「協力してくれ。オルステッドとカオスを殺すんだ」
空飛ぶ要塞――ケイオスブレイカーにて。
一人の茶髪の男が、黒髪の女に頭を下げていた。
女にとって、男は自分を蝕む病から救ってくれた恩人であり、異世界へ帰還するための研究にも力を貸してくれている協力者だった。
だが、女――ナナホシは渋い顔をした。
「私、は、オルステッドとカオスにも、その……助けてもらったのよ」
男――ルーデウスに向かって、ナナホシはしどろもどろになりながらも続ける。
「お、オルステッドもカオスも、見た目以上に優しい人たちよ。カオスは結構柔和な人だし、きっと事情を話したら……」
「俺は出会い頭に殺されたけどな」
あの時、カオスもナナホシと共にルーデウスの助命を申し出てくれたという話は聞いていた。
だが、あまり想像はできなかった。
ルーデウスの中では、冷たい仮面を被り、エリスに剣を向けた人形のような男という印象だったのだ。
「俺には、ヒトガミもオルステッドも、あの仮面野郎も、同じくらい信じられない」
そう言うと、ルーデウスは――
地面に両手と両膝をついた。
額を擦りつける。
身体を最小限に折りたたむ。
そして、土下座した。
「ヒトガミが唐突に心変わりをする可能性もあります。グズグズしていて、ある日突然、家族の惨殺死体が見つかる……なんて事態には、遭遇したくないんです……」
「ちょ、何してるのよ! やめて!」
「誰も失いたくないんです。お願いします」
ナナホシは憔悴しきった顔をしながら、それでもなお迷っているようだった。
もう一押ししたくて、ルーデウスは一つ付け加える。
「……もしかしたら、カオスは殺さなくてもよくなるかもしれない」
「えっ……どういうこと……?」
「いまいち要領は掴めなかったんだけど…ヒトガミは、多分カオスを
ナナホシは信じられなさそうな顔をした。
だが、何か思うところがあったのだろう。
ナナホシはルーデウスの肩を掴み、無理やり頭を上げさせた。
「わかったから……協力するから、そんな真似しないで……」
そうして、あの指輪はルーデウスの手に渡った。
---
「ナナホシから連絡か。会えるの久しぶりだな~」
俺とオルステッドは、ナナホシから連絡をもらい、廃村へと向かった。
「ここって、こんなに森だったか?」
「……四十年ほど前に魔力の異常災害で森が肥大化した。この辺りの村は、すべて廃村になったはずだ」
「へー」
鬱蒼とした森の中を歩き続ける。
魔物の気配はするが、オルステッドを見つけると一目散に逃げていくので、あまり警戒する必要はなさそうだ。
しかし、こんなところに呼び出して、ナナホシはどういうつもりなのだろうか。
ナナホシ一人だけなら、ここはかなり危険な場所だと思うが……。
「……ここか」
どうやら目的地に着いたらしい。
廃村の中には、あからさまに怪しい建物があった。
最近造られたような、茶色い円筒形の石造建築だ。
「この建物なのか?」
「そうらしいな……」
ナナホシが建てたのだろうか?
それにしては、何に使う建物なのかよく分からない。
首を傾げつつも、ドアノブを捻る。
「ナナホシー? いるか――ウッ」
扉を開けた瞬間、その部屋から凄まじい臭気が鼻を突いた。
毒とか媚薬とか、いろんなものをちゃんぽんにして焚いているような、ひどい臭いだ。
「……なんだ、ここは?」
鼻をつまんでいると、オルステッドが中へ入ってきた。
「さぁな。でも、歓迎はされてないみたいだぜ」
オルステッドはそのままスタスタと建物内を探索していく。
こんな部屋の中に入るのは遠慮したかったが、オルステッドが行ってしまったのなら、そういうわけにもいかないだろう。
ある程度耐性があるので大丈夫だとは思うが、変な毒が効いてしまっても対処できるように、自分に解毒魔術をかけながら、オルステッドに着いていった。
オルステッドは周囲を見渡し、すぐ目の前に別の扉があるのを確認すると、躊躇なくドアノブへ手を伸ばした。
俺は咄嗟に、その腕を掴んで止める。
「待て。ドアノブを見ろ」
「む……」
些細な罠が仕掛けられている。
これは本当に敵の仕業と見て間違いないだろう。
ナナホシが敵に回ったとは考えにくい。
もしかしたら、人質として捕らえられているのかもしれない。
(もし静香ちゃんに危害を加えていたら……)
「注意を乱すな。行くぞ」
「……!あぁ」
俺の殺気を感じ取ったオルステッドにたしなめられながら、ドアを破壊して先へ進んだ。
途中、「ここではきものを脱いで下さい」だの、「御用の方はこの帽子をおかぶりください」といった不気味な張り紙に出会う。
「『注文の多い料理店』かよ……」
懐かしい話を思い出しながらも、すべて無視して進む。
やがて俺たちは、吹き抜けになった不思議な空間へとたどり着いた。
「……なんだ、ここは?」
「なんか箱があるぜ」
コンパスは、どうやらこの箱を指しているらしい。
オルステッドと共に警戒しながら、小箱へ近づく。
小箱の下には、一枚の紙が敷かれていた。
注意深く近寄り、紙を見る。
そこには、たった一言だけ書かれていた。
『ヒトガミ』
俺が止める間もなく、オルステッドは即座に箱を手に取り、その蓋を開けた。
「むっ!」
「ゲホッ!」
箱の中から、もうもうと煙が吐き出された。
そして、箱からオルステッドがナナホシに渡した指輪がこぼれ落ちる。
「これは――!」
オルステッドが指輪を拾い上げようとした、その瞬間。
空が光った。
「っ!」
オルステッドは咄嗟に地面を強く蹴り、回避しようとした。
しかし、油の塗られた床が、それを許さない。
足の裏があっけなくグリップを失う。
雷が直撃する――その寸前。
俺は体当たりし、オルステッドを雷の軌道から逸らした。
そして――
太い雷が、俺に、落ちた。
---
ふと、暖かいものを感じた。
意識がゆっくりと浮上する。
どうやら雷が直撃して、しばらくの間、意識が飛んでいたらしい。
やはり、俺の龍聖闘気はまだまだ紛い物なのだろう。
多分、オルステッドなら無傷だったかもしれない。
余計なことをしてしまったかもな。
俺は、治癒魔術をかけているオルステッドの手を制した。
「悪い。あとはもう大丈夫だ」
「いや……助かった」
まだ意識がはっきりせず、オルステッドの表情はよく見えなかった。
だが、どうやら俺の失態を怒ってはいないようだ。
「俺が対処する。お前は究極鎧を用意しておけ」
「了解」
返事をすると、オルステッドは身を翻し、敵の方へと駆けていった。
自分に治癒魔術をかけてから、周囲を見渡す。
氷や岩石があちこちに散乱していた。
どうやら、気絶している間に連続で攻撃を浴びたらしい。
オルステッドが庇ってくれたのだろうか。
お荷物になってしまったようで申し訳ない。
俺はスクロールを取り出し、魔力を込め始めた。
究極鎧は普段持ち運ぶには少々邪魔なので、空中要塞に置いて、必要な時だけスクロールで召喚するようにしているのだ。
しばらくすると、俺たちがいた廃村の辺りで核爆弾でも落とされたかのような爆発が起こった。
離れておいてよかった。生身だったら、流石に死んでいただろう。
究極鎧の召喚が完了し、急いで身に着ける。
先ほどから、かなり激しい戦闘音が聞こえている。
オルステッドが負けることはないだろう。
だが、かなり魔力を消費させられているかもしれない。
激しい戦闘の跡地を越えながら、気配のする方へ向かうと——
オルステッドが、何者かを踏みつけ、剣を向けていた。
「ルーデウス・グレイラット……!」
かつて、俺が見逃したあの少年だった。
他に気配はないためこれをやったのは、ルーデウスなのだろう。
オルステッドも神刀を抜いている。
まさか、彼がここまでやるとは……。
ヒトガミの使徒だと分かった上で逃した、あの時の判断は間違っていた。
「おい……ナナホシはどうした……」
ルーデウスは、何故か俺のことを僅かな希望が来たかのように見てきたが、俺が殺意を込めて問いかけると、その顔はすぐに絶望に変わった。
「……ここには……いない……」
目を逸らしたルーデウスは、うつ伏せになり、オルステッドの足にすがりついた。
そして、その足に頭を擦りつけ、叫ぶように言った。
「お願いします。世界を滅ぼさないでください。
俺は殺してもいいです。俺の子供を、未来を、奪わないでください。
お願いします。初めてなんです。あんなに幸せに思えたの、初めてなんです。
お願いします。ヒトガミを、諦めてください。お願いします」
その言葉を聞いて、ルーデウスがなぜ俺たちを襲ったのか、なんとなく理解した。
彼にも守りたいものがあったのだろう。
為さなければならない使命があったのだろう。
だが————それは俺たちも同じなのだ。
「……それは、できん」
その言葉を聞いた瞬間、ルーデウスはオルステッドの脚に噛み付いた。
「ふぐぅぅぅぁああ!」
ルーデウスが、拳のない腕に魔力を込める。
「
俺はすぐさま乱魔をかけた。
オルステッドはルーデウスに手を伸ばす。
「いかにラプラスの因子を持ち、強大な魔力を持とうとも、そう立て続けに大魔術を駆使すれば、魔力も枯渇しよう」
オルステッドがルーデウスの命を刈り取ろうとした、その時――
「むっ!?」
「ッ!」
突然、割って入ってきた人物に、俺とオルステッドは同時に飛びのいた。
真っ赤な髪を持つその女に、俺は見覚えがあった。
赤竜の下顎で、ルーデウスに寄り添っていた――
「待たせたわね、ルーデウス」
エリス・ボレアス・グレイラットが、そこに立っていた。