向き合った。
「転移してきた私を保護してくれて、ありがとうございました」
ナナホシは腰を90度に折り曲げ、頭を下げた。
馴染みのあるジャパニーズおじぎだ。
「あなた達が私を拾ってくれなければ、私はあのまま誰かに殺されるか、飢え死にしていたわ…ここまで辿り着けたのは、本当にあなた達のおかげです。ありがとう」
「…………顔を上げて」
俺の声に、ナナホシは顔を上げ――ギョッとした。
穴という穴から水を垂れ流している俺の姿があったからだろう。
「ごごまでぎだの゙ば、な゙な゙ぼじじじん゙の゙がん゙ばり゙があ゙っでごぞで……」
「な、なんて?」
「はぁ……落ち着け」
オルステッドにしては珍しく、とても優しい声で俺に声をかけてきた。
効果があったのか、俺は鼻をズズッとすすりながらも、はにかんで言い直すことができた。
「こんな異世界で君がここまでやってこられたのは、君自身の頑張りがあったからだよ。何か困ったことがあったら、いつでも言ってね。君の力になるから」
「……!あなた……」
ナナホシは目を大きく開き、それから切なげに笑った。
「……ありがとう」
何かを思い出したような、懐かしむような顔をしているナナホシに、少し引っかかりを覚えたが、オルステッドの次の言葉でその疑問は吹っ飛んだ。
「何も今生の別れというわけではあるまい」
「なっ」
水を差すようなことを言ったオルステッドは、懐から指輪を取り出し、ナナホシに渡した。
俺は思わず口元を両手で押さえる。
これは――――結婚指輪!?
「わ、悪いけど私は前の世界から好きな人が――」
「何の話だ? これは
……………………そういえば作ったな。
よくよく見たら、俺の作品の一つだった。
狙っていた効果が付かなかったから適当に市場に流したんだったな。
魔道具と違って魔力付与品はランダム性が多くて難しい。
というか、この世界では結婚指輪の概念って一般的じゃないんだっけ。そもそも結婚指輪とかあるのか?
ミリス式の結婚も指輪じゃなくて首飾りを掛けるらしいし。
危ない危ない。素知らぬ振りをしておこう。
なんかナナホシにジト目で見られている気がするが、気にしない気にしない。
「これを使えば、俺に合図を送れる。連絡を取りたい時は、それを使え」
「!ありがとう……」
オルステッドの不器用ながらも、相手を慮る気持ちが伝わったのだろう。
ナナホシは嬉しそうに微笑んだ。
---
遠くなっていくナナホシの姿を、2人で見送る。
こうしていると、なんか……
「なんか、巣立った子供を見送る夫婦の気分だな」
「男2人では夫婦にならないが」
「マジレスすんな」
「まじれ…?」
オルステッドを肘で小突く。
こういうことができるようになったのも、ナナホシが旅に加わってからな気がする。
ナナホシの姿が見えなくなった頃、俺が次の目的のために魔道具の調整をしていたら、オルステッドがポツリと呟いた。
「お前は……ナナホシについていくと思った」
「え?」
言われた意味がよく分からず、オルステッドを見つめる。
というか、ナナホシについていきたいって言ったら許してくれたのか?
全くそんなつもりはなかったが。
オルステッドは、ナナホシが去っていった方から目線を変えずに、言葉を続けた。
「お前は、ナナホシが好きなのではないのか?」
「は?」
思わず、持っていた魔道具を落としてしまった。
変な汗が出るのを自覚しながら、魔道具を拾う。
「な、何を…………」
「お前は、ナナホシと同じ世界の人間だったのだろう」
また魔道具を落とした。
「どっ、どどどどっ、どう、どういう、根拠、で……」
「寝言で、よくナナホシの名前を呼んでいた」
「えっ」
嘘だろ俺、静香ちゃんのこと好きすぎかよ…
ていうかナナホシに聞かれてたりしないだろうな。
「ナナホシが言っていた異世界の言葉を、お前が言っていた」
「……そんなの言ったか?」
「言っていた。出会った時に『あんぱーんち』とな。ずっと不思議だったが、ある時ナナホシが『アンパンチみたい』と言っていたのを詳しく聞いて納得した」
「…………」
そういえば、オルステッドと出会ったのは俺の魔道具を狙いに来た賊を討伐している最中だったか。
あの頃は、そうそう人と関わることはないだろうと、結構適当なことを言いながら暮らしていた。
まさか、それがこんな後になって効いてくるとは……
「そ、そのことって、ナナホシは………………」
「いや、特に何も言っていない」
ホッ、と胸を撫で下ろす。
それでは、とりあえずナナホシには俺が転生者だとバレていないってことだ。
「転生、と考えればお前の行動に辻褄が合う部分がある。故にそう判断した」
「流石、とだけ言っておくよ……」
オルステッドにバレバレだったのは結構恥ずかしい。
あんまりタイムリープの事とかで、
オルステッドはあまり俺の転生のことを追求する気はなさそうだ。
俺が言いたくないのを察してくれたのか、必要のない情報だと思っているのか分からないけど。
だが、一つは訂正しなければならない。
「オルステッド、一つ言っておくが、俺は別にナナホシのことをもうそういう目では見ていないぞ」
「む」
俺は遠き日の思い出に目を伏せる。
「まあ、確かに初恋はあの子だったんだろうけど……今はもう、ただの恩人で、大切な人っていうだけだ。静香ちゃんに恋心を抱くには、もう年を重ねすぎた」
俺は首を竦めた。
流石に数百歳も年下の人間に、恋愛感情は抱けない。
そもそも好きだったのも、小学生のあの時分だけだ。
再会するまでは忘れていたくらいの、儚い恋心だったのだ。
「まぁだから——まだまだお前と共に過ごす時間はたっぷりあるってことだな。残念ながら」
皮肉をたっぷり込めた言葉のはずだった。
なのに、その言葉を聞いたオルステッドは、見慣れていなければ分からないほど小さく、でも確かに口元を歪めて微笑んだ。
全く。
寂しがり屋の龍神様で困っちゃうな。
ナナホシ編終了