シルフィと結婚することになった俺——ルーデウス・グレイラットは、先日購入した廃屋をリフォームするため、リフォームの匠『大空洞のバルダ』と共に屋敷の中を見て回っていた。
俺と一緒に屋敷の状態を確認していたバルダは、ふと暖炉に目を留めた。
「これはいい暖炉だ。ちと古いが、変に手直ししない方がいいな」
「いいんですか?」
「ほれ、ここに刻んであるサインを見てみろ」
バルダの指差す先には、どこかで見たような紋章が刻まれていた。
「これは百年ぐらい前に有名だった、天才
「狂龍王……」
図書館の本でも目にしたことのある名前だ。
百年ほど前、魔道具を数多く開発した偉人らしい。
その時代の技術を飛躍的に発展させた、といった話も書かれていた気がする。
先日、家で見つけた日記に記されていた文様と、この暖炉に刻まれた文様はよく似ている。
あの人形を作ったのも、恐らく『狂龍王』なのだろう。
——しかし、『カオス』という名前が引っかかった。
「狂龍王……って、まだ生きているんですか?」
「さあな。百年ほど前に突然姿を消して、それ以来、魔道具も流通しなくなったって話だ。一応、行方不明ってことになってるらしいが、死んだって噂もあるな」
カオス。
ナナホシが、かつて一緒に旅をしていたと言っていた人物と同じ名前だ。
おそらく、エリスの攻撃をいなした、あの仮面の男のことだろう。
彼が『狂龍王』なのだろうか?
龍神と一緒にいたことを考えれば、その可能性も十分にありそうだ。
「で、この大部屋はどうすんだ?」
「あっ、そうですね……」
俺が考え込んでいる間に、バルダは先へと進んでいた。
さすが匠だ、仕事が早い。
その後も、あれこれと要望を伝えながら、俺たちは次の部屋へと向かった。
そして、その部屋を見た瞬間、俺は目を丸くした。
「これは……!?」
「ほぉ……随分と立派だな」
目の前に広がっていたのは、どこか懐かしさを感じさせる光景——風呂だった。
木材で囲われた浴槽は、ところどころ腐っているものの、さながらヒノキ風呂といった趣がある。
「これにも狂龍王の文様があるな……。流石といったところか」
どうやら、これも狂龍王の作品らしい。
これを完全に取り壊してしまうのは、あまりにも勿体ない。
この風呂にすっかり心を奪われた俺は、バルダにこれを残しておくよう頼んだ。
もちろん、多少の
匠の目が光った。
「おもしれぇこと考えるじゃねえか。だが、材料がねえから、高くつくかもしれねえぞ?」
「材料なら、僕が魔術で作ります」
「なんとかなるってか……。ありゃあ、いいもんだからな。よし、なんとかしてみよう」
俺の想いは、匠に託された。
シルフィと一緒にこの風呂に入るのが、今から楽しみだ。
下見を終え、俺は帰宅するバルダを見送った。
明日には、早速リフォームに取りかかってくれるらしい。
バルダの姿が見えなくなったところで、俺は改めて屋敷を振り返った。
——それにしても。
屋敷の中を見て回って、ひとつ気になったことがある。
ところどころに、前世を思い出させるような、現代的な技術が使われていたのだ。
まさか、狂龍王は————
(いや、ないか)
あの人形のような存在を思い浮かべ、俺はすぐに考えを打ち消した。
あの仮面の男が、日本に縁のある人物だとは思えない。
それに、天才
帰り道を歩く頃には、そんな疑問もすっかり頭から抜け落ちていた。
なにせ、これからシルフィと暮らす愛の巣に思いを馳せるので、忙しかったのだから。
『狂龍王』は一般的に有名ですが、『カオス』という名はあまり知られていないようです。 『狂龍王』が広まっていることにカオスは不本意です。